特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。

黄玉八重

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第10章 -青龍の住む島、龍の巣編Ⅰ-

†第10章† -15話-[クーデルカ、妹を殴る]

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「行くぞ」
『行こー!』

 地面に着いていた足は既に浮いており、
 シンクロ中なので言わなくても伝わる意気をわざわざ口に出して、
 俺達は急発進する。

「《ハーケンスラッシュ!》」

 タイミングをずらして当たるように計算された支援が後方のアルシェから放たれ、
 俺達は先行して敵との打ち合いを開始する。

 シャイィィィィィ・・ィィィイインッ!
 メイスは先端が極太になっているし束もそれほど長くは無い為、
 体当たり気味にメイスの束を剣で防ぎつつ、
 横降りに振り抜く。

「ふんっ!よっと!」

 ステルシャトーは振り抜かれた俺の剣を上半身を背後に逸らして回避。
 と同時にメイスを自分の背に回すと右手から左手に持ち直し、
 振り抜き切った俺をもう一撃メイスの攻撃が襲いかかる。

『ほいさ~』
「んぎっ!?」

 不安定な体勢のくせに切り替えの早い攻撃を敢行したこの攻撃は、
 現在振り切っている状態の俺達では硬直中で回避不能だ。
 そこをアクアが生やしていたアクアテールでステルシャトーを側面からぶん殴り、
 メイスの先端が脇腹を掠める形で回避する事が出来た。

 ステルシャトーのノックバック先にはハーケンが飛んできており、
 背後から迫ったハーケンも綺麗に背に当たって、
 俺達自身も追撃を掛けて中空から剣を構えて迫る。

「どちらも軽いのだわ。
 もっと歯ごたえのある戦闘が出来ないのならば様子見せずに潰すわよ」

 直接受けると蒼剣そうけんと云えど砕かれかねない威力のメイスを捌きつつ、
 空いている左手での拳や爪での攻撃、
 さらに蹴りも加えての戦闘をする中、
 先の尻尾とハーケンの評価をステルシャトーが口にする。
 確かに見た感じではダメージには繋がっているようには見えず、
 服でさえ傷や汚れがついている訳もなかった。

 例えるならばHPが10万ある敵に攻撃をしても20や80程度しかダメージを与えられていない。
 そんな感覚を俺は覚えた。

「(魔法を潰す程度の濃度ではダメージになりませんね)」
『(爪も微妙な感触~)』
「《波動撃ブラスト!》」

 メイスの突きを捌いた剣をそのまま持ち上げて胴をガラ空きにした状態で、
 左腕で肘打ちをしながら波動を撃ち抜き大きくノックバックさせる。

「《水竜一閃すいりゅういっせん!》」
「《氷竜一閃ひょうりゅういっせん!》」

 ステルシャトーが離れた隙に俺が水竜を、
 アルシェが氷竜を撃ち放つ。

「当たらないのだわ。ふんっ!」

 だが、吹き飛ばされた勢いをランディングで地面を滑りながらも、
 驚異的な体幹で2本の一閃を見事に避けたうえに地面を叩いて氷柱群を再び発生させる。

「《海豚、海豚、海豚。
 哀れなる漂流者よ、いま救いの使者が舞い降りる。
 1に突き、2に潰し、3に引き摺り回し、4で壊せ!》」

 これは止められん!

「アルシェ!」
「氷柱群はお任せをっ!《水華蒼突すいかそうづきっ!!》」
「アクア!」
『《竜玉りゅうぎょくカノン!!》』

「《アルディメンド・グリアノス!!》」

 メイスの振り下ろしにより地面から発生した氷柱群の対処に前へ躍り出たアルシェは、
 蒼槍そうそうから魔力を強く発しながら接近する氷柱群の中心点をズレなく突き貫き魔法を破壊する。
 続けてどうせ止まらないと思いつつも、
 アクアに指示して左手から放った[竜玉りゅうぎょくカノン]は、
 ステルシャトーの魔法の発動と共に地面に発生した光の波紋から出てきた半透明の海豚の一頭に下から貫かれてこちらも潰された。
 それだけでは終わらず波紋は横並びにどんどんと広がっていき、
 先のカノンを潰した一頭を筆頭にそれぞれの波紋から一匹ずつ海豚が出現し始めた。

「これは拙いか・・・」

 アクアの[竜玉りゅうぎょくカノン]は魔力も高めに調整したので、
 いままでとは比べものにならない威力になっているのにも関わらず、
 それを真下からの一撃で潰した海豚の群れが目の前に広がっていく。

 おそらく今までの経験と召喚魔法の知識から広範囲攻撃であろうことは理解できる。
 しかし、先の波のように広範囲を中威力の継続攻撃でというのであれば、
 ノイの[聖壁の欠片モノリス]で耐えれるが、
 一頭ずつが高威力の断続攻撃であるなら話は変わる。

 さらに言えばアルシェ達を抱えて空に浮かび上がろうとも、
 海豚の特性を考えれば逆に追い込まれることに繋がりかねない。

『ますたー・・・大魔法アルスマグナは間に合わなさそう・・・』
「そうですね。小魚の大型版のようなあの生物・・・。
 生半可な魔法では対抗出来ませんがその時間もなさそうです」
高濃度魔力砲ドルオーラも撃ってしまったです。
 ボクのオプションよりも数が多い時点で抜かれるですね』

 頭数が8を超える瞬間を眺めながら頭をフル回転させる。
 大魔法はタイム的にダメ。
 高濃度魔力砲ドルオーラもダメ。
 ガードで耐えるのも数的にダメ。

「アクア。纏う魔力濃度を上げろ!
 アルシェと一緒に対応出来なかった奴だけ潰してくれ」
「わかりました」
『あいさ~!』
「ノイはわかってんなっ!」
『いざという時の守りはまかせるです!』

 アルシェが俺達の背後で蒼槍そうそう[グラキエルスィール]を構えて切っ先の刃に魔力を集中させ、
 アクアも俺達の左爪に竜玉りゅうぎょくを吸わせて魔力を高める。
 俺自身も内蔵魔力の回復した蒼剣そうけん
 [グラキエルブランド]をいつものように構えると、
 やっこさんも攻撃の開始を告げる為にメイスを高く掲げきった。

 ステルシャトーを視線が絡むと、
 互いに攻撃の狼煙を上げる。

「《来よ!》《水竜一閃すいりゅういっせんっ!!!》」

「貫くのだわっ!」


 * * * * *
 潜口魚せんこうぎょと水精ポシェントを追って龍の巣から脱出したクーデルカ達は、
 外へ出てからも戦闘を継続していた。

「気配が雑になっておりますね」
『潜行も深くまで潜らないところを見ると、
 お父さまの空間砕きがよほど効いたようですね』

 動きも鈍くなり気配を追いやすくなった分、
 こちらからの積極的な攻撃は出来ない代わりに巣の中で行われている戦闘への介入は完全に防げる状況へとなっていた。

「ひとまずはこのまま牽制を続ける形となりますが・・・、
 クーデルカ様・・・?」

 影縫かげぬいの手裏剣を投げながら自由な動きを阻害し続けるメリーは、
 この後の展開をどう転がすか考え初めていたが、
 相棒で有り弟子でも有るクーデルカが何か考え事をしている事に気が付き声を掛ける。

『中心からの魔力圧力から、
 お父さまとノイ姉さまの蓄積魔力が先の空間砕きで限界を迎えています。
 もうこちらに手を割く事はないでしょうから、
 魔神族かニルの方へ魔力砲を撃つかと思うのですが、
 メリーさんはどちらだと思われますか?』
「あの威力であれば魔神族へ撃たれたいはずですが・・・、
 ご主人様の事ですから公平にマリエル様方へ助力されるかと」

 外へ出た時点で周辺へと目を向けた際に、
 上空の劣勢に陥っている戦闘が目には入っていた為、
 多少の介入も視野には入れていた二人。

『どうした?戦闘に集中できていないようだが?』

 その時、噛み付き攻撃を槍で捌いて飛び退いたポシェントが横に並び、
 こちらの気が散漫になっていることを注意してきた。

「申し訳ありません、ポシェント様。
 ご主人様が高濃度魔力砲をどちらに撃つかで少し介入したい案件がございまして、
 気を散らしておりました」
『今のところは大人しいが、
 確かに俺一人になれば何をするかわからないか・・・』

