6 / 25
第6話 兄の変貌
しおりを挟む
あれから兄が変わったことといえば、指が一本以上入るようになったこと、ドライで何度もいけるようになったこと、そして週に2回以上外泊をするようになったことだ。俺は毎朝夢精を繰り返している。
土曜日、珍しく昼間に夜が部屋に篭っていたので、コーヒを立てて牛乳を温めた。3月初旬といえどまだまだ寒い。暖かいカフェオレが完成したらマグカップを2つ持って兄の部屋に入った。
「兄さん、勉強忙しい? ちょっと休憩しない?」
夜は振り向きも声も発しない。仕方がないのでマグカップを持ったままベッドの端に座った。
「兄さん大学はどうやって選んだの? 俺もそろそろ進路を決めなきゃいけないんだけど……」
兄はまるで俺がいないかのように黙々とラップトップで何かを打ち込んでた。ベッドから立ち上がり、夜の背後に立つ。その気配を察してか夜が突然口を開いた。
「レポート全然できてないから、話しかけないでくれる?」
その剣幕は今まで全ての時間の浪費を責めているかのようだった。そのままマグカップを夜の机に置いて、いつか買ってきた未開封のペッドボトルのコーヒーを持って部屋を出た。
部屋の戸をゆっくり閉める間、夜の後ろから少しだけ眺める。相変わらず俺の存在など気にする素振りもない冷たい背中だった。戸に手をついて上を見上げ、息を短く何度か吐いて気持ちを落ち着かせる。
自分の部屋に戻ったら一日中天井を見ていた気がする。階下で夕食だと母が呼ぶ声がしてはじめて夜が居ないことに気がついた。
「兄さんは……?」
「さっき出て行ったわよ。今日も友達の家に泊まってくるって言ってた」
「そっか……」
母と2人だけの食事が用意されたダイニングの椅子に腰掛ける。
「もうテストが終わったからハメ外して遊んでるのよ」
そうか。レポートとかも多分嘘だったんだな。
「どうしたの灯、天井になんかついてる?」
「花粉症なのかな? 鼻が詰まってて……上向くと鼻が通りやすくなるんだ」
息苦しい。でも血は繋がっていないのに息をするように嘘を吐くところはとても似ている。違うのは夜は明確に俺を傷つけようとして嘘をつくことだ。
その時急に夜の胸の匂いがした。
俺は立ち上がりトイレに駆け込む。服も下ろさず便座に座り顔を上げて息を何度も何度も吐き出す。
夜にこんな嫌な嘘をつかせているのは俺だ。
そう思うと掻き毟りたいくらいビリビリと痺れて胸が痛い。その胸を叩くように母がトイレの戸を叩く。
「灯!? どうしたの!? 鍵開けて!!」
もう一言でも喋ったら涙が溢れそうなのに、母はそれを許さない。
「おかあさん……ごめん……お腹痛くて……」
「大丈夫なの!?」
本当は大丈夫じゃない。助けて欲しい。お母さんの大事な息子を汚した。赤の他人が兄弟という特権を使って汚したのだ。
「大丈夫……」
大丈夫なことといえば、一線を超えていない、それくらいしかなかった。心が手に入らないのであればこんなに固執することはないのに、当てずっぽうに動き回って袋小路に立った。
「おかあさん……大丈夫……」
最近よく天井を見る。そこにずっと探していた光景があった。昔はよく夜に抱きついて顔を見上げていた。昔から自分の行動は何一つ変わっていない。
でも夜をあんな風に変えたのは俺だ。
次の日の朝早く、いつものように下着を洗っていた。最近は虚しさや罪悪感も薄れて気が抜けていたんだと思う。だから玄関の戸が開く音が聞こえた時に必要以上に狼狽えて、洗ってる途中の下着をそのまま洗濯機に放り込み玄関先まで出た。
「お、おかえり、夜。随分はやいんだね」
夜は無言のまま靴を脱ぎ俺の横を通り過ぎようとした時、いつもとは違うシャンプーの匂いがした。その衝撃に耐えられずつい夜の腕を掴む。
「夜……どこに泊まってたの……」
夜は俺の腕を振り払い歩き出そうとしたので、また掴んだ。
「関係ないでしょ……離してよ……」
「関係なく……ない……」
腕を引き寄せて夜を抱きしめる。
「夜っ……」
俺の懇願など無視して夜は渾身の力で俺を引き剥がす。久しぶりに夜と目が合った。だから疑問が口からこぼれ落ちた。
「誰に……抱かれたの……?」
夜の返事は平手打ちだった。すごい音が響き渡ったが片方の耳でしかそれをきけなかった。片耳はキーンと甲高い音を拾いいつまでも煩くて、母が玄関先に来るまで茫然自失で立ち尽くしていた。
土曜日、珍しく昼間に夜が部屋に篭っていたので、コーヒを立てて牛乳を温めた。3月初旬といえどまだまだ寒い。暖かいカフェオレが完成したらマグカップを2つ持って兄の部屋に入った。
「兄さん、勉強忙しい? ちょっと休憩しない?」
夜は振り向きも声も発しない。仕方がないのでマグカップを持ったままベッドの端に座った。
「兄さん大学はどうやって選んだの? 俺もそろそろ進路を決めなきゃいけないんだけど……」
兄はまるで俺がいないかのように黙々とラップトップで何かを打ち込んでた。ベッドから立ち上がり、夜の背後に立つ。その気配を察してか夜が突然口を開いた。
「レポート全然できてないから、話しかけないでくれる?」
その剣幕は今まで全ての時間の浪費を責めているかのようだった。そのままマグカップを夜の机に置いて、いつか買ってきた未開封のペッドボトルのコーヒーを持って部屋を出た。
