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第10章 -青龍の住む島、龍の巣編Ⅰ-
†第10章† -03話-[海のオベリスク]
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歩けばザリザリザクザクという小さな氷が潰れる音が耳に届き、
視界は真っ白い世界に覆われているというのに、
真下からの陽の反射が厳しい氷原を歩き始めて5分ほどだろうか。
ピリリリリ・・・、ピリリリリ・・・。
という自然界では聞くことのない揺蕩う唄の着信音が突如響き始めた。
それも俺だけでは無く、
ゲストであるポシェント以外の全員の揺蕩う唄が反応したことから、
本当にオベリスクでも発見したのかと思い、
ひとまず全員で背を向け合い互いの死角を無くす陣形をすぐに形成した。
『・・・何が起こっているのですか?』
「仲間からアーティファクト経由で連絡が来ています。
オベリスクの発見、もしくは何か別の物を発見したのかもしれません」
この着信音は揺蕩う唄を装備しているメンバーしか聞こえない為、
ポシェントだけが俺たちの行動に遅れを取り、
キョロキョロを周囲と俺たちを見回してから戸惑い気味に質問をしてきた。
その回答は俺では無く隣に陣取ったアルシェが応えてしまったが。
[セーバーから連絡が来ています][YES/NO]
もちろん回答はYESだ。
ポチッと目の前に広がる半透明のウィンドウを押すと、
メッセージウィンドウは消え失せて直ぐさま耳に付くイヤリングがセーバーの声で喋り始めた。
〔外周を回っている最中だが、
リュースィが魔力の減少を確認したらしい。
しかし、周辺にオベリスクは確認出来ない〕
「視界が吹雪で塞がっているからではなくですか?」
〔アルカンシェ姫、確かに吹雪の影響はありますが、
それにしてもこの辺は海の上ということもあって障害物などもないほど良好なのです〕
確かに多少吹雪いたところで少し待てば視界の回復は望めるし、
もっと長期間氷が張った状態で無ければ氷山の成長もないから、
死角となることもないはずだ。
「セーバーとノルキアはオベリスクの最大範囲をおおよそ把握しているな?
現在の位置から最大範囲で計算した場合、
周囲はどの位置になる?」
〔クランリーダー、ノルキアです。
周辺状況から考えれば島の中央方向は先の報告通り何もありませんが、
外周側は氷の一部が海をいくつも漂っています〕
「氷の大きさはどの程度か目測は出来るか?」
〔大きいのは7mほどで小さいのは1mもありません〕
「周囲には他にも流氷があるだろう?
他の位置に比べると大きい氷が目立つか?」
〔全員一致で目立つと判断した〕
セーバー達五人で判断したならばその情報に間違いはなさそうだ。
であれば非常に厄介な条件の中でオベリスクを破壊する必要があるか・・・。
「おそらくだが、大きいのと小さい流氷が混在する付近の海に、
オベリスクが沈んでいる可能性がある」
「今までは地表だったのに海の中・・・ですか?
効果範囲を考えればあまり賢いとは思えませんが・・・」
「そうですよね。
オベリスクの効果範囲は球体型ですから、
海に沈めちゃうとオベリスクの成長率も悪くなりますし」
「では何故魔神族は海にオベリスクを沈めたのでしょうか?」
各自が意見を述べるなか、
本当に正しい回答を俺たちが出す必要はない事を諭す。
「理由はあとから考えれば良い。
どうせ陸地だと思って打ち込んだら貫通して海に沈んだとか、
拍子抜けするような理由ってのがこういうときは相場だし・・・。
もしも本当に沈んでいるなら俺とアクアで対処しなければならない」
〔俺たちじゃ海の中で作業は出来ないからな。
でもな宗八、お前達だけで対処出来るのか?
