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第10章 -青龍の住む島、龍の巣編Ⅰ-

†第10章† -07話-[群れのリーダー、メグイヌオール]

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『まさかそんな状況になっていようとは想像もしていなかった。
 我々ドラゴンにも感知出来ない破滅、とはな・・・。
 幼龍ようりゅうが倒れてゆく中何も出来ず・・不甲斐ない』
「助けに来るのが遅れたこと、謝罪致します」
『アスペラルダの姫君、それには及ばない。
 元は他種族と離れて生きることを選んだ我らが原因であるのだ。
 其方そなたらがフリューアネイシア様に会おうとしたお陰で、
 多くの同胞が命拾いが出来た事に謝罪は不要』

 俺たちが龍の巣へ足を踏み入れることとなった経緯、
 世界に浸食を見せている破滅の存在、
 最後にアルシェが幼龍ようりゅうの死を直視して痛んだ心の赴くままに謝罪をしたが、
 それをアイス・ドラゴンのメグイヌオールが受け入れることはなかった。

「先にも伝えていた通り私たちは先を急ぎたいのですが、
 ブルー・ドラゴンの元へ向かうに中り、
 話の出来るアイス・ドラゴンに同行してもらいたかったのですが・・・」
『敬語は不要。命の恩人にして優しい世界の同居人よ。
 種として上位だとしてもお主は立ち位置としては我と同じ、
 故に我が其方そなたを下に見ることは無い。
 友人と同等に考えてくれるとこちらも心苦しくは無い』

 ナデージュ王妃からはアスペラルダ領内のドラゴンは温厚と聞いていたけど、
 命を救っただけでここまで立場を落とす必要はないんじゃないか?
 今は弱っているから自分たちの命を守る為に、
 その場凌ぎでそういう事を言うなら理解は出来るが、
 俺たちが助けに来たとわかった上でこれはどういうことだろ?

「・・・まぁ考えてもわからんか。
 じゃあ・・・イヌと呼んでもいいか?」
『イヌ・・・?』
「(お、おおおおお、お兄さん!
 流石にそれは失礼が過ぎますっ!
 相手が許したとしても龍!龍なんですよ!
 ブルー・ドラゴンでなくともアイス・ドラゴンにそれはあまりにも・・・っ!)」

 見上げなければ目を合わすことの出来ない程巨大なアイス・ドラゴンメグイヌオールの許可も出たし、
 彼の考え方を理解しようと思考を巡らせるのにも疲れた俺は、
 呼びづらく覚えづらい名前をまずどうにかしようと思って[イヌ]を提案した。
 しかし、それに関して彼では無く、
 アイス・ドラゴンの真の価値を知るアルシェが大慌てで腕を引っ張り耳元でダメよダメダメ~!と言って来た。

 だが、現実はアルシェに厳しかった・・・。

『イヌ・・・いいだろう。
 人に比べると少々長いからな、短く呼ぶのも効率的で肯ける』
「・・・へ?ほ、ほんとうによろしいのですか!?」
『問題は無い。
 我と水無月宗八みなづきそうはちは友人となったのだ、
 呼び方を短くした程度で文句などいうつもりはない。
 それよりもフリューアネイシア様の元へ向かうドラゴンであろう?』

 アルシェの戸惑いを他所に話を中心へ向かう方向へと修正するイヌに、
 アルシェは一旦思考停止したかのように無表情となった。

「アルシェ?」

 目が死んでる・・・!?
 俺の問いかけに無表情アルシェは俺の顔を見つめてきたあとに、
 絡んでいる腕へと視線を移し、そのまま下に流して俺の手を見つめる。
 あ・・・あれ?怖いなぁ・・・。
 アルシェが静かに怒って・・いや、
 アルシェの許容ラインを超え・・・こらこら、なんで腕を捲るのかな?
 どうして大口を開けて・・・ガブッ!!