部屋の戸をゆっくり閉める間、夜の後ろから少しだけ眺める。相変わらず俺の存在など気にする素振りもない冷たい背中だった。戸に手をついて上を見上げ、息を短く何度か吐いて気持ちを落ち着かせる。
自分の部屋に戻ったら一日中天井を見ていた気がする。階下で夕食だと母が呼ぶ声がしてはじめて夜が居ないことに気がついた。
「兄さんは……?」
「さっき出て行ったわよ。今日も友達の家に泊まってくるって言ってた」
「そっか……」
母と2人だけの食事が用意されたダイニングの椅子に腰掛ける。
「もうテストが終わったからハメ外して遊んでるのよ」
そうか。レポートとかも多分嘘だったんだな。
「どうしたの灯、天井になんかついてる?」
「花粉症なのかな? 鼻が詰まってて……上向くと鼻が通りやすくなるんだ」
息苦しい。でも血は繋がっていないのに息をするように嘘を吐くところはとても似ている。違うのは夜は明確に俺を傷つけようとして嘘をつくことだ。
その時急に夜の胸の匂いがした。
俺は立ち上がりトイレに駆け込む。服も下ろさず便座に座り顔を上げて息を何度も何度も吐き出す。
夜にこんな嫌な嘘をつかせているのは俺だ。
そう思うと掻き毟りたいくらいビリビリと痺れて胸が痛い。その胸を叩くように母がトイレの戸を叩く。
「灯!? どうしたの!? 鍵開けて!!」
もう一言でも喋ったら涙が溢れそうなのに、母はそれを許さない。
「おかあさん……ごめん……お腹痛くて……」
「大丈夫なの!?」
本当は大丈夫じゃない。助けて欲しい。お母さんの大事な息子を汚した。赤の他人が兄弟という特権を使って汚したのだ。
「大丈夫……」
大丈夫なことといえば、一線を超えていない、それくらいしかなかった。心が手に入らないのであればこんなに固執することはないのに、当てずっぽうに動き回って袋小路に立った。
「おかあさん……大丈夫……」
最近よく天井を見る。そこにずっと探していた光景があった。昔はよく夜に抱きついて顔を見上げていた。昔から自分の行動は何一つ変わっていない。
でも夜をあんな風に変えたのは俺だ。
次の日の朝早く、いつものように下着を洗っていた。最近は虚しさや罪悪感も薄れて気が抜けていたんだと思う。だから玄関の戸が開く音が聞こえた時に必要以上に狼狽えて、洗ってる途中の下着をそのまま洗濯機に放り込み玄関先まで出た。
「お、おかえり、夜。随分はやいんだね」
夜は無言のまま靴を脱ぎ俺の横を通り過ぎようとした時、いつもとは違うシャンプーの匂いがした。その衝撃に耐えられずつい夜の腕を掴む。
「夜……どこに泊まってたの……」
夜は俺の腕を振り払い歩き出そうとしたので、また掴んだ。
「関係ないでしょ……離してよ……」
「関係なく……ない……」
腕を引き寄せて夜を抱きしめる。
「夜っ……」
俺の懇願など無視して夜は渾身の力で俺を引き剥がす。久しぶりに夜と目が合った。だから疑問が口からこぼれ落ちた。
「誰に……抱かれたの……?」
夜の返事は平手打ちだった。すごい音が響き渡ったが片方の耳でしかそれをきけなかった。片耳はキーンと甲高い音を拾いいつまでも煩くて、母が玄関先に来るまで茫然自失で立ち尽くしていた。
0
お気に入りに追加
431
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
執着男に勤務先を特定された上に、なんなら後輩として入社して来られちゃった
パイ生地製作委員会
BL
【登場人物】
陰原 月夜(カゲハラ ツキヤ):受け
社会人として気丈に頑張っているが、恋愛面に関しては後ろ暗い過去を持つ。晴陽とは過去に高校で出会い、恋に落ちて付き合っていた。しかし、晴陽からの度重なる縛り付けが苦しくなり、大学入学を機に逃げ、遠距離を理由に自然消滅で晴陽と別れた。
太陽 晴陽(タイヨウ ハルヒ):攻め
明るく元気な性格で、周囲からの人気が高い。しかしその実、月夜との関係を大切にするあまり、執着してしまう面もある。大学卒業後、月夜と同じ会社に入社した。
【あらすじ】
晴陽と月夜は、高校時代に出会い、互いに深い愛情を育んだ。しかし、海が大学進学のため遠くに引っ越すことになり、二人の間には別れが訪れた。遠距離恋愛は困難を伴い、やがて二人は別れることを決断した。
それから数年後、月夜は大学を卒業し、有名企業に就職した。ある日、偶然の再会があった。晴陽が新入社員として月夜の勤務先を訪れ、再び二人の心は交わる。時間が経ち、お互いが成長し変わったことを認識しながらも、彼らの愛は再燃する。しかし、遠距離恋愛の過去の痛みが未だに彼らの心に影を落としていた。
更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です
X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl
制作秘話ブログ: https://piedough.fanbox.cc/
メッセージもらえると泣いて喜びます:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる