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15. 今度は従姉妹と元婚約者の弟に熱愛疑惑が出ました
しおりを挟む「エレノアお嬢様!大変です…!」
早朝、バンっと勢いよく私の部屋に入ってきたルーナの顔は青ざめている。
ノアとして、ノエルと街でデートをした日から数日が経った頃、突然、そのニュースは舞い込んできた。
「ルーナ、また慌ててノック忘れてるわよ?」
呆れたように呟く私に対し。
「あ…申し訳ございません…!じゃなくて、これ!新聞!!お嬢様、大変なことになってるんですよ~」
慌てた様子のルーナの手には、少しクシャクシャになった新聞が握られている。
「…新聞?朝から何をそんなに慌ててるの?」
彼女が持ってきた朝刊を受け取り、目を通してみると、ある記事が目に飛び込んできた。
「…え?う、そ。ノエルが…シャーロットと…?」
新聞のいちばん目立つところに掲載されていたのは、従姉妹のシャーロットと現婚約者ノエルの写真。
そして、見出しには…。
【恋多きシャーロット令嬢の次のお相手はノエル・コックス公爵か!?】の文字。
その瞬間、私はサーッと血の気が引いていくのを感じていた。
それと同時にズキンと、ひどく胸が痛む。
リアム様の時には特に何も感じなかったのに……。
キュッと唇を噛み、私は涙が溢れそうになるのをどうにか堪えた。
そんな私を気遣って、「お嬢様大丈夫ですよ!ノエル様に限って絶対ありえないです。何かの間違いに決まってますよ」と、ルーナは自信満々に声をかけてくれる。
リアムとのことが頭をよぎって感情的になってしまったが、誠実なノエルのことだ。
本当にシャーロットを好きになったのだとしたら、私にハッキリ言ってくれるはず。
それに浮気をしていたとしても、彼ならこんな新聞にゴシップを取られるヘマなんかするはすがない。
「……ただ、こんな風に新聞に載ってしまうなんて…」
「えぇ。そうね。しばらくは社交界はこの話題で持ちきりになるでしょうね」
深妙な面持ちで、再度私が新聞の記事を眺めていると。
「お嬢様、私はお嬢様の方が心配です…。特に今度、参加される予定のアメリア男爵令嬢家のパーティーは欠席なさった方が…」
落ち着かない様子でルーナは、私の方をチラチラと見つめてきた。
「…いいえ。行くわ。私が行かなかったら噂を肯定するようなものだもの」
ルーナが心配するのも当然だ。
こんな記事が載ってしまえば、ノエルの現婚約者の私がパーティーで好奇の目に晒されるのは目に見えている。
しかも、元婚約者のリアムとのこともある。
兄のリアムだけでなく、弟のノエルまで従姉妹にとられたなんてゴシップに飢えた貴族たちにはさぞいいネタになるだろう。
「エレノアお嬢様…」
「心配しないで、ルーナ。私もノエルのこと信じているわ。それにしても、シャーロットは一体何を考えているのかしら…」
2度のゴシップ。
しかも、どちらも従姉妹の婚約者となんて…。
新聞の写真は確かにノエルとシャーロット。
けれど、よくよく見ると、密会などと見出しがつくような距離感には到底見えなかった。
ただ、普通に会話してるだけなんじゃ?
ということは、誰かが意図的に新聞社にネタを流してるってこと?
グルグルとそんな疑問が頭の中を駆け巡る。
「…本当ですわね。一度ならず、ニ度までも…。シャーロット様ったら、不謹慎にもほどがあります」
「…誰かに騙されたりしていないか心配だわ」
もともと、シャーロットは天真爛漫、純粋無垢という言葉がピッタリな少女だ。
人を疑うことを知らない。
だから、リアム様にもいいように言いくるめられたのだろうし。
こんなゴシップネタを自分で新聞社に提供するようにも思えない。そもそもシャーロットにこんな記事をあげるメリットがないもの。
「…シャーロット様のこと少し調べた方がいいかもしれませんね。お嬢様、アメリア男爵令嬢のパーティーにはそのままご出席という形で手配致します。あと、旦那様もかなりご立腹でして…」
「大丈夫よ。お父様は、後で私がなだめておくわ」
「…よろしくおねがいします」
ルーナは小さく会釈をすると、来たときとは打って変わって、落ち着いた様子で部屋を出ていった。
少しクシャクシャになった新聞を丁寧に伸ばし、私は、小さくため息をつく。
その時、新聞の端が少し破れているのに気がついた。
もしかして、お父様がこの記事を見て、怒って破り捨てようとしたのかしら?
