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第4章 鎺に鞘
第13話 トーナメント戦
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午前は集まった騎士たちが、いくつかある会場でそれぞれに試合をする。そしてそこを勝ち抜いた者同士の決戦が午後に執り行われるため、さっき挨拶した領主は一度屋敷に戻ったという。
「午前から観戦する貴族はいませんよ。彼らは娯楽で見ていますからね。リノ様のように向上心で見る方の方が珍しい」
「サーガさんも昔はこういった試合に出ていたのですか?」
「サーガとお呼びください。他のものも、敬称はお控えください」
さっき失礼かと思い、かぶっている頭巾をずらそうとした時にもサーガに注意された。小さく謝ると、サーガはその逞しい表情を綻ばせて俺の羞恥心を和らげてくれる。彼は顔中に小さな傷跡がいくつもあった。特に印象的なのは額から鼻の付け根までの傷。髪を短く刈り込んでいるので隠すつもりはないのだろうが、それが裏表のない印象を与えるのだ。
「エルフはエルフの領地で、オークはオーク、人族は人族とそれぞれに試合をします。オークに滅多打ちにされる人族を見るのは……人族の貴族はあまり快く思わないでしょう?」
「で、では襟元の5人はそれぞれの頂点から選ばれるのですか?」
「いいえ、来月から行われる国営のトーナメントは種族混合です。例えば、アンク」
サーガに呼ばれたオークのアンクは、その巨漢を揺らしながら近づいてくる。
「リノ様はオークを見たことがございますか?」
「い、いえ!」
昔話でしか聞いたことがない鬼の話。今思えばそれはきっとオーク族のことだったのだろうと思う。何色にも見えるくすんだ肌。極端に色の薄い虹彩。なによりも強靭な肉体。
「オークは巨体がゆえ俊敏性に欠けるが、戦術によってはその欠点も凌駕する。これはその逆の人族にもいえます。厄災の冬はこの国以外に住むすべての種族に対抗しなければなりません。王族をお守りするのも然りです」
「そうなんですね……」
「リノ、そろそろトーナメントがはじまるよ! こっち側は騎馬戦じゃないからきっと参考になるよ!」
午前中は俺の実力に近い試合が多かったため、シーバルは一生懸命に解説をしてくれた。俺はこの時まで、剣術というのは正確に振るうことだけが勝利への道だと思っていた。しかし、フェイントや牽制、体術の組み合わせなど、説明されなければ気づけなかった動作を知ることで、この道を極めることの困難さを知り、さらにのめり込んでいった。
「シーバルが出場したくなっちゃうって言ってたの、なんだかわかる気がするよ。自分にもできるかどうか試したくなっちゃう」
「でしょ!? だから今日の試合は目に焼き付けて、明日からまた一緒に馬上槍試合ごっこしよう!」
「うん、それにさっきサーガが言ってたことも、なんとなくわかってきた。確かに極端に違う体型だと一方的になっちゃうけど、同じ者同士で戦っていると相手に手の内を知られちゃうんだね」
シーバルも、そしてサーガも黙ったから、俺は驚いて彼らの顔を窺う。聞きかじったことで知ったような物言いになってしまっただろうか。
「シルヴァル皇はちゃんとリノ様に稽古をつけていらっしゃるんですね。下心の口実かとばかり思っていましたよ」
「なんでっ! なんでそういうこと言うんだ!」
シーバルが顔をぐちゃぐちゃにして怒ると、またサーガが笑いだしてしまう。
「リノ様、この世で1番強い者はどんな者だと思いますか?」
「え……」
「それは誰にも知られていない戦術を操る者です。言い換えれば、一度でも他人と手合わせしてしまうと、そこからどんどんと対策され、弱体化していきます。手の内を知ることはそれだけ重要なのです。だから今日の稽古は我慢して観覧に徹してください。そんなことをはじめたら私は報告書を書かなければならなくなってしまいます」
サーガは優しく笑うが、隣のシーバルは面白くなさそうな顔をしている。それが今までの因縁を表しているようで吹き出してしまった。
「午前から観戦する貴族はいませんよ。彼らは娯楽で見ていますからね。リノ様のように向上心で見る方の方が珍しい」
「サーガさんも昔はこういった試合に出ていたのですか?」
「サーガとお呼びください。他のものも、敬称はお控えください」
さっき失礼かと思い、かぶっている頭巾をずらそうとした時にもサーガに注意された。小さく謝ると、サーガはその逞しい表情を綻ばせて俺の羞恥心を和らげてくれる。彼は顔中に小さな傷跡がいくつもあった。特に印象的なのは額から鼻の付け根までの傷。髪を短く刈り込んでいるので隠すつもりはないのだろうが、それが裏表のない印象を与えるのだ。
「エルフはエルフの領地で、オークはオーク、人族は人族とそれぞれに試合をします。オークに滅多打ちにされる人族を見るのは……人族の貴族はあまり快く思わないでしょう?」
「で、では襟元の5人はそれぞれの頂点から選ばれるのですか?」
「いいえ、来月から行われる国営のトーナメントは種族混合です。例えば、アンク」
サーガに呼ばれたオークのアンクは、その巨漢を揺らしながら近づいてくる。
「リノ様はオークを見たことがございますか?」
「い、いえ!」
昔話でしか聞いたことがない鬼の話。今思えばそれはきっとオーク族のことだったのだろうと思う。何色にも見えるくすんだ肌。極端に色の薄い虹彩。なによりも強靭な肉体。
「オークは巨体がゆえ俊敏性に欠けるが、戦術によってはその欠点も凌駕する。これはその逆の人族にもいえます。厄災の冬はこの国以外に住むすべての種族に対抗しなければなりません。王族をお守りするのも然りです」
「そうなんですね……」
「リノ、そろそろトーナメントがはじまるよ! こっち側は騎馬戦じゃないからきっと参考になるよ!」
午前中は俺の実力に近い試合が多かったため、シーバルは一生懸命に解説をしてくれた。俺はこの時まで、剣術というのは正確に振るうことだけが勝利への道だと思っていた。しかし、フェイントや牽制、体術の組み合わせなど、説明されなければ気づけなかった動作を知ることで、この道を極めることの困難さを知り、さらにのめり込んでいった。
「シーバルが出場したくなっちゃうって言ってたの、なんだかわかる気がするよ。自分にもできるかどうか試したくなっちゃう」
「でしょ!? だから今日の試合は目に焼き付けて、明日からまた一緒に馬上槍試合ごっこしよう!」
「うん、それにさっきサーガが言ってたことも、なんとなくわかってきた。確かに極端に違う体型だと一方的になっちゃうけど、同じ者同士で戦っていると相手に手の内を知られちゃうんだね」
シーバルも、そしてサーガも黙ったから、俺は驚いて彼らの顔を窺う。聞きかじったことで知ったような物言いになってしまっただろうか。
「シルヴァル皇はちゃんとリノ様に稽古をつけていらっしゃるんですね。下心の口実かとばかり思っていましたよ」
「なんでっ! なんでそういうこと言うんだ!」
シーバルが顔をぐちゃぐちゃにして怒ると、またサーガが笑いだしてしまう。
「リノ様、この世で1番強い者はどんな者だと思いますか?」
「え……」
「それは誰にも知られていない戦術を操る者です。言い換えれば、一度でも他人と手合わせしてしまうと、そこからどんどんと対策され、弱体化していきます。手の内を知ることはそれだけ重要なのです。だから今日の稽古は我慢して観覧に徹してください。そんなことをはじめたら私は報告書を書かなければならなくなってしまいます」
サーガは優しく笑うが、隣のシーバルは面白くなさそうな顔をしている。それが今までの因縁を表しているようで吹き出してしまった。
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