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第6章 シュトラウス家の紋章
第11話 焦がれる秋月
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あれから、日々の試合は淡々と行われ、各地の猛者がしのぎを削って俺の手の甲に唇を寄せた。そして最後の決戦者が俺の手を求めた時、国営試合の幕は下ろされた。
結局、アンドリューは試合には復帰できなかった。シーバルの用意した医療をもってしても自然治癒を待つばかりで、内部で折れた骨につける薬草はなかったのだ。
シーバルはそれに酷く責任を感じていたらしく、せめて痛みだけは取り除きたいと、試合の合間にせっせと薬草を練って、アンドリューの元へ向かう袖下に薬を持たせた。
「それはアンドリューの薬草?」
「違うよ、これはリノに塗ってもらう薬草」
シーバルの肩の傷はすっかり塞がっていたが、お互い気恥ずかしさからいつまでもそう呼び続けている。
「今日で、リノをひとりじめできるのは最後か……」
明日、アンドリューは使用人カルロに領地を明け渡し、この王宮に献上される。シュトラウス家の剣まで献上するなんて前代未聞だったが、アンドリューのそれまでの戦歴から、婚姻はあっさりと認められたという。
全試合の日程が終了するまでだいぶ時間はあった。しかしこういった手続き上の話ばかりで、本当のところシーバルがどう思っているのかは聞けずにいた。お互い意図的にそこから目を逸らし、2人だけの時間を惜しんでいるようにも思えたのだ。
「シーバルには……感謝している……俺は意気地がなくて、大切な場面でいつも……」
選択をする度胸がない。そう言うのを憚ったのは、人の愛を度胸で片付けられることが不相応な気がして俺は言葉を続けられなかった。
「ねぇ、リノ……。本当はさ、最後の最後まで、アンドリューと根競べしてたんだ」
彼のいう最後とはいつの時点なのか。それは今なのか、それとも3人で婚約するということを決断した時点なのか、言葉が足りず続きを待つより他ない。
「リノの幸せを第一に考えて、お互い身を引いてその愛を証明するなんて……」
シーバルの言わんとしていることがなんとなくわかった。しかし3人で暮らすなんて言いながら、シーバルはまたあの滝の畔で悲しむのではないかと心配していた。
「アンドリューが試合終了後にあんなことになった時、俺はどうしたらいいかわからなかったんだ。でも……」
シーバルが俺の腕を掴み急に引き寄せた。そして、珍しく俺をキツく抱きしめる。
「リノはひとりで悲しまないでって。そう言ってくれた。前が見えなくなった俺に、道を教えてくれた……。リノ……」
耳に押し当てられる熱い唇。シーバルの声は細くうわずっていた。
「リノは俺もアンドリューも愛してくれる。だからリノも俺を信じてほしい……。きっと楽しいよ?」
鼻を啜るシーバルが、一層俺を強く抱きしめる。
彼が震えるから、俺の胸が共振しているのではない。俺はシーバルの思いに共鳴していた。
不幸を前に怯えて立ち止まるのは、臆病だからじゃない。もがき苦しむのは道が見えないからだ。
それを盲目にさせるのは、もしかしたら神から与えられた才の差によるのかもしれない。でも幸運にも道が照らされた者は、生き方を選ぶことができるのだ。
その幸運をシーバルはアンドリューに分け与えると決断してくれた。
「今回の厄災の冬は磐石だね。3人で稽古もしたい」
「うん、でも、リノが少しでもアンドリューを贔屓したら、俺。アンドリューをコテンパンにして追い出すからね」
「うん……」
「リノが1番大変なんだから……」
「シーバル……本当だよ……」
俺が耳を撫でたら、シーバルは素直に体を離してくれた。だから、ほのかに黄金の宿る瞳をまっすぐ見て、畏敬と謝意を形にする。
「シーバルを愛してる」
そのまま唇を奪われて、彼の表情は見えなかった。でも服をむしり、俺の肌を荒々しく貪るシーバルは、その愛を伝えようと必死だった。
