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隠し場所
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今日も絵に描いたようなガリ勉メガネの幼馴染、瀬尾が大学の所定の場所で本にかじりついている。同じ大学を志し一緒の予備校に通っていた頃は、眼鏡はあんなにダサくなかったし、髪型ももっとマシだった。
「いい加減、電子書籍にしたら? スマホ持ってんだろ?」
「陽キャがなんの用?」
パタンと文庫本を閉じ、ピシャリといい放つ。前はこんなにツンケンしてなかったのに、どうもやりずらい。それに陽キャなんていうが、俺は陽キャではないし、モテもしない。
「紙の方が好きっていうやつ結構いるけどさ……」
「スマホと文庫本は大体同じ重さなんだから別にいいだろ」
「まぁ、今や文庫本くらい画面が大きい機種もあるからな。でもそれの何倍も本を持ち歩けるぞ」
「人間が1日に処理できる情報量は決まっているんだ。捌ききれない情報持ち歩いてどうするんだよ。逆に電子書籍の利点ってなんだよ」
「暗いところでも読めるぞ」
「暗いところで読むシチュエーションがわからない」
「普通にあるだろ、寝る前とか。電気消しても読めるんだぞ。逆に文庫本にこだわる理由ってなんだよ……」
急に瀬尾が黙った。別に論破したいわけではない。ただ雑談をしたいだけなのに、いつもこうやって口論のようになってしまう。
「なに読んでるの?」
本には毎度ガチガチにブックカバーがされているし、近づけば閉じられるから、想像もできない。
「あ、そういや昔、父ちゃんが出張帰りに新幹線で読んでた官能小説。瀬尾にやったことあるよな。そういうの読む時便利だろ、電子書籍」
官能小説とは知らず瀬尾は大切そうに持って帰ったっけ。自分で言い放っておきながら、あの時感じた罪悪感が蘇り、体温が少し下がった。
「そんなもの、もらってない」
相変わらずの塩対応に、罪悪感が踏みにじられる。そして思い出話ひとつにものらない瀬尾の態度に、嗜虐心に火がついた。
「いいや、俺学校で先生に見つかった時のこと考えて、栞にお前の名前書いといたもん」
「え……」
思いがけない瀬尾の戸惑った声に、俺自身びっくりする。
「いや、え? 栞のことは悪かったけど、小学生の時の話だろ?」
取り繕う俺の態度をよそに、瀬尾の表情が曇っていく。
「ごめんって」
瀬尾は苦々しい顔で立ち上がる。どう考えてもおかしい態度に、瀬尾の腕を掴んだ。瀬尾はしばらく黙ったと思ったら、俺に読んでいた文庫本を差し出した。
「返すよ」
言葉の意味が分からず、混乱のうちに文庫本を受け取る。腕を離さずにいると瀬尾は苦々しく言った。
「電子書籍にするわ」
瀬尾は腕を振り払い立ち去る。あの時の官能小説なのか? と、残された文庫本をパラパラとめくってみる。しかしどう考えても最近購入したであろう文庫本だし、純文学だった。
しかし瀬尾晋と書かれた栞に、俺の心臓が飛び跳ねた。これを大事に持っていたということに驚いたが、なぜそれを返すと言われたのかが分からず頭を抱えてしまう。
栞は経年劣化で端が捲れ黄ばんでいた。本屋でもらえるシンプルな栞だ。よく何年も持ちこたえられるものだな、となんの気無しに裏側を見たら、時間が止まった。
俺の名前が書いてあったのだ。恐らく後から付け足されたであろうその文字の拙さに、胸が抉られる。
瀬尾は幼稚園から今までずっと一緒の学校だった。高校までは普通に接していたのに。こんな風になってしまった心当たりはひとつしかなかった。大学受験が迫った秋、普段そんな話をしない瀬尾がしたひとつの質問。
お前、もしかして好きな人とかいたりするの?
瀬尾が好きだと言い出せなかった後悔から、今でもあの時の光景をよく覚えている。あの時も瀬尾は文庫本を持っていた。瀬尾はこの栞を挟んでいたのだ。
俺はスマホを取り出しメッセージを送った。意外にもすぐに返信が来た。
<そういう大事なことは会っている時に言え>
瀬尾は今送ったメッセージを栞のように大切にとっておいてくれるのだろうか。暗がりで何度も読んだりするのだろうか。今度は気持ちを文庫本に隠さないでくれるだろうか。暴れ出す期待を胸に、瀬尾の元へ走り出す。
◆◆◆
お題【栞】
タイトル:隠し場所
幼馴染からあかされる、しょうもない真実
「いい加減、電子書籍にしたら? スマホ持ってんだろ?」
「陽キャがなんの用?」
パタンと文庫本を閉じ、ピシャリといい放つ。前はこんなにツンケンしてなかったのに、どうもやりずらい。それに陽キャなんていうが、俺は陽キャではないし、モテもしない。
「紙の方が好きっていうやつ結構いるけどさ……」
「スマホと文庫本は大体同じ重さなんだから別にいいだろ」
「まぁ、今や文庫本くらい画面が大きい機種もあるからな。でもそれの何倍も本を持ち歩けるぞ」
「人間が1日に処理できる情報量は決まっているんだ。捌ききれない情報持ち歩いてどうするんだよ。逆に電子書籍の利点ってなんだよ」
「暗いところでも読めるぞ」
「暗いところで読むシチュエーションがわからない」
「普通にあるだろ、寝る前とか。電気消しても読めるんだぞ。逆に文庫本にこだわる理由ってなんだよ……」
急に瀬尾が黙った。別に論破したいわけではない。ただ雑談をしたいだけなのに、いつもこうやって口論のようになってしまう。
「なに読んでるの?」
本には毎度ガチガチにブックカバーがされているし、近づけば閉じられるから、想像もできない。
「あ、そういや昔、父ちゃんが出張帰りに新幹線で読んでた官能小説。瀬尾にやったことあるよな。そういうの読む時便利だろ、電子書籍」
官能小説とは知らず瀬尾は大切そうに持って帰ったっけ。自分で言い放っておきながら、あの時感じた罪悪感が蘇り、体温が少し下がった。
「そんなもの、もらってない」
相変わらずの塩対応に、罪悪感が踏みにじられる。そして思い出話ひとつにものらない瀬尾の態度に、嗜虐心に火がついた。
「いいや、俺学校で先生に見つかった時のこと考えて、栞にお前の名前書いといたもん」
「え……」
思いがけない瀬尾の戸惑った声に、俺自身びっくりする。
「いや、え? 栞のことは悪かったけど、小学生の時の話だろ?」
取り繕う俺の態度をよそに、瀬尾の表情が曇っていく。
「ごめんって」
瀬尾は苦々しい顔で立ち上がる。どう考えてもおかしい態度に、瀬尾の腕を掴んだ。瀬尾はしばらく黙ったと思ったら、俺に読んでいた文庫本を差し出した。
「返すよ」
言葉の意味が分からず、混乱のうちに文庫本を受け取る。腕を離さずにいると瀬尾は苦々しく言った。
「電子書籍にするわ」
瀬尾は腕を振り払い立ち去る。あの時の官能小説なのか? と、残された文庫本をパラパラとめくってみる。しかしどう考えても最近購入したであろう文庫本だし、純文学だった。
しかし瀬尾晋と書かれた栞に、俺の心臓が飛び跳ねた。これを大事に持っていたということに驚いたが、なぜそれを返すと言われたのかが分からず頭を抱えてしまう。
栞は経年劣化で端が捲れ黄ばんでいた。本屋でもらえるシンプルな栞だ。よく何年も持ちこたえられるものだな、となんの気無しに裏側を見たら、時間が止まった。
俺の名前が書いてあったのだ。恐らく後から付け足されたであろうその文字の拙さに、胸が抉られる。
瀬尾は幼稚園から今までずっと一緒の学校だった。高校までは普通に接していたのに。こんな風になってしまった心当たりはひとつしかなかった。大学受験が迫った秋、普段そんな話をしない瀬尾がしたひとつの質問。
お前、もしかして好きな人とかいたりするの?
瀬尾が好きだと言い出せなかった後悔から、今でもあの時の光景をよく覚えている。あの時も瀬尾は文庫本を持っていた。瀬尾はこの栞を挟んでいたのだ。
俺はスマホを取り出しメッセージを送った。意外にもすぐに返信が来た。
<そういう大事なことは会っている時に言え>
瀬尾は今送ったメッセージを栞のように大切にとっておいてくれるのだろうか。暗がりで何度も読んだりするのだろうか。今度は気持ちを文庫本に隠さないでくれるだろうか。暴れ出す期待を胸に、瀬尾の元へ走り出す。
◆◆◆
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