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第15章 -2ndW_アルダーゼの世界-
†第15章† -23話-[VS大猿の聖獣バルディグア]
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世界樹には名前があるそうだ。
アルダーゼが言うにはこの世界の世界樹の名は[炎帝樹ヴァーミリオ]。マリエルの姓が変わった点から考えるとナユタの世界にあった世界樹の名は差し詰め[雷帝樹ライテウス]と言った所だろう。つまり、魔神族の属性にあった世界樹を有する異世界を今後も相手にする必要がある可能性が非常に高いと宗八は考え頭を悩ませる。氷垢のステルシャトー。この世界とは正反対の凍てついた世界を攻略する手段は今から考えておいた方がいいぞ、と今更ながら気付いたのだ。
そんな炎帝樹御前戦争の一番手が距離を取り互いに睨みを利かせて火ぶたが開くのを今か今かと待ちわびる。
片や大猿の聖獣バルディグアが巨体でドラミングを行い周りに生えていた黒焦げの木々を引き抜いては周囲に投げまくる。片や風精使いセーバーと水精使いフランザは深く話し合うことは無くそれぞれの立ち位置で精神統一を行って開始を静かに待っている。開始の合図を担当する宗八が空に向けて手を振り上げ、一拍の後に打ち上がった[ヴァーンレイド]が空で炸裂した瞬間に両者は動き始めた。
* * * * *
セーバーは背後でフランザが杖を構える気配を確認していた。
目の前のバルディグアは酷く興奮している様子で動き回り、刺すような殺気を受ける間に宗八が空に向けて開始の合図となる魔法を撃ちあげた。風魔法も組み込んで上昇中はヒュ~という甲高い音が鳴るように改造したヴァーンレイドが大空で大輪を咲かせた瞬間大猿がひとっ飛びで距離を詰め大振りな一撃を打ち込んで来る。背後に居たフランザには悪いが気にする余裕は無さそうだ。打ち込まれた巨大な拳に合わせて大剣で受け止めつつ後方に飛ぶ。
黒焦げの木々を複数本破壊しながら地面にランディングを果たすもあの巨体で再び目の前で拳を振り構える大猿を視界に収めた。
「クソ重いじゃねぇかよ!見た目通りだけどなっ!」
拳を受けた武器は精霊樹製なのでヒビすら入らない頑強さだがまともに受ければ腕が折れると判断したセーバーは次の拳を回避すると素早い突きを繰り出した。ここは普通の突きだ。
『この程度で! ウオオオオオッ!』
セーバーの突きは簡単にパンプアップで弾かれる。攻撃力の次は防御力も馬鹿高い事が確認出来たセーバーは口角を上げ好敵手に喜び、崩された体勢のまま殴りつけられ地面を転がる。追撃の牽制にフランザが魔法を放つ。
「ちょっとセーバー!?何してるのよっ!《氷結覇弾!》《アイスピラー!》」
『ぐっ……。小さい、のに効く。術者も、面倒、だな……!ふん!』
複数の氷弾がバルディグアに襲い掛かりセーバーとの間に現れた氷の柱が視界と行く手を阻む。当然巨体に合わせて魔力を込めて大粒の氷弾をお見舞いしたのに思ったよりも魔法耐性も高いらしい。アイスピラーも薙ぎ払われ破壊される隙にセーバーは攻勢に出ていた。
「《フリズドスフィア!》」
「《嵐伸剣っ!》」
小さな人間が超接近した状況。初見で巨体が避けられるわけがない伸びる魔法剣が発動する。
『ぬっ!』
巨体の割に魔法剣に反応して避ける動作に移ろうとしたバルディグア。だが視界内に現れた氷光球にも意識を割いてしまった結果、馬鹿正直に胸に魔法剣を受けて吹き飛ぶ。嵐の暴風に吹き飛ばれたバルディグアは器用にも地面に片腕を立てて大地を抉りながら素早く態勢を整える。
「マジかよ……」
『(巨体だから体幹が異常ですわね。連撃を意識した方が良さそうですわ)』
共に戦う風精リュースライアの助言を受けて納得したセーバーはバルディグアの後を追って駆け出す。
