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第1章 空の鞘
第1話 異母兄弟の帰省
しおりを挟む真夏の太陽が沈み、涼やかな藍が染める夕間暮れに、篝火が灯る。
いつもなら部屋で眺める藍の中の橙を、今日は熱を感じながら眺めていた。
「リノール様、アンドリュー様が戻りましたら、すぐにお知らせしますので……」
使用人は気づかってか、俺を部屋に押し込もうと玄関扉に手をかけた。花を模るその金具も、ピカピカに磨かれていることを確認して、少しばかり安堵する。
「アンドリューは、俺が出迎えたら気を悪くするだろうか?」
門に掲げられたシュトラウス家の紋章旗が、篝火に照らされ不気味に揺れる。紋章の鷹が両の足で掴む鞘に、柄は描かれていない。その意味を今日ほど深く考えたことはなかった。
「アンドリュー様は……リノール様の出迎えも、食事も、きっと……喜んでいただけるはずです」
使用人の下手くそな嘘が有耶無耶に舞った時、門番の号令で空気が一変した。
ガチャガチャと門を開ける音に紛れて、遠くから馬の蹄が大地を蹴る音が轟いてくる。そしてその音が門をくぐった時、篝火に彼の顔が一瞬だけ浮かび上がった。
「アンドリュー!」
俺の出迎えに応えたのは馬の嘶きだけであった。前足で宙を蹴る馬を宥め、マントを翻す騎乗の大男は、俺ではなく隣の使用人に叫んだ。
「宿舎をご手配いただけたか?」
「アンドリュー様! なにを仰るのです! リノール様は明日の叙任のお祝いに、食事もお部屋もご用意しているのですよ!」
「他領主の従騎士に、それはそれは」
馬を降り、好戦的な瞳を向けるアンドリューに、俺はおろか、さっきまで嗜めていた使用人さえも押し黙った。
アンドリューは2年前よりもずっと美しく、屈強になっていた。
たった3日遅く産まれたという理由で、この領地の統治者となれなかった、アンドリュー。父が今際の際で言い放った命により、遠い主君の従騎士となった、俺の異母兄弟。
彼はクッキリとした目鼻立ちに悪意を宿らせ、大きな肩を揺らしこちらに向かってくる。
「当主直々のおもてなし、か。相も変わらず……」
アンドリューは使用人の肩を押しのけ、俺の横を通り抜ける。
「いい趣味をしているな」
俺は少し背の高い彼の顔を確かめようと見上げる。そこに、幼き日の優しいアンドリューの面影などなかった。
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