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残り香
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別にあいつだって星に詳しいわけではなかった。若さにかまけて時間を怠惰に貪っていた友達同士。なんか暇だし、今日は凄いらしいから見に行ってみようぜ。そんなノリでチャリで登った坂道。
冬の気配が迫るその道を、2人でヒーコラ登った先に星の雨が降った。
2001年しし座流星群極大を迎えた3時20分。生きることに消極的なくせに、何者にでもなれると信じてた馬鹿な2人を打ちのめす、圧倒的な光景だった。
「橋田さん、今日の飲み会はやっぱり参加難しいですか?」
雑多な昼休みの環境音に一つ高い声が響く。ニュースサイトを読んでいた顔をあげて見上げると、女子社員は浮かない顔をしていた。
「ごめんね。今日はどうしても外せない用事があって」
「そ、そうですよね。あ、その記事。もしかして流星群観測しに行ったりするんですか?」
「いやぁ……」
聡明な彼女はすぐに踏み込みすぎたと、バツの悪い空気を出す。それも隠せたならもっと賢く生きられたのに。そう哀れんで意味もなく年寄りぶった。
「最近は動画配信で生中継で見られるらしいよ。凄いよね。俺が若い頃からは考えられないよ」
彼女は曖昧に笑って、今度は参加してくださいね、と念を押して立ち去った。馬鹿じゃないんだ。彼女が俺に気があることくらいわかっている。
「降らないかな……」
あれから19年。一度見た感動を忘れられず、あいつと何度か見に行ったが、初めて見たあの日以来、流星雨にはならなかった。そういった奇跡があいつとの関係を運命的なものに感じさせたんだ。
あいつは馬鹿のまま、言うことだけは大きいクズになった。定職にもつかず、時々金の無心に現れる年中行事のようなあいつが、一昨年から連絡がつかなくなった。
35歳は若者が思っているより、本人は若い気でいる。しかしベルトコンベアのような自動搾取装置に揺られてしまえば、それを降りるのが億劫になる。
俺は心のどこかであいつがクズのまま俺に頼り続けてくれることを願っていた。それと同時に、そばにいながら触れられない苦しみに悶えてもいた。2年なんて大したことないはずだったのに、俺は心の均衡がとれずギシギシと痛むのだ。だから平日のこの日に実家に帰ることにした。
「あんた、学生じゃないんだから。星見るったって、明日仕事なんでしょうに」
「いいんだよ。有給余ってるんだ。疲れたら明日休むよ」
「そういうのが学生気分だって言ってるんだよ」
「別に俺がいなければどうにもならない仕事なんて、なにもないんだ」
母は玄関先で黙り、俺を気遣う言葉を探して息を吸う。それを遮るように引き戸を開けて家を飛び出した。
流星群とはなにか、気になって調べたことがあった。調べてみて、周回する彗星が放出した残骸だと知った時には少しがっかりした。あんな光景にはもっと違う幻想を抱いていたのだ。
でも今は違う感慨に耽る。あいつは2年前に死んだ。それを去年知った時から、俺は幻想を求めなくなった。
初めて登ったように母のママチャリで坂道を駆ける。体が重くて地面に同化しそうだった。急ぐ必要もないのに汗だくになっても、漕ぐのをやめられない。
死んだことすら知らされない関係だった。どんなに長く一緒にいたって、一度だって交差なんてしない他人同士だ。
それがあの日見た流星雨のようだと思うのだ。
一度も交わらないから、こうやって残り香だけで偲ぶ。宇宙だってそうなのだ。そういう奇跡でこの世界は成り立っている。
デスクワークのツケが今まさに俺の喉を鳴らす。
「あぁっ、くそっ!」
顔をあげたその時ーー
◆◆◆
しし座流星群記念ワンライ
冬の気配が迫るその道を、2人でヒーコラ登った先に星の雨が降った。
2001年しし座流星群極大を迎えた3時20分。生きることに消極的なくせに、何者にでもなれると信じてた馬鹿な2人を打ちのめす、圧倒的な光景だった。
「橋田さん、今日の飲み会はやっぱり参加難しいですか?」
雑多な昼休みの環境音に一つ高い声が響く。ニュースサイトを読んでいた顔をあげて見上げると、女子社員は浮かない顔をしていた。
「ごめんね。今日はどうしても外せない用事があって」
「そ、そうですよね。あ、その記事。もしかして流星群観測しに行ったりするんですか?」
「いやぁ……」
聡明な彼女はすぐに踏み込みすぎたと、バツの悪い空気を出す。それも隠せたならもっと賢く生きられたのに。そう哀れんで意味もなく年寄りぶった。
「最近は動画配信で生中継で見られるらしいよ。凄いよね。俺が若い頃からは考えられないよ」
彼女は曖昧に笑って、今度は参加してくださいね、と念を押して立ち去った。馬鹿じゃないんだ。彼女が俺に気があることくらいわかっている。
「降らないかな……」
あれから19年。一度見た感動を忘れられず、あいつと何度か見に行ったが、初めて見たあの日以来、流星雨にはならなかった。そういった奇跡があいつとの関係を運命的なものに感じさせたんだ。
あいつは馬鹿のまま、言うことだけは大きいクズになった。定職にもつかず、時々金の無心に現れる年中行事のようなあいつが、一昨年から連絡がつかなくなった。
35歳は若者が思っているより、本人は若い気でいる。しかしベルトコンベアのような自動搾取装置に揺られてしまえば、それを降りるのが億劫になる。
俺は心のどこかであいつがクズのまま俺に頼り続けてくれることを願っていた。それと同時に、そばにいながら触れられない苦しみに悶えてもいた。2年なんて大したことないはずだったのに、俺は心の均衡がとれずギシギシと痛むのだ。だから平日のこの日に実家に帰ることにした。
「あんた、学生じゃないんだから。星見るったって、明日仕事なんでしょうに」
「いいんだよ。有給余ってるんだ。疲れたら明日休むよ」
「そういうのが学生気分だって言ってるんだよ」
「別に俺がいなければどうにもならない仕事なんて、なにもないんだ」
母は玄関先で黙り、俺を気遣う言葉を探して息を吸う。それを遮るように引き戸を開けて家を飛び出した。
流星群とはなにか、気になって調べたことがあった。調べてみて、周回する彗星が放出した残骸だと知った時には少しがっかりした。あんな光景にはもっと違う幻想を抱いていたのだ。
でも今は違う感慨に耽る。あいつは2年前に死んだ。それを去年知った時から、俺は幻想を求めなくなった。
初めて登ったように母のママチャリで坂道を駆ける。体が重くて地面に同化しそうだった。急ぐ必要もないのに汗だくになっても、漕ぐのをやめられない。
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それがあの日見た流星雨のようだと思うのだ。
一度も交わらないから、こうやって残り香だけで偲ぶ。宇宙だってそうなのだ。そういう奇跡でこの世界は成り立っている。
デスクワークのツケが今まさに俺の喉を鳴らす。
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