新聞を破り捨てようとするお父様と、それを必死に止めようとするルーナの姿が見てなくても容易に想像できて思わずくすっと笑みがこぼれた。
お父様といい、ルーナといい存分私に甘いのだ。
「シャーロットとノエルが…まさか、ね」
ノエルに限って、と頭の中でわかっている。
シャーロットにしたっておそらく誰かにいいように利用されているだけなのだろうと、理解はしていても言いようのない不安が胸をくすぶる。
「こういう時こそ、私がしっかりしなくては…」
まずは、アメリア男爵令嬢のパーティーできちんと公言するのだ。
あの記事はでたらめだと言うことを。
「ノエルも…新聞読んだかな?」
聡い彼のことだ。
こんな記事を見つけたらすぐに私に弁解に来るはず。
けれど、そんな私の思いとは裏腹に、ノエルは私のところにを訪れなかった。
ルーナや他の使用人たちもそんなノエルらしからぬ対応に、首をかしげる始末。
そして。
「まったく、コックス家の男共は揃いも揃って…礼儀がなっとらん!」
ノエルからの連絡がないことに対し怒っていたお父様をどうにかなだめる私。
きっと、仕事が忙しかったのよ。
もしかしたら、今朝は新聞を読んでないのかもしれない。だから、ここに来る時間がなかったのだわ。
自分に言い聞かせるように心の中でそんなことを考えていた。
しかし、その数日後。
アメリア男爵令嬢のパーティーでまさかあんな事態が起こるなんて、この時はまだ誰も予想もしていなかった――。
❥
「あら、見て。ビクター令嬢よ」
「新聞見ましたわ。ノエル様とシャーロット令嬢の噂も…」
「リアム様の時といい、おかわいそうですわねぇ…」
ヒソヒソと、聞こえてくる噂話。
聞こえてくるように話をする人をもいれば、視線だけ私へと送ってくる人もいる。
全く、腫れ物扱いね…。
わかってはいたけれど、実際に現場を見てしまうと居心地悪い。
いつも話しかけてくる比較的仲良しの令嬢たちも、今日は遠巻きにチラチラと見てくるだけだ。
触らぬ神に祟りなしといったところだろう。
私がいると、迷惑かけちゃうし…。
テラス席で少し休もうかしら。
そう考え、私はソッと賑やかな会場を離れ静かなテラス席へと移動する。
「ふぅ…。わかってはいたけれど皆あからさまね」
うーん…。でも、ヒソヒソ噂されるよりも、もっとあからさまに嫌味を言われるくらいの方が気持ちは楽ね。
悪意にはなれてるけれど、あんな扱いされると文句も言えやしないもの。
とりあえず、もう少し時間を潰して頃合いを見て帰りましょう。
これ以上長居しても、せっかくパーティーへ招待してくれたアメリア男爵令嬢にさえ、迷惑かけてしまうかもしれない。
「アメリア様には後で一言謝っておかないと…」
ポツリと呟き、小さくため息をこぼした時だった。
私がいるテラス席のカーテンが突然シャッと開く。
「…エレノアお姉様…!」
そして、聞き覚えのある可愛らしい声が私の名前を呼んだ。
嘘でしょ。なんであなたがいるの…?
「…シャーロット…?」
「お姉様…!」
パタパタと、私のいるテラス席に駆け込んで、ギュッと抱きついてきたのは、渦中の人物シャーロット本人。
さすがに予想していなかった人物の登場に、思わず私もカチンと身体が固まってしまう。
「あなた、どうしてここに…?」
「お姉様が来られるってアメリア男爵令嬢からお聞きしたんです!」
ウルウルと、瞳を潤ませるシャーロット。
最後にあったのは、ガーネット令嬢のティーパーティー以来だ。
「エレノアお姉様…!お会いしたかったです…」
キュッと小さく唇を噛みしめるシャーロットは、泣くのをどうにかこらえてるように見えた。
「何か話があるの?」
私の問いかけに、コクリと頷く彼女をなだめる。
「実は…ノエル様とのことで…」
ピクッ。
シャーロットからノエルの名前が出て、思わず反応してしまった。
十中八九、この前の新聞に掲載されたゴシップ記事のことだろう。
「…ノエルのこと?」
「はい…。先日の新聞記事のことです」
モジモジと身体をくねらせ、なぜか言いにくそうに口ごもるシャーロット。
「あの記事は私も読んだわ。ノエルのことだから、誤解だと言うことはわかってる…。シャーロットのことも先日ティーパーティーで会って以来、心配してたのよ。リアム様とはちゃんとお話できたの…?」
そんな彼女に対し、私は努めて優しく声をかけた。
「違うんです…お姉様。誤解じゃないんです」
…誤解じゃない?
