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第3章 揺れるカーテン(アンドリュー)
第7話 白昼夢
しおりを挟む賞金稼ぎは名家の領主が開催するため、こんな辺境にある家からは日を跨いで遠征するしかなかった。前日に夜通し走って、夜明けとともに試合をはじめ、調子が良ければ夕方まで戦い、悪ければその足で帰った。
その日はいつもより遠い領地に赴き、結果は散々。徒労に苛立ち、疲労で限界を迎えていた。キリーのこしらえた借金の返済以外に金を稼ぐ理由は無い。そんな義務感のみで遠征をしているのに、金を稼げないとは何事か。
距離も疲労も相まって、今日の帰宅は夜中になってしまった。
それでも門の前には篝火が灯されている。リノールがまだ起きているのだ。
以前、リノールがひとりで玄関の外で待っていたことがあった。それを酷く叱りつけると、カルロがこれを提案し、習慣化した。
玄関扉を開けると、寝静まったはずの闇に紛れる息遣いがひとつ。いつからそこにいたのか、母の肖像画が飾られた屋敷の中央階段に、リノールは座っていた。
「おかえりなさい……」
「夜は部屋を出るなと言っているだろう」
リノールが立ち上がった階段に足をかけた時、右の袖に気配を感じ、腕を払う。掴もうとしたのだろうリノールの白い手が闇に消えていく。
「部屋に戻れ。今すぐに」
俺はリノールが先に部屋に戻るのを見届けようと階段の手すりに寄りかかる。しかし一向に空気は重いままで、流れる気配がない。こんな無言の抗議はいつものことだ。俺がどこに赴きなにをしているのか、それはキリーに関係することなのか、それとも別の理由なのか。彼が聞きたいことは概ねそんなところだろう。
「疲れているんだ。はやくしろ!」
項垂れたリノールの首筋が白く揺れる。見届けるつもりが、見ていられなかった。
当主交代から、俺は表向き「引き止められる兄弟」を演じなくてはならなくなった。キリーを追い出した張本人であることを知られれば、血縁者ではない事実を露呈することになり、この家にいられる理由がなくなるからだ。
リノールの父が死ぬまでの7年。人生で何度も思い出すであろう最良の時代を守るために、はじめた義務だった。しかし、あとどれだけこの苦しい時を刻めば抜け出せるのか、どうしたらリノールが当主の座に納得するのか、先が見えない。だからリノールに対峙することを避け、解決しやすい借金の返済にのみ意識を集中させた。
扉の閉まる音で我にかえる。体力も気力も限界だった。重たい体を引きずって自室に入った時、カーテンが揺れた気がした。
「お前の部屋になったのか? それとも遠回しに屋敷から出ていけと言っているのか?」
「そんな……。アンドリュー……少しだけ話がしたい」
「疲れていると言ってるだろう!」
語気が強くなるのは、疲労からではない。俺は随分前からリノールの白い肌を見ると下腹が疼くようになった。それがなにを意味しているか知っている。それはリノールに襲いかかった数々の暴力と同じだ。
自分自身、そこまで理解ができているのに、八つ当たりともいえるこの行動に歯止めがきかない。そんな自分の所業に心もすり減っていた。
「夜中に外を出歩き、男の部屋に忍び込み……お前はどうしたら学習するのだ……? それともなにか。そうやって今までも男をたぶらかしてきたのか……」
疲労が理由と弁解できないほど、言動が自分の限界を超えていく。後で苛むことなど想像できるのに、リノールへの侮辱が止まらない。
これ以上は。と頭に血が上った時、不思議な景色に放り込まれた。光に照らされた部屋に、幸福な昼の光。部屋に入り込む風でカーテンが揺れ、それが俺の体に纏わりつくのだ。
リノールの美しい首筋が眼下に見えた。そこから記憶は断片的だ。
悲鳴のような声を隠すためにリノールの頭を枕に沈めた。纏わりつこうとするカーテンを鬱陶しいと何度も払い退ける。そして幾度、眩い光の中に投げ出されても、闇を破き、喉を鳴らし、腰を突き上げ続けた。
朝日に照らされた時、その惨状を目の当たりにする。
リノールはビリビリに破かれたカーテンのようになってしまった。
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