林檎の蕾

八木反芻

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ご『“友だち”の有効活用/なれる夏』

6 勝負の日、勝敗はいかに?

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 決めるのはいつも時間だけ。
 約束を交わした二人は、今日も時計台の下で待ち合わせ。
 彼女は約束の30分前に到着し、時間ピッタリに現れる彼に手を振るのがお決まりのパターン。
 一言挨拶を交わし、二人は移動する。
 行き先は彼女次第だ。
「どこへ行く」
「今日はー……」

 ショッピングモール内のゲームセンターで、サキは勝負を仕掛けた。
 なにごともそつなくこなしてしまう完璧な彼を、なんでもいいから負かしてやりたい。そんな気持ちを悟られないように、賑やかな音が四方八方から流れている中、険しい顔つきのサキは吟味する。
 アーケードゲームやメダルゲームならイケる気がしていた。だからといって得意なゲームなど一つもないのに、サキは根拠のない自信に満ち溢れ、勝つ気満々に指を差した。
「これやりませんかっ!」
 サキが選んだのはレースゲーム。
 テレビゲームとは違い、本物に近い車の運転席が設置されたゲームセンターならではの本格仕様。正面の大きな画面に流れるデモ映像は、まるで実写のような綺麗さ。
 二人は並んでコックピットに乗り込む。
 ハルの左足は自然と左のペダルへ添えられたが、その違和感に足下を覗き込む。
「……クラッチがないのか」
 ペダルはアクセルとブレーキのみ。ハルはメーターやレバーなど周辺機器を一通り確認する。
「なるほどな」
 その呟きに眉間にシワを寄せたサキは、チラリと横目で伺う。
(でもでもゲームだし……!)
 免許はないけど自信はある。
 お金を入れ対戦モードを選択すると、同時にゲームが始まる。
 互いに好みの車種を選び、外装を好きな色にカスタマイズ。コースは首都高に決めた。
 レース開始を告げるカウントダウンに、サキは手のひらの汗を拭い、ハンドルをギュッと握りしめた。
「GO!」
 結果は思った通り。すぐにコツを掴んだハルは上手すぎて、接戦にもならずサキはあっけなく負けた。
「なかなかよくできている」
「……次!」
 サキが次に選んだのはエアホッケー。
 運動神経はないけど自信はある。
 すぐにお金を入れてゲームスタート。
 サキは反射神経と動体視力が良いのか、上手くパックを打ち返していく。サキの打ち放ったパックは、ハルのゴールに向かって真っ直ぐと滑走し、そのままポケットの中に吸い込まれた。
「……今手を抜きましたね!?」
「抜いていない」
「そういうのいりませんから!」
 彼女がなにをムキになっているのか、ハルにはわからない。
 序盤は接戦だったがジワジワと点差が開き、結局サキは負けてしまった。
「次!」
 結果は、
「次っ!」
 なにをやっても、
「つぎ!」
 同じで、
「ツギー!」
 ゲームを終えるたび、機嫌がどんどん悪くなる小さな背中。その様子を後ろから見つめ、なにも言わずについて回るハルは、ふとワニワニパニックに目を向けた。穴の中でジッと待機するワニの目を見ていると、荒々しく先導していたサキがバッと振り向いた。
「どれだけメダル増やせるか勝負しましょう!」
「わかった」
 1枚の札をメダルに両替し、ゲームスタート。タイムリミットは3時間。相手より多く増やせたら勝ち。終了時間前に所持メダルがなくなったらその時点で負けとなる。
 サキが慎重に品定めする中、ハルが腰を下ろしてすぐに始めたゲームはメダル落とし。焦ったサキは近くにあった魚釣りのゲームを選んだが、上手くいかない。
 ゲームを始めてはやめて何度も場所を変えるサキとは対照的に、一ヶ所に居座るハル。
 サキはカップの中を覗いた。
 メダルがドンドン減っていく。
(このままじゃ負ける)
 一攫千金を狙いサキが目を付けたのは、
(ダァービィー……!)
 小さな馬のフィギュアが楕円形のコースを走っている。馬は小さくて可愛らしいがとてもリアルな作り。
 空いている席に座ると隣のおじいさんに声をかけられた。遊び方や情報を教えてもらいつつ、一発逆転を狙うサキがメダルを注ぎ込んだ馬は人気が薄い大穴中の大穴。
「単勝狙いか。お姉ちゃんギャンブラーだねぇ」
 騎手と馬のイラストが中央の大きな画面に映る。開始の音が鳴り、レースがスタートした。
 サキが賭けた馬はやはり遅い。他の馬たちは颯爽と走り抜ける。サキの馬が最後尾になりかけたその時、スピードが上がった。見る見るうちに追い上げ、先導していた馬たちを疾風のごとく抜いていく。
(行け……行けっ……行けぇっ……!)
 サキは拳を固く握り応援する。
 押し寄せる馬の軍勢を置き去りにした一頭の馬が、一気にゴールを駆け抜けた。