同時に吹き飛ばされたバルディグアは内心驚いていた。この世界を旅して世界樹の元まで辿り付いたとしても所詮は人間。群れで戦う事で真価を発揮する種族が自分と二人だけで相手をするなど、と鼻で笑い一撃で終わらせる予定であったのに今は地面を這いずる様な態勢を取らせられている。次の攻撃に備えて頭を上げた直後、目の前に先ほど視界に入った氷光球が迫っていた。
どの様な効果を持つか不明な魔法に触れるなど言語同断。しかし、今しがたの攻撃で体勢を無理やり整えた直後であった為出来る事と言えば片腕で防御する事だけだった。
直撃した魔法は一瞬芯まで届く凍傷のダメージを負わせ表面が氷で覆われるも勝利をもぎ取れるほどの威力は無かった。が、拳を握る事が出来なくなった左腕の方向から先ほどの男。セーバーが迫る。
「《嵐破剣っ!》」
セーバーは凍った腕を破壊するつもりで間髪入れず攻撃を放つ。刃はバルディグアの腕の氷を砕き肉に食い込んだところで止まってしまう。切断力よりも破壊力を高めたとはいえその威力を持ってしても骨に届かなかった事にセーバーは驚愕しつつすぐに距離を取った。
「《凍河の息吹!!》」
セーバーの斬り込みに合わせてフランザは素早く位置を変え、斬撃の防御に上げさせられた腕で死角となった位置から氷の息吹を浴びせ掛ける。1秒ほどまともに受けてしまったバルディグアは再び凍てつく腕の状況を見て長く受ける事を嫌い横移動で逃げる。放射が追う速度よりもバルディグアが逃げる速度の方が早く追いつくことは無さそうだと思った矢先にセーバーが移動先で大剣を構えて待っていた。
「《嵐竜一閃!》」
振るわれた大剣から三日月型の一閃が複数閃く。風竜よりも攻撃的な嵐閃はひとつひとつが徐々に大きくなりバルディグアの逃げ場を塞ぐ。また、先ほどと同様に未知数の魔法を受ける事を良しとしないバルディグアを劣勢に追い詰める良い一手であった。
追って来る凍結の放射。迫り来る広範囲に広がる風魔法。どちらを受けてもダメ―ジに繋がり想定以上の威力だった場合はここで畳みかけられる可能性すらある。その可能性が頭に過ぎった時、バルディグアは自身の抑制を解き放ち真の姿を現した。
バルディグアが足を止めてドラミングと共に咆哮する。
『ウオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!』
その行動が引き金となってバルディグアを中心に大爆発が起き、高温の紅蓮に[コキュートスブレス]と[嵐竜一閃]は搔き消され衝撃波と眩い発光にセーバーとフランザは体勢を崩して膝を着かざるを得なかった。
観戦するメンバーですら咆哮は耳を押さえなければ耐えがたかったのに距離の近いセーバーとフランザはまともに聞いてしまい一瞬で鼓膜は破れフランザに至っては眩暈まで起こしてふらついている。辛うじて立ち上がったセーバーも視線の先に毛並みに炎が混ざり腕先まで流動する模様の鎧を着こんだバルディグアの姿に冷や汗が流れる。
『(っ!身体借りますわよっ!)』
バルディグアが動き出す所作にいち早く気付いた風精リュースライアはセーバーの主導権を奪うとフランザの元へ一瞬で移動した。バルディグアは燃え盛る拳を引き絞り衝撃波を発生させながら打ち込むのとリュースライアが魔法を展開させるのはほぼ同時だった。
『《フロギストンブレイズ》』
『《イントゥザストーム!》』
遠距離から放たれる火拳、火炎放射は九つを頭を持つ蛇のようにうねり多方面からフランザを狙って着弾する。それを受け止めた暴風の盾は一部を受け流し一部を吸い込んで力を分散して打ち消し耐えている。この魔法は強靭な肉体を持って物理で攻められれば弱い。今のうちにフランザを復帰させる必要があった。
「ほら、フランザ。しっかりしろ」
インベントリから気付け薬を取り出したセーバーはフランザの口に流し込んだ。
「っ!ゴホッゴホッ!私……ごめんなさい……」
素早く自身の状況を認識したフランザの謝罪にセーバーは強く突き飛ばす事で答える。
「自分の身は自分で守れよ」
『ウオオオオオオッッ!』
バキッ!
