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第36話 牧歌的な宿
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宿泊先はお忍びともあって、一般家庭を一時的に貸し出しているような宿だった。
風通しもよく、清潔で、なにより牧歌的な雰囲気。王宮に上がってからこういった一般家庭に上がることは少なかった。かつて暮らした娼館の寝床に比べると総じて明るく、いかに自分の居た環境が特殊だったか思い知らされる。
カウンターで主人から鍵をもらったランダは、粛々と部屋に向かう。それが私の回答に不満を抱いているように思えて、声ひとつかけられず後に続くことしかできなかった。
だから部屋に入るなり口布を剥ぎ取られた時、ランダは怒っているのだと思った。ランダが両手に持っていた荷物を離した物音が、私の肩を縮こめさせる。
しかし、与えられたのは制裁ではなかった。いや、制裁なのだろうか。熱く激しい口づけは、私の吐く息をすべて巻き取るほど隙のないものだった。
「ダ……ダグラスが……」
「料理を持ってきてくれるかもしれないな。でも我慢ができない」
壁に縫い付けられる両腕。逃げ場を塞がれた私の首筋をランダの熱い唇が下っていく。昼に感じた甘い痺れが頭の芯を揺らす。だが、どうしても解きたい誤解があった。
「ランダにも……触りたい……それはランダへの興味にはならないのか……?」
「ああ、十分だ」
ランダは嬉しそうに息を吐くと、私を担いでベッドに沈めた。柔らかいベッドからは私が抱く欲望には似つかわしくない、幸福な家庭の匂いが舞い上がる。
「私が今、ランダを止めたいのは、ダグラスが来るからであって……」
「ああ。ここもこんなになっているしな」
彼の手が私の足の付け根を這う。
「ぁ……っ!」
「ああ、俺好みの声を出すから、ますます止められなくなる」
「ランダ!」
覆い被さってたランダを押しのけ、スクッと上半身を起こした。
「冗談だ。大魔道士様にもきつく言われているしな」
冗談の程度が常軌を逸しているんだ! それを棚に上げて、よくも私の興味の在りどころをなじったりしたものだな!
「ミカ、体は大丈夫なのか?」
寝転がっていたランダも同様に上半身を起こし、横から私を抱く形で座りなおした。なかなか上級者向けの待遇に、緊張の糸が張り詰める。
「じいやは特に心配性なんだ。私の親といっても遜色ないくらいだが、親バカなのが玉に瑕でな……」
「大魔道士様は乳母みたいなものか?」
「そうだな……出会ったのは十代前半だから、どちらかといえば教師といった方が近いかもしれないが……」
じいやが心配性になったのは私が王宮で一人放り出されていたからに他ならないが、なぜそんな事態になったのかということを伏せて話すことは難しい。
「ランダは六男坊と言っていたが、兄弟は総勢何人なのだ?」
話を逸らしたかった、というよりは世間話の範疇だと思って質問した。以前にも本人の口から六男坊と聞いていたから問題ないと思ったのだ。しかし思いの外、空気が澱み、ランダの口が重くなった。
風通しもよく、清潔で、なにより牧歌的な雰囲気。王宮に上がってからこういった一般家庭に上がることは少なかった。かつて暮らした娼館の寝床に比べると総じて明るく、いかに自分の居た環境が特殊だったか思い知らされる。
カウンターで主人から鍵をもらったランダは、粛々と部屋に向かう。それが私の回答に不満を抱いているように思えて、声ひとつかけられず後に続くことしかできなかった。
だから部屋に入るなり口布を剥ぎ取られた時、ランダは怒っているのだと思った。ランダが両手に持っていた荷物を離した物音が、私の肩を縮こめさせる。
しかし、与えられたのは制裁ではなかった。いや、制裁なのだろうか。熱く激しい口づけは、私の吐く息をすべて巻き取るほど隙のないものだった。
「ダ……ダグラスが……」
「料理を持ってきてくれるかもしれないな。でも我慢ができない」
壁に縫い付けられる両腕。逃げ場を塞がれた私の首筋をランダの熱い唇が下っていく。昼に感じた甘い痺れが頭の芯を揺らす。だが、どうしても解きたい誤解があった。
「ランダにも……触りたい……それはランダへの興味にはならないのか……?」
「ああ、十分だ」
ランダは嬉しそうに息を吐くと、私を担いでベッドに沈めた。柔らかいベッドからは私が抱く欲望には似つかわしくない、幸福な家庭の匂いが舞い上がる。
「私が今、ランダを止めたいのは、ダグラスが来るからであって……」
「ああ。ここもこんなになっているしな」
彼の手が私の足の付け根を這う。
「ぁ……っ!」
「ああ、俺好みの声を出すから、ますます止められなくなる」
「ランダ!」
覆い被さってたランダを押しのけ、スクッと上半身を起こした。
「冗談だ。大魔道士様にもきつく言われているしな」
冗談の程度が常軌を逸しているんだ! それを棚に上げて、よくも私の興味の在りどころをなじったりしたものだな!
「ミカ、体は大丈夫なのか?」
寝転がっていたランダも同様に上半身を起こし、横から私を抱く形で座りなおした。なかなか上級者向けの待遇に、緊張の糸が張り詰める。
「じいやは特に心配性なんだ。私の親といっても遜色ないくらいだが、親バカなのが玉に瑕でな……」
「大魔道士様は乳母みたいなものか?」
「そうだな……出会ったのは十代前半だから、どちらかといえば教師といった方が近いかもしれないが……」
じいやが心配性になったのは私が王宮で一人放り出されていたからに他ならないが、なぜそんな事態になったのかということを伏せて話すことは難しい。
「ランダは六男坊と言っていたが、兄弟は総勢何人なのだ?」
話を逸らしたかった、というよりは世間話の範疇だと思って質問した。以前にも本人の口から六男坊と聞いていたから問題ないと思ったのだ。しかし思いの外、空気が澱み、ランダの口が重くなった。
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