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第3章 揺れるカーテン(アンドリュー)
第3話 血縁
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シュトラウス家は不可解なことだらけだった。だからこそ、キリーはそこに目をつけたのだろう。
シュトラウス家当主は色狂いで、女性の噂が絶えず、屋敷にも寄りつかない。その評判を聞けば屋敷には私生児や妾がひしめきあっているのかと思うだろう。しかし屋敷の中を覗いてみれば、息子がひとり、使用人に囲まれているだけだった。
屋敷の使用人から「当主は最愛の妻を亡くした悲しみで女関係が乱れた」と聞いた時にはキリーも肝を冷やしたらしい。俺はその唯一の息子と同じ歳だったから、計算が合わないのだ。しかしそれでわかったことは2つ。キリーは当主との関係が一度も無かったこと。もうひとつは当主は家に興味が無かったこと。
当主が色狂いになった時点はよくわからない。しかし心あたりがあるにせよ、無いにせよ、屋敷に妾が押しかけたならばもっとやりようがあるとは思う。しかしキリーは驚くほどあっさりと屋敷に迎え入れられ、領主の裁量さえ任されたのだ。
この事実を鑑みるに、色狂いというのは、屋敷に寄りつかないという事実のみが原因の噂だったのではないか、と推測できる。
俺が当主に対面したのは葬儀の時にだけ。そんな俺でもわかるほど衰弱しきった顔を見れば、妻を亡くした悲しみで気が触れた、という方が真実味があった。それに加え、根も葉もない噂を放置していた方が、屋敷からの干渉が薄れると計算していたようにも思えたのだ。
部屋に戻ると、今朝方、使用人に運び入れた甲冑が日に照らされていた。
この部屋を出るまで俺はこの家の正当な後継者、リノールに忠誠を誓うのだと思っていた。そんな勘違いも束の間、部屋に戻ってみれば景色も心情も変わる。
──貴方が放り出した決断を、私に求めるのはおやめください!
あれはカルロの本心なのだろう。半分血が繋がっているという彼の思い込みから、幾度となくリノを愛するようけしかけられてきた。
家の存続を考えれば男2人兄弟では心許ない。それが1人、国に献上されるとなれば、周到に調査するのも頷けた。リノには契約の一部を秘匿したと言っていたが、あれの真偽は今となってしまえばカルロにしかわからない。
どうせ俺が連れ戻すだろう、なんていう甘い考えで、長子を献上するとは思えないのだ。カルロの講じた手立ても虚しく、リノールの決意は揺るがなかったという方が正しいのではないか。
窓から風が吹き込み、カーテンが柔らかく揺れる。その端が窓枠にかけていた手をそっと撫でた。それで昨日触れられた、リノの指の感触が呼び起こされる。
リノールは俺とキリーが押しかけるまで、使用人に囲まれて暮らしていた。だからだろう、根は大人しく、人への干渉は少なかった。幼い頃から大人だけに囲まれていたことや、両親不在という境遇が似ているせいか、つかず離れずといった距離感でうまく暮らしていけた。
この後リノールとの関係性が変わった要因は大きく2つ。
ひとつは俺がこの家に来てから1年も経たない頃に起きた事件。
ある日、男の使用人が人目を盗んでリノールを部屋に連れ込んだ。不審に思い部屋を覗いた先に、白い肌が抵抗で揺れていた。この後はハッキリと思い出せない。しかし次に見た風景は、血まみれで横たわる使用人、泣き喚くリノール、そして駆けつけたカルロの震える肩だった。
確かにその瞬間の記憶は曖昧だが、今ならわかる。俺はキリーが犯されていた時と同じことをしたのだろう。
そしてもうひとつは、当主の遺言。
リノールの方がはやく産まれたこともあって、彼が当主に指名された。しかしリノールは思った以上に謙虚で臆病だった。それまで切り盛りしていたキリーや、体の大きい俺の方が、正当な相続人だと苛むようになったのだ。
そんな些細な憂いなら説得もできただろうし、キリーにそのくらいの分別はあると思っていた。しかしキリーの狡猾さは俺の想像を凌駕した。リノールを懐柔しようとしたのだ。
