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第6章 シュトラウス家の紋章
第2話 カルロへの書簡(アンドリュー)
しおりを挟む「アンドリュー様!」
朝の澄んだ空気を切り裂くような叫び声とともに、扉が開かれる。最近、カルロはノックすらしない。
「リノから返信があったのか?」
起き上がるのも億劫で、ベッドの上に肘を立てた。そこに書簡が投げつけられる。
「カルロ宛ではないか」
「私がご覧いただきたいと望んでいます」
「今の態度で内容はよくわかった。すまんが昨日の試合で疲れて……」
空気の流れが変わったから、諦めて書簡を開く。そこから漂う花の香り。落ち着いた環境で書いたとわかる筆跡で、リノールの凛とした姿が浮かび上がった。
筆跡が愛おしくて、指で文字をなぞった時に、咳払いをされる。
「書簡はそういう用途ではございません」
頭の片隅に、内容を知りたくないという自分がいた。しかし、そんな自分と決別したはずだ。そう奮い立たせ、視線を落とす。
まずは書簡の返信が遅くなったことのお詫びが、丁寧に綴られていた。手違いで4通まとめて受け取ったという。
「送ったのは3通と言っていなかったか?」
「その続きに内容も書かれております」
──カルロの記載した内容に、驚きと、戸惑いがありました。アンドリューがどんな気持ちで国営試合に臨むのか、それはカルロの言うとおり、自分自身の目で確かめます。
国営試合は2週間続きますが、その日ごとの勝者に授与式が執り行われると聞き及びました。次期国王の配慮で、アンドリューが勝ち上がった場合に限り、特別に面会を許されました。
どうかそのことだけ、アンドリューにお伝えください。
最後に。カルロ、本当に毎日、俺の幸福を祈ってくれてありがとう。最後の書簡などと、寂しいことを言わないでくれ。俺もカルロとアンドリューの幸福を祈っている──
「国王とは親密になったようだな。面会のおねだりができるとは」
それに、書簡から幸福が滲み出ていた。夏の暑い盛りに書かれたとは思えない、春の匂いすら感じるような穏やかな雰囲気。
その雰囲気を壊すかのような不穏な空気が、カルロから流れ出ている。
「リノの下す決断を、歪めないでやってほしい。試合には出る。それで……」
「それで?」
それで負けても、何度でも。しかしその願望に人の人生を巻き込むわけにはいかない。
「旦那はこの領地を治める手腕はないのか?」
「なにを言っているのです! 試合には必ず勝つ! そして、リノール様を取り戻すのです!」
「そのつもりだ」
緊張でピンと張った糸が解けた。視線を外に投げ出すと、門柱のシュトラウス家の紋章が揺れる。
「そういえばあの紋章は、なぜ剣がないのだ」
カルロは勝手に引き出しから灰皿を取り出して、葉巻に火をつけた。煙と一緒に気怠げな回答が吐き出される。
「リノール様にも昔、同じことを質問されましたよ。紋章の制定が王家との契約の前なのか、後なのか。誰にもわかりませんが。ここ何百年かは王家の剣がおさめられていたのでしょう」
「しかし献上は任意なのだろう」
「誰かの鞘になる、運命……」
カルロは苦虫を噛み潰したような顔になり、たちまち部屋を出ていった。この家の鞘を持ち出した張本人として、逃れられない呪いから顔を背けたのだ。
この時、彼がなぜこんなに片棒を担ぎたがるのか理解した気がした。本来ならば、カルロの伴侶である前当主の次男が、王に献上されるべき運命だったのだ。
次男の魅力が長男に劣るなどというのも、彼の方便だったのだろう。
なぜならば、その呪いが弱いのであれば、隠れるように暮らす必要がないからだ。
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