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3. 婚約破棄した翌日に街に繰り出すことになりました
しおりを挟む次の日。
私とリアムの婚約が破棄された事実は瞬く間に広まっていった。
それもそのはず、コックス公爵家もビクター伯爵家も古くからある由緒正しいお家柄。
婚約破棄の理由(公爵があろうことか婚約者の従姉妹と浮気)をとっても、ゴシップ大好き、噂大好きな貴婦人方にとっては格好のネタとなったことだろう。
日頃から親交のある令嬢たちからは、慰めの手紙が届いたが、そのうち半分以上は噂の事実を知りたい野次馬みたいなもんだ。
…しばらくはお茶会や夜会への参加は控えたほうがいいわね。
私は自分の部屋のベッドに横になり、小さくため息をこぼす。
貴族の集まりに出たが最後、根掘り葉掘り真実を聞くまで解放されないだろうから。
それに、私にだって頭を整理する時間が必要だ。
小さい頃から、リアムと結婚するんだと思って作法や礼儀を学び、慎ましやかな妻になるための教育を受け、生きてきた。
しかし、その相手が一瞬のうちにいなくなったことで人生が一変したと言っても過言ではないのだから。
…まぁ、私が望んだことなんだけれど。
これからどうしようかしら。
お父様は、「少しゆっくり今後のことを考えなさい」なんて、言ってくださったからお言葉に甘えてるけど、私もビクター伯爵家の一人娘。
家門を守るためには早く次の婚約者を探さないといけない身の上。
私が男だったら心配せずともビクター家を継げたのに。
そんな考えが頭を過ぎったその時。
「エレノアお嬢様、いくら伯爵様がゆっくりしなさいと言ったからってダラダラしすぎです」
突然声をかけられ私は恐る恐るその声のする方を振り返る。
「ルーナ…」
いつの間に部屋に入って来ていたのだろうか専属メイドのルーナが呆れたように立っていた。
「お嬢様、あんなことがあった後で何も手につかないのはわかりますがこう何日もお部屋から出てこないのはどうかと思います。そうだ!ちょっと気分転換にお散歩でも致しませんか?街に出てショッピングでもいいですし」
ニコッと微笑んでいるのに、有無を言わせない 圧力を感じる。
ルーナこと、ルーナ・キティは、私より10歳年上の26歳。
私にとっては優しくも厳しい年の離れた姉のような存在だ。
「ル、ルーナ…私だって好きでこんなところにいるんじゃないのよ?今外になんて出てご覧なさい。あっという間に噂になるわ。そしたらゆっくりお散歩もできないし、ショッピングだってできやしないもの。こういうのはもう少しほとぼりが冷めるまで待つのがいいかなぁって」
本当は外出するのが面倒なだけなのだが、最もらしい言い訳を並べ、力説する私。
しかし、
「大丈夫です。エレノア様だとわからなければいいんでしょう?私がきちんとご準備致しますので」
ルーナは一歩も引かず、そう言い放った。
「いや、でもね…」
なんとか外出を阻止しようと、他の言い訳を言おうとするも
「まだ何か?」
彼女の一言でバサッと、切り捨てられる始末。
「…なんでもないです」
とうとう根負けした私は項垂れながらもそう呟いた。
「さ、そうと決まったらご準備を致します。こちらにどうぞ、エレノアお嬢様」
ルーナは、ニコニコと、楽しそうに微笑みながらクローゼットから外出用のドレスやアクセサリーを取り出し、テキパキと私の着替えを手伝い始めた。
数十分後――。
「お嬢様完成しました。いかがです?」
ルーナは満足そうに声をかけ、私に鏡を手渡した。
ルーナに着せ替え人形のように着替えさせられ、メイクを施され、ヘアセットをされた。
出かける前から疲れたんだけど…
そう思いながらも、ルーナから手渡された鏡を受け取り自分の姿を見る。
「お嬢様だとわからないようにとのご要望でしたのでカツラも使わせて頂きました」
いつもは腰まである黒色の髪をおろし、ナチュラルメイクの私。
今日は、肩までの長さの金髪のカツラ。その髪型だからかメイクもいつもより少し派手めに施されている。
まぁ、これはこれで可愛くしてくれてるけど、確かに普段の私なら絶対にしないような格好だ。
「ルーナすごいわ、確かにこれなら私って気づかれないかも」
「お嬢様の特徴である綺麗な黒髪を隠しただけでもだいぶ違った印象になりましたわ。黒髪も素敵ですが金も似合いますわね」
確かに、金髪も悪くないかも。
ルーナに褒められ少しだけ気持ちが高揚する。
昔から炭を被ったように黒い髪だった私。
周りのみんなは夜空みたいで綺麗だと言ってくれてはいたけれど、
シャーロットのようなブロンドヘアに憧れていた時期もあったのだ。
「さぁ、お嬢様、すでに馬車の手配もしてあります。参りましょう」
ルーナに促され、私は屋敷の玄関に向かって歩き出す。
せっかく行くと決めたのなら楽しまないと損。
確かウォール街に美味しいスイーツの店が出きたと聞いたわ。
そこには必ず行かないとね!
馬車に乗り込んだ私は、ルーナと他愛もないおしゃべりに花を咲かせる。
話題はもちろん、
「エレノア様は賢い選択をされました。あのままあんな男と結婚したところで幸せになんかなれませんもの。というか本当に腹が立ちます。私のエレノア様を蔑ろにするなんて…」
「ルーナありがとう。私も自分自身を見つめ直す良い機会になったわ」
昨日の婚約破棄についてだ。
「シャーロット様もシャーロット様です。エレノアお嬢様にあんなに懐いていらしたのに…まさか婚約者と恋仲になるなんて…」
頭を抱えるルーナに対し、私は苦笑いを浮かべる。
「シャーロットもまだ幼かったのでしょう。事の重大さに今回気づいてくれればいいのですけど」
「エレノア様はお優しすぎます!もうこんなことならリアム様じゃなくて最初からノエル様と婚約なさればよかったのに!!私は最初からノエル様を推してましたもの。今からでも遅くありませんわよ!」
彼女の突拍子もない一言に私はハァと、ため息をついた。
「もう、ルーナったら、ノエルとはそういう関係じゃないのよ。それにノエルと婚約したらリアム様が私のお義理兄様になってしまうんだからね」
ノエルこと、ノエル・コックス。
コックス公爵家の次男であり、私と同じ16歳。
「う、それは確かに微妙ですけれどノエル様とはアカデミーでも一緒で小さい頃から仲良しだったじゃないですか」
まぁ、その頃にはすでにリアム様との婚約も決まっていたから直接彼女たちから何かされるとかはなかったけれど。
それに、もうアカデミーを卒業して1年になるけど卒業して以来私は一度もノエルと会っていない。
もういいのよ、あんな薄情なやつ。
卒業してから、1回も会いに来ないんだもの。
私が送った手紙に返事が来たこともない。
つまりは、彼が今何をしているのか私はさっぱり知らないのだ。
リアム様に聞けば何かわかったのかもしれないけれど、別の人からノエルの近況を聞くのは癪だったから意地をはって話題にすら出さなかった。
「ほら、ルーナこの話はおしまい。あら、あれじゃない?新しく出きたスイーツショップって。楽しみねぇ」
ルーナはまだ何か言いたそうにしていたけれど
「本当ですね。ケーキはあまり買いすぎないようにしないと。食べ過ぎたら太りますからね」
空気を読んでくれたのか、それ以上は何も言ってこなかった。
確かにルーナの言うとおり、私とノエルは、仲がよかった。
同い年だったし、コックス公爵家とは昔から親交も深かったし。(子ども同士を婚約させるくらいにはね)
アカデミーの成績でもよく争ってたし。
まぁ、私が最後の卒業試験では勝ったけど。
「ノエルとは…そういうんじゃないのよ。なんというか…姉弟?好敵手かしら…?」
「お嬢様の言いたいこともわかりますけれど、なかなかあんなに意気投合できるお相手もいらっしゃらないと思いますのに。それに、とってもハンサムじゃないですか」
ルーナは日頃あまり人を褒めない。
つまり、ルーナが褒めるということは結構レアなケースなのだ。
「…ハンサムねぇ。まぁ、整ってはいると思うわよ」
リアムが太陽なら、ノエルは月だ。
シルバーの綺麗な髪にグレーの瞳は一見クールに見えるが笑うと目尻が下がって可愛いところもある。
アカデミーでもファンが多かったしねぇ。
ノエルと仲がよかった私は、同級生や先輩のお姉様方に時々目をつけられることもあった。
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