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<番外編>春の梢 ー引越し前夜ー ※

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 風呂から上がった僕は灯の部屋に寄った。明日引越しだというのに灯はまだ箱詰めをしている。そんな灯を横目に僕は窓際に向かって歩き、窓を開け放った。

「夜、今日はもう寝てて」

 僕を見ずに言う灯の背中がとても男らしくて心が少しザワザワする。春の少し冷たい風が僕の肌をくすぐるように通り抜けた。3月中旬の昼は陽だまりに包まれて、夜はそれを恋しがってはにかむような空気だ。街路樹の梢が蕾を隠すようにゆっくり震える。

「今日も……一緒に寝てくれるの?」

 その言葉は僕の心を見抜いているようで、恥ずかしさから俯いたら、灯が顔を覗き込んだ。

「やっぱり、これから2人だけだと不安?」

 僕は慌てて首を振って、逃げるように棚の方へ移動する。もともと、灯から逃げ出すために一人暮らしを選んだのに、まさかその本人と一緒に家を出るなんて考えもしなかった。自分の意思の弱さを責められているようで、手伝う気もなかった荷造りをする素振りをする。

「灯、本当に明日引越しできるの?」

「できるよ! いるものいらないもの選別してたから遅くなっただけだよ」

「今日も一緒に寝たいから手伝うよ」

 僕がそう言ったら灯は黙った。振り返ってみたら灯が優しい顔で笑っている。灯のこの優しい笑顔を見ると、胸の奥がギュッと掴まれたように苦しくなる。僕の願いを叶えるためか、灯が作業に戻ったから、僕は棚の上から荷物を下ろそうと、アルバムを引っこ抜いた。

 棚とアルバムの間に何か挟まっていたのか、無数の紙がバサバサと僕に降りかかる。僕は大変なことをしてしまったと慌てて紙を拾うが、手に取った1枚の絵に目を奪われてしまった。

 そこには僕が描かれていた。モデルを頼まれた覚えもなかったから、多分灯が想像だけで描いたのだろう。しかし一目見た時に自分だとわかるくらいに精巧に描かれていた。音を聞いた灯が慌てて紙を拾いはじめる。

「夜、俺がやるから、やっぱり部屋で待ってて」

 灯が慌てる理由はすぐにわかった。落ちてきた無数の紙には全て僕が描かれていたからだ。僕が腰を折って拾うのを手伝おうとしたら、それを遮るように灯は言った。

「気持ち悪いよね、ごめん」

 灯が謝ることは何もないと僕は慌てて言う。

「僕こそごめん、散らかしちゃって……」

 僕は絵を片付ける傍、全ての絵を確認していく。膨大な数だった。そこにはあちこちを向く僕が描かれていた。時には優しいタッチで、時には荒々しいタッチで、様々な僕が描かれている。そして絵の中の僕が若くなるにつれて絵の技術も拙くなる。最後の方は僕だと認識ができないほど拙い絵だった。これを一つ一つ手に取るたびに、形容し難い温かな感情が胸に広がる。

「俺がデザインの学校デッサンで入れたのは兄さんのおかげだよ」

 そう言って灯は優しく笑い、僕から受け取った絵をまとめてゴミ袋に入れようとする。

「なんで!!」

 突然の大声に灯はビクッと体を震わせた。

「もう、いいんだ。この絵を見るとなんか、いろいろ思い出しちゃうから……」

 それは僕が灯に見向きもしなかった時間を埋めるように描いた絵なのだろう。そう思うと胸の中で何かが暴れて、ここから出してくれともがきはじめた。

「じゃあ、その絵僕にちょうだい」

「え……?」

「灯の気持ち全部ちょうだい」

「こんな絵じゃなくたって……」

「灯が僕を思って描いてくれたんでしょ? 今までも、これからも、全部ちょうだいよ」

 僕を見て固まっている灯の手から紙の束を奪い取る。そして1番幼く拙い絵を眺めた。何歳の頃に描いたのかはわからないが、僕を慕い続けてくれた年月に心が押しつぶされそうだった。

「新しいの描いてあげるから」

 1番自分が納得できない絵だったのだろう、灯は僕の手から紙の束を奪い返そうとした。僕はそれを胸に抱いて抵抗する。

「灯が思ってくれていた時間を、僕からも灯からも奪わないでよ」

 灯はびっくりした顔で僕を見続けていた。その瞳に映る自分自身をこの時ほど意識したことはない。

「灯は優しいからそういうの僕が気にすると思ってるかもしれないけど、僕は嬉しいんだ。もっとはやくこうなりたかった。けど嬉しい」

 灯がそっと近づいてきて、紙の束を胸に抱く僕ごと抱きしめる。

「灯……もう待てない……僕に全部ちょうだい」

 灯は紙の束を受け取って、それを棚に置いた。灯が僕のボタンに手をかけた時、さっき自分で窓を開け放ったことを思い出す。灯をすり抜け、窓を閉めた時、僕のシャツの裾から灯の手が素肌を這い上がってきた。僕の胸の先端に迷わず指が到達し僕は息を漏らす。