魔法はほとんど聞かないんだろ?〕
「魔法でオベリスクを壊すには魔力の層を何重にも掛けて撃ち抜く必要があります。
以前は全員の力を結集させて成功させましたけれど・・・」
「今回は皆で移動するわけにもいかないからな・・・。
俺と精霊達で行ってくる」
「私たちはどうしますか?隊長」
「時間は掛けないから、この場で待機していてくれ。
帰りはゲートでさっさと戻るから」
「わかりました。気をつけて行ってきてください」
海の中でのオベリスク破壊など想定していない事例だ。
水の中でも動きづらいというのに、
その上オベリスクの破壊となれば行動にアクアは絶対不可欠だし、
攻撃に込めた魔力が減少しても壊すに足る攻撃力を持たせる為には工夫と、
それを可能にする魔法制御力が必要となる。
その必要な部分はすべてここひと月近くの訓練で劇的に向上しているので、
アルシェもマリエルも無理に着いてこようとは言い出さないのだ。
「というわけで、そちらに一旦合流する」
〔了解、この場で待機する〕
宣言通りにゲートをささっと描いてその場に設置し、
ステータス画面から外装の変更を選択する。
通称、見た目装備枠。
防御力は本当の装備枠の防具が影響するが、
そういう防御力を期待せずに自分に都合の良い装備をするのがこの外装枠だ。
以前から多少利用はしていたけれど、
別段必要性を感じなかったし、
基本的には冒険者のスタイルだった為装備に関しては装備している見た目そのままだった。
選択する外装は防具というには大変頼りなく、
胸元などの前面に小動物が入ることの出来る程度のポケットが2つ付いている。
さらに外側からはいつものアスペラルダの紋章が入ったマントを装備し、
パッと見であればそれなりに見えてくれていれば良いなぁ。
「ほい、持ち場につけ」
『ですわー!』
『あまり乗り心地は良くないんですけどね・・・仕方ないです』
『二人は捕まるのに向いていないウサギとトカゲですからね。
そこは諦めて次の加階の時に調整するしかないですよ』
『アクアは腕に巻き付けばいいし~、
クーは爪を立てれば肩に捕まることも出来るからねぇ~』
胸元の2つのポケットにはアニマル形態となったニルとノイがすっぽりと収まり、
アクアは最近一緒に居るときによく収まっている腕の部分に巻き付き、
クーは流石は猫なだけありアクアが言うとおりに爪さえ立てていれば多少の無理な動きでも着いてくることが出来る。
「じゃあ後は頼むぞ、アルシェ。
魔力散布だけ続けて周囲の様子を見ておいてくれ」
「わかりました、帰りをお待ちしています」
アルシェの返事を聞きマリエルとメリーへは視線で了解の意を確認したので、
足裏に魔力を集めて弾けさせ、
精霊を引き連れたまま俺たちはセーバー達の元へと移動を始めた。
* * * * *
連絡を受けてから1分程度でセーバー達の姿が見えたので、
魔力縮地(仮)の威力を抑えて弾ける距離を2mまで落とす。
いくらセーバー達が無精の力を使って、
[アクアライド]を使用しているとはいえ、
水精では無く訂正の低い無精が使っている事や練度の違いによって、
アルシェやマリエルのような速度を出すことは出来ない。
セーバーと契約している風精のリュースライアが動きが速くなる[ソニック]を加えたところで出せる速度にも限度がある。
馬車で旅をするよりは断然早いんだけどね・・・。
今やノイの重力制御が追加された俺の魔力縮地(仮)は最大一歩で10mは自身を弾き飛ばせるようになっている為、追いつくのは簡単だ。
「待たせた」
