元婚約者の弟から求婚されて非常に困っています

星乃びこ

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番外編①本当の気持ち〈シャーロットSide〉

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それは、早朝の出来事。

とある屋敷の一室で怒声が響き渡った。

「この恥知らずが!私がどんな思いでお前をここまで育ててきたと思ってる!その恩を仇で返すような真似をして…テイラー子爵家に泥を塗ったようなものだぞ、シャーロット、わかっているのか!!」

顔を真っ赤にして私に怒鳴りつけるのは、実父であるロナルド・テイラー子爵。

そして、そんな父の様子を私、シャーロット・テイラーは冷ややかな目で見つめていた。

あぁ、もう、うるさい…。
そんなに声を荒らげなくても聞こえてるわよ。

心の中そう毒づき、私は小さくため息をつく。

父は、そんな私の態度が気に入らなかったようで。

「なんだ!その目は!!今回、お前が牢に打ち込まれずにすんだのは誰のおかげだと思ってるんだ!親に苦労ばかりかけないで少しは反省しろ!とにかく、お前はこの部屋から出るのを禁ずる。まったく、私はいい笑いものだ!」

最後に、それだけ言い残すと、バンっと勢いよく扉を閉めて父は部屋を出て行ってしまった。





ようやく静かになった室内で、私は一人窓の外を眺める。

…良い天気ね。

私の心とは対照的に、外は澄み切った青空が広がっていた。

それにしても…。

「お父様は、本当に昔から自分の体裁ばかりね」

思わず、フッと自嘲的な笑みがこぼれる。

「それに、私がここにいられるのはお父様じゃなくて、エレノアお姉様のおかげでしょ。自分の手柄みたいに言うなんて…。あなたが私を追い出そうと根回ししてることなんてとっくに知ってるんだから」


それは昨日のことだった――。


部屋の前の廊下でヒソヒソと話をする侍女たちの声が聞こえてきたのは。

『ねぇ、聞いた?旦那様、シャーロット様のこと遠い親戚の養女に出そうとされたらしいわよ』

『そうなの!?いくら罪を犯したからと言って実の娘をそんな簡単に手放そうとなさるなんて…。それに本当だったらシャーロットお嬢様、しばらくは牢への幽閉が決まってたらしいのだけれど、エレノアお嬢様が庇ってくださったらしいわ』

『…まぁ!エレノア様…ご自分が誘拐まがいのことをされてひどい目にお会いになったって言うのに…どこまでお優しいのかしら』

…お姉様が私を庇って。

チクンと小さく胸が痛むのを感じた。

廊下からは未だに私とエレノアお姉様の話で盛り上がる侍女たちの声が響いている。

『でも、結局のところシャーロット様は、何でエレノア様を誘拐なんかしたのかしらね?』

『あぁ!そんなの決まってるわ。エレノア様って才色兼備だし、性格だって非の打ち所がないでしょ?シャーロットお嬢様も見た目はお綺麗だけれど、まぁそれだけじゃない?身近にあんな完璧な従姉妹がいたんじゃ、シャーロットお嬢様じゃなくても嫉妬するわよ~』

ケラケラと、楽しそうにそんな話をする侍女達。

…何も知らないくせに、適当なこと言わないで。

やり方は間違っていたかもしれないけれど、私は私なりに、お姉様に幸せになってもらいたかっただけ。

思わず部屋の中にあった本を手に取り、乱暴にベッドに投げつけた。

そこまで大きな音はしなかったが、部屋の前で喋っていた侍女たちには聞こえたらしい。

『キャッ…。もしかして今の聞こえてたんじゃない?』

『まずいわよ、行きましょう』

バタバタと慌てたように私の部屋の前から立ち去る足音が聞こえ、そして、すぐに静寂に包まれた。


お姉様に感謝こそすれ、嫉妬なんて絶対にありえない。

世間体を考え、自分本位のお父様も、噂話が大好きな使用人たちも、誰も信じられない。昔から、私が信用できたのは、エレノアお姉様だけだったから――。





私がエレノアお姉様と初めてあったのは3歳の時。

ちょうどその頃、私のお母様が流行り病に倒れ、この世を去ったばかりだった。

『ふぇっ…。お母様はどこに行ったの??』

毎日、お母様を恋しがって泣く毎日の中、きっとそんな私にうんざりした父が救いを求めたのが、親戚のビクター伯爵家だった。

『さぁ、シャーロット。今日は従姉妹のお姉さんに会いにいくぞ。お前より2つ歳上だそうだ、年も近いし遊んでもらないさい』

…お姉様?私にお姉様がいるの??

