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第15章 -2ndW_アルダーゼの世界-
†第15章† -35話-[高濃度神力争奪戦]
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「——炎帝樹よ、奪われない為に使わせてもらうぞ!」
高く掲げた剣を足元に広がる樹木に突き刺すと炎帝樹に蓄えられていた高濃度神力が足元から吹き上がる。
七精剣カレイドハイリアも吸収をしては独自の世界[精樹界]に貯蔵を始めている。しかし、吸収率に比べて如何せん高濃度神力の量が違い過ぎてほとんどが周囲へ漏れ出ている一方、宗八自身も吸収を始めてすぐに身体が発光をし始めてしまった。これは意図した発光ではなく[精霊の呼吸]の上限いっぱいに吸収が完了してしてしまった証の様な物だ。
最高値ステータスとなった宗八は剣を引き抜き肩へ担ぎの攻撃の構えを取る。
外では高濃度神力が拡散開始した事に気付いた神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇が口から高濃度の瘴気を炎帝樹へ放ち、星光天裂破の無効化を開始していた。
「スタイルチェンジ/カレイドルークス!》《————天照》」
ついに星光天裂破に因る護りは破られ光の柱は消え去る。続いて、降り続けていた瘴気の雨と禍津小蛇が再び炎帝樹へ降り注ぐと炎帝樹が悲鳴を上げる様に震えて発生した地鳴りに宗八は天井を睨みつけて左手の青竜の蒼天籠手を鉤爪の如く五指を鋭く尖らせると天井に向けて振るった。
「《水神五閃!》」
五指から放たれた五本の一閃が天井を貫通して炎帝樹の内部を斬り裂きながら上昇していく。
炎帝樹の生命がこの大樹とどのような繋がりをしているのは不明だったが瘴気の雨で苦しむなら幹も身体の一部なのだろう。ならば幹を殺して慈悲とする。唐竹割に六つに裂かれた炎帝樹は自身の自重に耐えられずにメリメリッ!と音を立てながら左右に倒れていき、宗八の視界は晴れてようやく神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇と顔合わせをするに至る。
まるで果実に虫穴が空いていたのを見つけた時のように神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇から大瀑布の殺気が三方向から降り注ぐ。宗八のステータスですら膝を折りたくなる程の圧力。だが、堂々と受け止めた宗八の姿を面白くないのか頭部の一つが大きく口を開いて宗八に向かってくる。
「《——光神聖剣っ‼》」
超巨体からは想像も出来ないほどの鋭い伸びで一息に目の前に現れた頭部に逆袈裟の光の斬撃が叩き込まれ打ち上がる。
剣身よりも広範囲の光の刃が神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇を斬り裂き、その傷跡からは黒い液体がどばどばと飛び散り炎帝樹最奥広場を汚す。
「チッ!」
頭部の大口は顎を斬った事で強制的に閉じさせ突進を防ぐことには成功した。と、同時に周囲に溢れている高濃度神力を少し喰われ宗八は舌打ちを抑えられず眉間に深く皺が寄る。不満はお互い様だった。
本能で力の差を理解した神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇は格下と考えた人間を玩具にするつもりで軽く飛びかかったというのに痛いしっぺ返しを食らったのだ。計画を立てるのは自分の仕事ではない。自分は隷霊のマグニが用意した世界を喰らい尽くすだけの存在だ。本能のまま喰い散らす。微かにその様な事を考える知能はあった。
過ぎった考えはすぐに破壊衝動に飲み込まれ、残る二つの頭部も高濃度神力喰いに加わる。
『(《水竜逆鱗砲!》)』
『(そこにベルが弾を込めればああああ!)』
手数と高濃度神力の消費の為に水精アクアーリィが【龍玉】を分解し再構築して巨大な四角い銃へと変製させ、光精ベルトロープが協力して強力な浄化効果も持つ光属性の攻撃手段を提供した。
『(《光溜撃弾!》)』
