元婚約者の弟から求婚されて非常に困っています

星乃びこ

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5. 元婚約者の家族が私に会いに来ました

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「ふぅ。よかった…。まだノエルも到着してないし、服も着替えてスッキリしたし。カツラって思ったより重たいのね~。首がこっちゃった」

グーッと伸びをして、私は自分の身体をほぐすとベッドに横になる。

あの後、屋敷に戻り、裏口からこっそりと中へ入った私とルーナ。

足早に自室に戻り、カツラやドレスを脱ぎ捨て、メイクを落とす。

そして、ようやくいつもの自分の姿に戻り、今に至る。

「もう。お嬢様ったらまだですよ。髪もセット致しますからこちらに座ってくださいな」

ポンッと化粧台の椅子に座るようにルーナに指示され、私はげんなりとした表情を浮かべた。

「えー…。まだ帰ってきてひと段落したばかりじゃない。もう少しゆっくりしましょうよ~」

既にお家モードに入った私は、自分のベッドでゴロゴロする。

「何言ってるんですか。ノエル様がいつ来るかわからないのに…!ほら、わがまま言わずこちらに座ってください」

と、呆れたように言い放つルーナに。

「はいはい。もう、ルーナったらそんなにガミガミ言わなくてもいいのに」

ポツリと少し不満を漏らしてみた。

その時。

――バンッ。

部屋の入口の扉がノックもなしに開かれ、私とルーナは顔を見合わせる。

な、何事かしら?

すると。

「エレノア!大変だ。早く準備をして応接間に来なさい」

慌てた…いや、怒っているのだろうか、表情が固いお父様がそう言いながら私の部屋に入ってきた。

「何事ですか、お父様…?ノックもせずに。びっくりしました」

「あ、あぁ…。それは悪かった」

「それで急に応接間に来なさいとは…誰か大切なお客様でもいらしたの?」

努めて冷静に私は、父の顔を見ながら問いかける。

「ハァ…。全く大事な客とはよく言ったものだよ…。コックス家勢揃いでやって来ているんだ。リアムの件もあるし、最初は追い返そうと思ったが…エレノアはノエルとは仲が良かったのを思い出してな…。無下に追い返すのもどうかと思ってな」

私の部屋のソファに腰を下ろし、頭を抱えるお父様。

「…コックス家勢揃いなんて穏やかではありませんわね。わかりました、すぐに準備致しますからお父様はそう気を落とさないでください」

元々、ビクター家とコックス家は仲が良かった。

私の父とリアムとノエルの父であるコックス公爵は旧知の仲だと聞いたこともある。

…お父様の立場からすれば複雑よね。

リアムがシャーロットと浮気などしなければ私と彼は婚約してコックス家との関係はさらに深いものになっていたはずだから――。

疲れたような父の様子を見ると胸が痛むが、私だって浮気をする男性と知りながら結婚するなんてまっぴらごめんだ。

それにしても…。
ノエルはともかくリアム様やコックス公爵までいらっしゃってるなんていったいどんな話かしら。

急いで支度をするルーナを横目に、私は1人考え込む。

正直…良い話じゃない、わよね?

私が婚約破棄を要求し、その場を立ち去った後の話は、ルーナや他の使用人から経緯は聞いていた。

私の父に平謝りするコックス公爵夫妻。

その横では、シャーロットとリアムが言い争いをしていたとのこと。

まさに修羅場だったわけだ。

その話を聞いて、サッサとその場を立ち去って、良かったと心の底から安堵したものだ。

「エレノアお嬢様、準備ができました」

ルーナに声をかけられ、私はハッと我に返る。

色々考え込んでいるうちにドレスもヘアセットも準備が終わってしまったようだ。

私だけで考えてもしょうがないわ。
とりあえずは、お父様の顔もあるし応接間に行くしかないのだから。

「お父様、お先に応接間に。私もすぐに向かいますので」

未だにソファで項垂れている父に声をかけ、私はスッと背筋を伸ばす。

「わかった。エレノア…。私とコックスは確かに旧知の仲ではある。だからといってお前が気を遣う必要はない。おそらく婚約破棄についての話だと思うが…。一番大事なのはエレノアの気持ちだ。私はそこを一番に考えているからね」

「お父様…。…っ、ありがとうございます」

父親の言葉に私は胸が熱くなるのを感じた。

普通の貴族社会では政略結婚なんて当たり前。

そこにはお互いの同意は関係なく、親同士が決めた相手と一生を添い遂げるしか道はない。

特にビクター家のように跡取り息子がいない家では尚更なのに。

それなのにお父様は、私の気持ちを一番に考えてくれるのね。

「…準備ができたら来なさい。待っているから」

最後に小さく微笑んでお父様は、私の部屋を出て行った。

そんなお父様を見送った後にルーナは「今日の旦那様、格好いいですね」と、嬉しそうに微笑む。

「…えぇ。本当に私には勿体ないくらい素敵なお父様だわ」

そんな彼女の言葉に素直に同意し、私は改めてスッと背筋を伸ばした。





カツン、カツン――。

廊下を歩く私のヒールの音が響き渡る。

自分の部屋を後にして、応接間へと続く階段を上っていき、そして。

ピタッ。

応接間の扉の前で私は立ち止まった。

「お嬢様…。準備はよろしいでしょうか?」

私の半歩後ろを歩いていたルーナが応接間の扉を開けるため、私の前にやって来る。

「えぇ。開けてちょうだい」

「…かしこまりました」

小さくそう呟いて、私の言葉とほぼ同時にルーナは、応接間の扉をゆっくりと開け放った。

……まぁ、和気あいあいってわけにはいかないわよね。

応接間の中は、かなり重い空気が立ち込めている。

機嫌が悪そうにソファに座るお父様。

その目の前の席に、申し訳無さそうに肩をすくめるコックス公爵とリアム。

そしてそんな彼らとは対象的に背筋を伸ばしたノエルの姿が見えた。

「コックス公爵様、お待たせして申し訳ありません。急にいらっしゃるものですから少々準備に手間取ってしまいましたわ。それで…今日は何の御用でいらっしゃったのでしょうか??」

できるだけ笑顔でそう言い放つ。

「突然の訪問申し訳ない。まずは改めて今回の騒ぎについて謝罪にと。…リアム」

公爵に促され、今まで黙っていたリアムが重い腰を上げ、私に向かって深々と頭を下げた。

「エレノア、すまなかった。今回は私の浅はかな行為で貴女を深く傷つけてしまって…」

プルプルと小刻みに肩が震えているのをみると、よほど屈辱を感じているのだろう。

まったく私ったら、何でこんな人が好きだったのかしら。

リアムの情けない姿に、どんどん自分の心が冷めていくのを感じる。

だって全部中途半端なんだもの。

どうせ浮気をするのなら、家を捨ててでもシャーロットと結婚するくらいの気合を見せてほしかったわ。

そこまでするなら私だって、リアム様とシャーロットのことを認めて、なんなら応援だってできたかもしれない。

でも…。

結局は、シャーロットのこともお遊びで。

このままバレなければシャーロットとの浮気を続けなつう、私と結婚しようとしていたことは明白だった。

「リアム様、頭をあげてください」
 
「…エレノア」

私の言葉にリアムは下げていた頭を上げ、嬉しそうに私を見つめる。

きっと、私ならちゃんと謝れば許してくれるなんて甘い考えを持っているのだろう。

…悪いけど私もそこまで甘くないわよ?

「私、もう全然気にしてませんわ。だって、リアム様とは婚約破棄をしましたもの。正直、今後貴方が誰とどうなろうが私には関係ありませんし。だから謝って頂かなくて大丈夫ですわ。要件がそれだけでしたら、どうぞお引取りくださいませ」

と、バサッと言い放った。

もちろん、最高の笑顔をそえて。

「エ、エレノア…」

先ほどまでの嬉しそうな表情から一変、リアムの顔からどんどん血の気が引いていくのがわかる。

コックス公爵も、そんな彼の後ろで肩を落としていた。

全く何を期待していたんだか。

そんな二人とは対象的に。

よくやった!

と言わんばかりのドヤ顔を浮かべる父親に思わず笑いそうになってしまう。

すると。

「エレノア」

私とリアムのやり取りを傍観していたノエルが私の名前を呼び、スッと立ち上がった。

急に名前を呼ばれ、私は少し驚く。

「…ノエル様。こちらに戻っているのは知りませんでしたわ。お久しぶりです」

「あぁ。今日帰ってきたばかりで…。よければ少し2人で話せないか?」

「わかりました。お父様、私、ノエル様とちょっとお庭で話をして参ります」

「…あぁ、わかった。久しぶりの再会だろう。ゆっくり話してきなさい」

お父様の了承も得たので、私はノエルと共に応接間を出ていく。

向かったのは、ビクター家ご自慢の庭園。

この時間帯は人気(ひとけ)もなく、話をするのは最適だ。

噴水が見えるベンチまでやって来た私とノエル。

さてと、ここまで来ればいいかしら。

そう思った私は立ち止まり、後ろをついてきていたノエルに向き合った。

「それで、急に帰って来たかと思えば2人で話したいって…。何の話かしら?」

ちょっとだけ棘のある言い方かもしれないが、今まで音信不通だったのだ。これくらい許されるだろう。

「まずはエレノア…。兄の不始末大変申し訳ない。弟として、身内として代わりに謝らせてくれ」

そう言って、ノエルは深々と頭を下げた。

「…ハァ。ノエルが謝ることじゃないわ。それで貴方はリアム様と私のことは、いつ知ったの?」

小さくため息をこぼしながら私は彼に尋ねる。

「今日だよ。まさか兄さんとエレノアがそんなことになってるなんて全然知らなかった。たまたま帰省してみればこんなことになってるし。それにしても、先ほどの父と兄のあわよくば許してもらおうという態度も気に入らない」

ギュッと、拳を握りしめ苛立ちを見せるノエルの姿に私は少しだけ心がスッとした。

そういうところ、全然変わってないのね。

ノエルは昔から正義感は強い方だった。

曲がったこととか理不尽なこととか大嫌いで…。
だから、私も彼には割と信頼を置いていた。

彼が嘘をつかないと知っていたから。

「…リアム様のことは本当にもういいのよ。確かに、従姉妹のシャーロットと不貞をしていたなんて最初はショックだったけど、今思えば結婚する前でよかったと思うわ」

肩をすくめておどけて見せる。

正直、これは本心だ。

結婚後に離婚なんてことになるより、早めに婚約破棄できたことがせめてもの救いだと思う。

「エレノアがそう言うなら…」

「まぁ、正直、今はリアム様との婚約破棄のことよりもノエル…。貴方のことの方が気になるんだけど?」

「え?」

「え?じゃないわよ。卒業してから1年も経つのに音信不通で…!手紙だって送ったのに一向に返事もないし。その上、急に帰ってきて会いに来るなんてどういう神経してんのよ。友達だと思ってたのはこっちだけってわけ??もう…!本当に」
  
勢いよく言いたいことをぶちまける。

スイーツショップでノエルがノアに話していた内容と酷似しているが、それは私自身がここ1年ずっと考えていたことなのだ。

"友達だと思ってたのはこっちだけ"

なんて、私のセリフよ!

「……」

私がこんなにまくし立てると思ってなかったのか呆気にとられた様子でノエルは私を見つめている。

そして。

「…手紙?君からのは1通もこっちに届いていない。それに、僕だって何度も君に送ったんだけど」

と呟いた。

ノエルは少し砕けた話し方になると、一人称が"私"から"僕"に変わる。

少しだけ昔のような空気感が戻ってきたと嬉しく感じる反面。

「…??ノエル、私に手紙くれてたの?でもおかしいわ。私のところには1通も…」

そんな疑問が浮上する。

私は、自分が手紙を出してから毎日のようにノエルからの返信が来ていないか執事やメイドに確認していた。

1通や2通くらいなら届け先の間違えということもあり得るかもしれないが、何通もとなれば、まるで誰かが故意に手紙を隠していたとしか思えない。

ノエルも私と同じ考えに至ったのか、少し眉間にしわを寄せ、考え込んでいた。

でも、故意に手紙を隠すなんてわざわざそんな面倒なことをする人がいるかしら。

私とノエルを仲違いさせたい人…。

駄目だわ。さっぱりわからない。

懸命に考えては見たものの、私には特定の人物は浮かんでこなかった。

まぁ、しっかり調べればわかることよね。

そう開き直り、未だに考え込んでいるノエルに。

「ノエル…あの、手紙くれてたこと知らなかったの。明日、あなたがくれた手紙がどこにいったのか調べてみるわ」

そう言って微笑む。

今回は、彼が私のことを忘れて手紙すら書いてこなかったのではなかったとわかっただけで満足だった。

「いや…。僕もエレノアから手紙1つ来ないから心配してたんだ。僕のこと嫌ってるんじゃないかって」

「まさか!そんなことないわ。私にとってあなたは幼なじみで弟みたいな存在で…。とにかく大切な人の中の一人よ」

私の中では最大級の褒め言葉。

だからきっと、ノエルも喜んでくれてるはず

そう思ったのに。

実際、私が目にしたのは何故か複雑そうに表情を曇らせるノエルの姿で。

…え?なんで??

「…ノエル?…どうしたの?私何か気にさわること言った…?」

思わず不安になり、私は彼に問いかける。

「いや、なんでもない」

そうノエルは言うものの、どう考えても何か悩みを抱えて、落ち込んでいるようにしか見えなかった。

「なんでもないって顔じゃないわよ?ほら、言ってみて。何か悩みがあって私に協力できることなら何でもするから、ね?」

せっかく仲直りできたんだもの。

学生時代は、何でも悩みを共有していた私達。

そんな関係に戻りたい一心で私は彼に詰め寄った。

すると。

「…ふーん、何でも?本当に何でも協力してくれる?」

先ほどまでの悲しそうな表情から一変、笑顔を浮かべるノエル。

「え、えぇ。もちろん。協力できることなら何でも」

何か少し裏がありそうだと感じたが、友達の頼みだ、できる限りの協力はしたいとの気持ちから私は小さく頷く。

「そっか。じゃあ、エレノアにお願いがある。僕の婚約者になってくれない?」

「…え?」

空耳かしら…?

彼の口から出た衝撃的な言葉が信じられず、思わず聞き返してしまった。

「だから、君に僕の婚約者になってほしいんだけど?」

「いやいや、ちょっと待って。どういうこと??いきなり婚約者って…」

「だって、エレノア僕に協力してくれるんだよね?」

何?嘘だったの?と、言わんばかりのノエルに私は慌てて反論する。

「も、もちろん協力はするわ。でもだからといって婚約だなんて…なんでそんな話に?」

「考えてみて、エレノア。兄さんと君は婚約破棄をしたんだ。しかも、シャーロットとの浮気の噂には既に貴族の間で広まってしまっている。そんな兄さんと結婚したいなんて令嬢いると思う?」

「…それは…とりあえず、ほとぼりが冷めるまでは無理でしょうね」

貴族界隈でそんな噂が流れれば、致命的。
いくら公爵家の人間といえど婚約したいという他の貴族令嬢は現れないだろう。

「そう。けど、コックス家もそれでは困るんだ。跡取りのこともあるしね。じゃあここで問題。兄さんが事実上結婚できそうにない場合、コックス家としてとる対策は?」

「それは…跡取りを次の人にまわすとか……?もしかしてノエルが…」

ハッとして私は目の前のノエルを見る。

ノエルは小さく頷くと。

「そういうこと。次の白羽の矢は僕に立ったというわけ。だからこっちに戻ってきたんだよ」

苦笑いを浮かべて、肩をすくめた。

そうよね。少し考えればわかることだわ。

リアムが結婚できない状況であれば次男のノエルにその役目が回ってくるのは当然の流れだ。

私がリアム様と婚約破棄をしたことでノエルに迷惑をかけてしまったんだわ。

「…ごめんなさい。リアム様との婚約破棄で貴方に迷惑をかけるつもりはなかったの」

「いや、しょうがないよ。それにそもそも悪いのは兄さんであってエレノアじゃないんだ。だから君が謝る必要ない」

「でも…」

私の婚約破棄のせいでノエルの人生が変わってしまったのは事実。

きっと、もっと自由な時間が次男の彼にはあったはずなのに。

「じゃあ、少しでも悪いと思ってくれるなら、僕の婚約者になってほしいな」

浮かない顔の私に向かって小さく微笑んだノエルはまたしてもそんなことを言う。

「…ノエルが跡取り問題に巻き込まれて大変なのはわかったけどだからって私と婚約したいだなんて…」

「僕もね、こっちに戻ってきた途端、父さん、母さんからは見合い写真を何枚も見せられるわ。兄さんからの視線は痛いわで大変なんだよ。それに僕だってまだ全然結婚する気ないしね。だからこそエレノアに協力してほしいんだ」

「…協力ってどういうこと?」

「つまり、エレノアには僕の期限付きの婚約者になってほしいんだよ」

期限付き…?

ノエルの言葉に私は首を傾げる。

「僕はすぐにでも誰かと婚約しないといけない状況だけど、正直まだ結婚する気はない。そこで友達の君に期限付きの婚約者になってほしいってわけ」

そこまで聞いてようやくピンときた。

「なるほど。つまり、私を隠れ蓑にしたいってわけね?」

「……まぁ、そういうことになるかな」

ノエルは、フッと意地悪く微笑む。

若干、返答までにあった間が気になったが。

うん。ノエルの提案、悪くないかもしれないわ。

だって、リアム様のことが解決したばかりだし、すぐに他の人と婚約だなんて私だって考えられない。

それに、ノエルに婚約者のフリをしてもらえば私にも少しは自由な時間が作れるかもしれないものね。

「…ノエルの言いたいことはわかったわ。確かに私もすぐに他の婚約者をっていうのは考えられないし…。私にとっても悪くない話だと思う。……で、あなたが言う期限っていつまでなの?」

ジッと、ノエルの綺麗なグレーの瞳を見つめる。

彼の返答次第ではこの期限付きの婚約を承諾しようと思っていた。

「うーん、そうだな…。エレノアはどう思う?」

私の問いに対し、少し考えるとノエルは私に意見を求めてくる。

…ノエルってこうやって私の意見を聞いてくれるところは変わらないのね。

貴族社会におけるほとんどの男性は、女性の意見なんか求めない。

女性の政界進出や、女性騎士が少しずつだが増えてきたこの時代。昔と比べればだいぶマシになったとはいえ、まだ女性を下に見る風潮は少なからず残っていた。

リアム様もレディーファーストではあったが仕事や政治の話に私が少しでも口を挟むと。

「エレノア、そういうのは僕ら男性に任せてくれ」

と言う始末。

私だってアカデミーで勉強してきたのよ?

この国の歴史や政治に対してその辺の男性と議論できるくらいの知識は学んできたのに。

そこが内心不満でもあった。

けれど、ノエルは昔から違った。

アカデミーの勉強において、ちょっとしたことでも私に意見を求めてくれたのだ。

そういうのが居心地がよかったのよね。

懐かしい記憶が思い起こされ、フッと、気持ちが緩んだのがわかった。

ノエル相手には気をはらなくていい。

しばらく離れていて忘れていた感覚が戻ってきたような気がした。

「…そうね。ノエルも今すぐには結婚を考える年齢ではないと思うけれど…現在のリアム様と同じ歳くらいまでには正式な婚約者がいたほうがいいと思うわ」

現在のリアム様と同じ…つまりは19歳。

「…そうだな。僕はそれでもいいよ。でも、それじゃ…エレノアには…ちょっと遅いんじゃじゃない?」

ノエルは言いづらそうに言葉を選びながら私の様子を伺う。

現在私もノエルも16歳。

貴族の男性は20歳を過ぎてからでも全然相手には困らない。

しかし、女性の場合はそうはいかない。

10代後半で婚約者がいるのは当たり前。結婚も20歳までにしてしまう場合が殆どなのだ。

つまり、20歳を過ぎて相手すらいないものは行き遅れの烙印を押されるというわけ。

おそらくノエルはそこを気にしているのだろう。

19歳と言えばギリギリだもの。

「…まぁね。お父様には申し訳ないけれど、私、最悪独り身でもいいかなぁと思ってるのよ?そりゃ跡取りは実子にこしたことないけれど養子をとる方法だってあるもの」

リアムとの一件で正直、男性というものに対し多少の不信感を持ってしまったのは否めない。

もちろん、全ての男性がそういうわけではないってわかってはいるけれど。

「…エレノアが独り身だなんてありえないよ。これだけ魅力的な女性はそうそういないし、僕だったら放ってなんかおかない」

ドキッ。

ノエルがあまりにも真剣な表情で言うものだから不覚にも心臓が高鳴った。

「…ありがとう。貴方にそう言ってもらえて嬉しいわ」

小さく微笑んでお礼を述べる。

「まぁ、そういうわけだから、私のことは別に気にしないで?それよりも、問題は私とノエルの婚約のタイミングよ?この状況だとリアム様からすぐに貴方に乗り換えたみたいだし…」

世間体というものはなんだかんだ気にする必要があるからだ。

変な噂が流れてノエルのイメージが悪くなるのは申し訳ないし。

私がどうしたものかと悩んでいると。

「エレノア。そのあたりのタイミングは僕に任せてくれない?悪いようにしないからさ」

ニコッと微笑みノエルはそう呟く。

なんだか自信満々な様子だし、彼のことだそういうのは上手くやるだろう。

「えぇ。わかった、ノエルに任せるわ」

そう安易に快諾してしまった。

しかし、それから3日後が過ぎた頃。

私はノエルに任せたことを後悔することとなる。
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