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第11章 -休日のユレイアルド神聖教国-
†第11章† -09話-[氷龍の試し]
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ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン。
まずは剣を見失わないことが重要だ。
剣を極大剣ではなく木刀にしているので打ち込まれても痛くは無いけど、
文字魔法の拡張テストも含めて行っている訓練なので、
全力で効果を使って体に刻んでいく。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン。
通常の剣の長さであれば屈んだり背を反らしたりすれば回避出来る。
しかし短い武器ならいざ知らず、
彼女の本来の武器は大変に長くそれを想定した回避ともなれば、
真横に体を投げ出して空中で回転するしかなくなる。
でなければ剣の動きを見失った瞬間にボコボコのボコにされるからだ。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン。
空中に浮かび上がった体が落下する間に、
相手をしているリッカの剣速は間に合ってしまう。
それだけコイツの剣速は動かなければ神がかっているので、
実はいまも本来の武器では無いので少し剣速が下がり、
さらに俺の反応速度の限界に合わせているのでもう1段階下げてもらっている始末だ・・・。
話を戻すが、
落下速度より速い打ち込みを容赦なく行うリッカの次を避ける為に俺に出来ることは、
細かな重力制御だけだ。
飛び上がる瞬間に軽くして剣を見送ったら片足だけでも重くして地面に着かせる。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン。
文字魔法[集中]の効果は3秒から1分に伸びたとはいえ、
頭痛の酷さに軽減は見られない。
その為、[鎮静]の文字で無理矢理頭痛を押さえ込み、
それでも重ねて続けていけば頭痛が徐々に勝っていくのが分かる。
残る痛みは[集中]で忘れられる。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン。
それにしても負担半端ねぇ!!!
集中、鎮静はデメリットに体力を何割か持って行かれて、
回避動作も単純では無く高速で且つ足の上下も常に筋力をフル稼働させている。
故に体力の消耗に自然回復が追いつかない。
体は早い段階から悲鳴を上げ続けているが、
これは今までやったことのない良い訓練になるから止められない!
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン。
楽しい!
ってかこいつの集中力も筋力もどうなってんだ!!
俺の方は体全体での動作が多いが、
リッカも高速連撃を腕だけでは無く体の筋力に分担して限界を引き延ばしているはず。
流石はアナザー・ワンになれる器なだけはある。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン。
『ソウハチ~、お姉さ~ん、それが最後ですわよ~』
「ちっ、時間か・・・」
「お互いに誤魔化しが効かなくなってきましたし丁度良いかと」
「はぁ・・・、残り時間10秒でカウント取るから」
「かしこまりました」
エコーで拡声したニルの声が聞こえてきた理由は、
念話だと俺にしか伝えられないし俺から伝えなければならない。
そうなると互いの集中力が落ちる事を嫌っての判断だろう。
「10」
終わった事を考えると嫌になる。
「9・・・8・・・」
リッカの顔は剣から視線を外せないので見ることは出来ないが、
どうせあっちも終わりが迫る毎に嫌な予感はしていることだと思う。
「7・・・6・・・5・・・」
だが、ブレもせず剣速に衰えを見せない木刀は俺を叩こうと追い続ける。
この攻撃力が動けば崩れるという欠点さえ無ければ大成すること間違いないのに、
欠点がデカすぎて今のところ拠点防衛と俺の訓練くらいにしか役立てないことが他人ながら悲しいね。
「4・・・3・・・2・・・1・・・終わりっ!ぐぅ!!」
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ、ぐぅ!!」
終わりと同時に俺達の間に聞こえるのは、
互いに短い時間で集中的な訓練を行ったからこそのがっつりとした、
しかし気持ちのいい体力の削れから起こる肺呼吸だ。
「「痛たたたたたたたたたたたた!!!!」」
そして繋がるは全身を襲う瞬間発動の筋肉痛。
重なる声も当然の運動量だからこそだ。
「お兄さん!フリューネ様の試しをやりますよぉ!」
それはわかっているけどね、妹よ!
こればっかりは少しお時間くれよぉ!
『(HPとスタミナは違いますし、
筋肉痛にしてもワタクシは回復出来ないですぅよ)』
「(わかっとるわい)。
筋肉痛ならデメリットは無いに等しいから魔法で回復させる。
この文字を口に含んでくれ・・・」
「わ、わかりました・・・ぐぅぅ、あむ!」
修復の文字を二つ空中に書いてしまって、
そのうち一つをリッカに向けて指で弾く。
訓練の前にどんな魔法かを説明済みで使用するところも見せて信用は得ていたので、
リッカも躊躇せず全身の激痛から逃れるように口に含んだ。
「お、おぉぉおおおおおっ!!す、すごい!凄いですねこれ!」
「効果は折り紙付きだけど、
デメリットも折り紙付きだから今日のご飯はいっぱい食べろよ。
あとは・・・クー!」
『準備は出来ております。
こちらがリッカ様用の自家製プロテインになります』
「あ、ありがとうございます!
ありがたく頂かせていただきます」
まぁ実際のプロテインがどんな成分で出来ているかなんて知らん。
以前興味本位で美味しいのかと調べて見たときの微かな記憶から、
アミノ酸だのタンパク質だの炭水化物だのが重要としか・・・。
それからとりあえず味の再生をリピートして、
メリーとクーと協力してそれっぽい物は完成させた。
だから自家製。だから効果がどこまであるのかもわからない。
それを美味そうにグビグビ飲んで白い髭が無事に出来上がっていた。
『リッカ様、タオルでお口の周りをお拭きになられてください』
「あ、ありがとうございます。何から何まで・・・」
『いえ、お父さまが満足出来る訓練が出来ましたので。
娘としてリッカ様には感謝しております。
またご協力いただくことになる可能性もありますから、
次の機会があればよろしくお願い致します』
「あ、こちらこそ。よろしくおねがいします」
互いに何故か深々と挨拶を交わす娘とリッカをその場に置いてきぼりにし、
俺はプロテインを飲みながらアルシェ達の元へとやってきた。
「あ、クレチアさんがいる。
って事はそっちの準備が整ったから止められたのか」
「バタバタではありますが、
ギリギリまで待ちましたので急ぎでお願いします」
「そんな事になってたんですか・・・。
すみませんすぐ行きます。ノイ」
『待たせてたのはマスターだけです!
