妖精王の双剣-愛する兄弟のために身売りした呪われは妖精王に溺愛される

大田ネクロマンサー

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第4章 鎺に鞘

第20話 治療

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シーバルの帰りは遅かった。それが俺への気持ちに踏ん切りをつけるために必要な時間だと考えると、心がザワザワ騒がしくなる。はやく彼の心に安寧を与えたいのに、いつまで経っても帰ってこない。シーバルに肩を貸した時、返り血が俺の腕や服にもこびりついていたので、洗い場に向かう。体を洗い、服を着替えるが、それでもシーバルは帰ってこなかった。


花が咲き誇る窓辺に立つと、辺りは夕間暮れの藍に染まっていた。

篝火に浮かび上がるアンドリューの顔を思い出す。しかし同時に昨日の笑顔も浮かんだ。


その時、玄関から足音が聴こえる。


「シーバル!」


俺が駆け出すと、シーバルも俺もビックリする。彼は怪我のためか上半身半裸だったのだ。彼が驚いたのも裸を見られたからだろう。


「リノ、心配かけてごめんね。もう大丈夫だから」

「シーバルが大丈夫でも、俺が大丈夫じゃない! 俺に薬草塗らせて! さっきニールさんに教わったから!」


かなり強めに言った。それに卑怯な言い方をしたと我ながら思う。案の定、シーバルはどうしたらいいかわからず困っていた。このまま部屋に引っ込んでやり過ごすつもりだったのだろうが、そうはさせない。


「リノのせいじゃない。お腹、すいたでしょ? 今食事を持ってこさせるから……」

「俺のせいじゃないって思えるように、せめて治療くらいさせてほしい。そうしたら、俺の心も軽くなるから」


宮殿のエントランスにむせ返るような花の匂いと気まずい雰囲気が広がる。


「わかった……でも先に体を洗っていいかな。それだけはニールに釘を刺されているから」

「うん。傷口に入らないようにね」


俺は手を引いて花の部屋に引き入れる。そして彼の揺れる巨体を眺めて、シーバルはやっぱり男なのだと感心する。胸板は厚く、筋肉は割れ、腹は絞られる均整のとれた肉体。


「そうだ、一緒に入ろうよ」


彼に駆け寄り振り返りざま言うと、思いがけずシーバルの悲しみに満ちた顔に対面する。シーバルはすぐさま困った笑顔になったが、俺はその場に立ちすくむ。そして彼は無言でお湯のある部屋の扉を閉めた。

俺は薬草の置かれた机をひたすら眺めながらシーバルを待った。なにかひとつでも考えると自己嫌悪の闇に落ちて、不用意に彼を傷つけそうだったからだ。

扉の開く音を聞いて振り返ると、シーバルはいつもの服をきっちり着ていた。


「そ、それじゃ治療できないよ! ベッドに座って、上だけでいいから、さっきみたいにして!」


シーバルは困った顔のまま、大人しくベッドに座る。口数が少ないのは、きっと彼も不用意に俺を引き止めまいと思っているからだ。

俺は薬草と包帯を持って彼の隣に座る。シーバルは躊躇いながらも諸肌を晒すが、なぜかは傷口を見て理解した。

まるで破裂したかのような生々しい傷。中の赤い組織がぬらぬらと光を反射して痛々しい。


「痛かったら言って。絶対だよ」

「うん」


俺は薬草を練り合わせたという軟膏を、ゆっくりと傷口に塗っていく。おっかなびっくりやるとかえって痛いだろうか、などと考えると一層作業が遅くなる。膝立ちの設置面はガクガク震え、指先も意思とは関係なく震えだす。


「リノの方が痛そうだ。今日はこんなことになって、ごめん」

「あの花畑、いつくらいに見つけたの? 俺の領地の通り道にあるの?」


俺は敢えて話題を逸らした。これ以上彼に謝ってほしくなかったというのもあるが、屋敷には帰らないと伝える糸口を探していた。今唐突に切り出すと、傷を負わせた代償と捉えられるような気がしていたのだ。


「忘れちゃった。でも、リノがあの花を選んでくれなくても、いつか連れて行きたいって思ってたんだ。だから、ありがとう」


感謝を述べられると、胸が千切れそうになる。でも、こんなにビリビリに破かれているのに、温かい。

用意された薬草はすり鉢に半分ほど残っていたが、これ以上にないほど傷口に盛った。だから俺は包帯の端を持ってシーバルの腕を少し持ち上げる。支えがないと安定しないので腿でシーバルの腕を挟む。


「シーバル、今日のあの青い丘、また行きたいって言ったら困るかな?」


シーバルは答えなかった。今日あんなことがあったのに、それでも行きたいと願うのは無責任だと思われるだろうか。うまい言葉も見つからず、包帯をグルグルと巻きはじめる。こう見るとシーバルの腕も胸板と同じくらい太い。普段こんな強靭な肉体を駆使して、俺を宙に打ち上げているのだな、と実感する。包帯が巻き終わり、様子を窺うと、シーバルはお礼のためかわずかに頭を垂れ、その横顔にプラチナブロンドの濡れた毛束がハラリと落ちた。


「リノの帰りたい丘は違うはずだ」


眼球だけをこちらに向けられた。濡れた髪から覗くその瞳に、どうしてだか腰に血液が集中する。俺は慌てて体を離すが、それがかえって不自然だった。


「アンドリューを思い出した?」


いつもの調子とも、違うともわからない口調。嘲笑かそれとも自嘲を含んでいるようにも思えるその声色に混乱して、なされるがまま押し倒されてしまう。


「ち、ちがう……ちょっ、あっ!」


シーバルは俺を押し倒す時に履き物をむしりとった。今までからは考えられない乱暴な行動に、あの黄金の瞳が脳裏をかすめる。
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