ドドパンッ!ドドパンッ!と二つある銃口から光の弾が連続で発射され頭部は初動で動きが止まった。
「《闇縫ノ宝剣!》」
その僅かなノックバックの隙に宗八が更に剣を振るい剣から輝きが失われ掛けるが、すぐに高濃度神力に満たされ再び輝きを取り戻す。巨大な輝剣が神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇の結界内部に二十本以上出現してすぐさま射出される。狙いは過たず弾で跳ね上がった頭部二つの全体に各十本ずつ輝剣が突き刺さり自身の超巨大な身体に縫い付けられた。
「《星光天剣斬!》」
続けて宗八を丸呑みしようと最初に動き出した頭部に向けて剣が振るわれ再び輝きの消失と再輝が行われ、地面から急速に生えて来た巨大な輝剣に喉元を貫かれ中空に縫い付けられる。ただ、これが普通のモンスターを相手にするならばこれで勝ちが決まっただろうが、残念ながら相手にしているのは正体不明の神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇。痛恨の一撃を受けたならば身をよじって苦しむはずだが、周囲を囲う超巨体は依然として結界となったままだ。
頭部は弱点ではないと心に刻んだ宗八は高濃度神力消費の為に次々と一閃を周囲にばら撒いた。
それこそ結界に綻びが生じる事を期待して……。しかし、傷は負っても血の代わりに高濃度の瘴気が液体化した物が溢れるだけで決定打にはならなかった。むしろ、瘴気の雨と攻撃する度に流れ出て来る液体瘴気が大地に干渉する事で徐々に炎帝樹周辺を沼に変えて行く事で宗八のタイムリミットは近づいていた。
こいつがアルカンシェ達の世界に顕現した場合、下手に攻撃して液体瘴気を出させるとこの世界の二の舞となる事も勉強になった。つまり、弱点への一点突破をしないと被害が広がるばかりでまともに抵抗も出来ないままとなってしまう。
加えて、神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇の頭部が三つある事は確認出来ても超巨体の結界を突破して全容を観測することが敵わない以上、身体三つが絡まり合っているのか。それとも三つ首の蛇なのかも判断が出来ない。更に言えばここまでの危険行為をしているというのに結界の向こう側にどれだけその巨体を余らせているかわからないのも痛い所だ。
「どれだけ残っているか分かるか?」
子供達に確認を取る。
『(溢れ始めてから勢いは変わらないよ~。まだまだ残っているんじゃないかなぁ~?)』
『(お父様。そろそろ……)』
アクアーリィの返答はなんとなく宗八も薄々理解していた。続くクーデルカの進言もその通りだ。宗八の想像よりも世界樹は膨大な神力を貯蔵する存在であり、神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇が世界を滅ぼしてまで奪いたくなる代物を宗八は正しく理解出来ていなかった。
そして、摂取した高濃度神力は絶大なステータスをもたらす代わりに副作用として全身から血が流れ始めている。これは人間の肉体がそもそも高濃度の魔力に耐えられる構造をしていない点、そこを精霊使いのジョブレベルが耐久力をカバーしている。更にスキル[精霊の呼吸]で取り込み己のステータスを増強する事が出来るようにはなっているが、スキルにも限度があり神力でも時間制限があるのに高濃度神力を取り込む事でその制限が著しく短くなっている事が原因だった。
安全ラインはすでに過ぎている……。剣を振れば鮮血が舞い踏ん張れば皮膚が裂け血が溢れる。足が浸かっている樹液がどんどんと赤く染まっていくのは必然だ。
ここで事態は悪い方向へ転がる。
輝剣に動きを抑えられていた頭部三つが拘束を破って戦線に復帰して来たのだ。
『(傷跡も急速に塞がっていくです)』
『(高濃度神力と同様にあちらも身体の中に同等の瘴気を保有していると考えればダメージは相殺されてしまうのではありませんの?)』
