過剰投与の美学(1話完結SS集)

大田ネクロマンサー

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Bless you!

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風は丸くもう春の匂いがするのに、時々頬を撫でる風は少し冷たい。2階の教室の窓から身を乗り出し、下校していく人達を眺める。花や草木の香る冷たい風にあたって、青春を肌で感じる。衣替えしたての制服が少しくすぐったかった。

「結局、嘉瀬のフィアンセってこの学校にいたの?」

小此木は壁に寄りかかり俺が窓から身投げしないように監視している。この学校に編入して意気投合した小此木もまた、帰国子女だ。

「フィアンセったってそんな正式なものじゃないからな……」

俺は参っていた。渡米したのは小学校2年。この高校にも渡米前の友達がちらほらいた。日本に帰ってきて驚いたのはみんなが制服を着ていたこと、そしてとてもシャイになっていたことだ。人間頭ではわかっていても、いざ会うまでは昔のままのように思うものだ。だからみんなが制服を着ていたことに驚きと、そこに横たわった時間の大きさにひどくショックを受けた。そしてシャイなのは時間軸関係なく、日本人の特性なのだと理解するまで半年かかった。

「正式なものじゃないって……でもイエスって言われたんだろう?」

「小学校2年の時の約束なんて、もう時効というか……」

「でも嘉瀬はわざわざ調べてこの学校にきたんだろ? ウジウジしてないで話しかけたらいいのに……まあ、今のお前を見て気がつけるとは思えないけど」

「どういう意味だよ」

「昔の写真見せてもらったじゃん。あんな天使のような子が、こんなイカつい迫力系になるとは思わないんじゃない?」

フィアンセの名を千早という。早生まれだからか体の小さな千早はいつもみんなにからかわれていた。でもその奥にある優しさを守ってあげたいと思った。兄弟のように毎日一緒にいたのに親の転勤のせいで千早には寂しい思いをさせた。

渡米してから千早は何度も手紙をくれたのに、俺は新しい生活に慣れるのに精一杯で、返事を送ることさえできなかった。新しい生活に慣れずに怯えて暮らしているなんてとてもじゃないけど吐き出せなかった。千早の前ではいつまでも強い自分でいたかった。そんなつまらないプライドで連絡もしなかったのに、覚えていて欲しいなんておこがましいのだ。

「そうかもな、ほらあいつだよ。俺のフィアンセ」

丁度桜並木の下を歩く千早を指差して小此木に教えた。その時、風が吹いて千早が大きなくしゃみをした。

「bless you!」

思わず言ったその言葉に千早が2階の窓をぎこちない笑顔で見上げる。その笑顔は多くの日本人が困った時にする笑顔だった。しかし俺を見るなりその笑顔がみるみる変わる。そしてその瞳が遠くからでもわかるくらい潤んで、水面のように反射した。

「かーくん?」

風の隙間から千早の声が聴こえる。もう誰も呼ばなくなったその愛称に、胸がグッと掴まれて言葉が出ない。

「今なんて言ったの?」

「御加護をって意味だよ、嘉瀬のハニー!」

無断で喋りだす小此木に肩パン食らわせて、咄嗟に窓から飛び降りた。

地面に着地するなり千早が走り寄る。

「かーくん危ないよ!」

「ちーちゃん、俺との約束覚えて……」

俺が言うよりも前に千早が俺の胸に飛び込んできた。

「もう……とっくに諦めてたよ……!」

「ごめん、ちーちゃん。もう一回約束させて」

俺がギュッと千早を抱きしめると二階から花びらとともに小此木の声が降ってくる。

「God bless you!」


―――――――――――――――――――――――――
お題:ぎこちない笑顔/くしゃみ/「とっくに諦めてた」

以下で途中の漫画(晴海六)が閲覧できます。
https://www.alphapolis.co.jp/manga/775656640/101394835
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