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第3章 揺れるカーテン(アンドリュー)
第8話 揺れるカーテン
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狭い穴から吐き出されるように夢から覚め、鼓動を目の奥で感じる。
顔中に浮かべた汗を拭うように、風に舞うカーテンが頬を撫でた。
「リノ」
──アンドリュー!
嬉しそうに俺を呼ぶ、明るく活発なリノを闇に沈めたのは、襲いかかった使用人でも、キリーでもなかった。幸福な時代という虚像を守るため、俺がリノに暴力を振るい続けたのだ。
俺はリノールに相応しくない、という身勝手な臆病さを隠すために、的外れな義務感を抱いていた。
いつのまにか横たわっていたソファから起きあがり、風で広がるカーテンの前に立つ。そして膨らむカーテンを手の甲でそっと撫でた。
あのしなやかに輝く亜麻色の髪。そこから覗くつぶらな青い瞳。脆く美しいそれらに触れる者がいるのだろうか。
あの柔らかそうな頬や唇に、触れる者がいるのだろうか。
リノはあの白い肌を、誰かに晒すのだろうか。
膨らんだカーテンが萎んでしまわないように優しく抱き寄せる。
「リノ……」
温かな日の光に懐かしい記憶が蘇る。リノと走った草原、暗黙の了解でみんなが集まった丘。
馬上槍試合ごっこをはじめたのは俺だった。リノにいいところを見せたくてはじめたのに。
自分の本懐が、胸をゆっくり締め上げる。
リノをかけて決闘なんて、力を見せつける絶好のチャンスだった。窃盗団で剣を振るっていたのだ。勝てない方がおかしいだろう。
「リノ、リノ……」
それなのに負けた。
その雪辱を果たすため、幾度となく決闘をした。勝てない相手の体が並外れて大きくとも、俺はそんなことを言い訳にしなかった。その頃は負けたって何度でも挑み続けたのだ。
あの幸福は、自分の気持ちに正直だったからだ。
たったひとりの兄弟でいてくれるリノを守りたいと願う。同じくらいリノが好きだと言い張る小僧に勝ちたいと願う。リノとずっと一緒にいたいと願う。
どれもこれも単純で、願い続けるのは容易なはずなのに。
どうしてこんな風になってしまったのだ。
誰にだって大なり小なり不幸はある。俺にだってリノにだって、俺に殺された窃盗団やキリー、カルロにだって等しく不運があるのに。
俺になにが足りなくて、こんなことになってしまったのだ。どんな考慮やどんな情念が足りないのか。それは生まれながらに持ち合わせていないのか。
「リノ……!」
カーテンが腕の中で萎む。唯一の虚像も掴めない。それに胸を痛めていつまでも離れられない。
いつまでも虚像を求めて離れられない。
顔中に浮かべた汗を拭うように、風に舞うカーテンが頬を撫でた。
「リノ」
──アンドリュー!
嬉しそうに俺を呼ぶ、明るく活発なリノを闇に沈めたのは、襲いかかった使用人でも、キリーでもなかった。幸福な時代という虚像を守るため、俺がリノに暴力を振るい続けたのだ。
俺はリノールに相応しくない、という身勝手な臆病さを隠すために、的外れな義務感を抱いていた。
いつのまにか横たわっていたソファから起きあがり、風で広がるカーテンの前に立つ。そして膨らむカーテンを手の甲でそっと撫でた。
あのしなやかに輝く亜麻色の髪。そこから覗くつぶらな青い瞳。脆く美しいそれらに触れる者がいるのだろうか。
あの柔らかそうな頬や唇に、触れる者がいるのだろうか。
リノはあの白い肌を、誰かに晒すのだろうか。
膨らんだカーテンが萎んでしまわないように優しく抱き寄せる。
「リノ……」
温かな日の光に懐かしい記憶が蘇る。リノと走った草原、暗黙の了解でみんなが集まった丘。
馬上槍試合ごっこをはじめたのは俺だった。リノにいいところを見せたくてはじめたのに。
自分の本懐が、胸をゆっくり締め上げる。
リノをかけて決闘なんて、力を見せつける絶好のチャンスだった。窃盗団で剣を振るっていたのだ。勝てない方がおかしいだろう。
「リノ、リノ……」
それなのに負けた。
その雪辱を果たすため、幾度となく決闘をした。勝てない相手の体が並外れて大きくとも、俺はそんなことを言い訳にしなかった。その頃は負けたって何度でも挑み続けたのだ。
あの幸福は、自分の気持ちに正直だったからだ。
たったひとりの兄弟でいてくれるリノを守りたいと願う。同じくらいリノが好きだと言い張る小僧に勝ちたいと願う。リノとずっと一緒にいたいと願う。
どれもこれも単純で、願い続けるのは容易なはずなのに。
どうしてこんな風になってしまったのだ。
誰にだって大なり小なり不幸はある。俺にだってリノにだって、俺に殺された窃盗団やキリー、カルロにだって等しく不運があるのに。
俺になにが足りなくて、こんなことになってしまったのだ。どんな考慮やどんな情念が足りないのか。それは生まれながらに持ち合わせていないのか。
「リノ……!」
カーテンが腕の中で萎む。唯一の虚像も掴めない。それに胸を痛めていつまでも離れられない。
いつまでも虚像を求めて離れられない。
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