久しぶりに見たリノールの肌は、キリーの欲望に剥かれた純白。この時の記憶はハッキリしている。なぜならばカルロが先に飛び出し、キリーを殺すことができなかったからだ。
俺はその後すぐに、血縁の詐称を暴露するとキリーを脅し、追い出した。今考えればこれが最後の砦だったのだ。
シュトラウス家当主は色狂いで、女性の噂が絶えず、屋敷にも寄りつかない。その評判を聞けば屋敷には私生児や妾がひしめきあっているのかと思うだろう。しかし屋敷の中を覗いてみれば、息子がひとり、使用人に囲まれているだけだった。
屋敷の使用人から「当主は最愛の妻を亡くした悲しみで女関係が乱れた」と聞いた時にはキリーも肝を冷やしたらしい。俺はその唯一の息子と同じ歳だったから、計算が合わないのだ。しかしそれでわかったことは2つ。キリーは当主との関係が一度も無かったこと。もうひとつは当主は家に興味が無かったこと。
当主が色狂いになった時点はよくわからない。しかし心あたりがあるにせよ、無いにせよ、屋敷に妾が押しかけたならばもっとやりようがあるとは思う。しかしキリーは驚くほどあっさりと屋敷に迎え入れられ、領主の裁量さえ任されたのだ。
この事実を鑑みるに、色狂いというのは、屋敷に寄りつかないという事実のみが原因の噂だったのではないか、と推測できる。
俺が当主に対面したのは葬儀の時にだけ。そんな俺でもわかるほど衰弱しきった顔を見れば、妻を亡くした悲しみで気が触れた、という方が真実味があった。それに加え、根も葉もない噂を放置していた方が、屋敷からの干渉が薄れると計算していたようにも思えたのだ。
部屋に戻ると、今朝方、使用人に運び入れた甲冑が日に照らされていた。
この部屋を出るまで俺はこの家の正当な後継者、リノールに忠誠を誓うのだと思っていた。そんな勘違いも束の間、部屋に戻ってみれば景色も心情も変わる。
──貴方が放り出した決断を、私に求めるのはおやめください!
あれはカルロの本心なのだろう。半分血が繋がっているという彼の思い込みから、幾度となくリノを愛するようけしかけられてきた。
家の存続を考えれば男2人兄弟では心許ない。それが1人、国に献上されるとなれば、周到に調査するのも頷けた。リノには契約の一部を秘匿したと言っていたが、あれの真偽は今となってしまえばカルロにしかわからない。
どうせ俺が連れ戻すだろう、なんていう甘い考えで、長子を献上するとは思えないのだ。カルロの講じた手立ても虚しく、リノールの決意は揺るがなかったという方が正しいのではないか。
窓から風が吹き込み、カーテンが柔らかく揺れる。その端が窓枠にかけていた手をそっと撫でた。それで昨日触れられた、リノの指の感触が呼び起こされる。
リノールは俺とキリーが押しかけるまで、使用人に囲まれて暮らしていた。だからだろう、根は大人しく、人への干渉は少なかった。幼い頃から大人だけに囲まれていたことや、両親不在という境遇が似ているせいか、つかず離れずといった距離感でうまく暮らしていけた。
この後リノールとの関係性が変わった要因は大きく2つ。
ひとつは俺がこの家に来てから1年も経たない頃に起きた事件。
ある日、男の使用人が人目を盗んでリノールを部屋に連れ込んだ。不審に思い部屋を覗いた先に、白い肌が抵抗で揺れていた。この後はハッキリと思い出せない。しかし次に見た風景は、血まみれで横たわる使用人、泣き喚くリノール、そして駆けつけたカルロの震える肩だった。
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そんな些細な憂いなら説得もできただろうし、キリーにそのくらいの分別はあると思っていた。しかしキリーの狡猾さは俺の想像を凌駕した。リノールを懐柔しようとしたのだ。
久しぶりに見たリノールの肌は、キリーの欲望に剥かれた純白。この時の記憶はハッキリしている。なぜならばカルロが先に飛び出し、キリーを殺すことができなかったからだ。
俺はその後すぐに、血縁の詐称を暴露するとキリーを脅し、追い出した。今考えればこれが最後の砦だったのだ。
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