「それほど待ってない。それは新しい移動魔法か?」
「精霊を通して使わない移動方法として開発した魔力縮地(仮)だよ。
結局、Gに耐えられなくて眼球とか押し込まれて痛いからノイが居ないとそれほど使えるものじゃない」
現在の俺の魔法制御は魔力の扱いはかなり向上していても、
それぞれの属性の制御力はそれほど伸びてはいない。
特に長い期間鍛えていた水氷魔法ですらライドを一人で使えはしても、
本来人間が扱う物では無いし真なる加護も無いので、
アルシェやマリエルのように個人で運用しているとは流石に口が裂けても言えないレベルだ。
「Gって何ですか?」
「重力加速度だったかな・・・。
普段俺たちが受けている重力というのが1Gと言われている。
その場でジャンプすれば重力に引っ張られてそれほど高く飛べないけれど、
Gを減らせばもっと高く飛べる」
ノルキアの質問に正しいのかわからないうろ覚えな知識を披露する。
ただ、上に上がることで重力が加算されるのは理解できるけど、
横向きでもGって掛かるよな?遠心力的にも掛かるし、
その辺の力学的な知識はないのでこれ以上の説明はしようがない。
「それより先にオベリスクの位置を教えてくれ。
壊したらさっさとアルシェ達の元へ戻る必要がある」
「あ、失礼しました」
「先に報告していた流氷でしたか? それがあちらの方向です」
オベリスクがあることが判明している現状では、
急がなければならない事を告げて話を切り上げる。
謝罪するノルキアをそこそこに、
魔法使いで天然パーマのアネスが方向を指し示して教えてくれる。
確かに海に浮かぶ氷の塊が大小様々にありすぎる。
「どういう状況か自分たちの目で確認するなら同行しても良いぞ。
海の中だから物理攻撃で壊すのは流石に厳しいけどな」
「・・・同行しよう。今後は同じ状況でも何か出来る方法を考えておきたいし、
宗八がどのように処理するのか確認しておきたい」
「じゃあ移動するか。アクア、全員でも大丈夫だろ?」
『アクアにお任せ~!』
セーバーには悪いけど、結局は魔力量で押し切る感じだから参考にもならないと思う。
ただ、基本となる魔法で外殻を造る方法はそれなりに成長しているか、
シンクロで制御力をカバー出来ないと難しい。
とりあえず同行する彼らを海の底まで案内する為にアクアに可能か確認すると、
腕に巻き付いた状態のくせに器用に首?を伸ばして頬擦りしてくる。
ニュートラル形態のプニプニボデーも好きだけど、
アニマル形態の時のすべすべボデーも俺は嫌いじゃ無いぞ、アクア。
『《アクアライド~!》』
「「「「「《アクアライド!》」」」」」
全員の足下に水の飛沫を撒き散らす水のスケート靴が発動したのを確認して、
目的地の氷の砕けた水辺へと向かう。
近づくにつれて自身の中にある魔力が徐々に減り始めたのを感じながら、
内心はそれほど焦るほどではないなぁと思っていた。
オベリスクは魔力を消滅させることで経験値を積んで、
その効果範囲を広げていく半生物的な黒柱だ。
その性質的には現在のうちの契約精霊達の核も似ており、
オベリスクと同じく成長をする核となっていて。
経験値を積むことが次の進化条件のひとつとなっている。
そして俺の知る限りでは、
オベリスクの効果範囲が一番広いと感じたのが廃都フォレストトーレだった。
間に数本オベリスクが続いていたとはいえ、
7㎞はやっぱり頭おかしい範囲だろう。
セーバーの報告では後方陣の位置から真っ直ぐ入り口までの掃除で12本。
1本で言えば単純に500m~1㎞って程度だろ?