「痛っ!!ちょ、アルシェ!痛いから!なんで噛むんだよ!」
「もみぃはんおああ!!ああああ!ああ~~~~~~~!!」

 他国の王子の骨を折ったり実験に使った時でさえ寛容であったのに、
 今回はなんでか知らないが噛み付いて怒り始めたアルシェ。
 どっちかと言えばラフィート元王子の件や、
 他にも怒っても仕方ない振る舞いを俺はしてきたと自覚がある。
 なのになんで龍の呼び名ひとつでここまで怒り始めてしまったんだっ!?

「ごめん、ごめんなアルシェ。
 何が悪かった?イヌがダメだったか?」
「あ~~~あ~~~~~~!」

 俺はあやす様に腕を噛まれながらアルシェ抱きしめると、
 空いた手で頭を撫でながら謝罪を繰り返す。
 うううぅう~~、痛いよぉ~。
 相手がアルシェだからモンスター相手のように振り払うことも出来ずに耐え続ける。

 涙ながらに俺の腕を割と本気で噛み続けるアルシェに俺の謝罪の気持ちが届いたのか、
 カパッ!と口が突然腕から離れ、その唇からは糸が引かれていた。
 なんだろう・・・アルシェの目が戻っていない・・・。

 カプッ!
「あああああああああああ~~~~あ・・・あ?」

 痛みを堪える為とあやす為にアルシェを抱きしめた事で身を屈めたから、
 アルシェの射程範囲に俺の首が入ってしまったらしい。
 腕から上がった視線が俺の顔からまた少し下がって首に標的を定めたことがわかった瞬間すでに俺の首にはアルシェが食らいついていた。

「あ、アルシェ?ごめんな・・・落ち着いたか?」

 でも痛くは無かった。
 俺の首に腕まで回して噛み付いたのに歯を立てていないらしい。
 後頭部を撫でていた手でポンポンと叩きながら語りかけて見れば、
 アルシェの体から力が抜け、その甘噛みから俺は解放された。

 つま先立ちだったアルシェの足がしっかりと地面に着いたのを確認してから体を離す。

「・・・すみません、お兄さん。
 少し感情的に・・・こんな状況なのに・・・。
 すみません」
「いや、いつもは冷静なアルシェがここまで取り乱すってことは、
 何か俺が地雷を踏んだってことだろう?
 今は時間がないけど、城に戻ったらちゃんと話をしようなアルシェ
 」
「は、はい・・・すみません。すぐ切り替えますね」

 そう言うと真っ赤な顔のアルシェはパンッ!と両頬を強めに叩くと
 、
 アイスドラゴンメグイヌオールに向き直って謝罪を行った。

「時間がないと言いながら恥ずかしい姿を晒しました。
 本当に申し訳ありませんでした」
『いや何、原因は知れぬが今の様子から夫婦なのだろう?
 我も嫁が多いのでな、原因の分からぬ喧嘩など日常茶判事よ』
「い、いいえ///ふ、っh、夫婦ではない・・・です・・・///」

 アイス・ドラゴンメグイヌオールからの爆弾発言。
 これには宗八そうはちも苦笑い。
 なんとか平常心を保とうと意識がそちらへ向かないようにしているが、
 誰がどう見ても宗八そうはちも恥ずかしさで顔を赤らめていた。


 * * * * *
「と、ともかく話を進めよう。
 イヌは一旦取り下げて普通にメグイヌオールと呼ばせてもらう」
『嫁がそれではな(笑)』
「嫁じゃねぇよ・・・。
 で?同行してもらえるドラゴンは誰が可能なんだ?」

 アルシェの暴走の理由を後々聞いた話だが・・・。
 アルシェは幼少の頃から読書が大好きな少女で、
 特に龍が出て来る物語を読んでは想像の翼をはためかせていたらしい。

『周囲の同胞はまだ満足に立ち上がることも出来ないが、
 其方らのおかげで一命を取り留めた。
 唯一動ける個体と言えば・・・我だろう』
「動けてないじゃないか。
 そのデカイ体を持ち上げるので精一杯なんだろう?」