 攻撃力の点では頼りにさせて頂いているポシェント様ですが、
 空間の微かな振動などに気づく事は出来ない為、
 一人にしてしまうのは・・・怖い。
 何かあと一手・・・。
 何か無いか・・・・。

 ピリリリリ・・・ピリリリリ・・・

 張り詰めた緊張感の中、唐突に響き始めたその旋律。
 この戦場で揺蕩う唄ウィルフラタを鳴らすような事をPTメンバーはしないし、
 何か事を起こすにしても起点は宗八そうはちとなる。

「ゼノウ様です」
『ゼノウさんであればお父さまも一目置いておりますし、
 話だけでも聞きましょう』
「かしこまりました」

 ゼノウさんでしたら、
 セーバーさん達と共にアイス・ドラゴンの保護を進めて頂いていたはず。
 この現状で一体何の連絡でしょうか?

 クーの指示で連絡を受けたメリーは目の前に出現したウィンドウをタップし、
 件のゼノウと通話を繋げる。

「ゼノウ様、どうされましたか?」
〔お疲れ様ですメリーさん、こちらの対応は全て完了した。
 出来れば手助けをしたいと近くまでは来ているので判断を仰ぎたい〕
『メリーさん、使いましょう!』
「そうですね。
 時間もありませんし少しの辛抱と思って対応して頂きましょう」

 話に耳を傾けつつ警戒をしていたクーの耳はピクピクと動き、
 近くまで来ているのを聞きつけるとゼノウの最後の言葉に被るくらいの勢いで即決した。
 メリーもポシェント一人でなければこの場の対応が出来ると判断し、
 ゼノウへの返事をすぐに頭の中で作成する。

「近くまで来られているのであれば参加願います。
 私とクーデルカ様は一度空へ行きたいので」
〔は?そ、空?状況をひとまず掴みたかったが、
 そちらに合流すればいいのだろうか?〕
「敵は地面に潜っていきなり襲いかかるタイプなので知覚は出来ません。
 こちらにはポシェント様がいらっしゃいますので、
 互いを守りながら少しの間お相手をお願いします」
〔地面からの強襲に注意を払えばいいんだな。
 向かうメンバーは俺の他にライナーとセーバーの計3名〕
「互いをカバーしていただければ即死はないかと思われます。
 何秒で着かれますか?」
〔・・・・リュースライアのソニックを合わせれば一分程だ〕

 一分・・・まぁ仕方ありませんね。

「急ぎ合流願います。
 あまり時間がありませんので」
〔了解した、急行する〕

 魔力の高まりは収縮を始め、
 この脈動からして砲撃準備に取りかかっているのがクーにはわかっていた。

『メリーさん、先に巣の上に上がっておいてもらえますか?
 彼らが合流しましたらすぐに影から向かいますので』
「かしこまりました、お気を付けて」

 クーの指示に従い敵の監視とゼノウ達を待つ役目をクー自身に任せ、
 メリーは巣の外壁に向かって駆け始める。

『おい!壁はほぼ垂直だぞっ!』
『問題ありません』

 メリーの奇行にポシェントが慌てて止めるようにと声を荒げるが、
 隣に立ち視線で追いもせずに周囲への警戒を続けるクーは落ち着いた声で反応する。

 クーの言う通りメリーが壁に到着し、
 その垂直の岩壁に足を掛けると、
 足裏に出来た小さな影は足の指と付け根部分を接着して、
 独特な踏み込みでどんどんと足を壁に向けて踏み出しては蹴り上がり始めた。

『ポシェント様も制御力で足を氷でくっつければ出来る芸当ですよね?』
『出来るが普通はあんな運用をしない。
 俺であれば細波さざなみのランスで上まで水圧で飛べる』
『アーティファクトは何でも有りですね・・・。
 あ、見えてこられました』

 吹雪で視界の悪い中、
 向こうの方から影が予定の三人分が見えてきた為、
 ポシェントとの会話を切り上げて意識は潜口魚せんこうぎょに残したまま、
 視線だけ影を見つめる。

 やがて然程時間も掛けずに姿が完全に見えてきたクランメンバー。
 二人は自分の足で走って来たが、
 剣士のライナーは精霊の力を借りてアイシクルライドで滑ってきたようだ。

「敵は・・・いないか・・・」
「クーデルカだけなのか?」
『お待ちしておりました。
 具体的な話はポシェント様からお聞き下さいませ。
 よろしいですね?』
『説明らしいものはないけどな。
 こっちは任せて行ってくると良い』

『では、失礼する前に大雑把ですが攻撃の手を緩める為に・・・、
 《反転世界リバーサルワールド!》』

 クーの詠唱が行われると、
 小さな影から大きな閻手えんじゅが生えてきて、
 地面を1度打ち鳴らすと波紋が広がると共に影が波紋に縁に沿って周囲を影に染めていく。

 自分たちの陣営およびに潜口魚せんこうぎょの気配も範囲内に収まった事を確認し、
 クーはスッと影に沈み込んで消えていった。


 * * * * *
『お待たせ致しました』
「問題ありません。何だかんだで走る道を選んで時間がかかっておりますので」

 影を利用して壁を駆け上がっているメリーに、
 影から追いついたクーが互いに一言づつ語り続けて山を登るが、
 全てが絶壁であれば最短で山頂まで行けるものを、
 この氷も混ざる山も例に漏れず山あり谷ありと凸凹していた為、
 魔法を用いた登山でも簡単に登頂することは出来ずにいた。

「マリエル様方もあの動き・・・。
 本当に時間がなさそうです・・・」

 一旦足を止めたメリー達は上空の様子に目を細める。
 大きく円を描く動きが徐々に小さくなっていくという事は、
 クーデルカを通して感じる魔力の高まる脈動も合わせて大きくなっている流れから、
 発射までの時間の無さを如実に感じ取る事が出来た。

『あの状態は拙いですね。
 魔力を多大に使って防御しなければ身体を穿たれてしまいますが、
 大切な魔力を無駄使いさせられてもいます』
「ご主人さまに連絡を取りますか?」
『お父さまとノイ姉さまはすでに高濃度魔力を用いた砲撃体勢に入っていますから、
 集中を乱す行為は避けるべきかと・・・。
 クー達はもしもの為に待機致しましょう』
「かしこまりました」

 再び足を動かし始め山を駆け上がるなか、
 クーデルカとの作戦会議は進む。
 今のところクーの予想を頼りに山登りを始めたものの、
 味方であるマリエルとニルとあのように接触した状態で一緒に撃ち落とすなどという行為をするはずは無い。

 が、だからこそ失敗したときの被害を恐れて念のため、
 高濃度魔力砲ドルオーラの発射までに位置に着いておきたかった。

「っ!?敵がっ!」
『察したのか、魔神族の指示か・・・。
 どちらにしろ・・・、やっぱり追ってしまいますか・・・』

 上空の状況に突如として変化が起こり、
 鎧魚エノハがマリエル達から優勢であるにも関わらずいきなりその身を退き、
 おそらく射程範囲から離れるのをマリエル達が妨害する様子が視界に映る。

「追ってしまうとは?」
『お父さまは実力に見合わない攻撃を行おうとしておりますから、
 無理に当てようとは考えていないはずです。
 それを察して離れて外れるならニル達に被害は出ません。
 しかし、それを追うと・・・』
「被弾する可能性が出る、ということですね。
 っ!いま放たれましたっ!」

 こちらもあと少しで天井の大穴縁に到着するというところで、
 マリエル達が離れた鎧魚エノハを追い、
 数度の接触を持って位置の調整をしようとしている姿を見つつ、
 危ういその行為のもしもの尻ぬぐいの為足を急がせたその時・・。

「(クー!)」

 案の定回避が間に合わない軌道と位置取りをしてしまったマリエルとニル。
 動けず射線もズラす事の出来ない宗八そうはちからクーデルカに向けたSOSが念話で入り、
 準備も位置取りも完璧な二人は直ぐさま構えを取る。

『(荒くなりますよっ!ニルっ!)』
『(クー姉さまっ!?)』
「《多重閻手マルチプルダーク》シフト:ピック!」
「『《(シンクロっ!!)》』」

 すでにシンクロ状態のメリーは自分たちを射出する為の魔法を発動させ、
 カタパルトのように勢いよく大空へと自身を打ちあげ、
 クーは足りない魔法制御力を補う為に宗八そうはちとシンクロを行い身を包む黒のオーラはさらに深くなる。

