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第1章 空の鞘
第6話 投げ出された床の感触 ※
しおりを挟む口の中に自らの指を突っ込み、さっき込み上げた酸っぱい唾液を指で掬う。それが十分に濡れたら、俺は──。
「よく見えない。後ろを向いてお前の浅ましさを見せろ」
羞恥から顔を背けた拍子に後ろを向いて、彼がよく見えるよう、指を尻に突き入れていく。目を瞑り、迷いを払い、欲望のままに動かす。
最初は、アンドリューも俺と同じ気持ちなのかと思っていた。はじまりは唐突だったが、お互いまだ若かった。愛とか恋とか言葉で形容し難い感情を、ぶつけられているのかと思っていたのだ。しかしそんな勘違いから醒めなかったのは俺だけだった。
「お前のような淫売が、本当に我慢ができたのか?」
突然の衝撃に体全体が痙攣する。2年ぶりに突き入れられた肉棒は、快楽を感じるには尚早で、太く熱すぎた。
「ぃ……あ、あっ……」
痛みに震えていると、白けた空気を感じる。この空気を、俺はこの世で一番恐れていた。
この行為は彼の怒りであり、本懐ではない。これを逸脱して不要なものを望めば、こういった空気が流れ出し、俺の心を焼き燻す。
だから彼の望むように卑しい淫売を演じる。床に腕をつき、腰を高く上げて、その肉棒をねだる。すると、赦しのような彼の大きく熱い手が、俺の腰を掴むのだ。
ゆっくりと、しかし確実に、俺を嬲り物にしていく抽送。そうとは望んでいないはずなのに息が上がり、葛藤にも揺れる。
「アッ──……アア──ッ!」
確かに望んでいた熱ではあった。しかしこの5年求めていた温もりは一度も与えられることはなかった。
美しい碧眼、黄金に縁取られたまつ毛、凛々しくまっすぐな眉、立派な首筋、盛り上がった胸や引き締まった腹。そして形の良い美しい唇。それらに触れることを許さることもなければ、その唇から愛の囁きが漏れることもなかった。
その熱い手で触れてほしい。しかしそんな奇跡が起こらないのであれば──。
「なにをしているんだ?」
「あぁ……あ、あ、あっ!」
「フッ……女でもしないぞ、そんなこと」
自分の陰茎を掴んでいた手を背中に捻りあげられ、さらに肉棒を突き立てられる。
「アア──ッ!」
「それに、こんなことで悦ぶ男は、女も抱けまい」
淫売が。それが最後の言葉だった。激しく揺さぶられるうちに、いつのまにか自分自身から白濁が零れ落る。そして彼の欲望が吐き出されたのをため息で知った。
硬い床に膝を擦り付けていたため、立ち上りざまによろめいてしまう。その肩をアンドリューが抱いた。太い腕が胸元で脈打っている。
最後だから、その事実が俺を大胆にさせた。ずっと触れたかった、その指に手が伸びてしまう。しかし、触れるや否や腕を払われ、俺は床に投げ出された。
俺らしい顛末だと、床を眺めながら笑った。
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