フランザの視界からセーバーが消えた。正確にはバルディグアが恐れていた接近を敢行しセーバーを殴り打ち上げたのだ。咄嗟にセーバーの言葉に従ってその場を離脱するフランザに引き寄せられる事も無くセーバーを追ってバルディグアは跳躍する。逃げたフランザには先ほどの複数体の炎の蛇が襲い掛かった。
「セーバーっ! くっ、戦線離脱で足を引っ張るなんて……っ!《ハイドロスマッシャー!》」
炎を暴風に多少散らされて小さくなったとはいえ生きた火炎放射の素早い動きにいちいち相手していられないと判断したフランザは攻撃しようと近寄って来た炎蛇を水圧で押しつぶした。
——空。
衝撃がモロに身体を抜けた事で一瞬意識が飛んでいたセーバーは息を吹き返した。ただし、目の前には追って来た大猿が両手を合わせて打ち落としの構えをしていなければ気持ちの良い浮遊感に身体も意識も預けられただろう。
「ふ、《飛翔……》」
天地が逆転した状態のまま攻撃範囲からの回避を選ぶセーバーよりも冷静にその様子を見ていたバルディグアは両手を解いて咄嗟に逃げるセーバーの片足を掴み……。
『(飛翔を一旦解除しますわよ!抗うと足が千切れてしまいますわ!)』
「(じゃあ離れてから地面に叩きつけられるまでの数秒でなんとかするしかねぇな……)」
バルディグアは落下に合わせて腕の可動域を調整し改めてセーバーを地面に向けて投げつけた。
高ステータスで守られたセーバーは衝撃波が出るほどの勢いで投げつけられながらも五体満足のままバルディグアの手から離れる事に成功した。すぐに[|飛翔《フライ]を掛け直し大剣から発生させた暴風にて勢いを殺すことに注力したがそれでも間に合わない。
「《アクアタワー!》」
フランザの声が聞こえた気がした直後にセーバーは水の中に居た。身体の一部だけではなく全体を支える噴水がセーバーを飲み込み最後の勢いを殺しにかかった事で叩きつけられる威力が激減し被害は強かに地面にぶつかり転がる程度に収まった。
傍にはフランザが上空を睨みつけながら警戒を続け、セーバーも立ち上がりながら視線を見やると隕石が如く真っ赤な火の玉となったバルディグアが身を縮こませ回転しながら降って来る姿が映る。
「セーバー、息吹を合わせて迎え撃ちましょう!」
鼓膜が破れているので言葉は伝わらないが指で輪を作る事でセーバーは理解した。
「応よ!」
意見を合わせた二人は極限まで息を吸い込む。空いている手の人差し指と親指で円を作りそこに魔法を唱え息を吹き込んだ。
『《凍河の息吹!!》』
『《貪嵐の息吹!!》』
触れた者を凍てつかせる息吹と貪るように全てを破壊する息吹が互いに争う様に、相乗する様に、火球と化したバルディグアに放射が迫る。
『勝負だ……異世界人!』
高威力魔法の接近に気付いたバルディグアは更に火力を高めて呟いた。
空中でぶつかる両者は拮抗していた。片や二人で強力な魔法を合わせて放っているにも関わらず押し切れないのは流石は聖獣と言えた。バルディグアは火力を上げ肥大化し太陽程に輝き超高温へと威力を向上させ、セーバーとフランザも対抗して魔力を込めて息吹を太くして威力を上げる。
散らばる火の粉と熱気、同様に撒き散らされる冷気で世界樹周辺の気温はめちゃくちゃだ。
数分その拮抗は続き、やがてバルディグアの輝きが陰り始めた事で崩れて行く。
これは仕方がない事だ。聖獣は本来自然の調和が取れた土地で休むことで聖獣足る聖なる力を回復させる。この世界にはそんな休める土地は無い為失った力の回復は見込めないまま最悪なコンディションで戦闘を開始しており、長期戦になれば負ける可能性が高くなる事を理解していたから強力な一撃で一気に片を付けるつもりだった。そこでまさか拮抗しうる力を見せ火力を上げても追い縋ることなどバルディグアにとっては想定外だ。
自身を覆う炎の衣が失われてゆき、自身の巨体も維持出来なくなったバルディグアは消火と共に凍り漬けとなって地面に落下した。
セーバーとフランザも魔法を止めて警戒をしていはいるものの魔力切れを起こし満身創痍だ。
「こちらの勝ちでしょうか?」
見守っていた宗八が審判役のアルカンシェとアルダーゼに確認をする。アルカンシェは頷きで返しアルダーゼは言葉を返した。
『そうだね、これは認めざるを得ないわ。バルディグアが死なない内に氷を解いてもらえるかい』
セーバー達は辛うじて勝利をもぎ取った。二人掛かりとはいえ本物の聖獣と戦えた経験と勝利した事実は彼らの糧となるだろう。
「そこまで!勝者はセーバー、フランザ!二人の勝利よっ!」
アルカンシェの大声が戦闘域に響き二人が振り返る。その顔にガッツポーズを返すとやっと実感が沸いたのか二人はハイタッチを交わして勝利を喜ぶ姿を見せた。
「次も勝ったらアルダーゼ様とは戦わずにして俺達の勝利にでよろしいので?」
宗八は煽る。アルダーゼは鼻で笑った。
『勝負が始まる前から皮算用とは勝負事がわかっちゃいないね。イグナイトはバルディグアと違って力を抑えていたからね。短期決戦する必要が無い分勝負の行方はわからないってもんだよ』
宗八は肩を上げてそれはそうだと同意する。ひとまずは一勝。聖獣の強さは十分に仲間達にも理解出来ただろう。次に戦うリッカとトワインがどんな戦いをするのか楽しみに開始を待つとしよう。
アルダーゼが言うにはこの世界の世界樹の名は[炎帝樹ヴァーミリオ]。マリエルの姓が変わった点から考えるとナユタの世界にあった世界樹の名は差し詰め[雷帝樹ライテウス]と言った所だろう。つまり、魔神族の属性にあった世界樹を有する異世界を今後も相手にする必要がある可能性が非常に高いと宗八は考え頭を悩ませる。氷垢のステルシャトー。この世界とは正反対の凍てついた世界を攻略する手段は今から考えておいた方がいいぞ、と今更ながら気付いたのだ。
そんな炎帝樹御前戦争の一番手が距離を取り互いに睨みを利かせて火ぶたが開くのを今か今かと待ちわびる。
片や大猿の聖獣バルディグアが巨体でドラミングを行い周りに生えていた黒焦げの木々を引き抜いては周囲に投げまくる。片や風精使いセーバーと水精使いフランザは深く話し合うことは無くそれぞれの立ち位置で精神統一を行って開始を静かに待っている。開始の合図を担当する宗八が空に向けて手を振り上げ、一拍の後に打ち上がった[ヴァーンレイド]が空で炸裂した瞬間に両者は動き始めた。
* * * * *
セーバーは背後でフランザが杖を構える気配を確認していた。
目の前のバルディグアは酷く興奮している様子で動き回り、刺すような殺気を受ける間に宗八が空に向けて開始の合図となる魔法を撃ちあげた。風魔法も組み込んで上昇中はヒュ~という甲高い音が鳴るように改造したヴァーンレイドが大空で大輪を咲かせた瞬間大猿がひとっ飛びで距離を詰め大振りな一撃を打ち込んで来る。背後に居たフランザには悪いが気にする余裕は無さそうだ。打ち込まれた巨大な拳に合わせて大剣で受け止めつつ後方に飛ぶ。
黒焦げの木々を複数本破壊しながら地面にランディングを果たすもあの巨体で再び目の前で拳を振り構える大猿を視界に収めた。
「クソ重いじゃねぇかよ!見た目通りだけどなっ!」
拳を受けた武器は精霊樹製なのでヒビすら入らない頑強さだがまともに受ければ腕が折れると判断したセーバーは次の拳を回避すると素早い突きを繰り出した。ここは普通の突きだ。
『この程度で! ウオオオオオッ!』
セーバーの突きは簡単にパンプアップで弾かれる。攻撃力の次は防御力も馬鹿高い事が確認出来たセーバーは口角を上げ好敵手に喜び、崩された体勢のまま殴りつけられ地面を転がる。追撃の牽制にフランザが魔法を放つ。
「ちょっとセーバー!?何してるのよっ!《氷結覇弾!》《アイスピラー!》」
『ぐっ……。小さい、のに効く。術者も、面倒、だな……!ふん!』
複数の氷弾がバルディグアに襲い掛かりセーバーとの間に現れた氷の柱が視界と行く手を阻む。当然巨体に合わせて魔力を込めて大粒の氷弾をお見舞いしたのに思ったよりも魔法耐性も高いらしい。アイスピラーも薙ぎ払われ破壊される隙にセーバーは攻勢に出ていた。
「《フリズドスフィア!》」
「《嵐伸剣っ!》」
小さな人間が超接近した状況。初見で巨体が避けられるわけがない伸びる魔法剣が発動する。
『ぬっ!』
巨体の割に魔法剣に反応して避ける動作に移ろうとしたバルディグア。だが視界内に現れた氷光球にも意識を割いてしまった結果、馬鹿正直に胸に魔法剣を受けて吹き飛ぶ。嵐の暴風に吹き飛ばれたバルディグアは器用にも地面に片腕を立てて大地を抉りながら素早く態勢を整える。
「マジかよ……」
『(巨体だから体幹が異常ですわね。連撃を意識した方が良さそうですわ)』
共に戦う風精リュースライアの助言を受けて納得したセーバーはバルディグアの後を追って駆け出す。
同時に吹き飛ばされたバルディグアは内心驚いていた。この世界を旅して世界樹の元まで辿り付いたとしても所詮は人間。群れで戦う事で真価を発揮する種族が自分と二人だけで相手をするなど、と鼻で笑い一撃で終わらせる予定であったのに今は地面を這いずる様な態勢を取らせられている。次の攻撃に備えて頭を上げた直後、目の前に先ほど視界に入った氷光球が迫っていた。
どの様な効果を持つか不明な魔法に触れるなど言語同断。しかし、今しがたの攻撃で体勢を無理やり整えた直後であった為出来る事と言えば片腕で防御する事だけだった。
直撃した魔法は一瞬芯まで届く凍傷のダメージを負わせ表面が氷で覆われるも勝利をもぎ取れるほどの威力は無かった。が、拳を握る事が出来なくなった左腕の方向から先ほどの男。セーバーが迫る。
「《嵐破剣っ!》」
セーバーは凍った腕を破壊するつもりで間髪入れず攻撃を放つ。刃はバルディグアの腕の氷を砕き肉に食い込んだところで止まってしまう。切断力よりも破壊力を高めたとはいえその威力を持ってしても骨に届かなかった事にセーバーは驚愕しつつすぐに距離を取った。
「《凍河の息吹!!》」
セーバーの斬り込みに合わせてフランザは素早く位置を変え、斬撃の防御に上げさせられた腕で死角となった位置から氷の息吹を浴びせ掛ける。1秒ほどまともに受けてしまったバルディグアは再び凍てつく腕の状況を見て長く受ける事を嫌い横移動で逃げる。放射が追う速度よりもバルディグアが逃げる速度の方が早く追いつくことは無さそうだと思った矢先にセーバーが移動先で大剣を構えて待っていた。
「《嵐竜一閃!》」
振るわれた大剣から三日月型の一閃が複数閃く。風竜よりも攻撃的な嵐閃はひとつひとつが徐々に大きくなりバルディグアの逃げ場を塞ぐ。また、先ほどと同様に未知数の魔法を受ける事を良しとしないバルディグアを劣勢に追い詰める良い一手であった。
追って来る凍結の放射。迫り来る広範囲に広がる風魔法。どちらを受けてもダメ―ジに繋がり想定以上の威力だった場合はここで畳みかけられる可能性すらある。その可能性が頭に過ぎった時、バルディグアは自身の抑制を解き放ち真の姿を現した。
バルディグアが足を止めてドラミングと共に咆哮する。
『ウオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!』
その行動が引き金となってバルディグアを中心に大爆発が起き、高温の紅蓮に[コキュートスブレス]と[嵐竜一閃]は搔き消され衝撃波と眩い発光にセーバーとフランザは体勢を崩して膝を着かざるを得なかった。
観戦するメンバーですら咆哮は耳を押さえなければ耐えがたかったのに距離の近いセーバーとフランザはまともに聞いてしまい一瞬で鼓膜は破れフランザに至っては眩暈まで起こしてふらついている。辛うじて立ち上がったセーバーも視線の先に毛並みに炎が混ざり腕先まで流動する模様の鎧を着こんだバルディグアの姿に冷や汗が流れる。
『(っ!身体借りますわよっ!)』
バルディグアが動き出す所作にいち早く気付いた風精リュースライアはセーバーの主導権を奪うとフランザの元へ一瞬で移動した。バルディグアは燃え盛る拳を引き絞り衝撃波を発生させながら打ち込むのとリュースライアが魔法を展開させるのはほぼ同時だった。
『《フロギストンブレイズ》』
『《イントゥザストーム!》』
遠距離から放たれる火拳、火炎放射は九つを頭を持つ蛇のようにうねり多方面からフランザを狙って着弾する。それを受け止めた暴風の盾は一部を受け流し一部を吸い込んで力を分散して打ち消し耐えている。この魔法は強靭な肉体を持って物理で攻められれば弱い。今のうちにフランザを復帰させる必要があった。
「ほら、フランザ。しっかりしろ」
インベントリから気付け薬を取り出したセーバーはフランザの口に流し込んだ。
「っ!ゴホッゴホッ!私……ごめんなさい……」
素早く自身の状況を認識したフランザの謝罪にセーバーは強く突き飛ばす事で答える。
「自分の身は自分で守れよ」
『ウオオオオオオッッ!』
バキッ!
フランザの視界からセーバーが消えた。正確にはバルディグアが恐れていた接近を敢行しセーバーを殴り打ち上げたのだ。咄嗟にセーバーの言葉に従ってその場を離脱するフランザに引き寄せられる事も無くセーバーを追ってバルディグアは跳躍する。逃げたフランザには先ほどの複数体の炎の蛇が襲い掛かった。
「セーバーっ! くっ、戦線離脱で足を引っ張るなんて……っ!《ハイドロスマッシャー!》」
炎を暴風に多少散らされて小さくなったとはいえ生きた火炎放射の素早い動きにいちいち相手していられないと判断したフランザは攻撃しようと近寄って来た炎蛇を水圧で押しつぶした。
——空。
衝撃がモロに身体を抜けた事で一瞬意識が飛んでいたセーバーは息を吹き返した。ただし、目の前には追って来た大猿が両手を合わせて打ち落としの構えをしていなければ気持ちの良い浮遊感に身体も意識も預けられただろう。
「ふ、《飛翔……》」
天地が逆転した状態のまま攻撃範囲からの回避を選ぶセーバーよりも冷静にその様子を見ていたバルディグアは両手を解いて咄嗟に逃げるセーバーの片足を掴み……。
『(飛翔を一旦解除しますわよ!抗うと足が千切れてしまいますわ!)』
「(じゃあ離れてから地面に叩きつけられるまでの数秒でなんとかするしかねぇな……)」
バルディグアは落下に合わせて腕の可動域を調整し改めてセーバーを地面に向けて投げつけた。
高ステータスで守られたセーバーは衝撃波が出るほどの勢いで投げつけられながらも五体満足のままバルディグアの手から離れる事に成功した。すぐに[|飛翔《フライ]を掛け直し大剣から発生させた暴風にて勢いを殺すことに注力したがそれでも間に合わない。
「《アクアタワー!》」
フランザの声が聞こえた気がした直後にセーバーは水の中に居た。身体の一部だけではなく全体を支える噴水がセーバーを飲み込み最後の勢いを殺しにかかった事で叩きつけられる威力が激減し被害は強かに地面にぶつかり転がる程度に収まった。
傍にはフランザが上空を睨みつけながら警戒を続け、セーバーも立ち上がりながら視線を見やると隕石が如く真っ赤な火の玉となったバルディグアが身を縮こませ回転しながら降って来る姿が映る。
「セーバー、息吹を合わせて迎え撃ちましょう!」
鼓膜が破れているので言葉は伝わらないが指で輪を作る事でセーバーは理解した。
「応よ!」
意見を合わせた二人は極限まで息を吸い込む。空いている手の人差し指と親指で円を作りそこに魔法を唱え息を吹き込んだ。
『《凍河の息吹!!》』
『《貪嵐の息吹!!》』
触れた者を凍てつかせる息吹と貪るように全てを破壊する息吹が互いに争う様に、相乗する様に、火球と化したバルディグアに放射が迫る。
『勝負だ……異世界人!』
高威力魔法の接近に気付いたバルディグアは更に火力を高めて呟いた。
空中でぶつかる両者は拮抗していた。片や二人で強力な魔法を合わせて放っているにも関わらず押し切れないのは流石は聖獣と言えた。バルディグアは火力を上げ肥大化し太陽程に輝き超高温へと威力を向上させ、セーバーとフランザも対抗して魔力を込めて息吹を太くして威力を上げる。
散らばる火の粉と熱気、同様に撒き散らされる冷気で世界樹周辺の気温はめちゃくちゃだ。
数分その拮抗は続き、やがてバルディグアの輝きが陰り始めた事で崩れて行く。
これは仕方がない事だ。聖獣は本来自然の調和が取れた土地で休むことで聖獣足る聖なる力を回復させる。この世界にはそんな休める土地は無い為失った力の回復は見込めないまま最悪なコンディションで戦闘を開始しており、長期戦になれば負ける可能性が高くなる事を理解していたから強力な一撃で一気に片を付けるつもりだった。そこでまさか拮抗しうる力を見せ火力を上げても追い縋ることなどバルディグアにとっては想定外だ。
自身を覆う炎の衣が失われてゆき、自身の巨体も維持出来なくなったバルディグアは消火と共に凍り漬けとなって地面に落下した。
セーバーとフランザも魔法を止めて警戒をしていはいるものの魔力切れを起こし満身創痍だ。
「こちらの勝ちでしょうか?」
見守っていた宗八が審判役のアルカンシェとアルダーゼに確認をする。アルカンシェは頷きで返しアルダーゼは言葉を返した。
『そうだね、これは認めざるを得ないわ。バルディグアが死なない内に氷を解いてもらえるかい』
セーバー達は辛うじて勝利をもぎ取った。二人掛かりとはいえ本物の聖獣と戦えた経験と勝利した事実は彼らの糧となるだろう。
「そこまで!勝者はセーバー、フランザ!二人の勝利よっ!」
アルカンシェの大声が戦闘域に響き二人が振り返る。その顔にガッツポーズを返すとやっと実感が沸いたのか二人はハイタッチを交わして勝利を喜ぶ姿を見せた。
「次も勝ったらアルダーゼ様とは戦わずにして俺達の勝利にでよろしいので?」
宗八は煽る。アルダーゼは鼻で笑った。
『勝負が始まる前から皮算用とは勝負事がわかっちゃいないね。イグナイトはバルディグアと違って力を抑えていたからね。短期決戦する必要が無い分勝負の行方はわからないってもんだよ』
宗八は肩を上げてそれはそうだと同意する。ひとまずは一勝。聖獣の強さは十分に仲間達にも理解出来ただろう。次に戦うリッカとトワインがどんな戦いをするのか楽しみに開始を待つとしよう。
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※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
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