妖精王の双剣-愛する兄弟のために身売りした呪われは妖精王に溺愛される

大田ネクロマンサー

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第4章 鎺に鞘

第14話 午後の実力

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午前中はサーガもシーバルも俺にわかるように説明してくれていたのだろう。それを思い知らされるくらい、午後の会話にはついていけなくなった。

午後は1試合ごとにメイン会場で行われるため、とても見やすくなった。しかし彼らのなにがすごいのか、まったくわからないのだ。

時々シーバルが唸り、サーガが解説をするのだが、一体なにを指しているのかすら、わからない。ただ、外を見つめるシーバルと襟元の5人の真剣な眼差しは、とても神聖だった。

その雰囲気を壊したくなくて、黙って試合に集中した。トーナメントも中盤、会場に現れた騎士の姿に激しい違和感を抱く。それと同時に立ち上がってしまった。

遠くの輪郭からでもわかる。紛れもない、アンドリューだった。

後ろ姿で顔は見えないが、兜を被っていないので頭の形はわかる。家の篝火に一瞬だけ照らされるアンドリューの顔が何度も心に蘇る。ずっとずっと待ち焦がれていたのだ。見間違うことなんてない。

試合がはじまり、兜をかぶる前に領主に最敬礼をする。膝を折りかしずくその時、アンドリューはマントを払った。

思わず声を漏らして口元を手で覆う。アンドリューは俺が用意したあの甲冑を身に纏っていたのだ。

心をかき乱す得体の知れない感情が、喉元までせり上がり、息苦しさに喘ぐ。


「リノ様、お知り合いですか?」


彼が会場に現れたその瞬間から、まるで篝火を灯したあの日のように辺りは暗くなり、彼の姿しか見えなくなってしまった。

冷めない夢を願うように、声を潜め、首を縦に振る。


「アンドリューも大きくなったね。あれがリノがプレゼントした甲冑?」


シーバルの声で胸が引き裂かれる。なのに込み上げる感情を抑え付けるように、首を縦に振ることしかできない。


「ほらね? やっぱりすごい喜んだんだよ。すごく似合ってるし、かっこいい」


シーバルが今どんな気持ちで言っているのか考える余裕がなかった。家を出てまだ1ヶ月も経っていない。そんな短い時間で、自分の気持ちに折り合いなんてつけられなかった。


対戦相手は馬を下りた。相手側が騎乗していない場合は地上戦という暗黙のルールがある。しかしそれでも馬に跨がって試合に挑むのは、裕福さを強調するためだ。

一部の貴族は名誉や忠誠を示すため参戦することがある。しかし参加者のほとんどが主君に支える騎士だ。馬は高価で試合の度に死なせては生活が立ち行かなくなる。その格差を見せつけるために裕福な貴族は馬に乗って登場するのだ。

惨めさが喉を渇かす。アンドリューの晴れの舞台に馬を用意できなかった不甲斐なさに、思わず拳を握りしめてしまう。


「リノ。余計なことを考えちゃダメだ」


シーバルの声にハッとさせられる。


「男なら、勝つことを信じてもらいたい」


シーバルの力強い声とともに、背中に彼の手の気配を感じた。しかしその背を押されることはなかった。それはこの世で俺しかアンドリューを信じることはできないと言われているようで、孤独に放り込まれる。

俺とシーバルのやりとりを聞いて押し黙っていた襟元は、試合がはじまると口々に解説した。俺はそれを横目に、アンドリューの勇姿を見つめる。

夢が2つ叶ったのだ。見たこともなかった馬上槍試合に、アンドリューの勇姿。




午前中で目が肥えたはずなのに、アンドリューの実力というのは、よくわからなかった。俺程度の実力では理解できないのは当然かもしれない。俺の甲斐性の無さで2年も従騎士として奉公していたのだ。

子どもの頃の遊びなんかとは違う、その凄まじさに感嘆を溢すとともに、悲しみが襲う。俺が存在しなくても彼の人生は芳醇に実る。その果実が甘美なほど、悲しみが込み上げるのだ。

金属音が遅れてここまで届く。一際大きいその音とともに、一本の剣が舞った。

そしてアンドリューが相手の喉元に剣を突きつけた時、会場中から歓声があがった。


「リノ! アンドリューはすごいよ! 昔とは全然違う! 多分この大会はアンドリューが勝ち抜けるよ!」


シーバルが嬉しそうに叫ぶのに、それを見ることもできない。アンドリューから視線を動かせなかった。


「ほん……とうに……?」

「俺はこういうことでは嘘をつかない! ナナルもそう思うでしょ?」


人族の襟元、ナナルは一瞬考え込むような間を置いた。それに耐えかねて視線を送ると、観念したように答えた。


「人族でも上の部類の実力です。彼はシルヴァル皇のお知り合いですか? 見た目の年齢から考えるにあの動きは不自然なほどです」

「彼はリノの同じ歳の兄弟で、子どもの頃よく遊んだけど、喧嘩で俺には勝てなかったんだ。でもその理由は今ならよくわかる」


シーバルはもはやナナルも俺も目に入っていなかった。ただじっとアンドリューを見つめていた。


「子どもの頃は体格差がものをいうし、彼は剣を握っていなかった」


シーバルが急に俺を見た。


「アンドリューが言いだしたんだ。馬上槍試合で決闘だって。多分、彼は剣でだったら俺に勝てると思ってたんだ」


シーバルの輝く瞳は、目の前にいるアンドリューを見つめ、子どもの頃に遊んだ丘を見ていなかった。

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