地精ノイティミルの言葉に横目に確認をすると確かに縫い付ける為に貫通していた傷跡はどこにも見当たらない。風精ニルチッイの申告に至っては確定ではないが可能性は非常に高かった。世界樹を半死半生でも生き残らせていれば魔神族を産むことは可能だ。だが、神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇の存在感の底知れなさ、そして実際に視認している超巨体を考えればいくつかの世界を滅ぼしてきたのだと簡単に想像出来る。
『(《守護者の護腕!》)』
頭部の攻撃が再開された事で手数が欲しくなった所に地精ノイティミルが巨腕を追加してくれ。
『(《常闇ノ襟巻!》)』
ステータス外の肉体サポートに闇精クーデルカが襟巻を装備してくれる。
頭部Aが複数召喚して突撃命令する禍津中蛇を到達までの間にアクアーリィがドパンッ!ドパンッ!と2~3匹撃ち抜き数を減らしたところで宗八が高速で振る光神聖剣が光の軌跡を残しながらすべて斬り伏せ、途中で頭部Bが吐き出す瘴気玉が射出速度バラバラで射出され野球のスローボールの様に宗八の感覚を狂わせる、が。宗八をサポートするクーデルカによってその効果は最低限に抑えられている。こちらは合間合間に一閃を混ぜて到達前に浄化してしまい神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇本体にもダメージを与えられる唯一のタイミングだ。続けて頭部Cの突進。単純ながらとにかく巨大な頭部が狩りをする蛇の様に一気に伸びてくる上に攻めている禍津中蛇も瘴気玉も押し退けて視界いっぱいに突如出現するのだ。これには慎重派の地精ノイティミルの守護者の護腕が横殴りにして射線から宗八を逃がす。この場を動けない宗八を守るだけではなくオマケで高濃度神力捕食も防いでいるのでノイティミルの活躍は思いのほか重要であった。
攻撃を捌く点に問題はなくとも攻撃頻度が非常に高く防戦一方で攻めに意識を回せない宗八は叫ぶ。
「(ニル!フラムと一緒にベルをサポートしろ!なんでもいいから神力を消費するんだっ!)」
『(かしこまりーですわー!)』
無精アニマは宗八と共に戦い、アクアーリィ、ノイティミル、クーデルカは宗八のサポートに手を離せず、手透きで末っ子を纏められるのは四女風精ニルチッイだけだ。この時、宗八に頼りとされたお調子者No.1は有頂天となる!
『(———星屑超新星!)』
ノイティミル主導で放たれた魔法は以前末っ子’sの二人で開発した爆炎と光魔法を掛け合わせた合成魔法だ。それを有り余る高濃度神力を利用し周囲に大量にばら撒く事で余剰分の高濃度神力を激減させることに成功する。それだけデタラメな高濃度神力を消費した魔法をノリとテンションで生きている風精ニルチッイ主導で発動した場合どうなるかと言えば……。
『(に、ニル姉様あああああ!これ、これ大丈夫ですかああああ!)』
『(眩しくて何も見えない)』
案の定発動させた末っ子’sからの苦情を風精ニルチッイは笑ってやり過ごす。星屑は神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇の結界内を埋め尽くし、火精フラムキエの言う通り全員を光の中に放りだした状態となり何も見えなくなった。しかし、光魔法であった事で浄化効果は確かに効果を示し、瘴気の雨と禍津小蛇は結界内から消滅し更に頭部はまともに光を全方位から浴びた事で苦しんでいた。
『(お父さん、脱出です!)』
「当然!」
まだ脱出するタイミングは掴めないだろうと考えていた宗八だったが、予想以上にはっちゃけた魔法が発動した事で脱出の目途が立つ。地精ノイティミルがすかさず催促を挟むと宗八も素早くゲートを描き元の世界へと繋げる。
と、同時に星屑たちが臨界に到達して最後の煌めきが発動する。
白い世界が白より白い世界へと変わる一瞬で宗八はゲートの中に飛び込み閉じる。
元の世界に戻ったはずなのだがスタングレネードでも受けたように目と耳がイカれていて安全確認が出来ない。そこにふわりと香るアルカンシェの存在がすぐ傍に寄り添ってくれる感覚を覚えた。嗅覚と触覚は生きているのでようやっとあの地獄から帰って来たのだと安堵して宗八はいつもの様に意識を手放した。高濃度神力を無理に行使した宗八の身体はズタボロとなっており、出血量が多く顔色も悪かった。
「アクアちゃん!ヒールウォーターで常時回復!」
『あいさー!』
* * * * *
宗八の感じたことは正しい情報だった。元の世界ではアルカンシェ達が脱出してからすでに1カ月が過ぎていて、毎日城のベランダから魔法を使ってゲートが繋がらないかと確認していたアルカンシェの視界にやっとゲートが開く姿が見て取れ、アルカンシェはすぐさまコールでゼノウのゲートを開いて宗八を迎えに行く指示を飛ばし急ぎ宗八の下へとやって来た。
「お兄さん……?」
だが、宗八はゲートを閉じた後に倒れ込んだまま動かない。傍目から見ても満身創痍な宗八へ駆け寄り抱き寄せるが地面には血だまりが出来ている事にギョッとする。よく見れば全身至るところから流血している事が伺えた。
コールで指示が回り続々とゲートから仲間が到着する中でアルカンシェは冷静に宗八を助ける為に動き出す。丁度水精アクアーリィがアルカンシェに反応して宗八から分離した所だった。
「アクアちゃん!ヒールウォーターで常時回復!」
『あいさー!』
水精アクアーリィが指先から赤い水を放出させて宗八の身体にかけると傷口はみるみると塞がっていく。ただ、この出血量はあちらの世界でも相当に血を失っているだろうと考えているアルカンシェの内心は焦りを帯びていた。
幸い、宗八の身体を傷付けていた高濃度神力は戻って来てから徐々に抜けて来ているが、その問題の高濃度神力が宗八を生かしているという素直に喜べない状況にアルカンシェは歯がゆい思いを抱いた。
「水無月様っ!」
身体の表面については何とでもなるだろう。しかし内側については診察が出来ないアルカンシェは聖女クレシーダに連絡を入れようと考えていた。耳に手を当てたところで今度は聖女の侍女を務めていたサーニャがゲートから現れた。これ幸いとアルカンシェはサーニャに指示を飛ばす。
「サーニャ!診察をお願い!私はクレアに連絡を入れるわ!」
「かしこまりました。失礼します!」
この瞬間だけでも宗八がサーニャを仲間に引き込んでいてよかった。今のままでは動かしていいのかも判断出来ずに聖女クレシーダが到着するまで見守る事しか出来ない所だった。耳元からコール音が鳴り始める。
〔——はい、クレアです。久し振りですねアルシェ。何かありましたか?〕
久方ぶりに聞く聖女クレシーダの声は能天気なものだった。だが、それが却ってアルカンシェの焦りを緩和してくれる。
「早々に悪いけれどお兄さんの治療を至急お願いしたいの」
〔わかりました、準備してお待ちします〕
忙しいはずの聖女へのお願いに悪いとは思いつつ言葉にした。しかし即決で返って来た返事にアルカンシェは感謝する。
「ありがとうクレア。すぐに向かうわ」
こうして、神族アルダーゼの世界での戦いは幕を閉じた。
課題の残る内容ではあったものの今回も誰一人掛ける事無く生き抜ける事が出来ただけでも御の字だ。高濃度神力は最後まで使い切る事が出来なかった。最後の魔法がどれだけダメージに繋がったかは不明なものの大量に高濃度神力を消費出来たことは確実だった。嫌がらせとしては十分な成果と言えるだろう。
炎帝樹を失ったあの世界はほどなく崩壊する。だが、神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇がそれに巻き込まれて消失することは無いだろう事だけは間違いないと神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇をその眼で見た誰もが同様の考えであった……。
高く掲げた剣を足元に広がる樹木に突き刺すと炎帝樹に蓄えられていた高濃度神力が足元から吹き上がる。
七精剣カレイドハイリアも吸収をしては独自の世界[精樹界]に貯蔵を始めている。しかし、吸収率に比べて如何せん高濃度神力の量が違い過ぎてほとんどが周囲へ漏れ出ている一方、宗八自身も吸収を始めてすぐに身体が発光をし始めてしまった。これは意図した発光ではなく[精霊の呼吸]の上限いっぱいに吸収が完了してしてしまった証の様な物だ。
最高値ステータスとなった宗八は剣を引き抜き肩へ担ぎの攻撃の構えを取る。
外では高濃度神力が拡散開始した事に気付いた神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇が口から高濃度の瘴気を炎帝樹へ放ち、星光天裂破の無効化を開始していた。
「スタイルチェンジ/カレイドルークス!》《————天照》」
ついに星光天裂破に因る護りは破られ光の柱は消え去る。続いて、降り続けていた瘴気の雨と禍津小蛇が再び炎帝樹へ降り注ぐと炎帝樹が悲鳴を上げる様に震えて発生した地鳴りに宗八は天井を睨みつけて左手の青竜の蒼天籠手を鉤爪の如く五指を鋭く尖らせると天井に向けて振るった。
「《水神五閃!》」
五指から放たれた五本の一閃が天井を貫通して炎帝樹の内部を斬り裂きながら上昇していく。
炎帝樹の生命がこの大樹とどのような繋がりをしているのは不明だったが瘴気の雨で苦しむなら幹も身体の一部なのだろう。ならば幹を殺して慈悲とする。唐竹割に六つに裂かれた炎帝樹は自身の自重に耐えられずにメリメリッ!と音を立てながら左右に倒れていき、宗八の視界は晴れてようやく神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇と顔合わせをするに至る。
まるで果実に虫穴が空いていたのを見つけた時のように神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇から大瀑布の殺気が三方向から降り注ぐ。宗八のステータスですら膝を折りたくなる程の圧力。だが、堂々と受け止めた宗八の姿を面白くないのか頭部の一つが大きく口を開いて宗八に向かってくる。
「《——光神聖剣っ‼》」
超巨体からは想像も出来ないほどの鋭い伸びで一息に目の前に現れた頭部に逆袈裟の光の斬撃が叩き込まれ打ち上がる。
剣身よりも広範囲の光の刃が神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇を斬り裂き、その傷跡からは黒い液体がどばどばと飛び散り炎帝樹最奥広場を汚す。
「チッ!」
頭部の大口は顎を斬った事で強制的に閉じさせ突進を防ぐことには成功した。と、同時に周囲に溢れている高濃度神力を少し喰われ宗八は舌打ちを抑えられず眉間に深く皺が寄る。不満はお互い様だった。
本能で力の差を理解した神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇は格下と考えた人間を玩具にするつもりで軽く飛びかかったというのに痛いしっぺ返しを食らったのだ。計画を立てるのは自分の仕事ではない。自分は隷霊のマグニが用意した世界を喰らい尽くすだけの存在だ。本能のまま喰い散らす。微かにその様な事を考える知能はあった。
過ぎった考えはすぐに破壊衝動に飲み込まれ、残る二つの頭部も高濃度神力喰いに加わる。
『(《水竜逆鱗砲!》)』
『(そこにベルが弾を込めればああああ!)』
手数と高濃度神力の消費の為に水精アクアーリィが【龍玉】を分解し再構築して巨大な四角い銃へと変製させ、光精ベルトロープが協力して強力な浄化効果も持つ光属性の攻撃手段を提供した。
『(《光溜撃弾!》)』
ドドパンッ!ドドパンッ!と二つある銃口から光の弾が連続で発射され頭部は初動で動きが止まった。
「《闇縫ノ宝剣!》」
その僅かなノックバックの隙に宗八が更に剣を振るい剣から輝きが失われ掛けるが、すぐに高濃度神力に満たされ再び輝きを取り戻す。巨大な輝剣が神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇の結界内部に二十本以上出現してすぐさま射出される。狙いは過たず弾で跳ね上がった頭部二つの全体に各十本ずつ輝剣が突き刺さり自身の超巨大な身体に縫い付けられた。
「《星光天剣斬!》」
続けて宗八を丸呑みしようと最初に動き出した頭部に向けて剣が振るわれ再び輝きの消失と再輝が行われ、地面から急速に生えて来た巨大な輝剣に喉元を貫かれ中空に縫い付けられる。ただ、これが普通のモンスターを相手にするならばこれで勝ちが決まっただろうが、残念ながら相手にしているのは正体不明の神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇。痛恨の一撃を受けたならば身をよじって苦しむはずだが、周囲を囲う超巨体は依然として結界となったままだ。
頭部は弱点ではないと心に刻んだ宗八は高濃度神力消費の為に次々と一閃を周囲にばら撒いた。
それこそ結界に綻びが生じる事を期待して……。しかし、傷は負っても血の代わりに高濃度の瘴気が液体化した物が溢れるだけで決定打にはならなかった。むしろ、瘴気の雨と攻撃する度に流れ出て来る液体瘴気が大地に干渉する事で徐々に炎帝樹周辺を沼に変えて行く事で宗八のタイムリミットは近づいていた。
こいつがアルカンシェ達の世界に顕現した場合、下手に攻撃して液体瘴気を出させるとこの世界の二の舞となる事も勉強になった。つまり、弱点への一点突破をしないと被害が広がるばかりでまともに抵抗も出来ないままとなってしまう。
加えて、神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇の頭部が三つある事は確認出来ても超巨体の結界を突破して全容を観測することが敵わない以上、身体三つが絡まり合っているのか。それとも三つ首の蛇なのかも判断が出来ない。更に言えばここまでの危険行為をしているというのに結界の向こう側にどれだけその巨体を余らせているかわからないのも痛い所だ。
「どれだけ残っているか分かるか?」
子供達に確認を取る。
『(溢れ始めてから勢いは変わらないよ~。まだまだ残っているんじゃないかなぁ~?)』
『(お父様。そろそろ……)』
アクアーリィの返答はなんとなく宗八も薄々理解していた。続くクーデルカの進言もその通りだ。宗八の想像よりも世界樹は膨大な神力を貯蔵する存在であり、神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇が世界を滅ぼしてまで奪いたくなる代物を宗八は正しく理解出来ていなかった。
そして、摂取した高濃度神力は絶大なステータスをもたらす代わりに副作用として全身から血が流れ始めている。これは人間の肉体がそもそも高濃度の魔力に耐えられる構造をしていない点、そこを精霊使いのジョブレベルが耐久力をカバーしている。更にスキル[精霊の呼吸]で取り込み己のステータスを増強する事が出来るようにはなっているが、スキルにも限度があり神力でも時間制限があるのに高濃度神力を取り込む事でその制限が著しく短くなっている事が原因だった。
安全ラインはすでに過ぎている……。剣を振れば鮮血が舞い踏ん張れば皮膚が裂け血が溢れる。足が浸かっている樹液がどんどんと赤く染まっていくのは必然だ。
ここで事態は悪い方向へ転がる。
輝剣に動きを抑えられていた頭部三つが拘束を破って戦線に復帰して来たのだ。
『(傷跡も急速に塞がっていくです)』
『(高濃度神力と同様にあちらも身体の中に同等の瘴気を保有していると考えればダメージは相殺されてしまうのではありませんの?)』
地精ノイティミルの言葉に横目に確認をすると確かに縫い付ける為に貫通していた傷跡はどこにも見当たらない。風精ニルチッイの申告に至っては確定ではないが可能性は非常に高かった。世界樹を半死半生でも生き残らせていれば魔神族を産むことは可能だ。だが、神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇の存在感の底知れなさ、そして実際に視認している超巨体を考えればいくつかの世界を滅ぼしてきたのだと簡単に想像出来る。
『(《守護者の護腕!》)』
頭部の攻撃が再開された事で手数が欲しくなった所に地精ノイティミルが巨腕を追加してくれ。
『(《常闇ノ襟巻!》)』
ステータス外の肉体サポートに闇精クーデルカが襟巻を装備してくれる。
頭部Aが複数召喚して突撃命令する禍津中蛇を到達までの間にアクアーリィがドパンッ!ドパンッ!と2~3匹撃ち抜き数を減らしたところで宗八が高速で振る光神聖剣が光の軌跡を残しながらすべて斬り伏せ、途中で頭部Bが吐き出す瘴気玉が射出速度バラバラで射出され野球のスローボールの様に宗八の感覚を狂わせる、が。宗八をサポートするクーデルカによってその効果は最低限に抑えられている。こちらは合間合間に一閃を混ぜて到達前に浄化してしまい神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇本体にもダメージを与えられる唯一のタイミングだ。続けて頭部Cの突進。単純ながらとにかく巨大な頭部が狩りをする蛇の様に一気に伸びてくる上に攻めている禍津中蛇も瘴気玉も押し退けて視界いっぱいに突如出現するのだ。これには慎重派の地精ノイティミルの守護者の護腕が横殴りにして射線から宗八を逃がす。この場を動けない宗八を守るだけではなくオマケで高濃度神力捕食も防いでいるのでノイティミルの活躍は思いのほか重要であった。
攻撃を捌く点に問題はなくとも攻撃頻度が非常に高く防戦一方で攻めに意識を回せない宗八は叫ぶ。
「(ニル!フラムと一緒にベルをサポートしろ!なんでもいいから神力を消費するんだっ!)」
『(かしこまりーですわー!)』
無精アニマは宗八と共に戦い、アクアーリィ、ノイティミル、クーデルカは宗八のサポートに手を離せず、手透きで末っ子を纏められるのは四女風精ニルチッイだけだ。この時、宗八に頼りとされたお調子者No.1は有頂天となる!
『(———星屑超新星!)』
ノイティミル主導で放たれた魔法は以前末っ子’sの二人で開発した爆炎と光魔法を掛け合わせた合成魔法だ。それを有り余る高濃度神力を利用し周囲に大量にばら撒く事で余剰分の高濃度神力を激減させることに成功する。それだけデタラメな高濃度神力を消費した魔法をノリとテンションで生きている風精ニルチッイ主導で発動した場合どうなるかと言えば……。
『(に、ニル姉様あああああ!これ、これ大丈夫ですかああああ!)』
『(眩しくて何も見えない)』
案の定発動させた末っ子’sからの苦情を風精ニルチッイは笑ってやり過ごす。星屑は神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇の結界内を埋め尽くし、火精フラムキエの言う通り全員を光の中に放りだした状態となり何も見えなくなった。しかし、光魔法であった事で浄化効果は確かに効果を示し、瘴気の雨と禍津小蛇は結界内から消滅し更に頭部はまともに光を全方位から浴びた事で苦しんでいた。
『(お父さん、脱出です!)』
「当然!」
まだ脱出するタイミングは掴めないだろうと考えていた宗八だったが、予想以上にはっちゃけた魔法が発動した事で脱出の目途が立つ。地精ノイティミルがすかさず催促を挟むと宗八も素早くゲートを描き元の世界へと繋げる。
と、同時に星屑たちが臨界に到達して最後の煌めきが発動する。
白い世界が白より白い世界へと変わる一瞬で宗八はゲートの中に飛び込み閉じる。
元の世界に戻ったはずなのだがスタングレネードでも受けたように目と耳がイカれていて安全確認が出来ない。そこにふわりと香るアルカンシェの存在がすぐ傍に寄り添ってくれる感覚を覚えた。嗅覚と触覚は生きているのでようやっとあの地獄から帰って来たのだと安堵して宗八はいつもの様に意識を手放した。高濃度神力を無理に行使した宗八の身体はズタボロとなっており、出血量が多く顔色も悪かった。
「アクアちゃん!ヒールウォーターで常時回復!」
『あいさー!』
* * * * *
宗八の感じたことは正しい情報だった。元の世界ではアルカンシェ達が脱出してからすでに1カ月が過ぎていて、毎日城のベランダから魔法を使ってゲートが繋がらないかと確認していたアルカンシェの視界にやっとゲートが開く姿が見て取れ、アルカンシェはすぐさまコールでゼノウのゲートを開いて宗八を迎えに行く指示を飛ばし急ぎ宗八の下へとやって来た。
「お兄さん……?」
だが、宗八はゲートを閉じた後に倒れ込んだまま動かない。傍目から見ても満身創痍な宗八へ駆け寄り抱き寄せるが地面には血だまりが出来ている事にギョッとする。よく見れば全身至るところから流血している事が伺えた。
コールで指示が回り続々とゲートから仲間が到着する中でアルカンシェは冷静に宗八を助ける為に動き出す。丁度水精アクアーリィがアルカンシェに反応して宗八から分離した所だった。
「アクアちゃん!ヒールウォーターで常時回復!」
