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袋小路の近道

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春の陽気は冷たい空気と生暖かい空気が入り混じり、その独特な違和感が困惑に似たときめきをもたらす。昼と夜もまた然り。日中の陽だまりが可視光線を柔らかくしていたかと思えば、夜は少し緊張したように冷えて、妖艶な朧月が人の判断を鈍らせるのだ。

「悠真、なんか用事でもあるの?」

同じマンションの隣同士の同い年。予備校も学力も一緒の幼なじみが、今日に限っていつもの帰り道ではない方に歩き出す。予備校からの帰り道は大きく分けて2通り、距離は短いが海辺を通り潮風に当たる道と、距離が長く繁華街を通る道だ。普段何か用事がなければ繁華街など通らない。

「理一は先に帰ってていいよ」

気怠げな瞳を隠すように車のヘッドライトが悠真のメガネに反射する。

「じゃあ付き合うよ。なに? 参考書?」

悠真が俯いたのでまたメガネが反射して瞳を隠す。

「やっぱいいや……帰ろう……」

俺の視線をかわすように悠真はいつもの帰り道へ歩き出す。最近悠真はおかしかった。元々大人しい性分ではあるが、最近は理解ができないことが多い。いつもと違う道で帰りたいと言ったり、目を合わせなかったり。

車が通るたびに悠真の後ろ姿のシルエットが暗闇からぼうと浮かび上がる。そのたびに見てみぬふりをしている罪悪が浮かび上がる。おかしいのは悠真だけじゃない。その白い首筋、肩から腰にかけてのラインに視線を奪われる度、自分の中に狂気を感じる。体の奥底から湧き出す衝動を、暴れ出す欲望を制御するのに精一杯だった。それから逃れたくて視線を海に移す。

「少し海見ていく」

先を歩いていた悠真がいつの間にか振り返ってそう言った。俺は黙って頷いて階段を降りる。波打ち際まで歩いたところで悠真が突然腰を下ろした。

「汚れるって……」

「理一は帰っていいよ」

悠真は顔をついと背け、その白い首筋を俺に晒した。自分の理性をつなぎとめるためやはり目を逸らして隣に座る。

ざあざあと夜の海が鳴く。昼と同じ穏やかな春の海なのに、空も水平線も境界がわからないただ真っ黒な闇が2人に重くのしかかる。まるで袋小路みたいだ。

「悠真なんでこの辺の大学受けないの?」

それは最近なぜ目を合わせないのかという疑問にも遠からず繋がっていた。

俺は恐れていた。自分の狂気に感づかれやしないかと。人生の大半を彼と過ごしたのに、自分の説明できない感情のせいで取り返しのつかないことになるのではないかと。

俺の質問に海だけが鳴いて答える。海は俺の逃げ場のない狂気だけを責める。

「じゃあさ」

すぐ隣に座っているのに波の音に紛れ遠くから聴こえるみたいな音量で悠真が呟く。

「なんで理一は近い大学に行きたいんだよ?」

その恨めしそうな声色に驚き、つい悠真の顔を見る。

「一緒に行きたいやつでもいるわけ?」

唇の動きだけでわかるくらいだった。息を飲むほど美しい顔にまばたきができない。砂がついたままの俺の手が、悠真の首筋に伸びる。四肢の付け根から最短距離で俺の手は迷わず悠真の首筋に到達する。悠真は首を反対側に傾げて俺の手を誘った。

「一緒の大学がいい」

まっすぐな瞳が俺の手の居場所を奪っていく。

「おかしいんだ、俺、理一が……理一が……」

悠真のまっすぐな目が涙でゆらゆら揺れる。

「悠真……待って、俺も悠真と同じ大学受ける。だから受験が終わったら……」

「違う……理一……」

その目から溢れた涙を辿って、ゆっくり顔を近づける。悠真が少し顔をあげたから、頬に俺の唇が触れる。そこから感情がこぼれるように俺の唇は悠真の唇に流れ落ちた。

「俺から言わせて……悠真が言おうとしてることと違う?」

悠真はそのまま俺にもたれかかり、しばらく動かなくなった。心臓が破裂しそうなぐらい脈打って、欲望が溢れる音がする。無防備にさらされた悠真の首筋に吸い寄せられる。心臓がダメだと激しく胸を打つのに、舌を這わすことを止められない。そして俺の狂気に身をよじらせる悠真をそのまま押し倒してしまう。

「俺の方が……おかしいんだ……ごめん……悠真……」

悠真の手が俺の背中を這う。

「明日も……こっちの近道で帰る……」

波打ち際がもうすぐそこまで迫っているのに、心臓が痛くて悠真から目を逸せない。また悠真を求めて勝手に体が動き出す。

春の海が俺を責めるように鳴く。

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お題:近道
受験と恋の閉塞感。
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