 アルシェの中で龍という存在は伝説の生き物であり、
 出会うことの出来ない幻であり、故に神格化も進んでいた。
 生き物の頂点に君臨し、絶対的な強さ、強靱な体、
 強力な攻撃、そして気高く生きるその姿。
 そんな憧れのドラゴンが、
 自分の目の前で、
 最愛の兄の口からとはいえイヌと呼ばれれば、
 流石のアルシェも冷静では居られなかったらしい。

『それについては解決方法がある。
 体の大きさに合わせて魔力の消費も激しいからな、
 確かに今のままでは動けないだけで足手まといだ』
「つまり体を小さくする術を持っているってことか・・・。
 アルシェ、この魔石にアクエリアスってどうなんだ?」
「他のドラゴンに使っていた魔石では、
 増幅量が多すぎて排出に割かれる制御力が増えて面倒になるかと」
「じゃあ、念のためホワイトフリーズでいいか」
「わかりました。 《ホワイトフリーズ》セット:魔石」

 アルシェの詠唱後に発生し始めた白い霧が発生する端から魔石に込められていく。
 小さい魔石の準備はすぐに整うだろうし、
 先にメグイヌオールに今含んでいる魔石を吐き出すように伝える。

『おぉ!確かに小さくなれば口が裂けてしまうか、ハハハハハ』

 ペッ!と地面に吐き出された魔石はねっとりとした唾液まみれであった。
 アルシェが吐かれた魔石に込められた魔法を解除パージすると、
 メグイヌオールも体を小さくする為の詠唱を始めた。

「何語だ?」
「おそらく龍族にしか使用出来ない古代魔法ではないかと。
 発音も人間に出来るとは思えませんし」

 なるほど、古代魔法エンシェントマジックか!ロマン溢れるじゃないかっ!
 何をどのような発音で詠唱しているのかもわからないメグイヌオールに、
 ロマンを感じ取り思いを馳せる間に彼の体が光に包まれ始めた。

 完全に光を発する存在となったメグイヌオールは、
 徐々にその姿を縮め始め、
 よりにもよって幼龍ようりゅうよりも小さい姿にまで収縮し、
 光が治まる頃には俺の腰くらいの体長のコドラが目の為に立っていた。

『どうだ?これならば問題ないぞ。
 我ら龍は動くだけで魔力消費をするからな、
 動かす体が小さければ小さいほど消費は少なくなるのだ。
 言ってしまえば省魔モードというところか』

 どっちかといえば省エネモードだよ。
 生きるエアコンがっ!

「では、こちらを含んで下さい。
 先ほどのに比べれば排出量は少ないですが・・・いかがでしょう?」
『うむ、十分すぎるほどの回復が見込める。感謝する、嫁殿』
「えと・・・まだ嫁ではないのですが・・・」
「それにしてもメグイヌオール。
 お前、他のアイス・ドラゴンに比べると骨格から違うんじゃ無いか?」

 倒れ込んでいる時は気づかなかったが、
 こいつが立ち上がってからは手足や尻尾の長さなど様々な違いがあることに気がついた。
 他のやつはノイのようなトカゲっぽさがある地龍の氷Ver.って感じなのに、
 メグイヌオールは本当に翼のない龍といった姿をしている。

『ブルー・ドラゴンがアイス・ドラゴンの上位種というのは知っているか?』
「詳しくは知らないが予想はしていた」
『ブルー・ドラゴンになる為にはいくつかの行程が必要となる。
 精霊と同じように位階が我々にもあってな、
 魔法生物のほとんどはこの位階による成長が必要不可欠。
 故に我は倒れている同胞よりも位階が上というだけだ。
 まぁ最後に引き継がれるものもあるのだがな』
「それを受ければメグイヌオールがブルー・ドラゴンになることも出来るのか?」
『否定。私はグループのリーダーをしているだけで、
 まだまだ位階としては足りていない』

