元婚約者の弟から求婚されて非常に困っています

星乃びこ

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12. 元婚約者の弟に翻弄されています

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アリスが部屋を出ていった後、私はようやく肩の力が抜けたのか、ホッと小さく息をつく。

そして、自分が微かに震えているのに気がついた。

正直、リアムと対峙した時は感じなかった恐怖が今になって、走馬灯のようにフラッシュバックされる。

あの時は、怒りの感情が強すぎて感じなかったけれど、冷静に考えれば私、殴られそうになったのよね…。

憎悪に満ちたリアムの表情。

自分に向かって振り上げられた手。

つくづく婚約破棄をして正解だったと、我ながら思う。

コロンと、ソファに横になりギュッと近くにあるぬいぐるみを私は抱きしめた。

その時――。

トントンと、部屋のドアをノックする音に続き。

「…エレノア、入っていいか?」

ノエルの優しげな声が聞こえてくる。

「えぇ。どうぞ」

私がぬいぐるみを横に置き、ソファから身体を起こしたのとほぼ同時にノエルが部屋に入ってきた。

…あら?何で私こんなに安心しているの?

その姿を見た瞬間、なぜだかホッとする自分がいることに気づく。

「…隣いいか?」

紳士的に尋ねてくるノエル。

おそらく、先程のリアムとのやり取りで、気を遣ってくれているのだろう。

男の自分が隣に来ても大丈夫かと。

「えぇ。大丈夫、どうぞ」

そんな彼の優しい気遣いが素直に嬉しかった。

私の承諾を得て、ソファへ腰をおろしたノエルに対し、今度は少しだけ緊張を感じる。

ちょ、ちょっと待って何で今さらこんな…。
ノエルが隣の席に座るなんてよくあることなのに。

ドキン、ドキン。

心臓が早鐘を打つのを感じ、今までと違う気持ちの変化に戸惑う。

「エレノア…」

「な、なに?」

唐突に名前を呼ばれ、少し声が裏返った。

そんな私とは対象的に、ノエルは表情を曇らせている。

彼のその表情を見た瞬間、スッと冷静になれた私は、ノエルが何を考えているのかもおおよそ理解ができた。

「兄さ、いや、リアム・コックスについては本当に申し訳なかった。謹慎中の身で、まさかこんな暴挙に出るとは予想していなかったんだ」

「いいえ。ノエルが謝ることではないわ。それに、私もあなたに謝らないと…。我が家の侍女があなたからの手紙を隠してリアム様に渡していたの。あなたに迷惑をかけてしまったわ」

「それも、現況は兄の…」

「もう、いいのよ。リアム様のことでノエルに謝ってもらう必要はないもの。悪いのは彼であって、あなたではないし。それに…ノエルは私が殴られそうになった時、助けてくれてた恩人よ、本当にありがとう」