まだ詳しいところはカティナ達魔法ギルドが調べているけれど、
消失速度や拡大範囲に制限があって、
内側に入りさえしなければ魔力は減少していかない。
さらに言えば破滅の呪いがあるとはいえ、
影響下にあっても実際に体の異変に気がつくのはずいぶん経ってからだ。
低レベルだったり魔力敵性が低ければ話は違ってくるだろうが、
俺だけで言っても1ヶ月は余裕で効果範囲内で行動できるし、
精霊達に至っては3ヶ月~1年くらいの行動は可能だろう。
まぁ、普通はその前に異変を察してその場を離れるだろうけどな。
「ここから先はどうするのですか?」
「私たちは流石に氷が浮いているような海に入るなんて出来ないわ」
目的地の海を目の前に据えられる水際まで近づいたところで足を止めた俺たちだが、
後方から追いついてきた魔法使いのアネスさん、
そして弓使いのモエアさんがそれぞれ次の行動についての発言をしてきた。
もちろん加護があっても冷水に入るなんて正気の沙汰ではないので、
きちんと対処をしてからオベリスクの位置を確認するさね。
「アクアの魔法で膜を張って海中に潜ります。
アクア、精霊魔法を使うだろ?」
『魔力を厚めに張らないとすぐに解けちゃうからね~。
ますたーとシンクロしてからなら制御も出来るよ~!』
俺とアクアが考えている方法は、
以前アクアポッツォで海中を進む際に、
クーを海の底へ連れて行った泡を使った方法だ。
しかし、以前と比べれば魔法の扱いはレベルも上がっているし、
オベリスクの影響下である為、
薄い膜であった以前の方法ではすぐにその場で解けてしまう。
「宗八、俺たちはどうすればいいんだ?」
「『《シンクロ!》』」
セーバーの呼び掛けのタイミングが悪く、
俺たちはそれに返答が出来ぬままシンクロを発動させた。
これも蒼天のオーラが俺とアクアの体から発せられる部分は同じであるが、
このひと月近くでお互いが魔法に関して目一杯修行をした結果、
ダダ漏れという感じで周囲を揺蕩っていた蒼天のオーラは、
無駄なくコントロールされて俺たち二人の体の輪郭を象ったように光っている。
それでも表面が多少揺らめくのは、
現在オベリスク影響下にある証拠とも言える。
「今からアクアが海の上に魔方陣を造るから、
その上に全員移動してくれ。
もちろん、魔法陣が抜けて海に落ちるなんてことはないからな」
『アクアに任せろ~!』
「・・・はぁ、了解だ。クランリーダー」
「魔法陣の上に乗るなんて俺初めてだよ・・・」
「ディテウス、君だけでなく俺たちも初めてですから・・・。
魔法陣は精霊くらい魔法の扱いに長けた存在で無いと目に見える形で発現させることは出来ない物です」
ノルキアの説明を聞きつつも興味津々な様子の女性陣二人は、
恐怖や不安よりも好奇心が勝っているらしい。
魔法使いのアネスは自身の魔法の延長という事で理解は出来るけど、
モエアは弓使いなのに何故にそんな興味を強く示しているのだろうか?
「あ、私はフォレストトーレでトワインさんの魔法弓?を見せてもらったので」
「クランリーダーと同じように武器に魔法を込める方法なのですよね?
ゼノウPTとは同じ立場なのですから、
私たちもいずれは使えるように教えて欲しいです」
「モエアさんは同じように魔法弓を教えることは出来るし、
他のセーバーを筆頭に男連中にも教えることは可能だけど、
アネスさんは魔法使いだから得物に問題があるんだけど・・・」
「私の得物?今は杖を使っていますけど、
姫様と同じようにいずれは槍を装備しようかと思っていますよ?」
元気な口調のモエアさんと丁寧で少しほんわかした口調のアネスさん。
二人とも救出作戦の時にアルシェの指示の元近くで戦った際に、
トワインの魔法弓を見ていたらしい。
同時にアルシェが杖では無く槍を持っていることも見ていたことで、
少し早合点をさせてしまっている事に気がついた。
「アルシェは一応杖を装備しているんですよ。
ただ、普段はインベントリに仕舞ったままにしていて、
あの槍は魔法で造った物なので正式には装備している訳ではないんです」
「つまり・・・魔法で造れる技術が必要と言うことですか?」
「そうなります。
槍を造り、制御力をコントロールしながら近接戦闘も行い、
さらには魔法も扱えるように慣れる必要もあります。
もっと言えば、アルシェは真なるシヴァ神の加護を持っているのであまり比較対象には向いていないと思いますよ」
「おい、宗八。口調が戻ってるぞ」
「あ、いや。すみませんセーバー、つい。
あ・・・はぁ・・・もういいや。
いざという時の指示は敬語の配慮も出来ないんですから、
こういう緊急の場以外は多少多めに見てください」
慣れない口調はクランリーダーとして敬語は止めろというセーバーからのお達しだ。
しかし、年上で冒険者の先輩であるセーバーPTに対しては、
なかなか命令口調というかその類いの喋り方は俺の心労にも繋がるので本当に多めに見て欲しい。
『《竜玉!》』
「さぁ、始まりますからアクアの合図で乗ってくださいね」
雑談の中断は魔法の準備をしていたアクアが、
自身のオプションである竜玉を呼び出したことで中断された。
アクアが俺の腕に巻き付いたまま竜玉に向けて前ヒレを外向きに伸ばすと、
竜玉はその命令通りに薄く大きい円形の姿を取る。
『からの・・・《ダイビングフォーム》』
続くアクアの詠唱に従い、
薄く円形に海の上に広がった竜玉に魔法陣が浮かび上がる。
これで後は上に乗っかってアクアが制御すれば泡に包まれたまま海の底へと向かうことが出来る。
『いいよ~、みんな乗って~』
「ん?宗八は乗らないのか?」
アクアの掛け声で魔法陣の上に移動を始めたセーバーPTだったが、
発動させた精霊の主である当の俺が動き始めないことに疑問をもったセーバーが話しかけてきた。
「俺が乗ったらアクアの膜の中だろ?