 がっしりとした脚と尻尾で体を支えて、
 こちらを見上げながら話をするメグイヌオール。
 本来の体があの大きさでもまだ足りないとか、
 ブルー・ドラゴンはどれほど大きいのだろうか・・・。

『時に伝えておきたい事実がある』
「なんでしょうか?」
『あの島の中心から伸びているいくつもある氷塊についてだが・・・』

 メグイヌオールの視線を追えば、
 ずっと視界には入り続けていた氷塊が映る。
 確かオベリスクの一部も飲み込んでいた氷塊だったし、
 無駄に分厚かったのでこちらも気合いを入れないと時間が掛かりそうな代物だった。

『あれはブルー・ドラゴンフリューアネイシアのブレスで出来たものだ。
 我々が意識を失う前にはあのようなものは無かった。
 故に・・・・』
「中心では戦闘があったのではないか・・ってか?」
『あの氷塊からは確かにブルー・ドラゴンフリューアネイシアの魔力を感じる事が出来る。
 間違いはまずないし、そうそう負けるとは思えないが』
「・・・戦闘音はもうしていませんね。
 どちらにしろ決着はついてしまっているでしょう」

 島についてから戦闘音を発したのは俺たちだけで、
 中心部からもしも戦闘音がすれば確実に俺かニルが気づいている。
 それでも聞こえてこなかったという事は、
 アルシェの言う通り決着がついていることに他ならない。

『もしもだが・・・。
 もしも、ブルー・ドラゴンフリューアネイシアが負けるような相手であれば、
 お前達はどうするのだ?』

 は虫類の瞳で俺やアルシェ、
 そして後ろに控えるマリエルとメリーも見回しながら、
 メグイヌオールは俺たちに覚悟を聞いてくる。
 戦闘跡の氷塊はあるのに戦闘音はなく、
 アイス・ドラゴンの安否の確認もしに来ていないことから概ね理解したうえで、
 彼は俺たちに行くだけ無駄かも知れず、
 最悪死ぬだけかもしれないと伝えてくる。

 でも、それは今更なんだよ。

「行くさ。俺たちの目的は戦闘じゃあない。
 でも今は島の調査をしていてアイス・ドラゴンの命を繋ぎ止めることが出来た。
 友人にもなったしな。
 次はその友人の大事な人の安否を確認しに調査するだけだ」
『それだけでは済まないと言っているのだ』

 突然現れた俺たちをここまで信用してくれ、
 諭すような優しさを持って心から心配してくれるメグイヌオールに感謝したい。

「死ぬ覚悟は出来ています。
 もちろん、お兄さんも私たちも死ぬつもりで行くのではありません。
 私たちの行動は破滅に関する調査がメインですが、
 破滅の被害を減らす事も同じく大事な使命だと考えています」
「ここで死ねばそれまでの事。
 どちらにしろ弱ったアイス・ドラゴンが束になったところで魔神族相手に勝てるとも思えん。
 知ってる奴にしろ知らない奴にしろ情報を持ち帰るのが俺たちの役目なんだ・・・、
 逆にここで収集しない手は無い」

 ここで俺たちが全滅しても誰かが生き残ってアスペラルダに持ち帰れば、
 もしもフォレストトーレでそいつが出てきたとしても対処出来るかも知れない。
 最悪なのは前情報も無い状態で大戦中に出てこられることだから・・・。

「俺たちはブルー・ドラゴンの元へ行くよ」
『・・・・感謝する』

 頭を垂れて人のように感謝を伝えるメグイヌオールは、
 このあと中心への道案内をしてもらい、
 以降は魔神族が出てきたとしても戦闘に参加出来ない。
 例え彼が万全の状態だったとしてもどこまで拮抗できるのかわからないけどな。

