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第3章 揺れるカーテン(アンドリュー)
第5話 昨日の御伽噺
しおりを挟む「その借用書が届くまでは、リノール様はこの領地という財産で、貴方を引き止めていました。それがあの借用書を機に、リノール様はその手立てを失ってしまった。しかしそれであれば貴方がこの屋敷にいる理由も無くなったはず。それなのに賞金稼ぎに出るなどと……」
「さすがこの家に長い使用人だけあるな……それで? この領地をかけて決闘でもするか?」
俺が言い終わる前にカルロは乱暴に葉巻を灰皿に擦り付ける。
「そんな子どもだましに引っかかるのはリノール様だけですよ」
「お前の望みはなんなのだ」
「恩人である貴方を差し置いて、国王風情にリノール様を掠め取られるなど、道理が通らない。そうは思いませんか?」
「それでお前になんの利が……!」
「損得ではない! 道理が通らないと言っている!」
部屋に充満していた柔らかな空気が、ピンと張りつめる。俺にとってはこんな空気に包まれることが理不尽でならない。
葉巻を失ったカルロの口から苛立ちが溢れる。
「この家の存続や、国への忠誠心、財産や名誉なんて、どうでもいい。私はこの仕事が気に入っている。貴方がリノール様との暮らしを守りたいのと同じくらいに」
たいした大義名分だ。しかしそんなささやかな願望で人間は動かない。
「俺を焚きつけて、なにを企んでいるんだ!」
「私も貴方と同じ。リノール様に負い目を感じている」
その瞬間、カーテンが揺れるようにリノールの白い肌が脳裏をかすめた。胸ぐらを掴んだその時に、カルロのシャボを引きちぎってしまう。おかげで手元が狂い、カルロの鼻先を拳が通過した。
「相変わらずリノール様のこととなると見境がない。殺されないうちに白状しますが、他言無用です。貴方と同じ、特にリノール様に」
リノールに秘匿ということは、今振りかぶった理由ではないのか、と拳を緩める。カルロは俺からシャボを奪い取りながら襟元を正した。
「先代の次男をこの家から連れ出したのは私でね」
突拍子もない話に口が自然と開いてしまう。
「別に驚くことはないでしょう。今更この領地の所有権なんて狙ってなどいませんよ。私は貴方以上に独占欲が強いんでね」
「まだ……生きてるのか?」
「貴方のような若者は、昨日の出来事をまるで御伽噺かなにかのように勘違いしますが、彼はまだ生きてますし、今日も私の帰りを心待ちにしていますよ」
リノールの父に弟がいることでさえさっき知ったのだ。あのわずかな情報でそこまで想像することの方が難しい。
「直接の原因でないにしろ……しかしこの家から弟を奪った罪滅ぼしで、使用人をしているのは確かです……」
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