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結いのあそび
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「ちょっとタバコ買ってくるけど、何かついでに買ってくる?」
仕事部屋から叔父が優しい顔で俺に微笑む。
「叔父さんまだ仕事中でしょ? 俺が買ってくるよ」
「克はもうすぐテストでしょ? 大丈夫だよ」
ベッドに寝転がる俺を見て嫌味のカケラも見せずに叔父はそう言う。大学進学で上京するにあたり叔父の家に居候させてもらってもう2年。最初は俺に気を遣っていると思っていた優しい言動も、それが叔父の性根なんだと最近頓に感じる。
「俺が行くから」
「じゃあお願いしようかな。これ、お釣りでお菓子でも買ってきな」
叔父の中で俺はいつまでも子どもなのだろうか、一緒に暮らすまでは特に気に留めなかったこういった発言が最近は妙に引っかかる。
叔父からお金を受け取りマンションを出て空を見上げると、雲が重たく垂れ下がっていた。これは一雨くるかもしれないと、タバコが売っているコンビニまで足早に歩きだす。
叔父は俺が上京するまで会社を経営していた。俺が上京する少し前に会社を売って、現在は在宅で細々とフリーランスの仕事をしている。前に一度仕事の内容を聞いたが、はっきりいってよくわからなかった。ただ、なぜその決断をしたのかはよくわかる。
叔父はこの生活を愛している。食事の時にそれが如実によくわかるのだ。毎度必ず4品、お気に入りの器に丹精込めて作ったおかずを綺麗に食卓に置く。40歳の働き盛りに会社を売ることは野心あってのことではない。多分叔父は疲れていたのだ。忙殺され自分を形作るものを失う日々に。
コンビニでレジに並ぶ間に、雨が降り出してしまう。仕方がないので雑誌を立ち読みしようと窓際の陳列棚に向かうと、外に見知った人影が見えた。歩き方で叔父とわかり、急いでコンビニを出る。
「叔父さん、これじゃおつかいにならないだろ。来るより前に連絡くれよ。LINEもこの前交換したじゃん」
「連絡したって雨が降ってきた事実しか伝えられないだろ? はい、傘」
「コンビニで傘だって売ってるよ。買ってたら無駄足になるから先に連絡してって言ってるの!」
「でも克は傘買わなかっただろ?」
叔父はレジに並んでいるところでも見ていたのだろうか。あまりに早い到着に不信感を抱く。
「叔父さん俺のことつけてきたの?」
「別の用事を思い出したんだ」
別の用事を思い出して、傘を2本持ってくる奴があるか。下手くそな嘘ついて。
「叔父さんそんなんだから独身なんだよ」
「そっかぁ」
寂しそうに笑う叔父の笑顔が、俺の心の端をチリチリと焼く。
「叔父さん今思ってることちゃんと言ってよ。俺にムカつかないの?」
「そんなこと……思わないよ。俺が好きでやってることなんだから」
「じゃあ、俺のこと好きなの?」
「そんなこと、克は知らなくていい」
下手くそか。
俺はさっき買ったタバコとお釣りを掴んで叔父の胸に差し出す。叔父はそれを悲しそうな顔で受け取ろうと手を伸ばしたので、俺はその手を掴んだ。
「こんなご褒美じゃ足りない。家に帰ったらどれくらい俺のこと好きか教えてよ」
「なに言って……」
「じゃあ俺がどれだけ叔父さん好きか教えてやるよ」
傘を2本用意してくれたのに、結局俺は叔父の手を引っ張るのに夢中で、ずぶ濡れになって帰った。でもこれでいいのだ。こういった無駄やあそびのある生活を叔父は望んでいる。
こだわりの強い叔父の生活に俺がいることを許してもらえる。それは誇らしくもあり、とても嬉しいことなんだ。叔父はこうやって無駄に俺を愛することを望んでいるが、その望みだけは叶えない。その愛は無駄にはさせない。
―――――――――――――――――――――――――
