元婚約者の弟から求婚されて非常に困っています

星乃びこ

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6. 大々的に婚約発表されました

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「な、なんなの!?この記事は!?」

静かな部屋に私の大きな声が響き渡った。

「お嬢様、どうされたんですか?急に大声で、しかもそんな青い顔されて…」

私の声に驚いたのかルーナが慌てて、部屋に飛び込んでくる。

「どうしたもこうしたもないわ。これ見て…!」

私は頭を抱えながら先ほどまで目を通していた新聞を彼女に見せた。

「…えーっと、なになに?ビクター家のご令嬢エレノア・ビクターへ熱烈アプローチ。初恋を勝ち取ったのはノエル・コックス…。あら、まぁ素敵じゃないですかお嬢様!」

ルーナは一瞬、驚いたように目を丸くするが次の瞬間にはクスクスと楽しそうに目を細める。

「いやいや。全然素敵じゃないわ!ちゃんと読んでよ、ルーナ!この記事嘘ばっかりじゃない!?」

【兄の婚約者と諦めていた弟の初恋が実った!】

【アカデミー時代から想いを寄せていた】

など、根も葉もない内容がツラツラと書かれた記事に頭を抱えてしまう。

「こ、これじゃ…。ノエルが昔から私に片思いしてたみたいじゃない」

昔から片思いしていただなんて、こんな記事を出して婚約発表なんてしたら、数年後に婚約破棄する時に困ることこの上ないわ。

【やっと実った二人の恋に亀裂か?】

【初恋騒動で世間を騒がせたカップル破局】

なんて、いいゴシップのネタになるのは今からでも容易に想像がつくし、苦労するのは目に見えていたからだ。

「えぇ、そうですか?私は素敵だと思いますけど」

「そりゃ、これが本当だったらの話でしょ?ルーナには話したじゃない。しばらくの間の期限付きの婚約だって。…もう。ノエルったら何を考えているのかしら」

偽装婚約については、側近のルーナには少し話をしていた。

「…あら~。そうなりましたか……。ノエル様も意外と意気地なしですね」

後半は小さい声であまり聞き取れなかったが、特に反対もしなかったルーナ。

でも、今は。

「まぁまぁ。これで世間的には奇跡のカップル誕生か!?ってことで良い噂は流れても、悪い噂は流れないんじゃないですか?」

「結果オーライですね」と、最後にそう付け加えた彼女は、他人事だと思ってケラケラ笑う。

私はそんな彼女にジトッとした視線を送った。

「…まぁ、確かにそうかもしれないけれど」

貴族社会は噂の宝庫。

悪い噂もひとり歩きしやすいが、それはまた逆も然り。

つまり、日々暇を持て余している貴婦人たちには、今回のようなネタは蜜の味というわけだ。

「さぁ。お嬢様、本日から忙しくなりますね。どのくらいパーティの招待状が来るのか楽しみです。朝食のご用意は済んでいますけれど運んでもよろしいですか?」

うふふと、素敵に笑った後、ルーナはそう言ってパチンとウインクをしてくる。

「…お願い」

「かしこまりました。それではしばらくお待ち下さいませ」

足取り軽く部屋を出ていく彼女を横目に私は再び小さくため息をこぼしたのだった。





そして、恐れていた事態が訪れたのは、もうそろそろランチの時間に差し掛かった昼下がりのこと。

「お嬢様…予想通り。いや、これは予想以上ですね」

「えぇ…。もう、頭が痛いわ」

朝刊に載ったのが悪かったのだ。

いや、そもそも悪いのは新聞にあんな記事を載せたノエルなのに。

「100通はありますね…!招待状」

「嘘でしょう。これ、確認するだけで骨が折れるわ」

昼頃に届いた祝福の手紙やらパーティーへの招待状やらで私の部屋のテーブルは埋め尽くされていた。

「お嬢様、どうします?とりあえず1通ずつ中身を確認致しますか?」

頭を抱える私に声をかけるルーナもあまりの手紙の数の多さに目をパチパチとしばたたかせている。

「そ、そうね」

ルーナが大まか仕分けをしてくれてはいるが、流石に中身は自分で確認しないといけない。

「……しょうがない。やるしかないわ!ルーナ片っ端から開けてちょうだい。中身を確認するわよ」

「はい。お嬢様、承知致しました!」

やるわよ…!

心の中で気合いを入れ、私はルーナと二人で手紙を読み始めた。

「お嬢様~、これで最後です」

ヘロヘロになりながら、ルーナが私に最後の手紙を手渡す。

彼女が疲れるのも当然。
ゆうに1時間は手紙を開けては私にさしだすという作業を繰り返していたのだ。

ルーナから受け取った手紙の中身を確認し、私もようやく終わったかと、ほっと胸をなでおろす。

「ふぅ…。ようやく全部確認したのね。ありがとうルーナ。ちょっと休憩しましょうか…?お茶の準備をしてくれる?あと、何かお菓子も食べたいわ。ルーナも、一緒に食べましょ」

「…!!かしこまりました。確かシェフがおやつにクッキーを作っていましたのでそれをお持ちしますね」

お菓子というワードにルーナの目に光が戻った。

そして、ルンルンと嬉しそうに部屋を出ていく彼女を見送る。

…さて、どうしましょう。
全てのパーティーに出席するのは不可能だし、一度どのパーティーに参加するか、ノエルと話し合ったほうがいいかもしれないわ。

今回届いていたのは。

お祝いのメッセージが40通。

パーティーへの招待状が50通。

私がザッと目を通しただけでもかなり有力な家からの招待状もちらほらあったのだ。

…んー。たしかビクター家と繋がりが深い家からもあったわね。

どこのパーティーに出てどこに行かないのか決めるのが1番大変。

ノエルめ…。
今日のこと後で文句言ってやるんだから。

そう私は心に改めて誓い、手紙の山を横目に小さく欠伸をする。

それにしても疲れたわ…。

小一時間同じ姿勢で手紙をし見ていたのだから無理もない。

ルーナがお茶の準備をするまで少し休みましょう。

そう思った私は、今まで腰掛けていた広めのソファにコロンと横になる。

貴族令嬢がする格好じゃないけれど私の部屋だし、どうせルーナしか見ないのだから。

そんなことを考えながらも私は目を閉じる。

そして、いつの間にか意識を手放していたのだった。





…ん?ルーナ…??

人の気配を感じ、私は小さく目を開く。

どのくらい寝ていたのだろう。

数分かあるいは数十分かもしれない。

「ルーナ?お茶の準備できたの…?」

眠い目を擦りながら、ソファから身を起こした私の目の前にいたのは…。

「エレノア、おはよう。よく眠れた?」

そう呟いて、柔らかく微笑むノエルだった。

「…え、ノエル…?いつから…」

寝起きで頭が回らない私。

ちょっとまって。
私、寝顔見られたの!?

そう思った瞬間、覚醒する。

「ノエル…貴方、ノックした…?というか、ルーナは??」

「勿論。いくら僕の婚約者の部屋でも最低限のマナーは守るよ?返事がなかったから勝手に入らせてもらったけどね。ルーナは、まだ来てないみたいだけど?僕は会ってないし」

シレッとそんなことを言う彼に私は小さくため息をつく。

「…はやく起こしてくれたらよかったのに」

流石に私だって年頃の乙女。

こんな寝起きの姿を見られるのは恥ずかしいのだ。

不機嫌そうに呟くと。

「エレノア疲れてそうだったし。起こすのかわいそうかなって」

悪びれた様子もなく、ノエルはそう言い放つ。

全く、誰のせいで疲れたと思ってるのかしら?
…エレノア我慢よ。ここで怒ってもしょうがないわ。

一瞬、イラッとしたがそんな気持ちをなんとか抑える。

そして。

「…まぁ、いいわ。そんなことよりノエル…朝の新聞の記事どういうこと?」

努めて冷静にノエルに問いかけた。

「…あぁ。エレノアも読んだ?」

何故か恥ずかしそうにノエルは微笑む。

「当たり前でしょ!?そのおかげで私は今日ずーっと手紙やらパーティーの招待状とにらめっこしてたんだから!」

机に並べられた手紙の山を指差し、私は如何に大変だったのか訴えかけた。

「…なるほど。それで不機嫌そうだったわけね」

「パーティーの招待状だけでも信じられない数よ?それもこれもノエルが…新聞に…は、初恋だの…ようやく想いが実っただの作り話を載せるから…」

なんだか自分で改めて言葉にすると恥ずかしさが倍増した。

そのせいか段々と声も小さくなってしまう。

「でも、大々的にアピールできただろう?僕達の婚約においてね」

ノエル…?

何故か一瞬、ノエルが寂しそうな表情を浮かべたように見えた。

しかし、それもほんの一瞬。

すぐに、いつもの飄々とした笑顔を見せる。

…気の所為かしら?

今まで見たことないような切ない表情に見えたから少し気になった。

「どうかしたの?」と声をかけようとした時。

バンッと、大きな音がして部屋の扉が開く。

…な、なにごと?

「エレノアお嬢様!先ほどノエル様がいらしゃったと執事から報告が…」

「やぁ、ルーナ。遅かったね?」

慌てた様子のルーナに対し、私の隣のソファにサッと腰掛け、笑顔で手をふるノエル。

ルーナは、そんなノエルを認識すると、ツカツカと、ソファの前に歩み寄る。

「ノエル様!いらっしゃる時はお嬢様の部屋へ行く前に侍女である私に一言声をかけてくださいませ。お嬢様にも準備の時間が必要なんですから」

「悪かったよ。執事に声をかけておいたからいいかなと思って」

…全然、悪いと思ってないわね。

口では反省の言葉を述べつつも、態度が伴っていないノエル。

そういえば、アカデミー時代担任の先生にもよくこんな態度とってたわね。

でもって、口達者で成績も優秀だったノエルに対して先生も黙り込んで言い返せなかったのよね。

あの時は、ノエルの口の上手さに圧倒されてたけれど今思うと先生に同情する。

かく言うルーナもノエルに対し、何も言い返せず、黙り込んでしまう始末。

「ルーナ、私は大丈夫。気にかけてくれてありがとう。お茶の用意お願いできるかしら?」

さり気なくフォローしつつ、私は彼女にお茶の用意を頼む。

「はい、お嬢様。ただ今お持ち致します!」

軽く会釈をし、ササッとお茶の準備を始める彼女を横目に私は隣に座るノエルに。

「ルーナをからかうのやめてちょうだい」

と、耳打ちをした。

すると、何故か意外そうな表情を浮かべたノエル。

「別にからかってるつもりなかったんだけどね…。ま、次からは気をつけるよ」

「…それで、どこのパーティーに行くか、ノエルはもう決めてるのでしょう??」

ヒソヒソと、ルーナには聞こえないよう小声で話す私。

用意周到なノエルのことだ今日の突然の訪問にも何か意図があるはずだ。

「…まぁね。そういうわけで、エレノア…早速で悪いけれど、本日18時から僕と一緒に参加してもらいたいパーティーがある」

…え、きょ、今日?

いくつか予想はしていたけれど、まさか今日とは…。

目を丸くして驚く私。

「…きょ、今日って流石に今からじゃドレスの準備だって…」

「それなら心配ないよ。僕が準備しといたから」

「…ハァ…そうなのね。わかったわ」

ノエルって本当に仕事が早いというか、早すぎて時々ついていけないわね。

小さくため息をつき、私はソファから重い腰をあげた。

「それじゃ、お父様に許可を…」

「あぁ。ビクター伯爵にはすでに話を通してあるよ」

「……そ、そう。ありがとう」


将来、ノエルの本当の婚約者になる人は大変ね。
こんな完璧人間の相手をできるご令嬢、果たしているのかしら。

そんな一抹の不安を感じながらも、私はそっとソファに座り直したのだった。
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