元婚約者の弟から求婚されて非常に困っています

星乃びこ

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16.5. エレノアの行方〈ノエルSide〉

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「…エレノアはどこに行ったんだ?」


昨日行われたアメリア男爵令嬢のパーティーから一夜が明けた。

未だに俺の婚約者、エレノア・ビクターの消息はつかめない。


「すまん、ノエル…。俺が見つけられなかったから」


シュンと肩を落とすのは、友人のアルバート・ミラー。


侍女のルーナからエレノアがパーティーに参加することを聞きつけた僕は、アルバートにこっそりと護衛役を頼んでいた。


「いや、アルバートのせいじゃない。僕が…無理にでも彼女に会っていればよかったんだ…。いや、そもそもエレノアにきちんと事情を説明していればよかったんだ」

シャーロットとのゴシップ記事が新聞に掲載された日、僕のもとに1通の脅迫文が届いていた。

脅迫文の内容は、いたってシンプル。

エレノアとの婚約を破棄しないと彼女に危害を加えるというもの。

内容に関しては、さほど気にもとめなかったが、一緒に同封されていた写真を見て、僕は固まってしまった。

そこには、エレノアの写真が数枚入っていて。
ただ、隠し撮りと言うにはあまりにも距離が近い。

つまり、エレノア周囲の人間がこの脅迫文を送ってきたというわけだ。

そんなものを見せられたら、誰だって警戒してしまう。

僕が彼女に会いにいくことで犯人を刺激しかねないと思い、少し距離をおいていた。

また兄の仕業かと疑いもしたが、今の兄さんにそこまでやれる気力はないだろうし…。

前回ビクター家に乗り込んだ一件から兄は、一度も自室から出てこようとはしない。

家族の中でも、特に父は兄に対し怒り心頭で、顔も見たくないと公言していて。

母も気にかけてはいるようだが、とりあえず父の目もあるし、そっとしておこうというのが現状だ。

「…アルバート、昨日のパーティーで変わったことや何か気づいた点はなかったか?」

「そうだな…。別段、変わったこともない普通のパーティーだったと思うが、強いて言うなら、エレノアの姿を見つけることができなかったことか?」

「…もしかしたらエレノア、人目につかないようにしてたのかもな。シャーロット嬢との記事が出たばかりだったし」

「…!!そうか、テラス席にいたのかもしれないな。くそっ…。そこまで見て回らなかったな」

エレノアの性格を考えると、アメリア男爵令嬢辺りにでも迷惑がかからないように、目立たないように立ち回っていたのだろう。

「…やはり昨日エレノアの姿を見た人がいないか聞き込みをしたほうがよさそうだ。僕はとりあえず、主催のアメリア男爵令嬢に話を聞いてみる」

「わかった。俺も、昨日会場で見かけたご令嬢たちに聞き込みをしてみるよ」

そう言って、足早に部屋を出て行くアルバートを見送り、僕がアメリア男爵令嬢宅へ向かおうと準備をしていた時だった。


――コンコン。


部屋をノックする音が響き、執事のジェームズが入ってくる。


「ジェームズ、ちょうど呼ぼうと思っていた。すまないが、今から行くところがある馬車の用意を頼む」


「承知いたしました。あと…ノエル様、実はノエル様にお客様がいらしてまして。シャーロット様とアメリア様がお話があると、屋敷の前にいらっしゃっていますがいかがいたしましょう?」


シャーロット嬢と、アメリア嬢が?

まさか2人の方からやって来てくれるなんてな。


「わかった、客間に通してくれ」


「かしこまりました」


シャーロットの用事は、十中八九、先日出た新聞記事のことだろう。

偶然、エレノアの件について話していた所を写真に撮られたようだが、お互いに事実無根のいい迷惑だ。

アメリアに関しては、おそらくエレノアが行方不明である件でも誰かから聞いたのか。

「…まぁ、そちらから、出向いてくれたのであればありがたい。手間が省けた」


時間が惜しい。


だめだな…。エレノアのこととなるとどうも頭に血が登ってしまう。

こうしている間にもエレノアに危険が迫っているかもしれないと考えるだけで、冷静でいられなくなる自分に自嘲的な笑みが溢れた。

エレノア、絶対に僕が見つけるから。

焦る気持ちをぐっと堪え、僕は2人が待つ客間へと急いだのだった。




「ノエル様、突然の訪問申し訳ありません。無礼を承知でお伺いました。お時間とっていただき、感謝いたしますわ」


彼女たちが待つ客間の扉を開けた瞬間、サッと立ち上がり、挨拶を述べたのはシャーロットだ。

隣に座っていたアメリアも立ち上がり、彼女に倣ってか小さくお辞儀をする。

けど、その姿がなぜだか、少しだけ怯えているように見えるが気の所為だろうか。


「…いや、ちょうど私もアメリア嬢に用事があってね。男爵家へ向かおうと思ってたんだ」


2人に座るように促し、自分自身も、彼女たちの前に用意された席に腰掛ける。


僕が席についたのを見届けた2人もゆっくりと腰をおろした。


「…それで、先にお二方のご要件を伺おうか?」


「…あ、あの…。私…エレノア様の件を聞きましたの。それで、従姉妹のシャーロット様にもお声掛けをしたら一緒に行ってくださるとのことで…」


口籠りながら、なんとか答えるアメリアは、なぜか先程からチラチラとシャーロットの方を見ながら言葉を紡ぐ。

「そうなんです!エレノアお姉様がいなくなったと聞いて私居ても立っても居られなくて…!それに、ノエル様とは新聞記事の件でもお話をさせていただかなくてはと思っておしましたし…」

