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第1章 空の鞘
第2話 祝いの晩餐
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アンドリューは使用人に案内されるがまま、かつての自分の部屋に引っ込んだ。だから俺は永らく使われていなかったバンケットルームに設えた今日のための食卓に座り、彼を待つ。
長テーブルの中央脇に、叙任の儀式のため用意させたアンドリューの甲冑を飾った。
一般的に騎士の叙任は、従騎士として仕えた主君が執り行うものだが、無理を言ってこの屋敷に帰ってきてもらったのだ。
男は誰でも騎士に憧れる。俺やアンドリューも幼い頃には叙任の儀式に憧れたものだ。
よく磨き上げられ鈍く光る甲冑を眺めていると、あの頃抱いた憧れとの乖離に胸がチクリと痛む。
あの甲冑も、今並べられている料理も。捻出するのに苦心をした。領主と呼ばれながら、暮らしの実情は農民と大差ない。父が奔放に散財したおかげで、この土地には因縁しか残らなかったのだ。
「アンドリュー様、リノール様がこちらにてお待ちです」
使用人に連れられ、扉をくぐったアンドリューに瞳を奪われる。うねる毛束を一筋残し、後ろで束ねたブロンドの髪。盛り上がる胸を飾る刺繍のベスト。貴族。彼こそがそれに相応しい佇まいだった。
「ア、アンドリュー……この度は無理を言って……帰省いただき感謝申し上げます」
俺の声は小さかっただろうか。まるでなにも聞こえていないかのように、アンドリューは長テーブルに沿って歩き始めた。
「カルロ、この甲冑はどうしたのだ?」
アンドリューはまだ扉の側でまごまごしていた使用人に質問をする。
「アンドリュー様。叙任については明日、ご説明させていただきます。今日は家族としてリノール様が祝いの席を用意してくださったのです。どうかご着席ください」
使用人カルロはこの屋敷の生き字引だ。そしてこの家で唯一信頼できる大人でもあった。
こんな痩せ細った領地にも、利権を巡り諍いがある。先代の父の奔放さからこの家にはさまざまな人間が出入りしたが、彼に裁量を持たせたから失墜を逃れた。彼はこの家唯一の良心だ。
それはアンドリューも理解していた。だから彼は引かれた椅子に座ったのだ。俺ではなく、彼の言葉で。
長テーブルの端と端。テーブルランナーがやけに長く見える。
「こ、この度は……」
聞こえていなかったのなら何度でも、その気概だけで謝辞と祝辞を述べようと思った。しかし、遠くからでもわかる彼の鋭い目に宿る感情が俺の喉を乾かす。
「明日は主君として支えようとも、今日は家族として……そうだな? カルロ」
「はい、アンドリュー様」
「ならば、そんなよそよそしい口ぶりはやめろ。リノ」
15歳の時分に父が急逝してから、一度も呼ばれることがなかった愛称に、胸の鼓動が高鳴る。
「カ、カルロ。乾杯をしたい。ワインを……!」
「はい、ただいま」
カルロは扉を開けて、外に待たせていた使用人を部屋に招いた。
長テーブルの中央脇に、叙任の儀式のため用意させたアンドリューの甲冑を飾った。
一般的に騎士の叙任は、従騎士として仕えた主君が執り行うものだが、無理を言ってこの屋敷に帰ってきてもらったのだ。
男は誰でも騎士に憧れる。俺やアンドリューも幼い頃には叙任の儀式に憧れたものだ。
よく磨き上げられ鈍く光る甲冑を眺めていると、あの頃抱いた憧れとの乖離に胸がチクリと痛む。
あの甲冑も、今並べられている料理も。捻出するのに苦心をした。領主と呼ばれながら、暮らしの実情は農民と大差ない。父が奔放に散財したおかげで、この土地には因縁しか残らなかったのだ。
「アンドリュー様、リノール様がこちらにてお待ちです」
使用人に連れられ、扉をくぐったアンドリューに瞳を奪われる。うねる毛束を一筋残し、後ろで束ねたブロンドの髪。盛り上がる胸を飾る刺繍のベスト。貴族。彼こそがそれに相応しい佇まいだった。
「ア、アンドリュー……この度は無理を言って……帰省いただき感謝申し上げます」
俺の声は小さかっただろうか。まるでなにも聞こえていないかのように、アンドリューは長テーブルに沿って歩き始めた。
「カルロ、この甲冑はどうしたのだ?」
アンドリューはまだ扉の側でまごまごしていた使用人に質問をする。
「アンドリュー様。叙任については明日、ご説明させていただきます。今日は家族としてリノール様が祝いの席を用意してくださったのです。どうかご着席ください」
使用人カルロはこの屋敷の生き字引だ。そしてこの家で唯一信頼できる大人でもあった。
こんな痩せ細った領地にも、利権を巡り諍いがある。先代の父の奔放さからこの家にはさまざまな人間が出入りしたが、彼に裁量を持たせたから失墜を逃れた。彼はこの家唯一の良心だ。
それはアンドリューも理解していた。だから彼は引かれた椅子に座ったのだ。俺ではなく、彼の言葉で。
長テーブルの端と端。テーブルランナーがやけに長く見える。
「こ、この度は……」
聞こえていなかったのなら何度でも、その気概だけで謝辞と祝辞を述べようと思った。しかし、遠くからでもわかる彼の鋭い目に宿る感情が俺の喉を乾かす。
「明日は主君として支えようとも、今日は家族として……そうだな? カルロ」
「はい、アンドリュー様」
「ならば、そんなよそよそしい口ぶりはやめろ。リノ」
15歳の時分に父が急逝してから、一度も呼ばれることがなかった愛称に、胸の鼓動が高鳴る。
「カ、カルロ。乾杯をしたい。ワインを……!」
「はい、ただいま」
カルロは扉を開けて、外に待たせていた使用人を部屋に招いた。
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