中から魔法を撃ったら流石に海水が入っちゃうから、
シンクロでアクアの目を借りて海面から魔法を撃ち込ませてもらう」
『シンクロの扱いも私とセーバーとは違いますわ~』
「俺はセーバーとリュースィのコンビと違って、
契約精霊が他にもいるからな。
一緒に戦わない方法も考えておいて損はないんだよ」
「確かに俺たちは別々に行動するメリットがないからな。
海の中は揺蕩う唄がまともに動かないんだろ?
連絡はどうすればいい?」
「そこも精霊使いなんだから気づいて欲しいところだな。
精霊使いと契約精霊には口と耳を使う以外の会話が出来るだろうが・・・」
「・・・・あ、念話か。
それも俺たちは離れないからあまり使う機会が無かったなぁ。
とりあえず了解だ。ではアクア、こちらへどうぞ」
『少しの間だけどよろしくね~!』
するりと巻き付いていた腕から離れてセーバーの側まで浮遊して移動するアクア。
同行するセーバーPTもアクアと共に魔法陣の上に配置を完了したのを見届けてからアクアが魔法を次の段階に進め始める。
『じゃあね、ますたー。皆も頑張ってね~!』
『お姉さまもオベリスクに近い位置取りをするのですから、
消失現象の程に注意してくださいね!』
『こちらはお任せですわ-!』
『契約して初めての仕事ですから、失敗の無いように注意はするです!』
契約精霊達が別れの言葉を口にし終わると、
アクアはシンクロを維持した状態で一旦ここで二手に分かれる。
海面に広がった魔法陣の上に移ったセーバーPT諸共に、
アクアはそのまま魔法陣に沈み込み始める。
足先は海中に出ているだろうけれど、
すでに泡の防護膜が発止しているのでそのまま安心して不安そうな面々の沈みこみを見送った。
* * * * *
「ニル、エリアルで範囲外に出るぞ」
『あいさーですわー!《エリアルジャンプ!》』
胸ポケット内に納まっているウサギの姿をしたニルが、
おそらく敬礼をしながら指示通りに空を掛ける為の魔法を展開する。
自身の踝付近にエリアルジャンプ特有の感覚を感じ、
その感性に従って深く踏み込み飛び上がる。
ピリリリリ・・ピリリリリ・・・
飛び上がった瞬間から耳に着ける揺蕩う唄が鳴り響き、
目の前にはオベリスクの影響で表示がブレるメッセージウィンドウが出てきた。
[ゼノウから連絡が来ています][YES/NO]
空気の足場を蹴り上げながら俺は当然NOを素早く選択する。
ゼノウ達には悪いが今は対応している余裕はない。
『急速に中心から離れると魔力の消失速度の違いがわかりやすいです』
『以前の核を知っていれば尚更その違いを感じやすいと思いますよ。
現在の専用核は魔力の内包量も比べられないほどの差がありますから』
胸元と肩口でノイとクーの会話を聞きながらも入射角を考えながら、
足場となる動かない氷をキョロキョロと探す。
アクアとシンクロしているとはいえ撃ち込むのはこちらの作業なので、
射撃技術に関しては残る精霊を総動員してでも命中率を引き上げねばならない。
その為には動かないしっかりとした足場が好ましいのだ。
「射撃をアクアに任せっきりにしたツケがこんなところで返ってくるとは・・・」
『それを言っても仕方ありませんよ、お父さま。
クー達姉妹は完全に役割が分かれているからこそ特化出来ていますし、
遠距離攻撃に関してはお姉さまの分野でしたから、
クー達も多少は訓練していますけれどお姉さまとの差は歴然です』
『アクア姉様は遠距離特化、クー姉様が支援特化、
ニルが近接戦特化、ノイ姉様が防衛肉弾戦特化ですものねー!』
「それとアニマは無精らしくノイとは別方向で俺の守護をしてる。
残るメンバーで言えば・・・クーかな?」
『お姉さまと比べれば1枚も2枚も落ちてしまいますが、