「出発前に意識の戻ったアイス・ドラゴンは魔石を噛み砕くように伝えて回ってくれ。
 一気に魔力が溢れ出すから飲み込む覚悟だけはしておくように注意も一緒にな」
『承知』
「あと、動けるようになった個体が居れば、
 他のグループへ伝達を出しておいた方がいいかと思います。
 私たちの仲間がオベリスク破壊を進めていますが、
 生存確認も同時に進めていますので」
『うむ、そちらも指示だしをしておこう』
「準備が出来次第中心部に向けて出発するぞ!」


 * * * * *
 龍の巣の中心に向けて出発をした俺たちとアイス・ドラゴンメグイヌオールは、
 俺とマリエルが先行する形でオベリスクの破壊を並行しつつ、
 メグイヌオールの案内に従って中心の氷山へと進んでいた。
 内部は予想もしていなかったほどに入り組んでおり、
 正しい道以外はずっと同じ場所をぐるぐると回る作りとなっているらしい。

「ふぃ~・・」
「入り口までのオベリスクは破壊して来た」
『ここからが居城だ。
 全て氷で造られている為火魔法は厳禁だぞ』
「敵の出方次第で約束は出来ん。
 とはいえ、メンバーのほとんどが水氷系が得意だからな、
 不要な魔法は使わないさ」
『おおぉぉぉ・・・本当に中心は冷えますね・・・』
『山が氷に覆われているだけあって、
 吹き抜ける風がさらに・・・ううぅぅですわー・・・』
『契約精霊全員にマスターの加護の影響があってもいいと思うです』

 最低限程度のオベリスクを掃除しながらメグイヌオールの案内の元、
 龍の巣と呼ばれるアスペラルダに存在する島の中心へと辿り着いた俺たちの視界には、
 氷に覆われた山が悠然と吹雪の中に存在していた。

 実際は土や岩で構成された山が中に埋もれ、
 表面には長い期間を掛けて氷が何層にも張り巡らされた氷山となっているらしく、
 いくつかある入り口はそういった岩場が元となった氷の障壁によって隠され、
 ドラゴンですら今回のメグイヌオール同様に体を小さくしなければ出入りが出来ないとのことだ。

『ますたー、入り口前からオベリスクの効果範囲だよぉ~。
 しかも、これ・・・多分3重・・かなぁ~?』
「ですね。3重で間違いなさそうです」
「中のブルー・ドラゴンを押さえる為か?」

 アクアとアルシェが魔力に関しては最も鋭敏な感性を持っている為、
 範囲と方向などの確認を行ってもらったのだが、
 一部の範囲が重なることがあっても入り口から3重というのは今まで無かったことだ。

『巣の内部にはブルー・ドラゴンフリューアネイシアだけでなく、
 最も近い成長を遂げたフロスト・ドラゴンが2体いるはず・・・。
 彼らは我々アイス・ドラゴンよりも個体として強い』
「この巣の広さを教えていただけますでしょうか?」
『広さと言われても我々は人のように測る文明を持たぬ。
 精々、我々よりも大きな体躯で動き回るに申し分ないとしか言えぬな』

 メリーの質問に対しメグイヌオールは回答をしてくれたが、
 有って無いような情報など検討するまでも無く不要だ。
 メリーは移動範囲などを把握しようと聞いたのだろうけれど、
 今の回答は東京ドーム何個分より酷い。

「とりあえず、フロスト・ドラゴンはメグイヌオールよりも成長した個体なら、
 意識を持っている可能性も高いし、
 ブルー・ドラゴンの側近という立場なら、
 メグイヌオールの話を聞く前に襲われそうだからシンクロと土精霊纏エレメンタライズ
 武器加階ウェポンエヴォルトも各自やっておこう」

 巣の内部はかなり広そうだし、
 敵で無くとも警戒をしてくるであろうフロスト・ドラゴンは強いだろう。
 動きによっては分断も考慮して、
 いつでも魔神族と相対してもすぐに死なないようにそれぞれに決戦準備の指示を出した。