ほらすぐこっち来るですよ!』
「すんませんノイさん、すぐ行きます」
「お兄さん、フリューネ様はそちらで寝てますから忘れていかないでください」
そうだ。メインとなる龍の息吹はフリューネにしてもらうんだった。
視線をアルシェの指差す方向へ移すと、
木陰でフロスト・ドラゴンと一緒に丸くなって眠っている。
確かつい先ほどまでアクアとノイの練習に付き合っていたと思うのに、
この数秒であそこに移動して眠りに着いたのか?
とんだ面倒くさがりだな。
「おいフリューネ、エルも。
悪いが予定のお役目が回って来たから着いてきてくれ」
『ブルー・ドラゴン、起きてください』
『んん、やっと眠ったところなのに・・・。
ん?宗八?ってことはアレかな?』
「アレだよ」
『仕方がないね。
もう少し小さくなるから背中乗っても良い?』
「・・・いいよ。エルは歩いてくれ」
『そこまで甘えん坊なのはブルー・ドラゴンだけだ。
我は言われなくとも歩く』
召使い?のフロスト・ドラゴンはあれだけ大人なのに、
その頂点にいるブルー・ドラゴンがどうしてこの・・・、
俺の体に飛び乗ってくるモノグサなのだろうか。
それに子供っぽいのに大人振るところなんかも誰かさんを彷彿とさせて、
偉い奴はこうなのかと今後が不安になる。
『(誰の事ですぅ?)』
「(アニマ様の事ではございませんよ?)」
『(では何故敬語なんて使うのですぅ?)』
「(ほら面倒くさい)」
『(宗八ぃ~!!!!覚えてるですよぉ~!!!!)』
アルシェ達はこちらに残って魔法の練習や開発に精を出す事になる。
一応少し離れては居るもののマリエルやセーバー達前衛の部下達が模擬戦をしているし、
精霊達もアルシェの近くに控えているから問題が起こっても瞬殺されることはないだろう。
一度だけ振り返り見回してそれぞれの位置を確認したあと、
すぐにクレチアさんを追って訓練場を後にした。
* * * * *
「会場はこちらになります。
と言っても昨日来られておりましたが」
「そうですね。昨日の組み手会場ですもんね」
クレチアさんの案内で到着した会場とやらは昨日と同じ場所だった。
準備が出来ていると聞いていた通り、
先の組み手で見かけた枢機卿が数名とアナザー・ワンが揃っていて、
その中には印象の強いガハハ氏も居てこちらの姿を視認して白い歯を見せて来る。
グルルルルゥ・・・
背中に勝手に乗ってきたフリューネがご機嫌なのか、
猫の甘えた時のような喉鳴きをしている。
まぁいつもは重いからとか飛べるだろうがとかで断っているから、
レアイベントに遭遇した子供みたいなもんかもな。
「ところで水無月様?」
「何ですか、クレチアさん」
ガハハ氏と同じように俺とクレチアさんの姿を見つけた方々が、
盾などの装備の握りを改め始めた矢先、
クレチアさんが問いかけてきた。
「水無月様が連れておられるブルー・ドラゴンは、
大きさから幼龍のように見受けられますが・・・」
「あぁ、今は小さくなっているだけですよ。
龍は行動にもいちいち魔力を消費しますから、
体が大きい分消費も大きくなってしまうので一緒に来るに当たって小さくしてるんです。
デカいままだと邪魔だし」
『宗八、邪魔は酷いんじゃ無いかなぁ~?』
『しかし、ブルー・ドラゴン。
我らの大きさでは城にも入れない。
よくて訓練場を借りる事になりますが2体は確かに邪魔になるでしょう』
『ぐぬぬ・・・』
俺の言い回しに反応を示した龍達の掛け合いに微笑むクレチアさんの顔は、
愛らしい子供の言い合いを暖かな目で見守る女性の物だった。
大人の女性って感じでいいですね。
「まずは俺とノイが息吹を受けて威力調整をしますね」
「はい、よろしくお願いします。
龍はあちら、水無月様はこちらへ」
「わかりました。
フリューネ、調整は伝えていたとおり聖壁の欠片の一枚を上に出しておくから、
上昇と下降はよく見ておいてくれ」
『わかってるよ』
『我も見ておくから安心しろ』
フロスト・ドラゴンが見ているなら安心かな。
フリューネはわざと子供のような態度を取っているから、
ちょっと命の危機に瀕しないと本性を出さない気がする。
普段はフロスト・ドラゴンが近くにいる生活をしていた為か、
周囲の守りが薄くならない限りはこの昼行灯を通すつもりなんだろう。
『フロスト・ドラゴンは僕の上に乗って指示してね。
息吹中は視界が悪くなるからね』
『了承』
「今から先に水無月様が受けられて威力調整を致しますので、
皆様は少し離れておいてくださ~い!」
俺が位置についた時には、
クレチアさんの指示で俺の周りからは人が離れていた。
これで心置きなく受けられる。
「あいつの息吹は魔神族に効いていなかったみたいだけど、
俺達は普通に通るから防御だけに集中しとこう」
『ですね。巣の外まで届く威力なら気をつけておかないといけないと思うです』
そうだよね。
巣の外まで氷の壁が息吹の影響で出来ていたわけだし・・・・。
はっ!?
「ちょ、ちょっと良いですかクレチアさん!」
「どうかされましたか?」
「俺達の背後って何か重要な建物とかはありますか?」
「いえ、そちら方面は特には何もございません。
平原が広がっているだけになります」
危ねぇ・・・。
巣の壁も破壊して島全域に伸びるほどの威力なら、
背後に街や重要建築とかあった場合やばい事になっていた・・・。
「ありがとうございます。と言うわけで後顧の憂いはなくなった」
『完全に配慮不足だったです』
「『《シンクロ》《土精霊纏!》』」
さて、こちらの準備は整った。
フリューネもほどほどに体を戻して背にエルを乗せて、
いまから元のサイズに巨大化するっぽい。
それにしても周囲がやけにざわざわしているけど何でだろうか?
