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第2章 花王の庭
第6話 憧憬
しおりを挟む「運転手さん!? 朝からずっとここにいたのですか?」
「まさか! 一応、シルヴァル皇の第一袖付ですので……」
よくわからない固有名詞が並び黙ってしまう。おそらくそれが顔に出ていたのであろう、運転手は慌てて付け加えた。
「シ、シーバル様の、右腕と言いましょうか? 武力を伴わないお世話の……執事長といえばおわかりになりますでしょうか? 名をニールと申します」
つまりシルヴァル皇というのはシーバルの本名なのだろう。肝心な部分が抜けていたが、彼にとっては常識と考えれば、説明不足も当然か。
「ニールさんは武力を伴わない執事なのに、夜の見回りですか?」
「いえ……」
彼は困ったように俯き、時が流れるのをただひたすらに耐えているようだ。
「この国のしきたりがわからず……話しかけることが無礼だったら申し訳ございません」
「いえっ……! 違うのです! リノ様はお部屋がお気に召しませんでしたか?」
お部屋、その言葉でシーバルに担ぎ上げられた時のことを思い出した。
「あ……ニールさんがご手配くださったのですか? とても素敵な花々で、楽園のようでした」
「私が手配したわけでは……」
「でも使用人がはしゃいで飾り付けをしたと……」
確かにそう言っていたはずだ。自分の足元を見た時に、なぜだか昨日の輝いて見えた料理を思い出した。アンドリューのために奮発した料理たち。
「シルヴァル皇は、よくいえばシャイで、悪くいえば子どもっぽいので……リノ様はさすが人族だけあって、とても円熟に……成長されましたね」
急に懐かしい視線を向ける老紳士に戸惑いを抱く。
「覚えていらっしゃらないのも当然です。私も命懸けでしたからね。そんな袖付の気も知らず、シルヴァル皇は父上の言いつけを破って勝手に抜け出して。よくリノ様の領地の丘まで連れ戻しに行ったものです」
命懸けという割には優しい目でニールは語る。
「シーバルは言いつけを破って遊びにきてたのですか?」
「ええ。最初は単純な興味だったのだと思います。約束の伴侶がどんな方なのか」
「伴侶……?」
「ええ。でも安心してください。リノ様の家のしきたりは婚姻を前提とはしておりません。シルヴァル皇が勝手にのぼせあがっていただけです。一目見た時からリノ、リノ、リノ……おっと失礼。しかし私も昨日迎え上がるまでリノ様がリノールというお名前だとは存じ上げていませんでした」
リノ様。だからそんな変な呼び方になったのか。妙な納得をしたところで無音が訪れた。
「アンドリュー様にリノ様を取られてしまう、そう言って何度も決闘に挑んでいらっしゃったのですよ。でもついに父上に見つかってしまいましてね。3年くらい軟禁されておりました」
「ええ!?」
「馬鹿馬鹿しいでしょう。でももっと馬鹿馬鹿しいことを言うと、その間もアンドリュー様に負けまいと、剣術を磨いていたのですよ。それには父上もニッコリです」
あまりの言われように、吹き出してしまった。ひとしきり笑ったら、夜が急に深まった気がした。笑っていたのは俺だけだったのだ。
「リノ様にはシルヴァル皇は幼稚に映るでしょうか。でもリノ様のおかげで、あれでも……ずっと背伸びをしてきたのです。拙い愛であっても……どうか受け取ってやってください」
その時、一陣の風が髪をさらって空に吹き上げた。葉のざわめきで胸が焦燥に駆られる。
「今頃、宮殿に戻って大騒ぎしてますよ」
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