妖精王の双剣-愛する兄弟のために身売りした呪われは妖精王に溺愛される

大田ネクロマンサー

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第4章 鎺に鞘

第4話 イノセント ※

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 ……30分後。
 俺達は駅前にある24時間営業のファーストキッチンに戻っていた。
 
 俺なんかは、駅からだと歩いて帰れる距離だし、いい加減始発が動き始める時間帯。
 そろそろ、解散しても良かったのだけど……なんとなく、夜が明けてもまだ一緒だった。
 
 俺も高藤も見えない人。
 でも、興味はあったし、オカルト話とか大好物。
 
 ……でなきゃ、心霊スポットなんかに好き好んでいくわけがない。
 
 けれど、どちらもリアルな心霊体験を初めて、それもぐうの音も出ないような形で経験したのだった。
 
 だから、どっちかと言うと、興奮のほうが勝っていた。
 高藤もノートに図解して、位置関係やタイミングなどを他の連中に説明したりと、大興奮。
 
 ……すごく馬鹿っぽいけど。
 そんなもんなんだよ……未知の世界を垣間見たって事実は……。
 
 それはもう、恐怖心とかより上回ってたわけだ。
 
「お前らさ……口裏合わせて、俺騙そうとしてね? 確かに下でなんか騒いでたけど、それホントなのかよ?」

 与志水……須磨さんは割とノリノリで信じてる感じなのと対象的に、俺らの話を疑ってかかってるようだった。
 
「いや、これがどっちかだけだったら、とても信じられなかっただろうけど……。タイミングがなぁ……。高藤、俺そっちに何も言わなかったよな?」

「んー? 俺から見てたら、いきなり壁の方気にしだして、キョドってた……そんな感じだったな」

「俺、最初右って言われたから、それなら違うし、関係ないなーとか思いこもうとしてたよ。でも、高藤から見て右って、思い切り壁……こっちは左を抜けてったからって……それ解ったらもう、ああ、同じ奴が高藤にもぶつかってたんだなって悟っちまったんだよ……。とっさにそこまでのシナリオを思いついて、あんな迫真の演技してたら、むしろ、すげーよ」

「演技じゃねーし、ガチだっつの。と言うか、俺もお前がキョドってた理由、一瞬で理解しちまったからな……あ、こいつのせいだったんだって……」

 それっきり、二人して黙り込む。
 なにせ、少なくともお互いの話を否定する要素が全く無い。
 
 ……言えるのは、そこに、何かが、いた。

「なるほどね……そりゃ、下手に語り合うより説得力あっただろうな……。いや、ホント悪かった。夜が明けてたし、もう大丈夫って思ってたんだけどなぁ……。でも、気配とか触れた感触とか、そんなの滅多にないんだ。霊感無い人間がそれと解るなんて、相当なもんだよ……それ」

 灰峰ねーさんの言葉に、背筋が寒くなる。
 そして、あの時感じた感触が蘇ってきて……自然と鳥肌が立つ。

「そいや、あの時……妙な匂いしなかったか? あの独特の匂いどっかで覚えあるんだけど……」

 高籐がつぶやく。

「病院とか汲み取りトイレの匂い……そんなじゃね? 確かに一瞬そんな匂いがした気がしたんだけど……普通にそれはありえない……クレゾールの匂いなんて、普通にすぐにしなくなるはずなんだよ」

 ……その匂いに俺は人並み以上に敏感だった。

「クレゾールの臭いって、消毒液みたいなあの匂い? 病院だったんだから、それくらいしてもおかしくないと思うけどなぁ」

 須磨さんが当然のように答える。
 
 今どきの病院じゃ、クレゾールなんて、使われなくなってるから、今どきの人はピンとこないだろうけど。
 汲み取り式のボットントイレとかでは、うじ殺しと称して、良く使われてたので、トイレの匂いって言った方が解りやすいかも知れない。

 当時は、病院の廊下とかで看護師さんが手を洗ったりするのに、クレゾールの張られた洗面器を置いてたりしてたので、この時代、クレゾール臭ってのは特に医療関係者の間では、馴染み深いものだった。

「……確かに、病院ってどこ行ってもあの匂いするんだけど。クレゾールの原液撒いたって、一週間もすれば匂い消えるもんなのよ。だから、廃墟になって何年も経ってるとこで、クレゾール臭がするなんて、普通にありえんのよ」
 
「でも、その匂いがしたんだろ? そうなると気配と匂い……そして、明らかに壁にめり込んでた……か。いったいなんだったんだろうね。ちなみに、一番噂が多くて、危なかっしいのは三階だったんだよ……。二階は何もない……話を聞く限りだと、見延君は巧妙に危なっかしい場所を避けてたようだったけど、それは意識してのことかな?」

 灰峰ねーさんが、ノートに落書きをしながらそんな事を言う。
 
「いや……。なんとなく行きたくなくって、だから、結局二回目も二階をウロウロしてただけだったんだ」

「なるほど、気配感知がやたら鋭いってのは解ってたけど、そうなると、無意識に危険回避する……そう言うタイプなのかもね」
 
 そんなもんなのかな……でも、思い当たるフシは確かにあった。
 
「お前ら、よくすんなり信じられるよな……俺なんて、未だに普通に半信半疑だっての。わりぃけど」

 与志水……まぁ、現場にいなかったし、一人だけ何もなかったので、事実上蚊帳の外みたいなもんで、ちょっとふてくされ気味。

「いや、実際、俺らは何も見てないよ。どっちも……ただ、気配と感触で、そこに何かがいたって事は解っちゃったのよ。おまけにほとんど同時に他人が同じような体験をするとか、そんなの信じる信じないとか言う次元じゃないよ。疑う余地なんかないっての」

