口なしに熱風

大田ネクロマンサー

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第40話 解ける封印

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今日の宿も、昨日の宿と遜色がない、所謂中流家庭の部屋を貸し出したようなものだった。四人部屋なんて需要がないのだろう。今日も二人部屋を二部屋。しかし昼の一件で不安を感じた私は、昨日と同じ部屋の割り当てに胸を撫で下ろした。


「アンネ。食事の前に、封印を確かめさせてください」


今日は四人で夕食の買い出しに行き、ダグラスの部屋で相談をしながら夕食をする予定だった。それでも昼間の私の様子がずっと気になっていたであろう封印師リディアは、部屋に入るなり女装のままで嘆願した。


「ああ、リディア。さっきは取り乱してすまなかった……」

「アンネ。生きている者は死を恐れ、死んでいる者はなにも恐れない。お父さんにそう教わりました。アンネは生きている。だから恐れることを謝らないでください」


リディアの凛とした言葉に、ダグラスさえも目を見開いた。口を魔糸で縫おうとするリディアの手を取る。そして前に垂れ下がっていたショールを肩に掛けてやった。


「リディア。これは怖いのではなく、恥ずかしいのだが、その……ベッドにうつ伏せの状態で構わないか……?」

「はい! 口はどこにつけても大丈夫です!」


リディアは人の恐怖を肯定してくれる。毎日、物言わぬ死体と接しているのだ。生きていることがどれだけ尊いのか、その実感が揺るぎない言葉の下支えになっているのだろう。

私はリディアの優しさに甘え、ベッドにうつ伏せになり、スカートの横を少し下ろした。


「ランダ……」


私に呼ばれたランダは驚いたようにベッドの横にひざまずく。普段だったらこんなこと絶対にしない。だけどリディアの優しさで、私の恐怖は抑えられないものになってしまった。ランダが伸ばした手を握ると、嬉しそうな声が漏れる。こんなことならば、もっとはやく彼に甘えればよかった。知らない自分が体を乗っ取る恐怖を前に、私はなぜ彼の喜ぶことを素直にできなかったのだと後悔が募る。

腰にリディアの口の感触があった。前回と違う点があるとすれば、心が恐怖で荒れ狂っていたこと。気持ちがいいなんていうのは自分の願望だったのではないかと思えるほど不愉快だった。

はやく終わればいい、そうやってランダの手を強く握るたび、彼は私の指に唇を添えた。そうしてようやくリディアが口を離した時、いいようのない雰囲気が部屋中を支配した。


「リディア……どうだった?」


待ちきれずにベッドから飛び起き、まだ口が縫われたままのリディアを見つめる。震える指で魔糸を解くその光景を見れば、芳しくないことが容易に想像できた。


「封印が解けかかっています。多分生きている人間に封印はできないから、封印の端っこから徐々にほつれてきてしまったのだと思います」


リディアが苦しそうな顔をする。だから彼を支えるようにダグラスに視線を送った。




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