そう言って、私が笑みをこぼせばノエルは一瞬目を見開く。

そして。

「…キャッ」

私の腕を軽く引っ張り、自分の方へと引き寄せてきた。

気を抜いていた私は、そのままノエルの方へと身体が傾く。

ギュッ。

気づけば、彼の腕の中。

そう、私はノエルに抱きしめられていたのだ。

突然の行動にドギマギしてしまう私。

元々、小さい頃からリアムという婚約者がいた私にとって、他の男性との恋愛経験は皆無。
つまり、免疫なんかこれっぽっちもなかった。

リアムとだって、正式な婚約となる私の誕生日までは過度なスキンシップは避けており、精々手を繋ぐレベルのスキンシップしかしたことがない。

「ちょっとノエル!?急に…どうしたの?とりあえず、ち、近いからちょっと離して…っ!苦しいってば」

キャパオーバーの私は、そう言って声をかけるもなぜかさらに、ギュッとと抱きしめる力を強めるノエル。

「…心配した」

「え…」

ポツリと、耳元で囁くノエルの声は、消え入りそうなほど小さくて。

私の身体を抱きしめる腕は、とても温かかった。

…そんなに心配してくれていたのね。
申し訳ないことをしたわ。

「…ノエル、あの…本当に心配かけたのね。ごめんなさい…。でも、大丈夫だったから、落ち着いて、ね?」

ポンポンと、ノエルの背中を優しく擦り、私は大丈夫だということを伝えようとする。

「…ったく、本当にエレノアは、心配で1人にしておけないな」

「だ、大丈夫よ。小さい子どもじゃないんだから」

「いや、エレノアは、本当に昔から猪突猛進というか、喧嘩っ早いというか…。まぁ、アカデミーに入ってからは多少落ち着いたかと思えば…」

…なんか、言いたい放題ね。

自分自身、普通の令嬢にしては、まぁ、ちょっとだけお転婆な部分があるかななんて、思う時もあるけれど。

猪突猛進とか、何もそこまで言わなくても。

若干、ショックを受ける私。

「…ま、そこがエレノアの良いところでもあるんだけどね。僕、エレノアのそういうところ好きだし」

ソッと、抱き締めていた身体を離しながら、私の瞳を見つめ、ニコリと微笑むノエル。

す、好きって…人としてってことよね

「あ、ありがとう?」

とりあえず、やや首を傾げながらもお礼を言う私を見て、ノエルは、少々呆れたような表情を浮かべた。

「ありがとうって…。しかも疑問形だし…君が鈍いのは知ってたけどこれっぽっちも気づいてなかったのならショックなんだけどな…。ねぇ、エレノア?」

「…??」

どうしよう、ノエルの言ってることがよくわからない。

気づいてなかったって何を?

「…本当にこれっぽっちも、気づいてないんだね…、僕、これでも一応多少のアピールしてきたつもりなんだけど…?流石にもうちょっと意識してもらわないと困るな」

ハァと、深いため息をこぼし、うつむくノエルは落ち込んでいるようにも見えた。

…え、私なんかまずいことしちゃったかしら??

「…えっと、よくわかんないけど。私が悪い…のよね?何に対しての話なのかちゃんと教えてもらえれば……っ!」

下を向くノエルを心配した私は、そう言いつつ彼に近づいた。

その時、タイミングよく、ノエルも顔をあげるものだから、至近距離で視線がからみあう。

慣れない距離感に思わず、私は反射的に後ろに下がろうとしたのだが、それは彼の手によって阻まれてしまった。

優しく私の肩を掴み、自分の方に引き寄せるから、また、抱きしめられるのかと考えた時。

チュッ。

微かなリップ音と、自分の唇に感じた感触にカチンと、身体が固まった。

…キスされた。

そう理解した瞬間、頬がカーッと熱くなるのを感じる。

な、何がおきたの。

未だに硬直している私の様子ジーッと見つめるノエル。

そして。

「…ふーん、そういう反応?じゃあもう遠慮しなくてよかったのかな」

少し嬉しそうにそう呟くと、再度私の唇にキスを落とした。

「…っん、ちょ…!?」

しかも、今度はさっきまで一瞬触れ合うようなものではなく、深くて、長い。

い、息が…できない!

苦しいとアピールするため、ノエルの胸あたりをバシバシ叩く。

すると、ようやくそれが伝わったのかノエルが私から離れた。

「…っはぁ。な、によ…もう」

息も絶え絶えの私は、文句の一つでも言ってやりたかったが、蚊の鳴くような声しか出てこない。

「馬鹿だなぁ、ずっと息とめてたの?」

クスリと、笑みをこぼし呆れたような表情のノエルを私は睨みつけた。

「…息くらいびっくりしてとまるわよ!急に…キ、キスするなんて、どういうつもりなの!?」

羞恥と戸惑いでプルプル身体が震えつつも私はノエルに向かって強い口調で言い放つ。

「それで怒ってるつもり?煽ってるみたいにしか、見えないけど」

「煽っ…!?そ、そんなわけないでしょ!こ、こんなことするなんて…。結婚前に…よくないわ」

いくら、婚約したとはいえまだ未婚の男女。
私達の国において、未婚の際、男女の関係になることを良しとしない風潮があり、ノエルだってわかっているはずなのに。

「へぇ。じゃあ結婚してたら、僕とキスするのは問題ないんだ?」

「そういう問題じゃないでしょ!?そもそも私達の婚約は、本当の婚約じゃないのだから…」

揚げ足を取るような言い回しのノエルに、ついつい口調が強くなる。

「…エレノアは嫌だった?」

ジッと、私の目を見てノエルは、問いかける。

その視線にたえられず、私は先にふいっと先に視線を反らした。

「い、嫌とかでは…なかったけど…」

「…けど?」

「私達は本当の婚約者じゃないのよ。後々、貴方の婚約者になる方に失礼になるから…。その、よくないと思うの」

しどろもどろになりながらも、私は蚊の鳴くような声でそう答える。

「……」

「……」

お互いしばらくの沈黙の後。

「…そう。相変わらず真面目だねエレノアは…。わかったよ。今回は僕が悪かった」

若干、苦笑しながらもノエルが先に非を認め謝罪をしてくれた。

わかってくれたのね、よかった…。

と、私もホッと胸を撫で下ろす。


しかし、次の瞬間、彼の口から飛び出した言葉に私は再度固まってしまった。

「じゃあさ、嘘じゃなくて本当にすれば問題ないよね?」

…え?聞き間違いかしら…。

「それって、期限付きの婚約ではなく、本当の婚約ってこと…?」

恐る恐る聞き返すと、返答の代わりに笑みを浮かべるノエル。

「ちょっと、待って。ノエル。よく考えないと私ねリアム様との婚約破棄の一件でわかったことがあるの!」

「なに?」

「今のご時世なかなか、難しいとは思うのだけれど…。やっぱり、お互い好き同士での婚約が1番いいと思うわ。浮気だの不倫だのに巻き込まれないようにするためにもね。だから、貴方にもちゃんと好きな人と婚約をしてほしいと思ってる」

そう。確かに難しいことではあるが夫婦円満で末永く幸せになるためには多少なりともお互いに恋愛感情があることが必要だと今回の件で再認識したのだ。

「へぇ…それで?」

「だからね。ノエルもできるなら本当に好きな人と結婚をしたほうがいいと思うのよ。私のことは心配しないで、まぁ、最悪結婚しなくても家門を継いで、養子をとるって方法もあるもの!」

なるべく私のことで心配をかけないような提案を持ち出し、ノエルに伝えたつもりだったのだが…。

「……」

な、なんでそんな残念そうな目で私を見てるのかしら…?

なぜか呆れたような視線を私に送り、「…ハァ」と最終的には深いため息までつく始末。

私、何かまずいことでも言ったかしら…?

お互いのためを思い、考えぬいて出した提案だったけど、どうやら彼のお気に召さなかったらしい。

私が気まずそうに視線を床に落とした瞬間。

「あのさ、エレノア」

ノエルが私の名前を呼ぶ。

「僕が、好きでもない女性にキスをするほど甲斐性なしだとでも?」

「え…?いや、そんなこと思ってたわけじゃ…」

しどろもどろになりながらちらりと、ノエルを見ると、気怠げに頭を抱えて私を見つめていた。

「全く…。こんなふうに言うつもりなかったのになぁ。このままだと一生気づかないみたいだから言わせてもらうけど……。僕はずっとエレノアのことが好きだよ。婚約だって君じゃなきゃ提案しないって、キスしたんだからそろそろ気づいてよ」

「…は?好き、ノエルが私を…?」

そりゃ、嫌われてはないだろうと思ってたけどむしろ友人として良好な関係だったわけだし。

「あ、一応言っとくけど、友人としてじゃなくて女性としてだからね」

そこまで言われて、私だって気づかないほど馬鹿じゃない。

けど、まさかノエルが私のことを女性として好きだなんて。

今まで考えたこともなかったから戸惑いが大きかった

「えっと、私…」
 
そりゃ、ノエルのことは好きだけど異性としてどうなのかと言われるとわからない。
でも、キスは嫌ではなくて…。

ぐるぐると、考えがまとまらない中、とりあえず何か言わないとと思って口を開く。

すると。

「ちょっと待って。今返事しようとしてる?僕的には君にちゃんと好きになってもらってから告白するつもりが、エレノアがあまりにも鈍いから順番変わっちゃって想定外なんだよ…。まぁ、これからどんどんアプローチするからさ、返事はその時にでもしてよ。焦らなくていいし」

そんな私の思考を読んだのか、ノエルは私に考える時間をくれるとのこと。

その言葉に少しだけ肩の荷がおりた私は。
 
「う、うん…わかった。ちゃんと考えるわ」

と、小さく呟く。

「ちょっとずつでも僕を異性として見てくれればいいから。あと、急に態度変えるのは無しだから、意識されすぎて話もろくにできないの困るし。まぁ、こっちは言いたいことは伝えられたからそろそろ帰るよ。エレノアも色々あって疲れただろうからゆっくり休んで。またね」

「うん、ありがとう」

ソファから腰をあげ、去っていくノエルの姿が見えなくなったところで私は再度コロンとソファに横になった。

ど、どうしよう…。

あまりにも突然の告白に、私の頭はパンク寸前で。

その日は、一日中休むどころか悶々と考えを巡らせることとなったのだった。
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