「……私とノエル様の記事は事実なんです…。今日はそれを言いたくて来ました。もちろん、お姉様のことを傷つけてしまうのはとても心苦しいのですが」
チラッと私の反応を伺うように、上目遣いで見つめるシャーロット。
一体、この従姉妹は何を言ってるのかと耳を疑った。
「それは本当のことなの?」
「…はい。実は最近、リアム様のことでノエル様に相談をしていました。実のお兄様のことですからノエル様に聞くのが一番だと思って…」
たぶん、その時に会っているところを撮られたのだと、シャーロットは主張する。
「ノエル様とはちゃんと、正式な手続きを踏んでお姉様に打ち明けようと話し合っていたんです。けれど、まさかその話をしている所を記者に撮られるなんて…。…っ、ひくっ。ごめんなさい、お姉様。私、お姉様をこんな風に傷付けるつもりはなかったんです…」
最後には顔を手で覆い、ポロポロと涙をこぼす従姉妹に私は呆気に取られてしまった。
「…シャーロット、顔をあげて?」
「…エレノアお姉様」
涙で濡れる瞳を懸命に拭いながら、私の言葉に顔をあげるシャーロットは、一瞬嬉しそうな笑みを浮かべる。
わかってくれたのかと、期待してるのでしょうね。
そんな彼女に対し。
「あなたの言うこと、申し訳ないけれど信じられないわ…。ノエルはそんな薄情な人じゃない。もちろん、ノエルの口からあなたと同じ言葉が出れば…その時は身を引きます。けれど、私は彼の口から聞きたいの」
私はキッパリと言い放つ。
悪いけど、ノエルとの付き合いは私のほうが長いの、彼は絶対にこんな卑怯な真似はしない。
私の口から出た言葉が信じられなかったのだろう。
シャーロットは、目を見開いて私を見つめていた。
しかし。
「お姉様が信じたくないのはわかりますけれど、事実なのですから…」
すぐにしおらしい態度で、私の様子を伺う素振りを見せる。
「…わかったわ。そこまであなたが言うのならノエルに直接確認しに行くしかなさそうね」
そう言って、冷静にツカツカとテラス席の出口へ向かって歩き出した。
「そ、そんな!いきなりノエル様のところに行くなんて…。失礼になりますわ」
そんな私とは対象的に、なぜか慌てたようにシャーロットは止めに入る。
「…まだ、私とノエルは婚約しているのですもの。婚約者に会いに行くのに失礼になるかしら?」
「そ、そうかもしれませんが…」
口籠るシャーロットに対して、私は確信を持つ。
やはり何かおかしい、と。
くるりと踵を返し、シャーロットに向き直った私はソッと彼女の肩に手をおいた。
ピクリとシャーロットの肩が強ばるのを察し。
「シャーロット、あなたどうしたの??最近のあなたが以前と少し違ったように感じることがあって…何か私に言えないことでもある?」
私は視線を合わせ、なるべく優しく問いかける。
その時だった。
先程まで泣いていたはずのシャーロットから表情がスッと消え、
「…お姉様、なんで信じてくれないの?私が以前と違うですって?いいえ、変わったのはお姉様のほうよ!前は私の言うことを信じてくれたのに…」
と、吐き捨てるように言い放つ。
「シャーロット…?」
「リアム様の時だって、私のことを心配してくれていたわ。なのに、なのに…。っ、お姉様が変わっわたのはノエル様のせい?」
それははじめて見る従姉妹の表情だった。
彼女の瞳には怒り…いや、憎悪の感情が見て取れる。
そんな感情は、シャーロットとは無縁だと、そう思ってたのに。
思わずゾクッと、背筋が凍った。
「ねぇ…お姉様、私のこと本当の妹のように思ってくれてるでしょう?私もそう、昔からエレノアお姉様のこと本当のお姉様だと思って慕ってきた、私にとってはお姉様が一番だったの」
肩においた私の手を握り、シャーロットはジッと私を見つめる。
「…でも、お姉様にとっては私が一番じゃなかったのよね」
「シャーロ…っ!!」
明らかに様子がおかしい。
咄嗟に、彼女の名前を呼ぼうとした時。
後ろから誰かに羽交い締めにされ、何か布のようなもので鼻や口を塞がれた。
誰…!?それに、この匂い…は。
ツンと鼻につく匂い。
何かの薬品をかがされたのかクラっと目眩がして思わず地面に倒れ込む。
だめ、意識が…誰か…。
だんだんと、遠ざかる意識の中で、目の前に立つシャーロットが小さく微笑んだように見えた。
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