状況はよくわからなかったが、自分に姉という存在がいるのだということに嬉しくなったのをよく覚えている。

実はその頃、仲良くしていた子爵家の中に、マリーという同い年の女の子がいた。

彼女には、3歳上の姉サラがいてよく3人で遊んでいたのだけれど…。


『お姉様、そのお菓子マリーにちょうだい』


『もうっ、マリーってばしょうがないわね~。1つだけよ』

『……』

サラに甘えるマリーを見て、ほんの少しだけ羨ましい気持ちがあって。

…マリーにはサラがいていいな。

私にもお姉様がいたらなぁ。


と何度か思ったこともあった。

だからこそ、自分にも姉と言える存在がいる事実に胸が高鳴ったのだ。

そして、初めてビクター伯爵家を訪れた時。

『あなたがシャーロットね?はじめまして、従姉妹のエレノアよ。仲良くしましょうね』

そう言って、優しく微笑むエレノアお姉様を見て目を見開いた。

…童話に出てくるお姫様みたい。

『ねぇ、エレノアお姉様はお姫様なの…?』

エレノアお姉様とお人形で遊んでいる時、気になりすぎてそんなことを本気で質問したことがある。

『え…?』

一瞬、ポカンとした表情で私を見つめるお姉様。

しかし、次の瞬間には可笑しそうに笑いながら、私の頭を柔しく撫でると。

『…ふふ。私がお姫様ね。そしたら、シャーロットはお人形さんみたいよ。綺麗な金髪だし羨ましいわ』


そう言って愛おしそうに目を細めた。

…なんだか、お姉様ってお母様みたい。

朧気な記憶だが、昔、母親も私の頭をよく撫でてくれていたのだ。

エレノアお姉様と遊んでいる時だけは、嫌なことを考えずにすんだし、優しいビクター伯爵家の人達のことも、いつの間にか私は大好きになっていった。

そんなある日のこと。

私がいつものように、ビクター伯爵家に遊びに来た時。  

…誰?この人達?