妹として恥ずかしくないように頑張ります!』
残るニルとノイはどちらも遠距離攻撃の訓練よりも、
それぞれが特化する為の能力を上げる努力を俺の指示の元していた。
俺自身が器用貧乏という事で自業自得な苦労をした経験上、
契約精霊達には得意な事を1つは持てるようにと画策した結果だ。
アクアが離れれば遠距離が不得手になるのは自明の理。
オベリスクから離れ丁度良い足場を探した結果、
範囲外に出て少し離れてしまうが大本の氷の足場から離れていない位置を取ることが出来た。
そして到着とほぼ同時にアクアから海の底に着いて、
深度や海底の状態の報告が念話にて入ってくる。
『(ますたー、一番下まで降りたよ~。
深さはねぇ~150mくらいでねぇ~、
生き物はやっぱりみんな居なくなってるみたいだよぉ~)』
「(了解。シンクロで大まかなアクアの位置と視界の共有でなんとかする。
目の前に降りたんだろうけど、どのくらいまでなら耐えられそうだ?)」
『(ん~・・・この近さだと流石に結構な速度で消されちゃうし、
アクアの魔力を消失させることで少しずつ成長してるみたい。
1日も居たらもうアクアは無理だと思うよ~)』
1日もその場で待機なんてさせねぇから安心しろ。
海の底ということもあり視界にアクアの姿を捕らえる事は出来ないが、
大まかな位置が繋がりから分かるので、
それを基準に魔法でオベリスクを撃ち抜くのが今回の作戦だ。
「先に強化魔法は使っておいてくれ。
ここからはアクアの負担を少なくする為にも早さ重視になるからな」
『かしこまりました。《闇纏》!』
『かしこまりですわー。《雷纏》』
『了解です。《土纏》』
アクア以外のその場にいる精霊達が一斉に強化魔法を自身に施す。
クーはリアルアイ○ーに見えるし、
ニルもウサギの状態での雷纏なので見慣れない感が半端ない姿に。
そしてノイも合流してからあまり時間は無かった物の土纏は優先して習得していた。
それぞれが自身を強化して魔法の扱いや威力も上がったところで、
オベリスク破壊の為の指示出しを開始する。
「基本の砲弾はノイのジュエル」
『了解です。口径はどのくらいが良いです?』
「造った後に魔力を抜いて物質として残すから、
守護者の腕で握れる位の大きさで出してくれ。
あと硬度は最大で」
『魔力を抜くなら[金剛]は使えないですね・・うん、お任せあれです!
《ジュエルバレット!》』
出会ったばかりの頃は石を起点とした魔法しか使えなかったノイだが、
ティターン様の元で過ごしている間に鉱石を口にする機会を作ってもらった際に、
魔法の幅を広げる事が出来ることを知ったらしく、
今最も攻撃力のある魔法としては何の鉱石かまでは分からないけれど、
白っぽい斑模様の石がジュエルらしいクリスタルの形状でクルクル回りながら精製され始める。
「クーは砲弾の外殻を作るのと、
出来れば転移で海中に飛ばしてほしいんだけど・・」
『依然と同じく弾の攻撃力を維持する為の外殻膜状バリアならば可能ですけど、
転移については短距離転移ならまだしも、
オベリスクまでの距離ならばお父さまとのシンクロが必要となります』
「じゃあシンクロ二人目はクーで決まりだな。
アクアとの調整は任せたぞ」
『かしこまりました』
アクア抜きでの多重外殻弾を使用する為には、
それぞれが外殻を出来る限り張る必要があるのだが、
クーの転移で距離を稼げるならばその外殻への負担も少なく出来る。
海の中ということで射撃時の勢いを殺されないように転移とアクアの支配域制御でなんとか突破するしかない。
「『シンクロ!』」
「ニルは海対策で初速の加速に集中してほしいところだけど、
外殻も作ってもらう必要がある」
『ん~、ニルはシンクロまでしなくてもなんとかなりそうですわ-!
