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第6章 シュトラウス家の紋章
第9話 兄弟の願い
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浅い息で苦痛と戦うアンドリューに対峙する。さまざまな衝動が心に渦巻いているのに、俺は一言さえ発することができなかった。
「リノ」
アンドリューが俺の名を呼ぶ。今すぐにでも駆け寄って抱きつきたいのに、それができない。俺は呼ばれたままの時間の中に閉じ込められて、身動きひとつできずにいた。
せっかく会えた貴重な時間を浪費する、そんな兄弟にシーバルは狼狽えはじめた。
「リノ、もし俺がいない方がよければ……」
「いや、シーバル。いいんだ。リノをこんな風にさせたのは俺なんだ。随分と酷いことをしてきたからな」
「リノから話は聞いたよ。でも、どうせリノと一緒にいたいから血が繋がってないこと隠して、ややこしいことになっちゃったんでしょ?」
シーバルの言葉にアンドリューは心底驚いた顔をする。
「なんだ、知ってたのか」
「エルフじゃなくても、さすがにわかるよ」
「そんなことならお前に相談でもすればよかったよ。急にいなくなって、どこ行ってたんだ」
「ちょっとね……でもその間もアンドリューに負けないように、剣術を磨いてたんだ。リノもアンドリューと決戦したかったみたいだよ。それで国営試合までずっとリノに稽古をつけてたんだ」
俺が黙っている間に2人は談笑をはじめたが、その一部始終が胸に迫る。アンドリューが不意に見せた笑顔で、俺は完全にあの丘の風景に放り出されていた。
「最後の最後に、リノの願いも叶えられないとはな……今日の試合に免じて許してくれないか。リノ」
肯定も、否定もできない。喉になにか詰まったみたいで、一言も喋れないのだ。
「シーバル、少しリノに触ってもいいか?」
「兄弟なんだから! そんなことは聞かなくても大丈夫だよ!」
アンドリューは苦笑しながら俺に近づく。そして真正面に立つと、左手を上げて、俺の髪の毛をそっと撫でた。
彼は自分で伸ばした指先を見つめることに一生懸命で、俺と目を合わせない。その指先が耳を撫で、頬を撫でたところで、アンドリューの目が充血して真っ赤になった。その色が永遠の別れを惜しんでいるのだと理解したら、瞳を見ていられなかった。
アンドリューに1歩近づいて、胸に顔を埋める。小刻みに震える胸。その奥から声が響く。
「今日リノに会ったら……どんな風に抱きしめようかって……練習したんだ……」
アンドリューの左手は、空気を掴むかのように優しく俺の背中に添えられる。折れた片腕を動かそうとする気配だけが伝わるが、両腕で抱き寄せられはしなかった。
「練習ではうまくできてたんだ……でも、そんな資格はなかったみたいだ……」
額に熱いものが押し当てられる。あまりに唐突で、それが長年夢見てきたアンドリューからの祝福だとは、認識できなかった。
「リノ。愛している。これからもずっと。リノの幸せを祈っている」
離れようとするアンドリューの腰から手を回して、背中を抱き寄せる。離れることなんてできない。ダメだとわかっているのに、涙が溢れだす。それが呼び水になって、濁流に飲み込まれてしまった。
俺はアンドリューも、シーバルも手がつけられないほどに泣きじゃくってしまう。言葉が出てこない以上、自分の気持ちをこんな形でしか表現することができなかった。
「リノがそうなっちゃったら、次の朝まで離れないよ」
自分の嗚咽の合間にシーバルの声が聞こえる。
「よく知ってるな。俺はこんなリノを初めて見たぞ」
「前も、アンドリューを見た後だったよ。あの丘に帰りたいって」