「…シャーロット嬢との記事のことは既に新聞社に事実無根ということを伝えてある。明日にでも、謝罪文が新聞に載るよう手配は済ませた。君にも迷惑をかけてしまって申し訳ないね」


「…い、いえ。さすがコックス公爵家、手が早いですわ。感謝致します」


「それよりも、今は一刻も早くエレノアを見つけることが大事だ。アメリア嬢は、昨日のパーティーで、彼女を見かけなかったかい?それか、今日の訪問は彼女の行方に何か心当たりがあって訪ねてくれたのかな?」


ピクッ。


一瞬、僕の言葉にアメリア嬢が反応したように見え、
「…何か心当たりがあるんだね?」と言葉を重ねる。

すると。

「…ノエル様、実はアメリア様からここに来る前に色々お話を聞いてましたの。アメリア様もショックを受けられてて…。よかったら私が代わりにご説明してもよろしいでしょうか?」


今にも泣き出しそうな、不安そうな表情を浮かべシャーロットが話に割って入ってきた。


「あぁ。聞かせてくれるかい?確かにアメリア嬢は気分が優れないようだ。こちらに来てから顔色も悪いし…」


「それでは私が変わりにお話いたします!アメリア様のお話によると、エレノアお姉様は確かに昨日パーティーにいらっしゃってたようですわ。パーティーが始まってすぐに主催のアメリア様に挨拶をされて、広間に行かれたと…。ねぇ、アメリア様」


「…はい、その通りです」


少し、俯きながらも肯定の意を述べるアメリア。


「…ですが、お姉様…。私とノエル様の記事のことで他の参加者の方と馴染めなかったみたいで…。パーティー中盤頃には、アメリア様に迷惑をかけるといけないからと、先に帰ることを彼女に伝えて、帰宅されたみたいなんです…。その後のことは、アメリア様もわからないようで…。アメリア様は、昨日もっとエレノアお姉様を気にかけていればこんなことにはならなかったのではないかと心を痛めていらっしゃって…」

そこまで説明すると、シャーロットは、手で顔を覆い、ポロポロと涙をこぼす。

「…ということは、エレノアはアメリア嬢に帰宅する旨を伝えて帰る途中で消息をたったということかな?」

アルバートが探していた時には既に会場を出た後だった、ということか。


「私も詳しくはわかりませんが、おそらくそうなのでしょう…。パーティー会場を後にするところを主催のアメリア様が見ていらっしゃったみたいですし」


瞳に浮かぶ涙を拭いながら、シャーロットは顔をあげ、横に座るアメリアを見据える。


「…は、い。確かに…エレノア様が会場を出ていかれる所を…見ましたわ」

消え入りそうな声で答えるアメリアに若干、違和感を覚えた。

しかし。

自分の主催するパーティーで直接ではないが間接的に行方不明者が出たわけだし…。それなりにショックを受けているのだろう。

と解釈する。


それよりも、2人の証言から僕は、当日のエレノアの動向を考えていた。

彼女たちの証言が正しければ、エレノアは、帰宅途中を何者かに襲われ、拉致されたということになる。

確かに、その可能性は大いにあるが…。

僕は、目の前に座るシャーロットと、アメリアを交互に見つめた。

そして。

「…シャーロット嬢は、意外に落ち着いているんだね。実の従姉妹が拐われたかもしれないというのに」


そんな疑問をぶつける。

「…え…。ノエル様、何をおっしゃるんですの?ひどいですわ。私、お姉様が心配でアメリア様と一緒にきましたのに…」

心外だと言うような表情で僕を見るシャーロットの瞳に涙が溜まっていく。

「…いや、気分を害したならすまない。昔の君だったらもっと取り乱すのではないかと思ってね…」

シャーロットのことはわりと昔から知っている。

僕が兄とともに、ビクター家を訪問した際、いつも、エレノアにくっついて離れなかったし。


『エレノアお姉様は私のお姉様なの!あなたにはお兄様がいるでしょう?私からお姉様をとらないで!』

と牽制されたこともあった。


まぁ、昔と今じゃまた関係性が違うのかもしれないな。

「とりあえず、エレノアは帰宅途中に誘拐されたと仮定して、近隣の貴族たちにも協力してもらい、捜査網を広げてみよう。ビクター伯爵にも話を通さないと。ジェームズ馬車の用意を…」

そう言って、行動に移そうとした時だった。


バンッ。


勢いよく開いた客間の扉。

僕を始め、シャーロット、アメリアの視線も扉に集まる。

そして、注目が集まるなか、そこに立っていたのは…。


「…エレノア!?」


昨日から僕が必死に探していたエレノア本人だった。
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