アルシェやセリア様から色々と教わった甲斐がありますわねー!』
「そりゃ助かるな。三人シンクロはまだ負担を感じるし、
ノイと出来ればしておきたかったからな」
『んふふ~!ニル様様ですわー!!』
自分で言うんじゃねぇよ。
でも、確かにシンクロでの負担が減るのは助かるからそれはそれでいいや。
威力、射速はこれで十分。
クーとニルの二人で外殻を依然と同じく6枚重ねで作ってもらえれば、
破壊可能な威力を保てるだろうけど、
問題は海の中ってことなんだよなぁ。
「(アクア、海を割って道を作ることは出来るか?)」
『(ここ150m下なんだよ~!むりぃ~!)』
「(途中まではクーの転移で送り込むし、
射速はニルの全開ソニックとノイの重力で底上げするから、
実際は距離も時間もそこまで必要はないんだ)」
『(んとねぇ~。50mまでならなんとかなるけど、
オベリスクの範囲だとそれ以上は水を動かせないみたい~)』
ここまでが大体600mくらいと考えれば・・・あれ?無理・・?
いやいや、現状シンクロはアクアとクーが確定しているから、
アルシェとメリーを加えればもう少し無茶は出来るはず。
「(アクア、アルシェとシンクロしろ)」
『(あい!)』
「クーもメリーとシンクロしてくれ」
『わかりました』
指示を出した二人からはすぐに新たに繋がりが増えた事が感じられた。
実際クーから漏れている漆黒のオーラが一回り大きくなっている。
ピリリリリリ・・・。
[アルカンシェ、メリーから連絡が来ています][YES/NO]
「すまんな、オベリスクが海の底に刺さっててちょっと俺たちだけじゃ無理そうだった」
〔それは大丈夫ですけど、私たちは合流しなくてもいいですか?〕
「とりあえずシンクロでサポートしてくれればいいよ。
ネシンフラ島と同じ処理で可能ならと思っていたけど、
流石に海の底にあるのは予想外だったからな」
〔セーバー様方はどうなさっているのでしょうか?
海の底であればお力にはなりづらいかと思いますが?〕
「あいつらはアクアと一緒に海の底でオベリスクの確認をしている。
今後どこに刺さっていても対処する為の考える力は必要だから、
経験の為にも見学をさせている」
〔なるほど・・・、後ほどアクア様の記憶を覗かせていただければ助かります〕
「それは全員共有するから問題ない」
マリエルもシンクロに混ぜればより一層楽になるのだろうが、
人数が増えるとほんの少し頭痛が強くなるからなぁ。
まぁ精霊とのシンクロが増えるよりはマシなんだけどさ。
ただあいつも含める場合はノイでは無くニルとのシンクロが必要になる・・・。
悩むわぁ。
視界は真っ白い世界に覆われているというのに、
真下からの陽の反射が厳しい氷原を歩き始めて5分ほどだろうか。
ピリリリリ・・・、ピリリリリ・・・。
という自然界では聞くことのない揺蕩う唄の着信音が突如響き始めた。
それも俺だけでは無く、
ゲストであるポシェント以外の全員の揺蕩う唄が反応したことから、
本当にオベリスクでも発見したのかと思い、
ひとまず全員で背を向け合い互いの死角を無くす陣形をすぐに形成した。
『・・・何が起こっているのですか?』
「仲間からアーティファクト経由で連絡が来ています。
オベリスクの発見、もしくは何か別の物を発見したのかもしれません」
この着信音は揺蕩う唄を装備しているメンバーしか聞こえない為、
ポシェントだけが俺たちの行動に遅れを取り、
キョロキョロを周囲と俺たちを見回してから戸惑い気味に質問をしてきた。
その回答は俺では無く隣に陣取ったアルシェが応えてしまったが。
[セーバーから連絡が来ています][YES/NO]
もちろん回答はYESだ。
ポチッと目の前に広がる半透明のウィンドウを押すと、
メッセージウィンドウは消え失せて直ぐさま耳に付くイヤリングがセーバーの声で喋り始めた。
〔外周を回っている最中だが、
リュースィが魔力の減少を確認したらしい。
しかし、周辺にオベリスクは確認出来ない〕
「視界が吹雪で塞がっているからではなくですか?」
〔アルカンシェ姫、確かに吹雪の影響はありますが、
それにしてもこの辺は海の上ということもあって障害物などもないほど良好なのです〕
確かに多少吹雪いたところで少し待てば視界の回復は望めるし、
もっと長期間氷が張った状態で無ければ氷山の成長もないから、
死角となることもないはずだ。
「セーバーとノルキアはオベリスクの最大範囲をおおよそ把握しているな?