短距離転移ショートジャンプっ!』
「・・・っ!」

 凄まじい勢いで打ちあげられた衝撃に軋む身体は、
 さらに追い打ちを掛けるように慣れない魔法の連続使用を持ってメリーを虐める。
 しかし、その効果は絶大であった。

 邪魔にならないようにと上空で戦っていたマリエル達は雲に近い高度で戦っており、
 実際多重閻手マルチプルダークだけでは到底到達するには届かない距離であるが、
 その距離を連続した短距離転移ショートジャンプと打ちあげによる勢いを利用して、
 その超上空戦闘域まで自分たちを連れて行くことに成功した。

 連続した短距離転移ショートジャンプの所為で、
 視界は切り貼りされた景色に彩られ若干酔ってしまうメリーの呻き声も聞こえたが、
 それは今は聞こえなかった振りをして状況解決に中る。

『《闇光あんこう多重閻手マルチプルダーク》シフト:麝香猫ジャコウネコっ!!』

 姉であるアクアに次いで属性を混ぜて魔法を進化させる方法を用いたクーデルカ。
 本来は自前の影や周囲の影から這い出てくる閻手えんじゅは、
 自分たちの身体から漏れ出るオーラを起点に無数に発生し、
 突き出した手に沿ってその延長線上にいるマリエルとニルへ向けてその姿を猫の姿に変えていく。

 攻撃用魔法の一種である麝香猫ジャコウネコ
 アニマル形態のクーデルカに比べると些か凶暴そうな顔へと変わった閻手えんじゅ群は、
 勢いそのままに大口を開けてマリエルとニルの両名をまとめてそのまま食べてしまうとほぼ同時に下方からの高濃度魔力砲ドルオーラ麝香猫ジャコウネコの頭を消し飛ばし、
 鎧魚エノハは予定通り光の本流に飲み込まれて姿を消した。

「(・・・救出完了!)」
「(よしっ!)」

 麝香猫ジャコウネコに食べられたマリエルとニルは、
 いつもの影倉庫シャドーインベントリの中に収納させられており、
 口が閉じられた瞬間には避難が完了している。
 故に頭部が吹き飛ばされようともそこにはもう誰もいないので、
 今回は本当にギリギリの救出劇であった。

「落下開始します」
『《虚空暗器こくうあんき》』

 影から引っ張り出す為に一旦地上に降りる必要があり、
 二人は自由落下が始まるとクーは魔法を発動させ、
 メリーの首下に揺らめき境界線がぼやけた漆黒のマフラーが装備され、
 それが大きく広がるとパラシュートのように空気を受け止め落下速度を落としてくれる。

「下手をすると砲撃の衝撃で飛ばされてしまいますね」
『受け止めるのを抑えて下の方まで落下しましょうか』

 近くを通り過ぎる高濃度魔力砲の衝撃で逆巻く風は強烈に吹き荒ぶなか、
 パラシュートを開く自殺行為を懸念し、
 一旦マフラーに戻してから数m落下をしてから再びパラシュートを広げ、
 やがて巣の天井部まで降り立った。

「うわっぷっ!?」
『クー姉さま、もう少し優しくしてほしいですわー』

 魔力砲撃を視界に捕らえながらも、
 すぐに影の中へと閻手えんじゅを伸ばし現世に雑にほっぽり出す。
 地面へとちょっと痛めに放り出されたマリエルとニルの両名から漏れ出た台詞に、
 張本人のクーデルカは目を細めてにらみ付ける。

『貴方方はお父さまのご意志を理解していないのですかっ!?
 無理をしない、死なない。この二つは絶対です!
 先の無理な行動もお父さまのご指示ではないでしょうっ?』
「あ、え、はい?」

 急展開に次ぐ急展開で目を回している二人に、
 クーデルカは今回の救出劇に対しいきなり大声で説教をぶちかました。
 マリエルとニルはいつも宗八そうはちからの説教で身体に染みついている正座へと座り直し、目を白黒させながら面食らう。