「「「「『『『『《シンクロ!》』』』』」」」」

 合わせたような全員の息が揃う掛け声が氷山に木霊する。
 アルシェとアクアからは瑠璃色のオーラが、
 メリーとクーからは漆黒のオーラが、
 マリエルとニルからは緑が強めのシアンのオーラが、
 そして俺とノイからは星金せいこんのオーラが吹き上がる。
 その中でも俺たちとアルシェのペアだけが、
 力の無駄遣いをしている吹き出るオーラを抑え込んで表面が魔力で光る程度のコントロールをしていた。

『《安全地帯セーフティーフィールド》セット:アサシンダガー!』
「《アイシクルエッジ》セット:ハルベルト!」
『「《武器加階ウェポンエヴォルト!》」』

 次に発動した魔法が2つ。
 クーの唱えた安全地帯セーフティーフィールドとアルシェのアイシクルエッジは、
 一瞬確かに発動をしてクーとメリーが姿は消えたし、
 アルシェの足下は新しい氷が張り替えられたのだが、
 それらはすぐに砕けた後に欠片は全て魔力となってそれぞれの武器へと込められていった。

 そして然程時間も経たずに次の魔法が詠唱され、
 アルシェが手に持つ氷のハルベルトとメリーが手にするアサシンダガーが、
 本来持つ姿から魔法によって強化された姿へと再構成されていく。
 アルシェの槍は蒼槍そうそうと呼ばれるに相応しい蒼い槍へと変わり、
 メリーのダガーも一回り大振りの漆黒のダガーへと変化を遂げていた。

「メリー、闇食やみはみは扱えるようになったな」
「問題ございません、万事使用可能です」

 魔法剣[闇食やみはみ]。
 小さな魔法に対し、剣先から闇を飛ばして食いつぶす防衛魔法。
 魔力量の少ないメリーでも、
 攻撃に向かない闇属性の魔法剣として扱えるように開発したが、
 俺の使用感とメリーの使用感でさらに分割されており、
 俺は中級魔法までを潰せるのだが連発には向かず、
 メリーは連射に優れるのだが初級魔法程度しか潰すことが出来ない。

 この食いつぶすというのは文字通り、
 魔法を魔力として食べて術者に還元する魔法である為、
 食いつぶせない規模の魔法に当てた場合は威力を落とすことが出来る。

 今はクーがメリーの代わりに武器加階ウェポンエヴォルトまで行っているけれど、
 いずれはメリーひとりで準備も出来るようにするつもりだ。

「教える前にも言ったけど、
 この魔法剣は魔力量の少ないお前達ペアの命綱でもある。
 クーは支援に魔力の多くを割く必要があってそのほとんどを自前の魔力で補っている」
「はい」
「この闇食やみはみは魔法を吸収して自衛が出来ると同時に、
 魔力の回復も行える一石二鳥な技だけど、
 その属性からお前達専用といった反面もある。
 メリーは魔力は少ないけど攻撃間隔が短いから・・・」
「その分を数で補え、ですね。ご主人様」
「その通りだ。
 魔法剣は剣内部で増幅を繰り返す高濃度魔力を使用するから、
 お前達自身の魔力負担は無い代わりに、
 ちゃんと残量を気にしておけよ。クーもな」
「注意致します」『わかりました』

 メリーとクーペアの戦闘準備の完了を見届け周囲を見渡せば、
 アルシェとアクア、マリエルとニルは準備が出来ているらしくこちらを見つめて突入の合図を待っていた。

「マリエルとニルは魔神族が本当にいた場合は、
 オベリスク破壊後に[限定解除リミットリリース]をするように」
「了解!」『かしこまりですわー!』

 あれは俺が先に使いこなせる様になりたかったんだけど、
 訓練の時間が多く確保できるマリエル達の方が早いとは・・・。
 リアルに存在するものではない架空の競技を参考にまるっとオマージュしたわけだけど・・・。

