38 / 80
第4章 鎺に鞘
第13話 トーナメント戦
しおりを挟む
午前は集まった騎士たちが、いくつかある会場でそれぞれに試合をする。そしてそこを勝ち抜いた者同士の決戦が午後に執り行われるため、さっき挨拶した領主は一度屋敷に戻ったという。
「午前から観戦する貴族はいませんよ。彼らは娯楽で見ていますからね。リノ様のように向上心で見る方の方が珍しい」
「サーガさんも昔はこういった試合に出ていたのですか?」
「サーガとお呼びください。他のものも、敬称はお控えください」
さっき失礼かと思い、かぶっている頭巾をずらそうとした時にもサーガに注意された。小さく謝ると、サーガはその逞しい表情を綻ばせて俺の羞恥心を和らげてくれる。彼は顔中に小さな傷跡がいくつもあった。特に印象的なのは額から鼻の付け根までの傷。髪を短く刈り込んでいるので隠すつもりはないのだろうが、それが裏表のない印象を与えるのだ。
「エルフはエルフの領地で、オークはオーク、人族は人族とそれぞれに試合をします。オークに滅多打ちにされる人族を見るのは……人族の貴族はあまり快く思わないでしょう?」
「で、では襟元の5人はそれぞれの頂点から選ばれるのですか?」
「いいえ、来月から行われる国営のトーナメントは種族混合です。例えば、アンク」
サーガに呼ばれたオークのアンクは、その巨漢を揺らしながら近づいてくる。
「リノ様はオークを見たことがございますか?」
「い、いえ!」
昔話でしか聞いたことがない鬼の話。今思えばそれはきっとオーク族のことだったのだろうと思う。何色にも見えるくすんだ肌。極端に色の薄い虹彩。なによりも強靭な肉体。
「オークは巨体がゆえ俊敏性に欠けるが、戦術によってはその欠点も凌駕する。これはその逆の人族にもいえます。厄災の冬はこの国以外に住むすべての種族に対抗しなければなりません。王族をお守りするのも然りです」
「そうなんですね……」
「リノ、そろそろトーナメントがはじまるよ! こっち側は騎馬戦じゃないからきっと参考になるよ!」
午前中は俺の実力に近い試合が多かったため、シーバルは一生懸命に解説をしてくれた。俺はこの時まで、剣術というのは正確に振るうことだけが勝利への道だと思っていた。しかし、フェイントや牽制、体術の組み合わせなど、説明されなければ気づけなかった動作を知ることで、この道を極めることの困難さを知り、さらにのめり込んでいった。
「シーバルが出場したくなっちゃうって言ってたの、なんだかわかる気がするよ。自分にもできるかどうか試したくなっちゃう」
「でしょ!? だから今日の試合は目に焼き付けて、明日からまた一緒に馬上槍試合ごっこしよう!」
「うん、それにさっきサーガが言ってたことも、なんとなくわかってきた。確かに極端に違う体型だと一方的になっちゃうけど、同じ者同士で戦っていると相手に手の内を知られちゃうんだね」
シーバルも、そしてサーガも黙ったから、俺は驚いて彼らの顔を窺う。聞きかじったことで知ったような物言いになってしまっただろうか。
「シルヴァル皇はちゃんとリノ様に稽古をつけていらっしゃるんですね。下心の口実かとばかり思っていましたよ」
「なんでっ! なんでそういうこと言うんだ!」
シーバルが顔をぐちゃぐちゃにして怒ると、またサーガが笑いだしてしまう。
「リノ様、この世で1番強い者はどんな者だと思いますか?」
「え……」
「それは誰にも知られていない戦術を操る者です。言い換えれば、一度でも他人と手合わせしてしまうと、そこからどんどんと対策され、弱体化していきます。手の内を知ることはそれだけ重要なのです。だから今日の稽古は我慢して観覧に徹してください。そんなことをはじめたら私は報告書を書かなければならなくなってしまいます」
サーガは優しく笑うが、隣のシーバルは面白くなさそうな顔をしている。それが今までの因縁を表しているようで吹き出してしまった。
「午前から観戦する貴族はいませんよ。彼らは娯楽で見ていますからね。リノ様のように向上心で見る方の方が珍しい」
「サーガさんも昔はこういった試合に出ていたのですか?」
「サーガとお呼びください。他のものも、敬称はお控えください」
さっき失礼かと思い、かぶっている頭巾をずらそうとした時にもサーガに注意された。小さく謝ると、サーガはその逞しい表情を綻ばせて俺の羞恥心を和らげてくれる。彼は顔中に小さな傷跡がいくつもあった。特に印象的なのは額から鼻の付け根までの傷。髪を短く刈り込んでいるので隠すつもりはないのだろうが、それが裏表のない印象を与えるのだ。