お題:おつかい/曇り空/「そんなこと知らなくていい」
仕事部屋から叔父が優しい顔で俺に微笑む。
「叔父さんまだ仕事中でしょ? 俺が買ってくるよ」
「克はもうすぐテストでしょ? 大丈夫だよ」
ベッドに寝転がる俺を見て嫌味のカケラも見せずに叔父はそう言う。大学進学で上京するにあたり叔父の家に居候させてもらってもう2年。最初は俺に気を遣っていると思っていた優しい言動も、それが叔父の性根なんだと最近頓に感じる。
「俺が行くから」
「じゃあお願いしようかな。これ、お釣りでお菓子でも買ってきな」
叔父の中で俺はいつまでも子どもなのだろうか、一緒に暮らすまでは特に気に留めなかったこういった発言が最近は妙に引っかかる。
叔父からお金を受け取りマンションを出て空を見上げると、雲が重たく垂れ下がっていた。これは一雨くるかもしれないと、タバコが売っているコンビニまで足早に歩きだす。
叔父は俺が上京するまで会社を経営していた。俺が上京する少し前に会社を売って、現在は在宅で細々とフリーランスの仕事をしている。前に一度仕事の内容を聞いたが、はっきりいってよくわからなかった。ただ、なぜその決断をしたのかはよくわかる。
叔父はこの生活を愛している。食事の時にそれが如実によくわかるのだ。毎度必ず4品、お気に入りの器に丹精込めて作ったおかずを綺麗に食卓に置く。40歳の働き盛りに会社を売ることは野心あってのことではない。多分叔父は疲れていたのだ。忙殺され自分を形作るものを失う日々に。
コンビニでレジに並ぶ間に、雨が降り出してしまう。仕方がないので雑誌を立ち読みしようと窓際の陳列棚に向かうと、外に見知った人影が見えた。歩き方で叔父とわかり、急いでコンビニを出る。
「叔父さん、これじゃおつかいにならないだろ。来るより前に連絡くれよ。LINEもこの前交換したじゃん」
「連絡したって雨が降ってきた事実しか伝えられないだろ? はい、傘」
「コンビニで傘だって売ってるよ。買ってたら無駄足になるから先に連絡してって言ってるの!」
「でも克は傘買わなかっただろ?」
叔父はレジに並んでいるところでも見ていたのだろうか。あまりに早い到着に不信感を抱く。
「叔父さん俺のことつけてきたの?」
「別の用事を思い出したんだ」
別の用事を思い出して、傘を2本持ってくる奴があるか。下手くそな嘘ついて。
「叔父さんそんなんだから独身なんだよ」
「そっかぁ」
寂しそうに笑う叔父の笑顔が、俺の心の端をチリチリと焼く。
「叔父さん今思ってることちゃんと言ってよ。俺にムカつかないの?」
「そんなこと……思わないよ。俺が好きでやってることなんだから」
「じゃあ、俺のこと好きなの?」
「そんなこと、克は知らなくていい」
下手くそか。
俺はさっき買ったタバコとお釣りを掴んで叔父の胸に差し出す。叔父はそれを悲しそうな顔で受け取ろうと手を伸ばしたので、俺はその手を掴んだ。
「こんなご褒美じゃ足りない。家に帰ったらどれくらい俺のこと好きか教えてよ」
「なに言って……」
「じゃあ俺がどれだけ叔父さん好きか教えてやるよ」
傘を2本用意してくれたのに、結局俺は叔父の手を引っ張るのに夢中で、ずぶ濡れになって帰った。でもこれでいいのだ。こういった無駄やあそびのある生活を叔父は望んでいる。
こだわりの強い叔父の生活に俺がいることを許してもらえる。それは誇らしくもあり、とても嬉しいことなんだ。叔父はこうやって無駄に俺を愛することを望んでいるが、その望みだけは叶えない。その愛は無駄にはさせない。
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お題:おつかい/曇り空/「そんなこと知らなくていい」
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