「内部は空が繋がっていない限り長い直線はないと思う。
 速度の維持優先に意識を持って行かれすぎるなよ」
「そこは私の技術と」
『ニルの羽ばたきで分散しますわー!』

 ここまでの戦闘でテンションが上がってしまって鼻息の荒いニルの頭に手を置いて、
 少し落ち着くようにと粗めに撫でる。
 その反対にマリエルは上手くスイッチを切り替えているようで、
 瞳の奥には普段のマリエルは存在しておらず、
 真剣でアルシェを守り切るという意思を持った護衛隊のひとりがそこには居た。

 アルシェとアクアはいつものペアだし今更何か言う必要は無い。
 なんだかんだであいつらは似たもの同士でストイックなところもそっくりだ。
 統合制御の振り分けも長いスキンシップの末に俺と同じレベルで行えるし、
 こと魔法の扱いに関してで言えばアスペラルダで1番だと思う。
 現在アルシェが研究中だと言っていた精霊纏エレメンタライズとは別アクセスの2身1体の強化方法が完成したら、並の人間では相手にならなくなるだろう。

 さて・・・。

「次は俺たちだぞ。土精霊纏エレメンタライズで初の実戦だ」
『合流してからあまり時間は取れていないですから、
 新魔法などは増やせなかった代わりにこれを急いだのは誰です?』
「俺です」
『なら、その判断に従って頑張って調整したボクに対してそれを聞くのです?』
「それは失敬致しました」

 顔の横に浮遊して待っていたノイに対し確認を取ると、
 ハァ~ン?とでも言うような顔と言葉で返された。
 まぁ、合流する前からどんな運用が適切かを考えて、
 それに沿った調整をする時間しか確保出来なかったのは事実だ。
 よって、魔法の手札はノイが元より覚えていた魔法以外は増えていない状態。
 唯一大きく変わったのは土精霊纏エレメンタライズを初めて行った際に、
 例に漏れずノイがオプションを得たことくらいか。

「ノイ、俺だけでは無くて出来れば皆も守ってくれ」
『マスターの守護者しゅごしゃはアニマが居るですからね。
 纏ったら[防御接続シールドリンク]でPTを繋いで[聖壁の欠片モノリス]を1枚づつ張っておくですよ』
「ほとんどは自衛できるだろうけど、
 いざって時の保険にはそれでいいかな・・・じゃあ最後までよろしくな」
『こちらこそです』

『「《土精霊纏エレメンタライズ!!》」』

 向かい合ったままのノイと最後の言葉と共に握手をし、
 そのままの体勢で共に詠唱した瞬間魔力の膜に包まれる。
 ノイの体は魔力光で発光した状態で人の姿を崩して繋がっている右腕から背中へと広がっていく。
 肩甲骨の付近から全体的に広がりを見せ、
 両手の手甲、頭のフードが追加され、
 そして背中でたなびくアスペラルダのマントがノイに上書きされる。

 ノイが纏ったタイミングで内側から膜に拳を打ち込めば、
 ヒビが瞬く間に着打点から広がっていき、やがて全てがコナゴナに砕け散り俺たちは世界に回帰した。

『ノイは尻尾付けないの~?』
「尻尾まで付けると重すぎるんだよ」
『マスター!乙女に禁止ですよと前に言ったです!』
「不動の状態が重いのは事実だろ・・・」

 俺とノイの土精霊纏エレメンタライズ。タイプ:不動。
 イメージ的にはアクアを始め、先達の契約精霊から来てはいるんだけど、
 土とか重力系の妖怪とか生き物ってのが俺は思い浮かばなかった。
 浮かんだのなんて精々、
 ぬりかべや子泣き爺、ダイダラボッチに石妖と、
 他の精霊纏エレメンタライズに比べるとハッキリとイメージが固まらないのだ。