「エルフはエルフの領地で、オークはオーク、人族は人族とそれぞれに試合をします。オークに滅多打ちにされる人族を見るのは……人族の貴族はあまり快く思わないでしょう?」
「で、では襟元の5人はそれぞれの頂点から選ばれるのですか?」
「いいえ、来月から行われる国営のトーナメントは種族混合です。例えば、アンク」
サーガに呼ばれたオークのアンクは、その巨漢を揺らしながら近づいてくる。
「リノ様はオークを見たことがございますか?」
「い、いえ!」
昔話でしか聞いたことがない鬼の話。今思えばそれはきっとオーク族のことだったのだろうと思う。何色にも見えるくすんだ肌。極端に色の薄い虹彩。なによりも強靭な肉体。
「オークは巨体がゆえ俊敏性に欠けるが、戦術によってはその欠点も凌駕する。これはその逆の人族にもいえます。厄災の冬はこの国以外に住むすべての種族に対抗しなければなりません。王族をお守りするのも然りです」
「そうなんですね……」
「リノ、そろそろトーナメントがはじまるよ! こっち側は騎馬戦じゃないからきっと参考になるよ!」
午前中は俺の実力に近い試合が多かったため、シーバルは一生懸命に解説をしてくれた。俺はこの時まで、剣術というのは正確に振るうことだけが勝利への道だと思っていた。しかし、フェイントや牽制、体術の組み合わせなど、説明されなければ気づけなかった動作を知ることで、この道を極めることの困難さを知り、さらにのめり込んでいった。
「シーバルが出場したくなっちゃうって言ってたの、なんだかわかる気がするよ。自分にもできるかどうか試したくなっちゃう」
「でしょ!? だから今日の試合は目に焼き付けて、明日からまた一緒に馬上槍試合ごっこしよう!」
「うん、それにさっきサーガが言ってたことも、なんとなくわかってきた。確かに極端に違う体型だと一方的になっちゃうけど、同じ者同士で戦っていると相手に手の内を知られちゃうんだね」
シーバルも、そしてサーガも黙ったから、俺は驚いて彼らの顔を窺う。聞きかじったことで知ったような物言いになってしまっただろうか。
「シルヴァル皇はちゃんとリノ様に稽古をつけていらっしゃるんですね。下心の口実かとばかり思っていましたよ」
「なんでっ! なんでそういうこと言うんだ!」
シーバルが顔をぐちゃぐちゃにして怒ると、またサーガが笑いだしてしまう。
「リノ様、この世で1番強い者はどんな者だと思いますか?」
「え……」
「それは誰にも知られていない戦術を操る者です。言い換えれば、一度でも他人と手合わせしてしまうと、そこからどんどんと対策され、弱体化していきます。手の内を知ることはそれだけ重要なのです。だから今日の稽古は我慢して観覧に徹してください。そんなことをはじめたら私は報告書を書かなければならなくなってしまいます」
サーガは優しく笑うが、隣のシーバルは面白くなさそうな顔をしている。それが今までの因縁を表しているようで吹き出してしまった。
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~
ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。
*マークはR回。(後半になります)
・ご都合主義のなーろっぱです。
・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。
腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手)
・イラストは青城硝子先生です。
幼馴染は僕を選ばない。
佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。
僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。
僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。
好きだった。
好きだった。
好きだった。
離れることで断ち切った縁。
気付いた時に断ち切られていた縁。
辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる