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似ている
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人はすぐに似たものに形容する習性があり、それを称賛の一部として用いる場合が多い。俺はよく女性タレントやアイドルの誰それに似ていると言われるが、それが男らしい顔立ちではないと評価されているようで今までずっと純粋に喜べなかった。大学生にもなって、中学生の女性アイドルに似ているというのは言ってみる側から何も悪意が無いとは思えないのだ。ただ、一つの例外を除いては。
「松原先生、今日の資料ここに置いておきます」
「あ、直井君ありがとぉ、助かったよ。お礼にコーヒー入れるからちょっと待って」
校舎4階の角部屋。誰から覗かれるわけでもないのに松原先生の研究室はいつも窓が締め切られていて、埃の匂いが時間を滞留させているかのようだ。骨董品のような書物に囲まれた40手前の松原先生もまた、ある日から時間を止めてしまったような幼い顔をしていた。先生はこちらに一瞥もくれず作業に熱中している。
「あ、コーヒーじゃない方がいいです」
松原先生がこっちを向いて少し困った顔をする。それを見ていられなくて、彼が今握りしめた机の上に視線を落とし、その先にある埃をかぶった写真立てを見た。俺が入学したての時には伏せられていなかった写真立てだ。
ある女子生徒がこのゼミに入った時に言い出したのだ。松原先生の亡くなった奥さんの写真と俺が似ている、と。
その噂が俺の耳に届く頃にはその写真立ては伏せられ、被写体をついぞ見たことがない。俺はそれに少し腹が立っていた。その優しい瞳は俺に向けていたわけではないことに。
先生の座るデスクまで歩く。
「鍵、閉めときました」
先生は視線を外して今からされる仕打ちに怯えていた。単なるキスでここまで怯えられるとは、俺もいよいよ嫌われたもんだな。
「松原先生、どうしてもって言うならもうこんなことしないよ。代わりにその写真見せてよ」
「あ、埃かぶって……汚いから……」
その言葉に俺は無言で窓を開け放った。写真立てに伸ばした俺の手を遮るように、先生は俺の腕を掴む。
「その前に聞いて……」
俺は先生を無視して写真立てを掴んだ。その時に窓から生暖かい春の風が吹いて俺の髪をさらった。揺れる前髪に遮られながらも写真立てに写真がないことは十分にわかった。急激に身体中の体温が上がり、胸に春の空気が充満して息苦しい。
「もうキスしてくれないの?」
先生の言葉が春風に同化して俺の唇を頬を手を撫でる。
「ごめん、それが怖くて結構前に写真はしまってあったんだ」
先生が胸に手を突っ込み、カードケースから写真を取り出す。手渡された写真の女性はどう譲歩しても俺とは似ても似つかない。人はどんな悪意があってこんな噂を流すのか。
「隠したりしてごめん、直井君にキスしてもらえるの嬉しかったんだ」
突風が吹いて机の上の資料がバラバラと吹き飛ばされる。情けない声を出して先生は腰を折って資料を拾い集める。先生に覆い被さり、そのまま先生を押し倒した。眼鏡を外して先生の唇を奪う。軽く触れたら先生の唇は少し震えたから、その震えごと包んで、先生の口のもっと深いところまで舌を伸ばした。
「キスだけじゃ済まないです」
「うん……うん……」
書類が舞う部屋の中で、先生は俺の耳を柔らかく掴んで何度も頷いた。
―――――――――――――――――――――――――
お題:埃かぶった写真/春風/「どうしてもって言うならば」
「松原先生、今日の資料ここに置いておきます」
「あ、直井君ありがとぉ、助かったよ。お礼にコーヒー入れるからちょっと待って」
校舎4階の角部屋。誰から覗かれるわけでもないのに松原先生の研究室はいつも窓が締め切られていて、埃の匂いが時間を滞留させているかのようだ。骨董品のような書物に囲まれた40手前の松原先生もまた、ある日から時間を止めてしまったような幼い顔をしていた。先生はこちらに一瞥もくれず作業に熱中している。
「あ、コーヒーじゃない方がいいです」
松原先生がこっちを向いて少し困った顔をする。それを見ていられなくて、彼が今握りしめた机の上に視線を落とし、その先にある埃をかぶった写真立てを見た。俺が入学したての時には伏せられていなかった写真立てだ。
ある女子生徒がこのゼミに入った時に言い出したのだ。松原先生の亡くなった奥さんの写真と俺が似ている、と。
その噂が俺の耳に届く頃にはその写真立ては伏せられ、被写体をついぞ見たことがない。俺はそれに少し腹が立っていた。その優しい瞳は俺に向けていたわけではないことに。
先生の座るデスクまで歩く。
「鍵、閉めときました」
先生は視線を外して今からされる仕打ちに怯えていた。単なるキスでここまで怯えられるとは、俺もいよいよ嫌われたもんだな。
「松原先生、どうしてもって言うならもうこんなことしないよ。代わりにその写真見せてよ」
「あ、埃かぶって……汚いから……」
その言葉に俺は無言で窓を開け放った。写真立てに伸ばした俺の手を遮るように、先生は俺の腕を掴む。
「その前に聞いて……」
俺は先生を無視して写真立てを掴んだ。その時に窓から生暖かい春の風が吹いて俺の髪をさらった。揺れる前髪に遮られながらも写真立てに写真がないことは十分にわかった。急激に身体中の体温が上がり、胸に春の空気が充満して息苦しい。
「もうキスしてくれないの?」
先生の言葉が春風に同化して俺の唇を頬を手を撫でる。
「ごめん、それが怖くて結構前に写真はしまってあったんだ」
先生が胸に手を突っ込み、カードケースから写真を取り出す。手渡された写真の女性はどう譲歩しても俺とは似ても似つかない。人はどんな悪意があってこんな噂を流すのか。
「隠したりしてごめん、直井君にキスしてもらえるの嬉しかったんだ」
突風が吹いて机の上の資料がバラバラと吹き飛ばされる。情けない声を出して先生は腰を折って資料を拾い集める。先生に覆い被さり、そのまま先生を押し倒した。眼鏡を外して先生の唇を奪う。軽く触れたら先生の唇は少し震えたから、その震えごと包んで、先生の口のもっと深いところまで舌を伸ばした。
「キスだけじゃ済まないです」
「うん……うん……」
書類が舞う部屋の中で、先生は俺の耳を柔らかく掴んで何度も頷いた。
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お題:埃かぶった写真/春風/「どうしてもって言うならば」
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