そんな疑問を持ちつつ眺める光景は、
さながら子供の成長を早送りで見ているかのような感覚になるな。
しかし、やはり余計な事をしでかした・・・。
『”ガオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!”』
「「「「「わーーーーーーーーーーーーー!!!!????」」」」」
フリューネが眼下に散らばる騎士やアナザー・ワンをチラ見したので嫌な予感はしたのだが、
止める間もなくアイツは全力で吠えやがった。
「みみみみみみ、水無月様っ!??
これはどういうことでしょうか!?」
「どうもこうもさっき説明したじゃ無いですか」
「あの説明でここまで変わるとは想像出来ませんよぉ!
高さ1mくらいの可愛らしい幼龍が少し見ないうちに50mくらいの大きさになれば誰でもビックリします!!!」
俺は五月蠅いのは勘弁と耳に届かないよう風を制御して防いだけど、
周囲に控えていた方々は龍という書物の中の生き物が本気で吠えたその迫力に負けて叫び右往左往し阿鼻叫喚に陥って地獄の様相を呈していた。
もちろんクレームを入れてきたクレチアさんも、
龍に萌えていた先ほどとは異なる恐怖で蒼白に彩られた顔をしていたので、
あぁ龍という存在は異世界でも別格なんだなと思いました。
「ききききき、聞いているのですかっ!水無月様!!!」
「聞こえていますよ。遊びで吠えただけでそんなにビビらなくても・・・」
「逆にどうして貴方はそんなに冷静なのですかっ!?
幼龍は微笑ましくてもやはりあのサイズになりますと、
生物の本能で手が震えて来ますよっ!相手は龍!
伝説の生き物で人の一生のうちに出会うことなんて無い最上級の生物!!!
わかってるのですかっ!!」
わざわざ俺の元までダッシュで近づいて肩を揺らす最強の一角。
これはきっと珍しい光景だろうし今後揺さぶる材料になるかもしれないからしっかり覚えておこう。
「そうは言っても中身はアレのままですし、
小さい時は震えてなかったじゃ無いですか・・・。
だったら本能じゃなくて只の印象に心が負けてるだけですよ。
ほら、あの暴れている人たちを大人しくさせて来てくださいよ、
クレチアさんの役目でしょう?」
「ぐぬぬ・・・、Fuck You!!」
異世界でもファッキューはそういう言葉なんだね。
『(お父さま、何かあったのですか?)』
「(フリューネが鳴いただけだよ。
何でもないから気にするなと伝えてくれ)」
『(かしこまりました)』
『何でも無いことはないと思うです』
「実害はない」
『本当にそうです?』
最強すらあれだけ取り乱したわけだし、
他の枢機卿やアナザー・ワンは攻められないね。
唯一良かった点は今日は観客として兵士が詰め掛けてなかった事かな?
あんな姿の上司を見ては幻滅してしまうかもしれないし・・・。
『アハハハハハ、あー面白かった!
宗八、そろそろ始めてもいいかな?』
『ブルー・ドラゴン・・・』
頭を抱えるエルを頭の上に乗せたフリューネの笑い声が収まり、
満足したような晴れやかな声が上方から降ってきた。
「こっちは準備万端だ!」
けれど周囲がどうだろうか?
恐慌状態のままだと息吹の射線上飛び込んできたりするんじゃないか?
俺の責任では無いけど、
やっぱり気をつけられる部分だし注意は払っておこう。
「クレチアさ~ん、いいですかぁ~??」
「んもぉ~!!いいから始めてくださ~いっ!!!!」
「いいって~!」
『聞こえてるよ』
遠く離れて仲間達にビンタをかまして回っていたクレチアさんからOKが貰えたので、
ようやっと息吹による魔神族の攻撃力実験が始められようとしていた。
* * * * *
結論から言おう。
被害は甚大だった。
こういう放射系を通常の俺達であれば[水分]という形に盾を構えて、
中央を割いて二方向に反らすやり方でやり過ごすのだが、
通常盾は一人に付き一つという前提を考えれば正面から受けざるを得なかった。
「全員無事ですか~?
さっきまで居たけど居なくなっている方などがいらっしゃらないか各々確認をお願い致します!」
フリューネ用の揺蕩う唄が用意出来れば良かったんだけど、
耳が穴が空いているだけなのでイヤリングは装備出来ないし、
残念ながら精霊達と違って大きさの変化に比がありすぎて、
チョーカータイプも装備出来ないからコミュニケーションが取りづらかったのも原因だと理解している。
「ガハハハ!とりあえず全員無事だ!」
「軽傷者はいますが大丈夫です」
「ひどい目にあったな・・・・」
魔法の形が決まっていない放射系の特徴として正面から受けた場合、
ただ飲み込まれるだけではなく弾かれた分が半球状に広がり周囲にも被害が広がる。
まず飲み込まれそのまま俺の背後に伸びていった放射の半分が会場を破壊し、
その後に広がる広大な平原に見覚えのある氷の壁を造り上げていた。
「水無月様達は無事ですか?」
「まぁ氷に閉じ込められた程度なので問題はありません」
『どっちかと言えば心が痛いです』
そして弾かれた半分の放射は、
半球状に広がりを見せる・・・ところまでは予想通りだったのだが、
それが触手のように無秩序に細かに分裂して周囲に影響を及ぼし始めたのが想定外だった。
細かくなろうともブルー・ドラゴンの息吹であることに変わりは無く、
咄嗟に防御を間に合わせるまでは有能な枢機卿達でも、
考えているよりも2段ほど高い威力では持ちこたえることが出来ず壁に吹き飛ばされベジータみたいなことになっていたらしい。
もちろん息吹に飲み込まれている間、
俺達にはどんな状況だったのかその時わかっていない。
クレチアさんはうまく避けきったみたいで汚れも付いていなかったけど、
他の軽傷者も居る中で俺達も無傷なのがなんとなく精神的に申し訳ない気になる。
結果、会場は半壊以上。
重傷者や死傷者は出なかったものの、
集まったメンバーのこれまた半数以上が何かしらの軽傷を負った。
「それにしても水無月様達よりも覆われた氷が厚いですし、
気温も一気に下がりましたね」
「あれでも氷竜の長ですからね」
「あれなら納得ですよ・・・。
これは同じように解除出来るものなのですか?」
「いや、魔法生物の癖して魔法の扱いが上手くないんです。
肉弾戦かさっきの魔力を吐き出すだけしか基本は出来ないので、
精霊や俺達のように形を整えたり崩したりは・・・・」
「では撤去はこちらでやっておきます。
ですが・・・毎度これでは威力調査を進めることは出来ませんね」
どれも予想出来た被害なだけに、
俺の突っ走り加減も相当なものだったのだと改めて冷静に落ち込んでいる。
『落ち込んでても仕方ないです。
幸い破壊された部分は岩で作られていたですから、ボクが直せるです』
「親の尻を拭かせてすまんのぉノイィィィ!」
『べ、別に・・・。直す練習もするので破壊した石を食べて来るです』
俺が落ち込み、ノイに励まされ、調子に乗ってウリウリしている間にも作業は進み、
氷は切り出され運ばれどんどんと視界を支配していた氷の世界は溶け始めていた。
これなら修復自体はそんなに苦労はしないだろうな。
あ、ノイが石を食べに行ったのは精霊特有の魔法で創り出す材質を増やす為だから虐待と思わないでいただきたい。
「クレチアさん」
「ふぅ、どうされましたか?」
丁度氷を一刀両断したクレチアさんが居たので声を掛ける。
「会場の材質が石なのでうちのノイが修復をさせていただきます。
なので、もし息吹をちゃんと受けられる希望の人が居るならある程度氷の除去が終わったら続けてやっちゃいましょう」
「それは助かりますね。
氷は運び出せば済みますが修復には時間とお金が掛かりますから。
では、再度お声がけするまでの間はお待ちください」
「わかりました」
さてと、ノイが張り切って小石の転がる付近にトテテと向かってしまい、
クレチアさんも引き続き氷の切断を再開したので話し相手が居なくなってしまった。
ん?アイツまた寝てるな。
フロスト・ドラゴンも状況が停止したと判断したのか小言を言ってない。
「フリューネ!」
『ん?準備出来た?再開する?』
「いや、もう少し掛かりそうだ。
威力はさっきのより少し弱めに頼む」
『それは僕の息吹の方が魔神族より威力があるって事かい?』
「一概には言えない。
魔法の威力としては勝っていても物理タイプだったり、
絡めてタイプだったり色々居そうだし」
『ふぅ~ん』
巣ではオベリスクを6本もブッ刺されていたし、
小回りの利く氷垢のステルシャトー相手にまともな抵抗が出来なかったからか、
氷除去作業を進める教国の方々を見つめるフリューネの瞳は複雑な内心を表していた。
「もしもリベンジするにしても、
一気に巻き込んで後方から息吹で攻撃するか、
敵が大型モンスターを出したときの肉弾戦担当になるぞ」
『リベンジなんてしないよ・・・、僕はブルー・ドラゴンなんだ。
守ってもらう為に故郷を離れて着いてきたんだから、
生き残る為に君の側でこそこそしているよ。
もしも、宗八が助力を頼んだ場合は別だけれどね』
持ちつ持たれつ。
基本は戦闘に出ず守られる代わりに魔力タンクとして使われるという契約なのだが、
敵が多すぎたり大型が出てきて対処に苦慮する際には頼む可能性は伝えていた。
こうやって他種族同士でも互いが利用する者される者であり続ければ、
その排他的な関係ももう少し改善していくと思う。
心地の良い空気が流れる。
ごちゃごちゃ言わないで意気投合出来る奴がいるって幸せだな。
そんな考えをしながら見上げる。
フリューネは寝ていた。
「寝付きの良いことで・・・」
* * * * *
あの後氷の除去も終わり十分なスペースが確保された為、
威力調整した息吹を受ける面々が緊張の面持ちで真正面からフリューネの息吹でなぎ払われた。
結果から言おう。
全員凍結の状態異常になった。
それも当然の結果だ。
何せ俺達が防御に使ったノイのオプション[聖壁の欠片]は8枚小盾。
さらにそれぞれが魔力を放出して防御範囲を広げる事が出来るので、
前方だけでなく半円に近い形で防御していた。
結果。氷の真ん中に空洞が出来上がる形で息吹を耐える事が出来た。
しかし教国の方々は盾を構えても前方のみだ。
盾を構えるならまだしも、
アナザー・ワンの数名は極大剣の後ろに隠れる程度の防御しかしていなかった。
息吹が通り過ぎた後の会場は、
ただただ凍り漬けになった面々が残る訳だ。
『・・・大惨事だね』
「威力は十分なのに凍結の効果の方がやべぇ・・・。
一縷の望みを賭けて聞くけど、解除は出来ないんだよな?」
『出来ないよ。
僕たちは魔力を乗せて息を吐いてるだけだもん。
人種や精霊種みたいに器用な事は出来ないんだよ』
『アクア達の支配が勝れば解除も出来るですけど、
ブルー・ドラゴンにはまだまだ敵いませんから地道に解かすしかないです』
「氷竜の長に勝てたらうちの娘の将来は四神確定だよ。
とりあえず、みんなを呼んで対処するか・・・」
アルシェ達も呼んで、
教国の人たちと力を合わせて救出にこの後取りかかった。
全員を助けて凍結の解除後にインタビューもした。
「魔神族の攻撃力は掴めましたか?」
「盾で受けた衝撃は今までで一番重かった」
「これがとっておきならなんとかなる」
「逆に通常攻撃の類いなら頭を悩ます」
「一瞬で凍り漬けでした」
最後はクレチアさんだ。
貴女は論外ですので参考になりません。
シスター姿で極大剣の後ろに隠れて防げる程度なら苦労はない。
ってか、普通の攻撃でもその方法で防げるのか疑問なのに、
龍の息吹を受けるとか頭おかしいよ!
「クレチアさん、言われていますよ」
「やっぱりね」
「貴女方も同類です。
アナザー・ワンは脳筋しかいないのですか?」
最終的には徒労で終わらなかったのでよしとしよう。
ため息と共に終わった実験では、
それなりに成果はあったし勇者PTの内情も確認出来た。
あとは教国の方は現地でまた顔を合わせる程度になるだろう。
次は土の国。
それにうちの面々の強化も考えて、
各方面に相談も進めておかないと・・・。
あぁ・・・もっと休めると思ったのになぁ。
まずは剣を見失わないことが重要だ。
剣を極大剣ではなく木刀にしているので打ち込まれても痛くは無いけど、
文字魔法の拡張テストも含めて行っている訓練なので、
全力で効果を使って体に刻んでいく。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン。
通常の剣の長さであれば屈んだり背を反らしたりすれば回避出来る。
しかし短い武器ならいざ知らず、
彼女の本来の武器は大変に長くそれを想定した回避ともなれば、
真横に体を投げ出して空中で回転するしかなくなる。
でなければ剣の動きを見失った瞬間にボコボコのボコにされるからだ。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン。
空中に浮かび上がった体が落下する間に、
相手をしているリッカの剣速は間に合ってしまう。
それだけコイツの剣速は動かなければ神がかっているので、
実はいまも本来の武器では無いので少し剣速が下がり、
さらに俺の反応速度の限界に合わせているのでもう1段階下げてもらっている始末だ・・・。
話を戻すが、
落下速度より速い打ち込みを容赦なく行うリッカの次を避ける為に俺に出来ることは、
細かな重力制御だけだ。
飛び上がる瞬間に軽くして剣を見送ったら片足だけでも重くして地面に着かせる。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン。
文字魔法[集中]の効果は3秒から1分に伸びたとはいえ、
頭痛の酷さに軽減は見られない。
その為、[鎮静]の文字で無理矢理頭痛を押さえ込み、
それでも重ねて続けていけば頭痛が徐々に勝っていくのが分かる。
残る痛みは[集中]で忘れられる。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン。
それにしても負担半端ねぇ!!!
集中、鎮静はデメリットに体力を何割か持って行かれて、
回避動作も単純では無く高速で且つ足の上下も常に筋力をフル稼働させている。
故に体力の消耗に自然回復が追いつかない。
体は早い段階から悲鳴を上げ続けているが、
これは今までやったことのない良い訓練になるから止められない!
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン。
楽しい!
ってかこいつの集中力も筋力もどうなってんだ!!
俺の方は体全体での動作が多いが、
リッカも高速連撃を腕だけでは無く体の筋力に分担して限界を引き延ばしているはず。
流石はアナザー・ワンになれる器なだけはある。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン。
『ソウハチ~、お姉さ~ん、それが最後ですわよ~』
「ちっ、時間か・・・」
「お互いに誤魔化しが効かなくなってきましたし丁度良いかと」
「はぁ・・・、残り時間10秒でカウント取るから」
「かしこまりました」
エコーで拡声したニルの声が聞こえてきた理由は、
念話だと俺にしか伝えられないし俺から伝えなければならない。
そうなると互いの集中力が落ちる事を嫌っての判断だろう。
「10」
終わった事を考えると嫌になる。
「9・・・8・・・」
リッカの顔は剣から視線を外せないので見ることは出来ないが、
どうせあっちも終わりが迫る毎に嫌な予感はしていることだと思う。
「7・・・6・・・5・・・」
だが、ブレもせず剣速に衰えを見せない木刀は俺を叩こうと追い続ける。
この攻撃力が動けば崩れるという欠点さえ無ければ大成すること間違いないのに、
欠点がデカすぎて今のところ拠点防衛と俺の訓練くらいにしか役立てないことが他人ながら悲しいね。
「4・・・3・・・2・・・1・・・終わりっ!ぐぅ!!」
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ、ぐぅ!!」
終わりと同時に俺達の間に聞こえるのは、
互いに短い時間で集中的な訓練を行ったからこそのがっつりとした、
しかし気持ちのいい体力の削れから起こる肺呼吸だ。
「「痛たたたたたたたたたたたた!!!!」」
そして繋がるは全身を襲う瞬間発動の筋肉痛。
重なる声も当然の運動量だからこそだ。
「お兄さん!フリューネ様の試しをやりますよぉ!」
それはわかっているけどね、妹よ!
こればっかりは少しお時間くれよぉ!
『(HPとスタミナは違いますし、
筋肉痛にしてもワタクシは回復出来ないですぅよ)』
「(わかっとるわい)。
筋肉痛ならデメリットは無いに等しいから魔法で回復させる。
この文字を口に含んでくれ・・・」
「わ、わかりました・・・ぐぅぅ、あむ!」
修復の文字を二つ空中に書いてしまって、
そのうち一つをリッカに向けて指で弾く。
訓練の前にどんな魔法かを説明済みで使用するところも見せて信用は得ていたので、
リッカも躊躇せず全身の激痛から逃れるように口に含んだ。
「お、おぉぉおおおおおっ!!す、すごい!凄いですねこれ!」
「効果は折り紙付きだけど、
デメリットも折り紙付きだから今日のご飯はいっぱい食べろよ。
あとは・・・クー!」
『準備は出来ております。
こちらがリッカ様用の自家製プロテインになります』
「あ、ありがとうございます!
ありがたく頂かせていただきます」
まぁ実際のプロテインがどんな成分で出来ているかなんて知らん。
以前興味本位で美味しいのかと調べて見たときの微かな記憶から、
アミノ酸だのタンパク質だの炭水化物だのが重要としか・・・。
それからとりあえず味の再生をリピートして、
メリーとクーと協力してそれっぽい物は完成させた。
だから自家製。だから効果がどこまであるのかもわからない。
それを美味そうにグビグビ飲んで白い髭が無事に出来上がっていた。
『リッカ様、タオルでお口の周りをお拭きになられてください』
「あ、ありがとうございます。何から何まで・・・」
『いえ、お父さまが満足出来る訓練が出来ましたので。
娘としてリッカ様には感謝しております。
またご協力いただくことになる可能性もありますから、
次の機会があればよろしくお願い致します』
「あ、こちらこそ。よろしくおねがいします」
互いに何故か深々と挨拶を交わす娘とリッカをその場に置いてきぼりにし、
俺はプロテインを飲みながらアルシェ達の元へとやってきた。
「あ、クレチアさんがいる。
って事はそっちの準備が整ったから止められたのか」
「バタバタではありますが、
ギリギリまで待ちましたので急ぎでお願いします」
「そんな事になってたんですか・・・。
すみませんすぐ行きます。ノイ」
『待たせてたのはマスターだけです!
ほらすぐこっち来るですよ!』
「すんませんノイさん、すぐ行きます」
「お兄さん、フリューネ様はそちらで寝てますから忘れていかないでください」
そうだ。メインとなる龍の息吹はフリューネにしてもらうんだった。
視線をアルシェの指差す方向へ移すと、
木陰でフロスト・ドラゴンと一緒に丸くなって眠っている。
確かつい先ほどまでアクアとノイの練習に付き合っていたと思うのに、
この数秒であそこに移動して眠りに着いたのか?
とんだ面倒くさがりだな。
「おいフリューネ、エルも。
悪いが予定のお役目が回って来たから着いてきてくれ」
『ブルー・ドラゴン、起きてください』
『んん、やっと眠ったところなのに・・・。
ん?宗八?ってことはアレかな?』
「アレだよ」
『仕方がないね。
もう少し小さくなるから背中乗っても良い?』
「・・・いいよ。エルは歩いてくれ」
『そこまで甘えん坊なのはブルー・ドラゴンだけだ。
我は言われなくとも歩く』
召使い?のフロスト・ドラゴンはあれだけ大人なのに、
その頂点にいるブルー・ドラゴンがどうしてこの・・・、
俺の体に飛び乗ってくるモノグサなのだろうか。
それに子供っぽいのに大人振るところなんかも誰かさんを彷彿とさせて、
偉い奴はこうなのかと今後が不安になる。
『(誰の事ですぅ?)』
「(アニマ様の事ではございませんよ?)」
『(では何故敬語なんて使うのですぅ?)』
「(ほら面倒くさい)」
『(宗八ぃ~!!!!覚えてるですよぉ~!!!!)』
アルシェ達はこちらに残って魔法の練習や開発に精を出す事になる。
一応少し離れては居るもののマリエルやセーバー達前衛の部下達が模擬戦をしているし、
精霊達もアルシェの近くに控えているから問題が起こっても瞬殺されることはないだろう。
一度だけ振り返り見回してそれぞれの位置を確認したあと、
すぐにクレチアさんを追って訓練場を後にした。
* * * * *
「会場はこちらになります。
と言っても昨日来られておりましたが」
「そうですね。昨日の組み手会場ですもんね」
クレチアさんの案内で到着した会場とやらは昨日と同じ場所だった。
準備が出来ていると聞いていた通り、
先の組み手で見かけた枢機卿が数名とアナザー・ワンが揃っていて、
その中には印象の強いガハハ氏も居てこちらの姿を視認して白い歯を見せて来る。
グルルルルゥ・・・
背中に勝手に乗ってきたフリューネがご機嫌なのか、
猫の甘えた時のような喉鳴きをしている。
まぁいつもは重いからとか飛べるだろうがとかで断っているから、
レアイベントに遭遇した子供みたいなもんかもな。
「ところで水無月様?」
「何ですか、クレチアさん」
ガハハ氏と同じように俺とクレチアさんの姿を見つけた方々が、
盾などの装備の握りを改め始めた矢先、
クレチアさんが問いかけてきた。
「水無月様が連れておられるブルー・ドラゴンは、
大きさから幼龍のように見受けられますが・・・」
「あぁ、今は小さくなっているだけですよ。
龍は行動にもいちいち魔力を消費しますから、
体が大きい分消費も大きくなってしまうので一緒に来るに当たって小さくしてるんです。
デカいままだと邪魔だし」
『宗八、邪魔は酷いんじゃ無いかなぁ~?』
『しかし、ブルー・ドラゴン。
我らの大きさでは城にも入れない。
よくて訓練場を借りる事になりますが2体は確かに邪魔になるでしょう』
『ぐぬぬ・・・』
俺の言い回しに反応を示した龍達の掛け合いに微笑むクレチアさんの顔は、
愛らしい子供の言い合いを暖かな目で見守る女性の物だった。
大人の女性って感じでいいですね。
「まずは俺とノイが息吹を受けて威力調整をしますね」
「はい、よろしくお願いします。
龍はあちら、水無月様はこちらへ」
「わかりました。
フリューネ、調整は伝えていたとおり聖壁の欠片の一枚を上に出しておくから、
上昇と下降はよく見ておいてくれ」
『わかってるよ』
『我も見ておくから安心しろ』
フロスト・ドラゴンが見ているなら安心かな。
フリューネはわざと子供のような態度を取っているから、
ちょっと命の危機に瀕しないと本性を出さない気がする。
普段はフロスト・ドラゴンが近くにいる生活をしていた為か、
周囲の守りが薄くならない限りはこの昼行灯を通すつもりなんだろう。
『フロスト・ドラゴンは僕の上に乗って指示してね。
息吹中は視界が悪くなるからね』
『了承』
「今から先に水無月様が受けられて威力調整を致しますので、
皆様は少し離れておいてくださ~い!」
俺が位置についた時には、
クレチアさんの指示で俺の周りからは人が離れていた。
これで心置きなく受けられる。
「あいつの息吹は魔神族に効いていなかったみたいだけど、
俺達は普通に通るから防御だけに集中しとこう」
『ですね。巣の外まで届く威力なら気をつけておかないといけないと思うです』
そうだよね。
巣の外まで氷の壁が息吹の影響で出来ていたわけだし・・・・。
はっ!?
「ちょ、ちょっと良いですかクレチアさん!」
「どうかされましたか?」
「俺達の背後って何か重要な建物とかはありますか?」
「いえ、そちら方面は特には何もございません。
平原が広がっているだけになります」
危ねぇ・・・。
巣の壁も破壊して島全域に伸びるほどの威力なら、
背後に街や重要建築とかあった場合やばい事になっていた・・・。
「ありがとうございます。と言うわけで後顧の憂いはなくなった」
『完全に配慮不足だったです』
「『《シンクロ》《土精霊纏!》』」
さて、こちらの準備は整った。
フリューネもほどほどに体を戻して背にエルを乗せて、
いまから元のサイズに巨大化するっぽい。
それにしても周囲がやけにざわざわしているけど何でだろうか?
そんな疑問を持ちつつ眺める光景は、
さながら子供の成長を早送りで見ているかのような感覚になるな。
しかし、やはり余計な事をしでかした・・・。
『”ガオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!”』
「「「「「わーーーーーーーーーーーーー!!!!????」」」」」
フリューネが眼下に散らばる騎士やアナザー・ワンをチラ見したので嫌な予感はしたのだが、
止める間もなくアイツは全力で吠えやがった。
「みみみみみみ、水無月様っ!??
これはどういうことでしょうか!?」
「どうもこうもさっき説明したじゃ無いですか」
「あの説明でここまで変わるとは想像出来ませんよぉ!
高さ1mくらいの可愛らしい幼龍が少し見ないうちに50mくらいの大きさになれば誰でもビックリします!!!」
俺は五月蠅いのは勘弁と耳に届かないよう風を制御して防いだけど、
周囲に控えていた方々は龍という書物の中の生き物が本気で吠えたその迫力に負けて叫び右往左往し阿鼻叫喚に陥って地獄の様相を呈していた。
もちろんクレームを入れてきたクレチアさんも、
龍に萌えていた先ほどとは異なる恐怖で蒼白に彩られた顔をしていたので、
あぁ龍という存在は異世界でも別格なんだなと思いました。
「ききききき、聞いているのですかっ!水無月様!!!」
「聞こえていますよ。遊びで吠えただけでそんなにビビらなくても・・・」
「逆にどうして貴方はそんなに冷静なのですかっ!?
幼龍は微笑ましくてもやはりあのサイズになりますと、
生物の本能で手が震えて来ますよっ!相手は龍!
伝説の生き物で人の一生のうちに出会うことなんて無い最上級の生物!!!
わかってるのですかっ!!」
わざわざ俺の元までダッシュで近づいて肩を揺らす最強の一角。
これはきっと珍しい光景だろうし今後揺さぶる材料になるかもしれないからしっかり覚えておこう。
「そうは言っても中身はアレのままですし、
小さい時は震えてなかったじゃ無いですか・・・。
だったら本能じゃなくて只の印象に心が負けてるだけですよ。
ほら、あの暴れている人たちを大人しくさせて来てくださいよ、
クレチアさんの役目でしょう?」
「ぐぬぬ・・・、Fuck You!!」
異世界でもファッキューはそういう言葉なんだね。
『(お父さま、何かあったのですか?)』
「(フリューネが鳴いただけだよ。
何でもないから気にするなと伝えてくれ)」
『(かしこまりました)』
『何でも無いことはないと思うです』
「実害はない」
『本当にそうです?』
最強すらあれだけ取り乱したわけだし、
他の枢機卿やアナザー・ワンは攻められないね。
唯一良かった点は今日は観客として兵士が詰め掛けてなかった事かな?
あんな姿の上司を見ては幻滅してしまうかもしれないし・・・。
『アハハハハハ、あー面白かった!
宗八、そろそろ始めてもいいかな?』
『ブルー・ドラゴン・・・』
頭を抱えるエルを頭の上に乗せたフリューネの笑い声が収まり、
満足したような晴れやかな声が上方から降ってきた。
「こっちは準備万端だ!」
けれど周囲がどうだろうか?
恐慌状態のままだと息吹の射線上飛び込んできたりするんじゃないか?
俺の責任では無いけど、
やっぱり気をつけられる部分だし注意は払っておこう。
「クレチアさ~ん、いいですかぁ~??」
「んもぉ~!!いいから始めてくださ~いっ!!!!」
「いいって~!」
『聞こえてるよ』
遠く離れて仲間達にビンタをかまして回っていたクレチアさんからOKが貰えたので、
ようやっと息吹による魔神族の攻撃力実験が始められようとしていた。
* * * * *
結論から言おう。
被害は甚大だった。
こういう放射系を通常の俺達であれば[水分]という形に盾を構えて、
中央を割いて二方向に反らすやり方でやり過ごすのだが、
通常盾は一人に付き一つという前提を考えれば正面から受けざるを得なかった。
「全員無事ですか~?
さっきまで居たけど居なくなっている方などがいらっしゃらないか各々確認をお願い致します!」
フリューネ用の揺蕩う唄が用意出来れば良かったんだけど、
耳が穴が空いているだけなのでイヤリングは装備出来ないし、
残念ながら精霊達と違って大きさの変化に比がありすぎて、
チョーカータイプも装備出来ないからコミュニケーションが取りづらかったのも原因だと理解している。
「ガハハハ!とりあえず全員無事だ!」
「軽傷者はいますが大丈夫です」
「ひどい目にあったな・・・・」
魔法の形が決まっていない放射系の特徴として正面から受けた場合、
ただ飲み込まれるだけではなく弾かれた分が半球状に広がり周囲にも被害が広がる。
まず飲み込まれそのまま俺の背後に伸びていった放射の半分が会場を破壊し、
その後に広がる広大な平原に見覚えのある氷の壁を造り上げていた。
「水無月様達は無事ですか?」
「まぁ氷に閉じ込められた程度なので問題はありません」
『どっちかと言えば心が痛いです』
そして弾かれた半分の放射は、
半球状に広がりを見せる・・・ところまでは予想通りだったのだが、
それが触手のように無秩序に細かに分裂して周囲に影響を及ぼし始めたのが想定外だった。
細かくなろうともブルー・ドラゴンの息吹であることに変わりは無く、
咄嗟に防御を間に合わせるまでは有能な枢機卿達でも、
考えているよりも2段ほど高い威力では持ちこたえることが出来ず壁に吹き飛ばされベジータみたいなことになっていたらしい。
もちろん息吹に飲み込まれている間、
俺達にはどんな状況だったのかその時わかっていない。
クレチアさんはうまく避けきったみたいで汚れも付いていなかったけど、
他の軽傷者も居る中で俺達も無傷なのがなんとなく精神的に申し訳ない気になる。
結果、会場は半壊以上。
重傷者や死傷者は出なかったものの、
集まったメンバーのこれまた半数以上が何かしらの軽傷を負った。
「それにしても水無月様達よりも覆われた氷が厚いですし、
気温も一気に下がりましたね」
「あれでも氷竜の長ですからね」
「あれなら納得ですよ・・・。