『あいさー!』
水精アクアーリィが指先から赤い水を放出させて宗八の身体にかけると傷口はみるみると塞がっていく。ただ、この出血量はあちらの世界でも相当に血を失っているだろうと考えているアルカンシェの内心は焦りを帯びていた。
幸い、宗八の身体を傷付けていた高濃度神力は戻って来てから徐々に抜けて来ているが、その問題の高濃度神力が宗八を生かしているという素直に喜べない状況にアルカンシェは歯がゆい思いを抱いた。
「水無月様っ!」
身体の表面については何とでもなるだろう。しかし内側については診察が出来ないアルカンシェは聖女クレシーダに連絡を入れようと考えていた。耳に手を当てたところで今度は聖女の侍女を務めていたサーニャがゲートから現れた。これ幸いとアルカンシェはサーニャに指示を飛ばす。
「サーニャ!診察をお願い!私はクレアに連絡を入れるわ!」
「かしこまりました。失礼します!」
この瞬間だけでも宗八がサーニャを仲間に引き込んでいてよかった。今のままでは動かしていいのかも判断出来ずに聖女クレシーダが到着するまで見守る事しか出来ない所だった。耳元からコール音が鳴り始める。
〔——はい、クレアです。久し振りですねアルシェ。何かありましたか?〕
久方ぶりに聞く聖女クレシーダの声は能天気なものだった。だが、それが却ってアルカンシェの焦りを緩和してくれる。
「早々に悪いけれどお兄さんの治療を至急お願いしたいの」
〔わかりました、準備してお待ちします〕
忙しいはずの聖女へのお願いに悪いとは思いつつ言葉にした。しかし即決で返って来た返事にアルカンシェは感謝する。
「ありがとうクレア。すぐに向かうわ」
こうして、神族アルダーゼの世界での戦いは幕を閉じた。
課題の残る内容ではあったものの今回も誰一人掛ける事無く生き抜ける事が出来ただけでも御の字だ。高濃度神力は最後まで使い切る事が出来なかった。最後の魔法がどれだけダメージに繋がったかは不明なものの大量に高濃度神力を消費出来たことは確実だった。嫌がらせとしては十分な成果と言えるだろう。
炎帝樹を失ったあの世界はほどなく崩壊する。だが、神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇がそれに巻き込まれて消失することは無いだろう事だけは間違いないと神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇をその眼で見た誰もが同様の考えであった……。
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突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
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クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
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加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
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12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
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「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
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2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
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