過剰投与の美学(1話完結SS集)

大田ネクロマンサー

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100年後の花火

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 夏の夕間暮れはなにもかもを藍に染め、人ならざるものも覆い隠す。ひぐらしの甲高い聲はいつまで経っても慣れない。もうあれから1世紀は過ぎたというのに、約束をしたあの男は現れなかった。

 おーい、おーい。

 遠くで誰かが誰かを呼ぶ聲が聞こえる。まるでヒグラシのような不快な音だった。一瞬でも自分を呼んでいるのかと思うことを100年続けたのだ。

「おーい、お前は喋れないけど耳は聞こえるんだろ?」
「……っ」
「いい加減手話くらい覚えたらどうだ。もう今日はいいから、あがんな」

 醸造蔵の主人は視線を合わせることもなく私に告げる。同情なんていらない。しかし、私は声を奪われただけで心までは失っていないのだ。
 声が出せない。それは側から見れば石と同じだった。程のいい労働力としては使われるが、人としては扱ってくれない。100年もこうやって人と関わり試行錯誤を繰り返してきたが、人の本質は2000年前から何一つ変わってなどいないのだと学んだ。

 人は自分の話に返事をするものだけを愛する。だから月下の契約で貴方は私の聲を奪った。もう誰も愛し、愛されないように。

 蔵を出て畦道をひとり歩く。人々は色とりどりの浴衣を着て自分とは反対側に向かって歩いていく。浴衣の裾を翻す様は金魚のようだった。親方様の乱れた浴衣を思い出す。

『弥彦。お前が私を愛するというのならば、それを誓ってくれ。私以外誰とも交わらないと』

 親方様は生まれ変わりを信じていた。だから己の命をかけて私と契約したのだ。

『必ず逢いに往く。それまで誰も愛してはならない』

 私は若かった。まるで花火のような恋慕に目が眩み、この呪いを受け入れてしまった。親方様はわかっていたのだ。命運が尽きる日が近いことを。だからこの世の未練を私に託した。

 俯き歩く畦道に下駄の鼻緒が見える。顔を上げれば、そこには見知らぬ御仁が立っていた。
 心の中で半鐘が鳴り響く。親方様が迎えにきてくれた。姿格好は全く違ったが、私にはわかったのだ。
 手が空中を彷徨い、御仁の浴衣を掴む。生まれ変わって逢いにきてくれた。必死に掴むそれはもはや執念というもので、恋慕でも情欲でもなかった。すがるように顔を見上げる。

「人違いです」

 御仁は私の手を払い、歩き出そうとする。私は必死だった。後ろから掴みかかり、諸肌が夏の夜風に晒される。この肌、この肩。間違いがないはずなのに、御仁は私を振り解き、走り去る。
 畦道を抜けた先で御仁に一匹の金魚が寄り添った。金魚は御仁の乱れた浴衣を正して振り返りもせず泳ぎ出す。

 そうして金魚が泳いで行った先の夜空に大輪の花火が咲き乱れる。この時に全てを理解したのだ。
 ああ、親方様は約束は果たされた。逢いにいくとは仰っていたが、愛してくれるとは言わなかった。誰も愛してはならないというのは、こういうことだったのか。

 畦道に膝をついて呆然と花を眺める。私の恋は100年前に散っていたのだ。

◆◆◆

『半鐘が響く・月下の契約・トライ&エラー・まるで花火のような・同情なんていらない』

トライ&エラーがどうにもできなくて、試行錯誤にしました
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