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カーテンコール
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最近の日本の雨というのはハリウッドの演出よろしく、侘びも寂びもない。土砂降りの雨で銀色に煙る風景が、駅前の日常をモノクロ映画に変えていく。
夏は折りたたみでもいいから傘を持って歩かなければダメだ。改札を出た先でスマホをチラリと見る。
別に濡れることを極度に嫌がっているのではない。雨に濡れて歩く姿を他人に見られる事が苦手なのだ。傘を持ち歩く計画性がない、止むまで待つ忍耐も、傘を購入する度胸もない、迎えに来てくれる家族や友達もいない。誰もそんな風に俺を見る通行人はいないだろう。ただそう見られたくないと思う気持ちだけが、俺をこの場から動かせなくしているのだ。
もう一度スマホを取り出し、意を決して音声通話を試みる。何度かの呼び出し音が俺の鼓動を早めたら、息の根を止めるほど不機嫌な声が耳を突き刺す。
「なに?」
「すごい雨で……」
「今は無理」
ユキは俺がお願いする前に、最終的な回答で会話をぶった切る。俺はそっか、と同意してしばらく黙った。喉元まで迫り上がる言葉を飲み込んで声を絞り出す。
「今日はすごい雨だから、ユキの家に行くのやめる」
俺の言葉を皮切りに、雨の音が一段と強さを増す。優しいユキの輪郭が滲んでかき消されていくみたいだ。
「今どこにいるの?」
「まだ、家」
「お前の家は屋根がねーのかよ」
ずっと好きだった、そう告白してからユキはずっとこの調子だった。なにを言っても不機嫌で、離れようとすればこうやってつっかかる。
「もう、友達にも戻れないなら。無理に会わなくてもいい。ユキが気持ち悪いと思うのは、当然だと思う」
「お前の家の屋根とその話はなんか関係あるか?」
「もう、好きじゃない」
高校以来の親友だった。何度かユキも俺と同じ気持ちなんじゃないかと思った事があった。だから今日、一人暮らしのユキの家に呼ばれて半信半疑で来た。
「迷惑かけて……ごめん……」
そう、と軽い調子で呟いて通話が切られた時、地面を打つ雨音がまるで拍手のようで惨めさが際立つ。
目の前の舞台には出演できなかった。ユキの顔色を窺って傷つくだけの毎日に、心がすり減っていた。人の目も憚らず舞台に立つ勇気など、告白の時に振り絞ってしまったのだ。
深呼吸をして湿った空気を胸に迎え入れたら勢いをつけて改札に振り返って歩く。その時、後ろに居たであろう人にもろにぶつかった。謝ろうと顔をあげるまもなく、少し湿った何かに体全体が包まれた。
「もう好きじゃないの」
「ユキ!?」
顔を見たいのに息もできないほど抱きしめられて、それが叶わない。
「俺が悪かった。嬉しすぎて、舞い上がって、はぐらかすので精一杯だった。どうしたらまた好きになってくれる?」
「いつからここに居たの?」
「どうしたら許してくれる?」
ユキは相当テンパっているのか俺の質問など何一つ答えてくれなかった。ずっとこの状態だったってことか……。
「ユキの家に行きたい」
「本当?」
「うん。傘持ってる?」
「2人で濡れて帰ったら、服脱ぐ口実になるかと思って」
「え?」
「でももうダメだな」
残念そうなユキの声で、振り返った先の風景がどんどん色を取り戻していく。その劇的な変化に瞳を奪われていたら、ユキが後ろから抱きついてきた。
「ユキ、もしかして駅で俺を待っててくれたの?」
「服、脱ぐでしょ?」
ユキは徹底的に俺の質問に答えない。そんな余裕のないユキに少し胸がキュッとなった。
「ユキは迷惑なんだってずっと思ってた」
「家、駅から近いから。服も脱がなくていい」
俺の腕を引っ張り、ユキはズンズン歩き出す。無観客になった舞台のカーテンコールに、チグハグな俺たちだけが躍り出た。
夏は折りたたみでもいいから傘を持って歩かなければダメだ。改札を出た先でスマホをチラリと見る。
別に濡れることを極度に嫌がっているのではない。雨に濡れて歩く姿を他人に見られる事が苦手なのだ。傘を持ち歩く計画性がない、止むまで待つ忍耐も、傘を購入する度胸もない、迎えに来てくれる家族や友達もいない。誰もそんな風に俺を見る通行人はいないだろう。ただそう見られたくないと思う気持ちだけが、俺をこの場から動かせなくしているのだ。
もう一度スマホを取り出し、意を決して音声通話を試みる。何度かの呼び出し音が俺の鼓動を早めたら、息の根を止めるほど不機嫌な声が耳を突き刺す。
「なに?」
「すごい雨で……」
「今は無理」
ユキは俺がお願いする前に、最終的な回答で会話をぶった切る。俺はそっか、と同意してしばらく黙った。喉元まで迫り上がる言葉を飲み込んで声を絞り出す。
「今日はすごい雨だから、ユキの家に行くのやめる」
俺の言葉を皮切りに、雨の音が一段と強さを増す。優しいユキの輪郭が滲んでかき消されていくみたいだ。
「今どこにいるの?」
「まだ、家」
「お前の家は屋根がねーのかよ」
ずっと好きだった、そう告白してからユキはずっとこの調子だった。なにを言っても不機嫌で、離れようとすればこうやってつっかかる。
「もう、友達にも戻れないなら。無理に会わなくてもいい。ユキが気持ち悪いと思うのは、当然だと思う」
「お前の家の屋根とその話はなんか関係あるか?」
「もう、好きじゃない」
高校以来の親友だった。何度かユキも俺と同じ気持ちなんじゃないかと思った事があった。だから今日、一人暮らしのユキの家に呼ばれて半信半疑で来た。
「迷惑かけて……ごめん……」
そう、と軽い調子で呟いて通話が切られた時、地面を打つ雨音がまるで拍手のようで惨めさが際立つ。
目の前の舞台には出演できなかった。ユキの顔色を窺って傷つくだけの毎日に、心がすり減っていた。人の目も憚らず舞台に立つ勇気など、告白の時に振り絞ってしまったのだ。
深呼吸をして湿った空気を胸に迎え入れたら勢いをつけて改札に振り返って歩く。その時、後ろに居たであろう人にもろにぶつかった。謝ろうと顔をあげるまもなく、少し湿った何かに体全体が包まれた。
「もう好きじゃないの」
「ユキ!?」
顔を見たいのに息もできないほど抱きしめられて、それが叶わない。
「俺が悪かった。嬉しすぎて、舞い上がって、はぐらかすので精一杯だった。どうしたらまた好きになってくれる?」
「いつからここに居たの?」
「どうしたら許してくれる?」
ユキは相当テンパっているのか俺の質問など何一つ答えてくれなかった。ずっとこの状態だったってことか……。
「ユキの家に行きたい」
「本当?」
「うん。傘持ってる?」
「2人で濡れて帰ったら、服脱ぐ口実になるかと思って」
「え?」
「でももうダメだな」
残念そうなユキの声で、振り返った先の風景がどんどん色を取り戻していく。その劇的な変化に瞳を奪われていたら、ユキが後ろから抱きついてきた。
「ユキ、もしかして駅で俺を待っててくれたの?」
「服、脱ぐでしょ?」
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「ユキは迷惑なんだってずっと思ってた」
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