妖精王の双剣-愛する兄弟のために身売りした呪われは妖精王に溺愛される

大田ネクロマンサー

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第2章 花王の庭

第8話 厄災の冬

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謂れのない中傷を浴びてもなお、説明をしようとするシーバルに心を打たれながらも、アンドリューとの因縁にかき乱されもする。


「シーバル……俺の行き過ぎた言動を……ちゃんと、責めてほしい。真実を教えてほしい……。そうしてもらわなければ……俺は自分自身を信じられなくなる……。シーバルをこれ以上傷つけたくないんだ……」


シーバルは俺の願いを聞き入れ、持っていた花を棚に置いた。真実に辿り着くにはそれほどまでに時間が必要なのだろうか、と疑問が浮かび、また消える。その長い沈黙を破ったシーバルの声は、恐ろしく響いた。


「百年に一度厄災の冬が訪れる。その代の国王はシュトラウス家、もしくはキルステン家のどちらかから、長子を迎え入れ、冬に備えなければならない」

「厄災の……冬……?」

「気象のようなもので、その期間にだけ結界が弱まる。外に張り巡らされている結界のことだ」


真実を知りたい。確かにそう言ったが、話の着地点が見当たらず、押し黙ってしまう。


「神の契約はその度に見直される。だから国防のために国土全域から戦力を募る必要がある。そのための契約がシュトラウス家及びキルステン家の末裔の献上。両家には呪いがある。『魅了』という呪いが」


ハッとしてシーバルを見上げればアンドリューの言葉が呼び起こされる。


──この淫売が。


確かに君主は美しい妻を必ず競技会に連れだち、腕の立つ騎士を自身の領土に囲い込む。だから俺も、アンドリューの参戦に意中の貴婦人がいるのかと勘繰った。


「そんな能力……俺は……」

「アンドリューは気づいていた」


シーバルの表情が、まるでアンドリューのようなのだ。

──それでは、お前がどこぞの男をたらし込んだからカルロは使用人を女だけにしたのか?

「俺は……この国の兵士たちの……嬲り物になるのか……?」

「そうならないよう、アンドリューはリノを守ってきた。自分の心も押し殺し、罰するようにリノを他の男から守り抜いた。違うか?」


地鳴りのような声が止んだ。


「シーバルは……俺を……国中の嬲り物にさせるのか……?」


自分で問いながらも妙にスッキリする。あの莫大な金を考えればシーバルに今聞かされた話も納得できた。

ただ、心の中で一筋の憤りが立ち昇る。確かに生贄のように惨たらしく殺されないかもしれない。劣悪な環境で労働を強いられないかもしれない。しかしアンドリューが迎えに来るだなんだと俺を唆し……。


「シーバルは……それを俺に隠し通せると思ったの……」


シーバルの昔と変わらない無邪気さ。それは俺を欺くための演技だったのだろう。ひとたび蓋を開けばこんな地鳴りのような威圧が顔を出すのだ。


「婚姻を交わせば騎士の士気だけを集め、容易に不貞は働けない」


決意を灯す言葉の衝撃で、記憶のそこかしこに散りばめられた断片が脳裏に浮かぶ。


──ええ。でも安心してください。リノ様の家のしきたりは婚姻を前提とはしておりません。

「呪いとは魅了という求心力により引き寄せられる不幸」


──最初は単純な興味だったのだと思います。約束の伴侶がどんな方なのか。

「能力だけ使い、不幸を回避することもできる」


──シルヴァル皇が勝手にのぼせあがっていただけです。一目見た時からリノ、リノ、リノ……。

「だからリノは……」


──アンドリュー様にリノ様を取られてしまう、そう言って何度も決闘に挑んでいらっしゃったのですよ。

「アンドリューと婚姻を結ぶんだ」




──馬鹿馬鹿しいでしょう。




眉間に皺を寄せて、震える瞼を必死に瞑るシーバル。俺がアンドリューと決別してここに来たと勘違いするシーバル。黙って婚姻を結ぶこともできたのに、俺の気持ちを優先してアンドリューを勧めるシーバル。アンドリューをライバルとして認め続けたシーバル。


「馬鹿──っ!」


馬鹿は俺だった。どうしたらいいかわからなくて、シーバルに八つ当たりをする大馬鹿者だ。でもそんな痴れ者もシーバルは受け止めてくれる。飛び込んだ胸が嗚咽で揺れている。


「馬鹿じゃないっ! アンドリューが迎えに来なかったら! リノは俺とずっとここで暮らすんだ! アンドリューが迎えに来れないようにいっぱい罠を仕掛けて! ずっとずっとリノをここに閉じ込めるんだっ!」

「いっつもアンドリューとの決闘の邪魔して! 俺だってアンドリューと戦いたかったんだっ! それで! それで……っ!」


前髪をグシャッとかき上げられ、そこにジュウと熱が押し当てられる。5年越しの成就に足が震えたと思ったら、いつのまにか地面が消えた。

あの日憧れた抱擁とは違った気がする。そう思うとアンドリューに渡すはずだった甲冑もまた、そうだったのだろうか。



憧憬が現実を歪めるのかはわからない。でも幸福なことには変わりはなかった。


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