「カーテン……」

「閉めて、夜の前は開けて」

 カーテンを閉めた時、灯が僕の胸の先端に立つそれをきつくつねった。

「あ、あ、あぁ、まって」

「もうこんななってる」

 そう言って灯は熱い下半身を僕の腰になすりつけた。灯の言う通りにボタンを外そうと思うが、その度に灯が指で乳首を挟みグリグリと練り上げる。もう何度もそうされているせいで、それだけで下半身が疼いて前屈みになる。それでも灯は許してくれずに容赦なく摘むから、ボタンを全て外し終わる頃にはカーテンを掴んでやっと立っていられるほどになってしまった。

 僕の耳を折りたたむように灯の唇が喰む。

「は……あ……ぁあっ」

 僕の名前を耳元でささやきながら、声と共に舌が中に入ってくる。

「ふ……んんっ……あぁ……あかる……」

 そのまま耳の中まで快感が押し寄せ、足がガクガクと震える。カーテンを掴んでいた僕の片手を灯が握り、そしてひっくり返される。

「夜は綺麗だ……」

 灯は少し屈んで、僕の腹から焦らすように手を這わせる。そして服をそっと開いた。

「は……恥ずかしいよ……」

 煌々とライトに照らされる自分の肌がやけに白く感じる。

「夜、見てて……」

 そう言い灯が口を開けながら胸に近づいてくる。僕の先端に丸ごと吸い付き、そして離れ、下の先端で先を舐めたと思えば、また全体に吸いつかれる。明るいところで見る灯の愛撫は、大切なおもちゃを何度も見る子どもの頃のそれとよく似ていた。灯の丹念な舌の動きと、時々僕の目を見るその視線に、痺れるような甘い疼きで時々震えてしまう。

 僕に声を漏らして欲しいと、灯は片手をもう一方の先端へ、もう片方を僕の硬くなった下半身へ手を伸ばす。

「ぁ……ぁん……ぁかる……」

 僕が呼ぶと、灯は鎖骨から首から顎から、何度もキスをしながら体を起こし、僕の耳の後ろに吸い付いた。

「気持ちいいでしょ?」

「ぁ……もう……したい……ちゃんと……準備したから……」

「ん……もう少し……俺のこと見てて……」

 灯の甘い声に目眩を起こしながら、僕は口の中に灯の舌を受け入れる。もっと欲しいと舌を絡ませるのに、灯は唇を離してしゃがんでしまった。下着ごと下を下ろして、僕の熱源が空気に晒される。灯はそれに頬ずりをして、ゆっくりと口に含む。いつも激しくしごかれるそれを優しいキスをするように舌で撫でられる。

「ぁ……ぁ……気持ちいい……」

 僕がそう言うと灯はとても喜ぶ。明るい場所で似つかわしくない水音が部屋に響く。ピチャピチャと僕の中心に夢中になる灯に、いいようのない愛おしさを感じ、快楽が体全体を走り抜ける。

「あかるにも……したい……」

 次の瞬間急に後ろの窄まりに灯の指が突き入れられた。

「ああぁっ……なんで……!」

 いつの間に潤滑剤を用意したんだろう、そういう疑問だったが、灯はそれを履き違えて僕の後ろを執拗に責めた。

「あっ!あっ!まって……!」

 言葉ではもう止められないと、僕は灯を無視して反対側を向いた。恥を忍んで自分の尻を持ち、灯に懇願する。

「灯……もう入れて……お願い……」

「夜は……ずるいよ……」

 何がずるいんだと思った瞬間、灯の体の中心が僕の中に突き立てられる。

「ぁ……夜……夜もうイきそうだね?」

 あまりの衝撃に声にならない声が漏れる。自分でもどうなってしまったのかわからないくらい、自分自身の制御ができない。

「おさえててあげるから……我慢しないで……イこう?」

「ぁんんっ! は……まって……まってぇ……」

「ほらここ、すごく熱くなってる」

「あっあっああぁっ、まって!あかうぅっまってぇダメぇ!ああっ」

 灯は容赦なく僕の尻に腰を打ち付ける。本当に数える程度打ち付けられたところで、僕は灯の手の中に白濁を溢してしまった。

 灯は手で受け取ると、嬉しそうに僕の揺れる首筋に唇を寄せる。

「あぁ……ごめん……ごめん……なんで……」

「我慢できない夜の方が好き……」

 チュッチュッと僕の後ろからリップ音が聞こえる。

「でも、あんまり出すと体おかしくなっちゃうから、今日はこれで終わりにしよ? 明日疲れちゃうから」

 灯のその気遣いとは対象的な自分の堪え性のなさに、情けなさが込み上げてくる。灯は必要以上に僕に無理をさせない。だから我慢をして、灯を満足させたいのに、最近は挿入と同時に吐き出すこともあるくらい堪え性がなかった。

