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第5章 眠る月
第11話 4通の書簡
しおりを挟む受け取れないと思えるほどに、書簡を差し出したニールさんの手は震えていた。
「リノ様……どうか……私を罰してください……」
この震えは、この書簡を隠していたことへの呵責ではない。嫌疑がシーバルに飛び火することを恐れているのだ。その誠意と書簡を受け取る。
「リノ、席を外す。だから書簡を読んで、もし返信が必要だったら言ってくれ。今日中に届くよう手配しておく」
有無を言わさず、シーバルはニールさんの背中を押して歩きだす。部屋を出るまでニールさんは振り返ろうとしていたが、その度に背中を押され、最後まで目が合うことはなかった。
封の開けられた書簡は4通。浮いた封蝋には我が家の紋章が克明に押捺されていた。あの日見た篝火に照らされる紋章。アンドリューの顔が一瞬照らされて脳裏に消える。しかし差出人を見てみれば、すべて使用人カルロのものだった。
1通目は近況。俺が国に献上されたことに、アンドリューが気落ちしているという。
2通目は懇願。返信が欲しい、それほどまでにアンドリューが自暴自棄になっている。
ここまではカルロが俺に気づかって書いた優しい嘘だろうと思った。確かにアンドリューはカルロを信頼していたが、そこまでの本音を晒すことなど考えられない。もしそれがカルロにわかっていたならば、もっと俺にいい助言くらいしただろう。それができなかったからあんな結末になったのだ。
3通目は……。
これは俺宛というのだろうか。婚姻を前提にしていないことを秘匿していたことに対する抗議。そして──。
アンドリューがリノールとの婚姻を要求している。
この一文で体中の血液が沸騰したように熱くなる。1通目2通目については、書簡の日付どおりに見ても、今と同じ感情で読めただろう。でも3通目の日付を見て絶望が襲う。
忘れもしない。人生で初めて馬上槍試合を見た日。
では、あの日の笑顔はなんだったのだ──!
慌てて4通目を読む。
リノール様
これまでの書簡につきまして、まずは深くお詫び申し上げます。お気づきの通り私の主観が強く、リノール様もそのように感じていたからこそ、返信いただけなかったのかと存じます。
しかし、これだけはお伝えしたく最後の書簡をお送りさせていただきます。アンドリュー様の根底に流れている貴方への愛は、誰の目から見ても歪んでおりました。しかし、最近は憑き物が取れたように、明るく前向きになられました。
その理由はひとつ。先日アンドリュー様本人の口からお聞きしました。
リノをまっすぐに愛したい。
リノに選んでもらえるような男になりたい。
最近、彼は国営試合の前哨戦に参加しております。国営試合で一目でもリノール様に見てもらいたい、そしてリノール様に選んでいただきたいという希望だけが、彼を突き動かしているようです。
改めてこれまでの書簡についてお詫び申し上げます。本書簡についても返信不要です。彼の想いは、リノール様自身の目でご判断ください。
カルロ
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