私より、一足早くエレノアお姉様に会いに来ていた二人の人物。

それが後に、お姉様の婚約者となるリアム様とその弟のノエル様との出会いだった。

『あら?シャーロット来てたの?ほら、こっちにいらっしゃい』

私が人見知りをしているのに気づいたお姉様が私に向かって手招きをする。

素直にお姉様の近くにやってきた私は、警戒するように、目の前の二人をジロリと睨みつけてやった。

『リアム様、ノエル様。こちら、従姉妹のシャーロットです。歳は私の2つ下ですの。シャーロット、こちらは、リアム・コックス様と弟のノエル様よ』

そんな私に気づかず、それぞれを紹介するお姉様。

『…はじめまして。シャーロット・テイラーです』

お姉様の手前、挨拶をしないのは失礼かと思い小さく呟き、頭を下げる。

『小さくて可愛らしいね。はじめまして、シャーロット。リアムです、よろしくね』

『ノエル・コックスです、よろしく』

リアム様は優しく微笑み、ノエル様はほとんど表情を変えないで挨拶をかわす。

『さぁ、自己紹介も終わったし皆でおやつでも食べません?シャーロット、今日はあなたの好きなクッキーを用意してもらったのよ。リアム様たちもぜひ、一緒に!』

『クッキー…!私、大好き』

エレノアお姉様の言葉に、幼い私は目を輝かせた。

その日を境に時々、コックス兄弟はビクター伯爵家を訪れるようになる。

昔みたいにお姉様を独り占めできないことに腹を立て、歳が近かったノエル様には。

『お姉様をとらないで!』

と牽制をしたこともあった。

けど、まさかその数年後。

リアム様とエレノアお姉様の婚約が発表されることになるなんて、幼い私は予想もしていなかったんだ――。




『お姉様と…リアム様が婚約…』

その事実を知ったのは、私が10歳。

お姉様とノエル様は、12歳。

そして、リアム様が15歳の時だった。

『えぇ。そうなの!』

頬を赤らめ、嬉しそうに話すお姉様に私は愕然とした。

…お姉様が、私のもとから離れてしまう。

唐突に突きつけられた現実に、ガツンと頭を殴られたような衝撃がはしる。

それにお姉様の表情をみると、少なからずリアム様のことを思っているのは幼いながらも理解できた。

『お姉様…おめでとう。私も嬉しいわ』

口ではそう言いつつも、心では全く逆の感情が芽生えているのを私は感じていた。

お姫様みたいなお姉様には、本当の王子様みたいな方でないと釣り合わないのに。

5歳も年上のリアム様のことは、よく知らなかったけれど、その日から彼についての情報を集めるようになった私。

すると。

リアム様が、実はお姉様以外に親しくしているご令嬢が何人かいること。

裏ではそれなりに遊んでいること。

など、少し叩けばホコリが出てくる事実を知り、イライラが募っていく。

…お姉様が知らないのをいいことに許せない。

ダメ。こんな浮気性なリアム様は、お姉様の相手に相応しくないわ。

けれど、どうやってお姉様との婚約を解消させれば良いのか…。

婚約破棄だなんて、相当な問題が起きなければありえない。

良い方法が浮かばず、色々と悩んでるうちにさらに数年がたった頃、私は、14歳になっていた。

同年代の女の子達よりは、お姉様にあこがれていたこともあってか、大人びていた私。

そう、この頃からだ。

リアム様が私のことを女として意識しているのを感じるようになったのは…。

『シャーロット…。君本当に綺麗に成長したね。もちろん、昔から可愛らしかったけれどね』

時々、お姉様の屋敷ですれ違う度に甘い言葉を囁くようになった。

…気持ち悪い。

最初のうちは、曖昧な態度で適当にあしらっていたが、そのうち思いついてしまった。

お姉様とリアム様の婚約を解消させるに至るであろう計画を。

そうだわ。私自身が彼の浮気相手になればいい。

そうすれば問題になるし、タイミングを見て私がバレるようにすれば、お姉様との婚約もなくなるはずよ。

その後は簡単。

私がちょっと気のある素振りを見せて、彼の誘いに応じれば、呆気なく落ちてくれた。

『…っシャーロット…。綺麗だよ。好きだ…』

『嬉しいわ、リアム様。それはエレノアお姉様よりも…?』

『当たり前だろう。私には君しかいないよ』

そう私に向かってキスを落とし、愛の言葉を囁くたび、冷静になる自分がいる。

もう少し、もう少し我慢すれば私の計画通りに事が運ぶ。

そして、迎えたお姉様の誕生日パーティーの当日。

私の願いは叶い、エレノアお姉様はリアム様に婚約破棄を要求したのだ。

ようやく私の思い通りに事が進んだことを喜びつつ、あの場では悲劇のヒロインばりの演技でリアム様を追い詰めてやった。

そう、ようやく私の願いが叶ったのに…。

まさか、あんなに早くノエル様とお姉様の婚約が発表されるなんて思わなかったけどね。

フッと自嘲的な笑みがこぼれる。

もちろん、ノエル様がお姉様のことを好きだってことはずっと昔から知っていた。

けど、リアム様の手前、行動を起こさない彼を見て安心しきっていたのに…。

それに、イライラしたのは、ノエル様に関してはリアム様と違ってどれだけ調べてもゴシップの1つも出てこなかったこと。

気持ち悪いくらい何も出てこないんだもの。

だから、自分ででっち上げるしかなかった。

適当な写真を使って、新聞社に売り込むんて根回しまでしたのにそれさえも上手くいかなくて。

いつも、私のことを何より考えてくれていたお姉様が、私よりノエル様の言うことを信じるとテラス席で言われたことが無性にやるせない気持ちになった。

少しの間、お姉様とノエル様を合わせないようにできれば、お姉様も目が覚めるはずよ。

そんな軽い気持ちで、お姉様の誘拐まで計画した。

まぁ、あわよくば、お姉様とずっと一緒にいられたらいいと、考えていたのは事実だけれど…。

今考えると、本当に浅はかな計画よね。

もちろん、お姉様を傷付けるつもりはこれっぽっちもなかったけど、誘拐犯の私がそんなことを言った所で信じてもらえるとは思っていない。
 
……お姉様のことも怖がらせてしまったし、ね。

だから、本当のことは自分の胸に秘めておこうと思う。

…まぁ、でも…。

「ノエル様だったら、お姉様のこと本当に幸せにしてくれるかもしれないわね…」

小さく出たその言葉は、自分を納得させるためのものなのか。はたまた、本心なのか。

再度、私が窓の外に目をやると、遠くで綺麗な2羽の鳥が羽ばたくのが見えた。


*END*
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