 与えられた快感の余韻で涙腺が緩み、涙をボタボタ溢してしまう。

「灯……もっとしたい……」

「え、え!? 夜なんで泣いてるの? 痛かった!?」

「灯の……奥に出してもらいたい……」

「そんな……それで泣いてるの……? 俺のことなんか気にしなくていいから……泣かないでよ……」

 灯は狼狽た後、僕をきつく抱きしめた。そして胸を撫でてくれる。

「ちゃんと夜の中に出してあげるから……泣かないで……ごめんね……あっちいこ……」

 ベッドに行くよう促され、灯は僕の出した白濁を拭き取った。ベッドに歩いてくる間に灯は全ての服を脱ぎ捨てて、まっすぐ僕に向かってくる。明るいところで見る灯の均整のとれた体躯に腰の奥がギュッとなる。

 優しいキスを何度もされて、そのまま押し倒される。もうこれ以上は無理だとわかってくれたのか、灯はゆっくり僕の中に入ってきてくれた。

「ゆっくり動くから、イきそうになったら言って……」

 そう言って、灯は腰をなすりつけるように動かした。僕は我慢ができるよう、灯の背中に手を回す。灯は動くたびに背中の筋肉が盛り上がり、全身で僕を愛してくれていると思うと、前も後ろもおかしいくらい敏感になってしまう。

「夜のなか、すごいことになってる……」

「あ……あかるの気持ちいいところ……もっと知りたいのに……なんで僕は……」

「夜もわかってるでしょ? ここ、この中すごく気持ちいいんだって」

「灯の……熱い……」

「夜の中入れちゃうと、俺も我慢できなくなるから……意地悪してごめんね……」

 灯の背中の筋肉が盛り上がって、腰を奥深くまで押し付けられる。

「はぁっ、あっあっあっ!」

「夜が奥も気持ち良くなってくれて嬉しい」

 グチュ、音を立てて腰を抜かれ激しく奥に戻される。しばらく奥をグイグイと押されて、また抜かれる。ゆっくりとその動作が繰り返された。

「夜、もう俺が限界なのわかる?」

「わかる……ああっ……僕も……ダメ……!」

「うん、わかるよ。2人で一緒にいくよ?」

「うん……うん……ああぁっ!」

 そこから灯は全身の筋肉を伸縮させて僕を押し上げた。僕の声が上ずると、灯が苦しそうな顔をする。明るいところで見る灯はとても余裕がない顔をしていて、僕だけがいつもこんなに切羽詰まっているわけではないんだと安堵が広がった。

 僕は灯の視線に抱かれて、絶頂に達する。音が聴こえるほど激しく白濁を吐き出したら、急に灯の息遣いが変わった。僕の名を何度も呼びながら腰をゆすり、最奥に何度か打ち付けたら、灯が僕の中に注ぎ込まれた。

 目を閉じ、汗を流して息を荒げる。灯のその顔が愛おしくて、僕は手を伸ばして頬をに触れた。灯は掌にキスをして顔を預ける。我慢がならないといった感じで僕の唇を求め、最後まで出し切るかのように自身を奥になすりつけた。

「灯……好き……あかる……」

「うん……俺の方が夜を好きだよ……夜が嫌だって言っても、これから毎日夜を抱く」

「嬉しい……」

 本当に? そう言って微笑む灯の顔にまた胸がギュッと掴まれる。僕らはこれからどうなってしまうのだろうなんて不安など何もなかった。ただただ灯の愛に報いたい。灯をもっと愛したい。そうやってこれからも夢中で灯を求めるのだろう。

「夜……もう一回お風呂入ってきて……それまでに片付けるから」

「うん……もう1回だけして……」

「ん……」

 灯は1回とはいわず、顔中にキスを落としてくれる。最後に唇に触れたら、上体を起こして、僕を引っ張った。

 はやく風呂に行かなきゃと思うのに、灯から離れられず、胸のあたりに抱きついた。灯は早くしろとも、やめろとも言わずに僕を受け入れ続けてくれる。

「灯……あの絵、絶対に捨てないでね」

 念を押す僕の言葉に、また胸が痛くなる笑顔でこたえる。

「うん……うん……夢みたいだ……」

 こんななんでもないことで喜ぶ灯が、僕の胸を壊してしまう前に立ち上がった。

「今日も一緒に寝ようね」

「うん、お風呂出たら部屋で待ってて」

 僕が部屋を出ようとして振り返ると、汗に濡れた体を晒し、灯が優しい笑顔で僕を見送っていた。

 2人の生活に不安なんてない。でも、灯のあの笑顔に僕の心臓が耐えられるのかだけが心配になった。

<END>
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