シーバルの言葉に今までの自分の決断が走馬灯のように流れ、泣くことがどれだけ無責任かを思い知る。しかしそう思えば思うほど嗚咽が止まらない。サーガに稽古をつけてもらった時の剣と一緒だ。この先の結果を恐れ、切先が左右に振れて止まらないのだ。
「リノ」
アンドリューが俺の名を呼ぶ。今すぐにでも駆け寄って抱きつきたいのに、それができない。俺は呼ばれたままの時間の中に閉じ込められて、身動きひとつできずにいた。
せっかく会えた貴重な時間を浪費する、そんな兄弟にシーバルは狼狽えはじめた。
「リノ、もし俺がいない方がよければ……」
「いや、シーバル。いいんだ。リノをこんな風にさせたのは俺なんだ。随分と酷いことをしてきたからな」
「リノから話は聞いたよ。でも、どうせリノと一緒にいたいから血が繋がってないこと隠して、ややこしいことになっちゃったんでしょ?」
シーバルの言葉にアンドリューは心底驚いた顔をする。
「なんだ、知ってたのか」
「エルフじゃなくても、さすがにわかるよ」
「そんなことならお前に相談でもすればよかったよ。急にいなくなって、どこ行ってたんだ」
「ちょっとね……でもその間もアンドリューに負けないように、剣術を磨いてたんだ。リノもアンドリューと決戦したかったみたいだよ。それで国営試合までずっとリノに稽古をつけてたんだ」
俺が黙っている間に2人は談笑をはじめたが、その一部始終が胸に迫る。アンドリューが不意に見せた笑顔で、俺は完全にあの丘の風景に放り出されていた。
「最後の最後に、リノの願いも叶えられないとはな……今日の試合に免じて許してくれないか。リノ」
肯定も、否定もできない。喉になにか詰まったみたいで、一言も喋れないのだ。
「シーバル、少しリノに触ってもいいか?」
「兄弟なんだから! そんなことは聞かなくても大丈夫だよ!」
アンドリューは苦笑しながら俺に近づく。そして真正面に立つと、左手を上げて、俺の髪の毛をそっと撫でた。
彼は自分で伸ばした指先を見つめることに一生懸命で、俺と目を合わせない。その指先が耳を撫で、頬を撫でたところで、アンドリューの目が充血して真っ赤になった。その色が永遠の別れを惜しんでいるのだと理解したら、瞳を見ていられなかった。
アンドリューに1歩近づいて、胸に顔を埋める。小刻みに震える胸。その奥から声が響く。
「今日リノに会ったら……どんな風に抱きしめようかって……練習したんだ……」
アンドリューの左手は、空気を掴むかのように優しく俺の背中に添えられる。折れた片腕を動かそうとする気配だけが伝わるが、両腕で抱き寄せられはしなかった。
「練習ではうまくできてたんだ……でも、そんな資格はなかったみたいだ……」
額に熱いものが押し当てられる。あまりに唐突で、それが長年夢見てきたアンドリューからの祝福だとは、認識できなかった。
「リノ。愛している。これからもずっと。リノの幸せを祈っている」
離れようとするアンドリューの腰から手を回して、背中を抱き寄せる。離れることなんてできない。ダメだとわかっているのに、涙が溢れだす。それが呼び水になって、濁流に飲み込まれてしまった。
俺はアンドリューも、シーバルも手がつけられないほどに泣きじゃくってしまう。言葉が出てこない以上、自分の気持ちをこんな形でしか表現することができなかった。
「リノがそうなっちゃったら、次の朝まで離れないよ」
自分の嗚咽の合間にシーバルの声が聞こえる。
「よく知ってるな。俺はこんなリノを初めて見たぞ」
「前も、アンドリューを見た後だったよ。あの丘に帰りたいって」
シーバルの言葉に今までの自分の決断が走馬灯のように流れ、泣くことがどれだけ無責任かを思い知る。しかしそう思えば思うほど嗚咽が止まらない。サーガに稽古をつけてもらった時の剣と一緒だ。この先の結果を恐れ、切先が左右に振れて止まらないのだ。
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