 ゲームをスタートしたメダル両替機で落ち合う二人。サキは気づいた。ハルがメダルのカップを持っていない。
「……ハルさんメダルは?」
「後ろで見ていた子どもにあげた」
「え! じゃあ勝負は!?」
「あんたの勝ちだ」
「……それじゃダメなんですよぉ……!」
 最後の最後で大勝利を収めたサキは落胆。彼女の泣き出しそうな声に、ハルの胃が締め付けられる。
「悪い。少し離れる」
 落ち込むサキを一人残し、トイレへ向かったハルはため息をついた。
 ふらつく頭でハルはトイレ横の喫煙所に立ち寄り、空っぽの体にタバコの煙を送る。

 ゲームセンターに戻ると、さっきまでいたはずの場所にあの娘の姿がない。辺りを見渡すも見つからず、戻ってくるかもしれないと思ったが、まさかのことも考慮してハルは探すことにした。
 今まで遊んでいたゲームコーナーを一度確認し、すぐに別のコーナーへ向かう。
 歩き回るハルは、キョロキョロと首を動かし少女の姿をくまなく探した。
 そしてようやく見つけた。すぐには声をかけず、その懸命な後ろ姿をしばらく眺めていた。
 サキはクレーンゲームのガラスにへばりついて、右へ左へ行ったり来たり。獲物を狙う眼差しは鷹のように鋭い。
 ハルは背後から近づき、忙しなく動き回る体をガシッとホールドすると、サキは「わあっ!」と飛び跳ねた。
 驚き振り返るサキは、押さえるハルとの距離の近さに赤面した。
「いつの間に……」
「こっちの台詞だ。勝手に動くな」
「すぐ戻ろうと思ったんですけど……」
「これが欲しいのか?」
 お目当ての景品は、彼女のお気に入りの、あの猫耳の女の子の大きなぬいぐるみだった。
「あ……でももう諦めます」
「惜しいな。他の奴に取られてしまうぞ」
「……でも……んっ……」
 サキはしぶしぶお金を入れる。
 ぬいぐるみはうつ伏せの状態で寝転がっている。奥行きや距離感を確認するためにサキは顔を動かそうとしたが、またハルに止められた。
「首を狙え」
 真剣な眼差しでサキはアームを動かす。降下したアームが頭と脇の間に上手くはまり、そのままスーッと持ち上げた。アームは四角い穴へ向かって動き出し、左右にグラグラと揺れるが、なかなか安定感がある。
「落ちないでぇ……!」
 ぬいぐるみを運ぶアームが止まった。
「おおお!?」
 アームが開き、ぬいぐるみは取り出し口へ真っ逆さまに落ちた。
「やっっったぁあああ!」
 取り出し口の蓋を押し開けぬいぐるみを引っ張り出したサキは、ぬいぐるみを抱き締めてピョンピョン飛び跳ねた。
「ありがとうございます!」
「いいや、諦めなかったあんたの勝ちだよ」
 ぬいぐるみの頭に顔を埋めて恥ずかしそうに笑うサキの頭を、ハルはポンポンと優しく叩いた。
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