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いち『時は金に換えろ』
2 ホテル
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到着したのは高級そうなホテル。サキが想像していた見た目と違って立派な外観。名のあるホテルらしいが、いかんせん知識がなかった。
ドアが開くとサキの体は黄金の輝きに包まれた。絵本に出てくる、金銀財宝がたんまりつまった宝箱を開けたような高揚と眩しさを感じた。
あまりの輝きにくらんだ瞳が徐々に慣れてくると、ようやくその全貌が見えてくる。
「わあ……!」
経験したことのないきらびやかな世界に、サキは思わず声を出した。
エントランスは1階をまるまる贅沢に使用しているため、とても広々としている。入るとすぐ、大きな謎の彫刻像が宿泊利用客を出迎えた。一切れの布をまとった人物彫刻の背には羽。天使ともいえるその像は朗らかな顔で遠くを見つめている。他にも奇妙な絵柄の壺や、見たことあるようなないような絵画など、高級そうな美術品がたくさん飾られてある。中央には噴水があり、輝く内装が水面に反射し、ゆらゆらと波打ちながら黄金を放っている。
それなのに、サキにはゆったりと見て回る余裕がなかった。美しい落ち着いた色の赤い絨毯が汚れてしまわないかと、歩くにも気が気でないサキは、足元を気にしながらハルの背についていくので精一杯だった。
一階のエントランスと二階のロビーとは吹き抜けになっていて、少女の心とは対照に開放的。噴水を両サイドからかわしながら、階を繋ぐスロープのカーブ階段はお城のような雰囲気をかもし出し、左右の壁付近に設置されているエスカレーターはその空間を突き破るように長い。高い天井を見上げると、これまた大きな金色のシャンデリアが煌々と輝いている。
足を一歩踏み入れなくとも一瞬で場違いだとわかってしまう。サキは胸に手を当てた。自分はこの場にふさわしい人間ではない、完全に自分だけ浮いている、そんな感覚にとらわれ萎縮した。
このホテルを 利用する人たちはみんなきっと……いや、絶対にお金持ちだと断言できる。気軽に利用するなんて凡人にはまず無理であろう。見栄を張っても厳しい。人生の成功者のみがここに集うのだ、と、動く階段の上で立ち尽くすサキは小さなため息をついた。
「そこで待っていなさい」
落ち込むサキに一声かけるとハルはフロントへ向かった。遠ざかるその背中を眺め、サキは言われた通り近くにある漆黒のソファに浅く腰掛けた。
一時的に解放され、肩の力が抜ける。それでも速まる心臓を落ち着かせようと胸をトントン叩いた。
「やだなぁ……」
ひとりになり、少しだけ冷静になれたサキは深く反省した。
誰でもいいとは思っていたけれど、相手の顔を見てどこかホッとしてしまった自分に嫌気が差す。
自覚のない奥底の性に気づき、それを重視する自分を恨んだ。サキは長いため息をつき、うつむいたまま、おとなしく呼ばれるのを待った。
二人はエレベーターへ乗り込む。
サキは今更ながら自分の甘さに今日の日を後悔していた。感情は恥ずかしさよりも恐怖心が勝ってしまった。
意思に反して、高鳴る鼓動と共に上昇する逃げ場のない小さな箱の中。サキは男の背中の後ろで震えていた。
エレベーターは自分の仕事を全うするためにグングン昇っていく。
──ピンポン──
二拍の降下する電子音。心臓がドキンと飛び跳ねた。女性の声のアナウンスが二人に到着を告げる。
ドアが開くとサキの体は黄金の輝きに包まれた。絵本に出てくる、金銀財宝がたんまりつまった宝箱を開けたような高揚と眩しさを感じた。
あまりの輝きにくらんだ瞳が徐々に慣れてくると、ようやくその全貌が見えてくる。
「わあ……!」
経験したことのないきらびやかな世界に、サキは思わず声を出した。
エントランスは1階をまるまる贅沢に使用しているため、とても広々としている。入るとすぐ、大きな謎の彫刻像が宿泊利用客を出迎えた。一切れの布をまとった人物彫刻の背には羽。天使ともいえるその像は朗らかな顔で遠くを見つめている。他にも奇妙な絵柄の壺や、見たことあるようなないような絵画など、高級そうな美術品がたくさん飾られてある。中央には噴水があり、輝く内装が水面に反射し、ゆらゆらと波打ちながら黄金を放っている。
それなのに、サキにはゆったりと見て回る余裕がなかった。美しい落ち着いた色の赤い絨毯が汚れてしまわないかと、歩くにも気が気でないサキは、足元を気にしながらハルの背についていくので精一杯だった。
一階のエントランスと二階のロビーとは吹き抜けになっていて、少女の心とは対照に開放的。噴水を両サイドからかわしながら、階を繋ぐスロープのカーブ階段はお城のような雰囲気をかもし出し、左右の壁付近に設置されているエスカレーターはその空間を突き破るように長い。高い天井を見上げると、これまた大きな金色のシャンデリアが煌々と輝いている。
足を一歩踏み入れなくとも一瞬で場違いだとわかってしまう。サキは胸に手を当てた。自分はこの場にふさわしい人間ではない、完全に自分だけ浮いている、そんな感覚にとらわれ萎縮した。
このホテルを 利用する人たちはみんなきっと……いや、絶対にお金持ちだと断言できる。気軽に利用するなんて凡人にはまず無理であろう。見栄を張っても厳しい。人生の成功者のみがここに集うのだ、と、動く階段の上で立ち尽くすサキは小さなため息をついた。
「そこで待っていなさい」
落ち込むサキに一声かけるとハルはフロントへ向かった。遠ざかるその背中を眺め、サキは言われた通り近くにある漆黒のソファに浅く腰掛けた。
一時的に解放され、肩の力が抜ける。それでも速まる心臓を落ち着かせようと胸をトントン叩いた。
「やだなぁ……」
ひとりになり、少しだけ冷静になれたサキは深く反省した。
誰でもいいとは思っていたけれど、相手の顔を見てどこかホッとしてしまった自分に嫌気が差す。
自覚のない奥底の性に気づき、それを重視する自分を恨んだ。サキは長いため息をつき、うつむいたまま、おとなしく呼ばれるのを待った。
二人はエレベーターへ乗り込む。
サキは今更ながら自分の甘さに今日の日を後悔していた。感情は恥ずかしさよりも恐怖心が勝ってしまった。
意思に反して、高鳴る鼓動と共に上昇する逃げ場のない小さな箱の中。サキは男の背中の後ろで震えていた。
エレベーターは自分の仕事を全うするためにグングン昇っていく。
──ピンポン──
二拍の降下する電子音。心臓がドキンと飛び跳ねた。女性の声のアナウンスが二人に到着を告げる。
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