『マリエルさん!何ですかその気の抜けた返事はっ!』
「は、はいっ!」
『まぁまぁクー姉さま・・・』
『ニルっ!貴女にも言っているのですよっ!
 他人事のような顔をしないで下さいっ!』
『ひゃ、ひゃいっ!!』

 正座は癖でしつつも脳天気な台詞を吐くニルに、
 手を上げそうな勢いで顔を近づけ怒るクーデルカ。
 今回はどちらかが制止をすれば起こる事の無かった危険な為、
 当然ながら起こった=どちらも止めなかったとクーデルカ自身が分かっているので、
 確信を持って同罪として説教をしているのだ。

『マリエルさん!お父さまはご家族から貴女をお預かりしている為、
 極力危険な戦闘はさせないようにと苦慮され、
 ニルと一緒であれば等考えて戦闘に投入しておられます!
 それはお分かりですかっ!?』
「は、はいっ!それは十分にっ!」
『分かっていながらあんな無茶をされたのですか?』
「いや・・・、隊長の砲撃を当てないとと焦っちゃって・・・すみません」

 仲間に合流してからというもの、
 実はかなり過保護に下地を付けて貰った事や、
 魔法に関しても姫様が懇切丁寧に教えてくれたからこそ、
 短い期間にもここまで強くなれたことを知っているマリエルは、
 素直に今回の失態についてクーデルカに謝罪する。

 続けて隣に正座しているニルへと強い視線を向ける。

『ニル。お父さまからマリエルさんが暴走しないようにと、
 いざとなれば緊急脱出できるマージンは取るようにと言われていましたね?』
『言われていましたわー・・・』
『先の行動で脱出できるマージンは?』
『ありませんでしたわー・・・』

 隣のマリエルがニルに申し訳なさそうな顔を向ける。
 精霊使いは互いを補い合う関係を築くことで、
 局面を有利に進めやすくなる反面、
 マリエルとニルは互いが同じような性格をしている為、
 サポートとしての立場にあるニルが調整しなければならなかったのだ。

『戦場でこれ以上注意をしても仕方有りませんからこの場は終わりますが、
 マリエルさんはお父さまとアルシェ様に。
 ニルは私が後で続きを行いますからねっ!』
『「はいっ!」』

 大きな声ではあるが、
 悲しみと後悔に張りのない返事を聞き届けたクーデルカは付近を俯瞰ふかんしていたメリーに視線を向ける。

「マリエル様方の支援班も到着したようです」
「へ?」
『あちらは・・・弓と魔法ですか。
 考え無しの支援ではなさそうですね』
『クー姉さま?』

 メリーの視線の先には自分たちの獲物である潜口魚せんこうぎょと戦うセーバー達とは別に、
 こちらへと近づいてくる一団を見つけていた。
 その構成から遠距離武器と魔法での支援班のようなので、
 クーデルカも同意見で一団はマリエル達の支援をする為なのだろうと目星を付けた。

「私たちもそろそろ戦場に戻ります。
 マリエル様方も今のうちに支援班に事情を説明してサポート頂いて下さいませ」
「あ、はい。わかりました」
『先の砲撃で鱗もいくらかダメージを負ったようですし、
 支援班の攻撃も通るかも知れません。
 それでも無理はしないようにしてくださいね』
『かしこまりーですわー!』

 後で怒られるとはわかってはいても、
 脳天気なニルはひとまずその事を忘れる事を選択し元気な返事をするが、
 クーの頭には怒りマークがひとつ増える。

『・・・っ!』
『あたっ!クー姉さま、打たないで下さいましーっ!』
『終わったら覚悟することです・・・では』
「失礼致します」

 姉として、宗八そうはちの娘として、
 アホの妹に制裁を加えるクーデルカに愚痴るニルチッイ。
 巣の天井部から下へと飛び降りる二人を見送るマリエルとニルは、
 互いを見つめ合って悲しそうな顔で見つめ合う。

「最後まで気張りましょうか・・・」
『説教は回避出来ませんものねー。
 少しでも説教ポイントを減らしませんといけませんわー!』

 マリエルに続いてニルも身体を持ち上げると、
 支援班として近くまで来てこちらを見上げている三人組を見つけると、
 直ぐさま天井から飛び降りて次の行動を開始した。
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