これは同じように解除出来るものなのですか?」
「いや、魔法生物の癖して魔法の扱いが上手くないんです。
肉弾戦かさっきの魔力を吐き出すだけしか基本は出来ないので、
精霊や俺達のように形を整えたり崩したりは・・・・」
「では撤去はこちらでやっておきます。
ですが・・・毎度これでは威力調査を進めることは出来ませんね」
どれも予想出来た被害なだけに、
俺の突っ走り加減も相当なものだったのだと改めて冷静に落ち込んでいる。
『落ち込んでても仕方ないです。
幸い破壊された部分は岩で作られていたですから、ボクが直せるです』
「親の尻を拭かせてすまんのぉノイィィィ!」
『べ、別に・・・。直す練習もするので破壊した石を食べて来るです』
俺が落ち込み、ノイに励まされ、調子に乗ってウリウリしている間にも作業は進み、
氷は切り出され運ばれどんどんと視界を支配していた氷の世界は溶け始めていた。
これなら修復自体はそんなに苦労はしないだろうな。
あ、ノイが石を食べに行ったのは精霊特有の魔法で創り出す材質を増やす為だから虐待と思わないでいただきたい。
「クレチアさん」
「ふぅ、どうされましたか?」
丁度氷を一刀両断したクレチアさんが居たので声を掛ける。
「会場の材質が石なのでうちのノイが修復をさせていただきます。
なので、もし息吹をちゃんと受けられる希望の人が居るならある程度氷の除去が終わったら続けてやっちゃいましょう」
「それは助かりますね。
氷は運び出せば済みますが修復には時間とお金が掛かりますから。
では、再度お声がけするまでの間はお待ちください」
「わかりました」
さてと、ノイが張り切って小石の転がる付近にトテテと向かってしまい、
クレチアさんも引き続き氷の切断を再開したので話し相手が居なくなってしまった。
ん?アイツまた寝てるな。
フロスト・ドラゴンも状況が停止したと判断したのか小言を言ってない。
「フリューネ!」
『ん?準備出来た?再開する?』
「いや、もう少し掛かりそうだ。
威力はさっきのより少し弱めに頼む」
『それは僕の息吹の方が魔神族より威力があるって事かい?』
「一概には言えない。
魔法の威力としては勝っていても物理タイプだったり、
絡めてタイプだったり色々居そうだし」
『ふぅ~ん』
巣ではオベリスクを6本もブッ刺されていたし、
小回りの利く氷垢のステルシャトー相手にまともな抵抗が出来なかったからか、
氷除去作業を進める教国の方々を見つめるフリューネの瞳は複雑な内心を表していた。
「もしもリベンジするにしても、
一気に巻き込んで後方から息吹で攻撃するか、
敵が大型モンスターを出したときの肉弾戦担当になるぞ」
『リベンジなんてしないよ・・・、僕はブルー・ドラゴンなんだ。
守ってもらう為に故郷を離れて着いてきたんだから、
生き残る為に君の側でこそこそしているよ。
もしも、宗八が助力を頼んだ場合は別だけれどね』
持ちつ持たれつ。
基本は戦闘に出ず守られる代わりに魔力タンクとして使われるという契約なのだが、
敵が多すぎたり大型が出てきて対処に苦慮する際には頼む可能性は伝えていた。
こうやって他種族同士でも互いが利用する者される者であり続ければ、
その排他的な関係ももう少し改善していくと思う。
心地の良い空気が流れる。
ごちゃごちゃ言わないで意気投合出来る奴がいるって幸せだな。
そんな考えをしながら見上げる。
フリューネは寝ていた。
「寝付きの良いことで・・・」
* * * * *
あの後氷の除去も終わり十分なスペースが確保された為、
威力調整した息吹を受ける面々が緊張の面持ちで真正面からフリューネの息吹でなぎ払われた。
結果から言おう。
全員凍結の状態異常になった。
それも当然の結果だ。
何せ俺達が防御に使ったノイのオプション[聖壁の欠片]は8枚小盾。
さらにそれぞれが魔力を放出して防御範囲を広げる事が出来るので、
前方だけでなく半円に近い形で防御していた。
結果。氷の真ん中に空洞が出来上がる形で息吹を耐える事が出来た。
しかし教国の方々は盾を構えても前方のみだ。
盾を構えるならまだしも、
アナザー・ワンの数名は極大剣の後ろに隠れる程度の防御しかしていなかった。
息吹が通り過ぎた後の会場は、
ただただ凍り漬けになった面々が残る訳だ。
『・・・大惨事だね』
「威力は十分なのに凍結の効果の方がやべぇ・・・。
一縷の望みを賭けて聞くけど、解除は出来ないんだよな?」
『出来ないよ。
僕たちは魔力を乗せて息を吐いてるだけだもん。
人種や精霊種みたいに器用な事は出来ないんだよ』
『アクア達の支配が勝れば解除も出来るですけど、
ブルー・ドラゴンにはまだまだ敵いませんから地道に解かすしかないです』
「氷竜の長に勝てたらうちの娘の将来は四神確定だよ。
とりあえず、みんなを呼んで対処するか・・・」
アルシェ達も呼んで、
教国の人たちと力を合わせて救出にこの後取りかかった。
全員を助けて凍結の解除後にインタビューもした。
「魔神族の攻撃力は掴めましたか?」
「盾で受けた衝撃は今までで一番重かった」
「これがとっておきならなんとかなる」
「逆に通常攻撃の類いなら頭を悩ます」
「一瞬で凍り漬けでした」
最後はクレチアさんだ。
貴女は論外ですので参考になりません。
シスター姿で極大剣の後ろに隠れて防げる程度なら苦労はない。
ってか、普通の攻撃でもその方法で防げるのか疑問なのに、
龍の息吹を受けるとか頭おかしいよ!
「クレチアさん、言われていますよ」
「やっぱりね」
「貴女方も同類です。
アナザー・ワンは脳筋しかいないのですか?」
最終的には徒労で終わらなかったのでよしとしよう。
ため息と共に終わった実験では、
それなりに成果はあったし勇者PTの内情も確認出来た。
あとは教国の方は現地でまた顔を合わせる程度になるだろう。
次は土の国。
それにうちの面々の強化も考えて、
各方面に相談も進めておかないと・・・。
あぁ・・・もっと休めると思ったのになぁ。
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