「俺なんか、自分の身体の中を気配だけがすり抜けていったんだぜ? めちゃくちゃ気持ち悪かった……俺も向こう側の存在なんてのは、半信半疑だったんだけど、もう信じるしか無いって感じだぜ」

 まぁ、そんなもんだ……見えないし、感じないなら、無いも同然だけど。
 俺たちは、どっちも知ってしまった……それは、そこにいると。
 
 そんな俺達の様子を怪訝そうに見つめる与志水。
 
「俺も同じ体験したら、疑う余地なんか無かったかもな……。もしかして、俺もそこに居たら、同じ体験したのかな? って言うか、結局それって、なんだったんだ?」

「さぁね……。霊感がないのに知覚できたとなると、相手は相当なもんだよ……。しばらく、身の回りを気をつけたほうが良いかもね」

「灰峰ねーさん、それってどう言う意味? ヤバイことが起きるっての?」

「ん、言葉通りの意味かな? 憑かれてたりはなさそうだけど、君らはどっちも「それ」を知覚したことで、認識フィルターが強制的に外されたような……言わば、チャンネルが合わさった状態になってる可能性が高い。だから、気をつけた方がいい……これは忠告だよ」

「そっか、そんなもんなのか。まぁ、気をつけるよ」

「俺もだな……たまに気配だけ感じて、気のせいかって思ってたけど、あれがそうだったんだな。なぁ、除霊のやり方とか覚えたほうがいいかな?」

「生兵法は怪我のもとっていうよ。まぁ、身構えなくてもいいってのは事実だから、頭の片隅に置いとく程度でいいよ。基本的にその手合への対処なんて、見てみないふりってのがベストなんだから。でもまぁ、困ったら相談くらいは乗るよ……多分、何もないとは思うけどね。もう一回行く気にもならないだろ?」

 灰峰ねーさんがそう言って締めくくった。
 
「そうだね……さすがに、あそこに一人でリトライとか正気の沙汰じゃない……さすがに、怖いわ」

「いきなりビビりなったなぁ……って言いたいところだけど、実はひとつ、気持ち悪い事実が判明してな。……教えようか? ほれ」

 与志水が懐中電灯を取り出すと、普通に点灯させてみせる。
 
「……いつ電池買ったの? めっちゃ明るいじゃん」

「買ってないよ……相模外科の中で消えてから、そのままだったんだけど、さっき触ったら、なんかあっさり点いてね……しかも、電池交換したてみたいに明るいし。さすがにちょっと気持ち悪くて、これまで黙ってた。そいや、見辺……ライターが点かなくなったって言ってたけど。あれどうなった?」

「……オイル切れっぽかったからなぁ……もう点かないと思うけど……」

 そう言って、ジッポーを取り出す。
 そろそろ、芯が古くなってたから、交換時なのかもしれない……そんな事も思いつつ、言われたようにフリントを擦る。

「これで普通に点いたら、もう笑うしか無いな」

 一回、二回……やっぱり点かない。

「ほら、点かない……って、あれ?」

 三回目……シュボっと呆気なくジッポーライターに火が灯る。
 炎の勢いは思ったより強く、オイルはまだまだ十分……そんな感じだった。
 
「なんで、あの時は点かなくなったの? 俺も触ったけど、点きそうで点かないって感じだったよな」

「知るもんか……ああもうっ! ……帰るか」

「そうだな……あ、交換ノート、誰のにする? 今日の話題はそれで持ちっきりだろ。高校生組とかきっと詳しく話せとか、連れてけとか騒ぎそうだ」

「いや、女子高生とかさすがに夜中は無理だろ。それに俺はもう行きたくない……」

 そんな風にお互いの持つ連絡ノートを交換しあって、流れ解散してその日は終わった。

 
 ……この話はこれで終わり。
 オチもなければ、何も解決してない。

 俺と高藤が、揃ってほぼ同時に見えない何かに当て逃げされた。
 
 端的に言うと、それだけの話。
 
 
 ただ、それっきり、俺達は相模外科に行くことは無かった。

 見えるヤツはわざわざ行きたくないし、見えないヤツは、すっかりビビって行きたいと言い出さなくなったから。
 奇妙な現象を体験した高藤も俺も、もう一度行くかと言われても、すっかり及び腰だった。
 俺も高藤も直接そうは言わなかったけど、あの何かにまた出食わすような気がして……お互い、もう一度行こうとも言わなかった。
 
 元々老朽化が進んで、事故の危険性があったのと、不良のたまり場みたいになって、警察が散らしに来たりとやたら物々しくなってしまった事もあって、週末に暇だから……なんて、言い出すことも無かった。
 
 それから半年もしないうちに、相模外科は厳重に周囲をベニア板に囲まれて誰も入れなくなって、それから割と早いうちに取り壊されて、更地になってしまった。
 
 そして、今は……建物もどこにあったかも、良く解らない。

 かなり長い間、何もない畑と空地になってたのは確かなんだけど、ラーメン屋が出来て心霊現象が絶えない……なんて、風のうわさが流れてきたりもした。
 
 過去の記録と言っても、当時はデジカメどころか、携帯もインターネットすら無かった時代。
 相模外科については、ネットで調べても、写真もほとんど残されてない。

 当時の心霊番組の録画もあの頃のTVの解像度は恐ろしく低いので、今日日のHDモニターで見れるような代物じゃくて、もう何がなんだかって感じだった。

 全ては風化し、過去のものとなる……それはもう、どうしょうもない現実なのだ。
 
 思い返せば、俺が具体的な心霊現象を体験したのは、この相模外科が初めてだったと思う。
 ここで妙な経験したもんで、オカルトへ傾倒していくことになるのだけど……。

 それはまた別の話。
 今宵はこのへんで一旦筆を置こうと思う……。
 
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