空が白むまで確かめあった2人に、明日の憂いはもうなかった。あるのは、あの日に戻れる期待だけ。
結局、アンドリューは試合には復帰できなかった。シーバルの用意した医療をもってしても自然治癒を待つばかりで、内部で折れた骨につける薬草はなかったのだ。
シーバルはそれに酷く責任を感じていたらしく、せめて痛みだけは取り除きたいと、試合の合間にせっせと薬草を練って、アンドリューの元へ向かう袖下に薬を持たせた。
「それはアンドリューの薬草?」
「違うよ、これはリノに塗ってもらう薬草」
シーバルの肩の傷はすっかり塞がっていたが、お互い気恥ずかしさからいつまでもそう呼び続けている。
「今日で、リノをひとりじめできるのは最後か……」
明日、アンドリューは使用人カルロに領地を明け渡し、この王宮に献上される。シュトラウス家の剣まで献上するなんて前代未聞だったが、アンドリューのそれまでの戦歴から、婚姻はあっさりと認められたという。
全試合の日程が終了するまでだいぶ時間はあった。しかしこういった手続き上の話ばかりで、本当のところシーバルがどう思っているのかは聞けずにいた。お互い意図的にそこから目を逸らし、2人だけの時間を惜しんでいるようにも思えたのだ。
「シーバルには……感謝している……俺は意気地がなくて、大切な場面でいつも……」
選択をする度胸がない。そう言うのを憚ったのは、人の愛を度胸で片付けられることが不相応な気がして俺は言葉を続けられなかった。
「ねぇ、リノ……。本当はさ、最後の最後まで、アンドリューと根競べしてたんだ」
彼のいう最後とはいつの時点なのか。それは今なのか、それとも3人で婚約するということを決断した時点なのか、言葉が足りず続きを待つより他ない。
「リノの幸せを第一に考えて、お互い身を引いてその愛を証明するなんて……」
シーバルの言わんとしていることがなんとなくわかった。しかし3人で暮らすなんて言いながら、シーバルはまたあの滝の畔で悲しむのではないかと心配していた。
「アンドリューが試合終了後にあんなことになった時、俺はどうしたらいいかわからなかったんだ。でも……」
シーバルが俺の腕を掴み急に引き寄せた。そして、珍しく俺をキツく抱きしめる。
「リノはひとりで悲しまないでって。そう言ってくれた。前が見えなくなった俺に、道を教えてくれた……。リノ……」
耳に押し当てられる熱い唇。シーバルの声は細くうわずっていた。
「リノは俺もアンドリューも愛してくれる。だからリノも俺を信じてほしい……。きっと楽しいよ?」
鼻を啜るシーバルが、一層俺を強く抱きしめる。
彼が震えるから、俺の胸が共振しているのではない。俺はシーバルの思いに共鳴していた。
不幸を前に怯えて立ち止まるのは、臆病だからじゃない。もがき苦しむのは道が見えないからだ。
それを盲目にさせるのは、もしかしたら神から与えられた才の差によるのかもしれない。でも幸運にも道が照らされた者は、生き方を選ぶことができるのだ。
その幸運をシーバルはアンドリューに分け与えると決断してくれた。
「今回の厄災の冬は磐石だね。3人で稽古もしたい」
「うん、でも、リノが少しでもアンドリューを贔屓したら、俺。アンドリューをコテンパンにして追い出すからね」
「うん……」
「リノが1番大変なんだから……」
「シーバル……本当だよ……」
俺が耳を撫でたら、シーバルは素直に体を離してくれた。だから、ほのかに黄金の宿る瞳をまっすぐ見て、畏敬と謝意を形にする。
「シーバルを愛してる」
そのまま唇を奪われて、彼の表情は見えなかった。でも服をむしり、俺の肌を荒々しく貪るシーバルは、その愛を伝えようと必死だった。
空が白むまで確かめあった2人に、明日の憂いはもうなかった。あるのは、あの日に戻れる期待だけ。
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