 重要なのは拳による重攻撃とそれを支える重量。
 剛胆で堂々と戦場を歩ける安定性と堅牢な防御力、
 それらを強く求めた時にフト浮かんだのは不動明王像だった。
 神様とかそういう次元の前にあんな者に勝てるわけがないといイメージは、
 ノイとの精霊纏エレメンタライズの根幹に居座り今に至る。

 拳はトゲトカゲの頭に似た形を形成し、
 竜と違って剣も握って扱えるように手先は自由だし、
 全体的にアルマジロトカゲのように防御に優れた段々も付いている。
 見た目のボリュームだけで言えばアクアの竜の方が色々と重そうだったのに、
 今の不動は角とか幼龍ようりゅうの手とか余計なリアリティ?がないので割とスマートだ。

 しかし、足下の凍った地面は何もしていないにも関わらず、
 何故か既にヒビが入っている。なんでだろうなー?

『不服ではありますけど、重力制御が軽くするだけでいいのは楽ですね』
「防御も背中の大半をノイが担当するから、
 アニマの役目も少し楽になるしな。その辺どうだろ、アニマ?」
『別にいちいち声を掛けなくてもいいでしょうに・・・』

 ここまで一言も話していなかったアニマが、
 俺の問いかけに反応してブツブツ言いながら体から分離して姿を現した。

『ノイのマントによってワタクシ達の仕事が減るのは確か、です。
 しかし貴方方の攻撃に貴方方自身の腕が持たないので、
 浮いた分の無精はすべて拳に集中させる必要がある、です!』
『つまり、仕事が減っていないわけですのねー!』
『いえ、それどころか攻撃法法によっては、
 他の部位を担当している無精も移動させないといけないので・・・』
『流石はクー、です。
 どちらにしろワタクシのお役目は戦闘中にとても忙しくなる、です!
 宗八そうはちが死んではワタクシ達も困るのですから、
 いちいち声を掛けなくてもいいと言ったの、です』
「だってアニマずっと喋ってなかったじゃないか」
『戦闘に参加するわけでもないのですから話す必要はないでしょう
 ?
 時間がある時には姉妹も含めて話はしていますし問題ありません、です』

 さいでっか。
 まぁいずれ成長もして俺の守護以外の役目も出てくるかもしれないし、
 本人が出番を気にしないならそれでいいかな。
 一応俺に纏っている間も周囲との会話は聞こえているから、
 状況は理解しての発言のはずだし。
 アニマなりに無駄な時間を使うなって言ってるのかもしれない。

『・・・強いて言えば、みんな・・・頑張って生き残って下さい、です』

 それだけを言い残してアニマは俺の守護の役目に戻っていく。
 当然、死ぬ覚悟はあっても死にに行くわけじゃ無いさ。

「じゃあ、そろそろ出発するか。
 ポシェントはどうする?このまま着いてくるか?」
『当然最後まで見届けさせてもらう。
 オベリスクさえなければ動きも鈍らないし魔法も使える。
 戦力として数えてもらってかまわない』
「ん、了解した。
 敵が居たとしても魔神族のみでドラゴンは敵じゃ無いから、
 多少痛めつけたとしても殺すまではいかないでくれよ」
『わかっている。暴れたら細波さざなみのランスで鎮静。
 それで抑えられなければ実力行使・・・だろう?』

 内部のフロスト・ドラゴンとブルー・ドラゴンは、
 アイス・ドラゴンよりも意識がはっきりとしており俺たちの姿を視界に収めた瞬間から敵対する可能性もある。
 まずはオベリスク破壊の為に動く俺とマリエルが接触することになるだろうけれど、
 そこは回避してさっさと戦場を整えることに従事する。
 以降後続のアルシェ達と共にメグイヌオールとポシェントも来て、
 説得に当たるのがベストと考えているが、
 実際計画通りに事が運ぶことはないんだろうなと心のどこかで考えている。

「行くぞ!」

 宗八そうはちの短い掛け声と共に、
 ついに、水竜の巣内部への突入が開始された。
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