口なしに熱風

大田ネクロマンサー

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第54話 大きな代償

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「シアン様!」


アレンは気でも狂ったのか、二人のいる場所に駆け出した。


「こいつが嘘をついているのです! 確かに私はこいつや、こいつの配下に凌辱されました! それどころか、それを隠蔽して野放しにしたのです!」


アレンの糾弾が引き裂いた空気は、しばらく無音に包まれた。私が見てもここで飛び出していくのは得策ではなかった。アレンは忍耐が必要な場面で、激昂を抑えられない性分なのだろう。だから後先を考えずに自分を犯した兵卒を襲ったりしたのだ。もしかしたら体の関係を持とうとしないランダへの苛立ちが、彼を制御不能な状態に追いやったのかもしれない。


「アレン、兄上の命令で俺に近づいたのか?」


行き場をなくしたアレンは、気が動転したのかシアンにしがみついた。こんな場面で忠誠を誓うアレンを、シアンは渾身の力で振り解く。

アレンのこの無鉄砲な振る舞いで、ランダへの裏切りのみならず、シアンとの関係が露呈してしまった。

二人の小競り合いを見たランダの口から、ため息とともに真実が吐き出された。


「アレン。兄の謀略で大きな代償を支払ったはずだ。これからも兄上のそばにいれば大きな代償を支払うことになるぞ」


アレンが視線を上げたその先のランダの表情。それを見たアレンがなにを思ったのかはわからない。それでも、私には衝撃的だった。


「一緒に逃げるか?」


愛おしそうにアレンを見つめるランダの瞳。

謀略も、男との関係も知られたシアンが、その証拠隠滅のために、ランダ、そしてアレンの命を狙うことは明白だった。だからこの時点でランダは国外に逃れることを決意したのだろう。

しかし、アレンを見つめるランダの視線は、彼の身を案じるだけのものではなかった。ランダは裏切られてもなお、アレンを愛していたのだ。



私が強い拒絶をしたからなのだろうか。それともアレンが思い出したくない記憶だからだろうか。この記憶はアレンが再びシアンに抱きついたところでブツリと途絶えた。



ここからの記憶は、ランダの言う「大きな代償」の日々だった。まず、アレンの父が原因不明の死を遂げた。私から見れば、アレンへの制裁でシアンが手配した以外に考えられなかったが、アレンは悲しみで周りが見えないようだった。だから、アレンの父の弔いにシアンが同行すると申し出た時。アレンを始末するため、隣国近くに呼び出す口実だとは本人は気づかなかったようだ。

父の遺体とともに国境を越えたアレンは、シアンに懇願して街外れの封印師の元に急いだ。私も驚いたのだが、リディアの義父は、隣国への出稼ぎの遺体に封印を施すことを生業としていたのだ。出稼ぎの者の中では有名な話なのだろうが、私はこれを知らずにいた。出国した者の末路など考えたこともなかったのだ。

封印師の元に向かう道中、アレンからこの国の男にかけられた呪いを学び、そしてランダへの復讐を企んだのであろう。冷静に考えれば、生きた者に封印を施すなど、この国の者が思いつく代物ではない。

だがこの先、どのようにリディアの義父をどう脅し、そして私を襲った者に命令をしたのかは、知ることはできなかった。

アレンは封印師の家に辿り着く前に殺害された。背後からナイフで急所を突かれたのだ。彼が最後になにを思ったのかはわからない。しかし死に争い、自身で抜いたナイフには見覚えがあった。

私の腹に刺さったあのナイフそのものだったのだ。

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