現在の位置から最大範囲で計算した場合、
周囲はどの位置になる?」
〔クランリーダー、ノルキアです。
周辺状況から考えれば島の中央方向は先の報告通り何もありませんが、
外周側は氷の一部が海をいくつも漂っています〕
「氷の大きさはどの程度か目測は出来るか?」
〔大きいのは7mほどで小さいのは1mもありません〕
「周囲には他にも流氷があるだろう?
他の位置に比べると大きい氷が目立つか?」
〔全員一致で目立つと判断した〕
セーバー達五人で判断したならばその情報に間違いはなさそうだ。
であれば非常に厄介な条件の中でオベリスクを破壊する必要があるか・・・。
「おそらくだが、大きいのと小さい流氷が混在する付近の海に、
オベリスクが沈んでいる可能性がある」
「今までは地表だったのに海の中・・・ですか?
効果範囲を考えればあまり賢いとは思えませんが・・・」
「そうですよね。
オベリスクの効果範囲は球体型ですから、
海に沈めちゃうとオベリスクの成長率も悪くなりますし」
「では何故魔神族は海にオベリスクを沈めたのでしょうか?」
各自が意見を述べるなか、
本当に正しい回答を俺たちが出す必要はない事を諭す。
「理由はあとから考えれば良い。
どうせ陸地だと思って打ち込んだら貫通して海に沈んだとか、
拍子抜けするような理由ってのがこういうときは相場だし・・・。
もしも本当に沈んでいるなら俺とアクアで対処しなければならない」
〔俺たちじゃ海の中で作業は出来ないからな。
でもな宗八、お前達だけで対処出来るのか?
魔法はほとんど聞かないんだろ?〕
「魔法でオベリスクを壊すには魔力の層を何重にも掛けて撃ち抜く必要があります。
以前は全員の力を結集させて成功させましたけれど・・・」
「今回は皆で移動するわけにもいかないからな・・・。
俺と精霊達で行ってくる」
「私たちはどうしますか?隊長」
「時間は掛けないから、この場で待機していてくれ。
帰りはゲートでさっさと戻るから」
「わかりました。気をつけて行ってきてください」
海の中でのオベリスク破壊など想定していない事例だ。
水の中でも動きづらいというのに、
その上オベリスクの破壊となれば行動にアクアは絶対不可欠だし、
攻撃に込めた魔力が減少しても壊すに足る攻撃力を持たせる為には工夫と、
それを可能にする魔法制御力が必要となる。
その必要な部分はすべてここひと月近くの訓練で劇的に向上しているので、
アルシェもマリエルも無理に着いてこようとは言い出さないのだ。
「というわけで、そちらに一旦合流する」
〔了解、この場で待機する〕
宣言通りにゲートをささっと描いてその場に設置し、
ステータス画面から外装の変更を選択する。
通称、見た目装備枠。
防御力は本当の装備枠の防具が影響するが、
そういう防御力を期待せずに自分に都合の良い装備をするのがこの外装枠だ。
以前から多少利用はしていたけれど、
別段必要性を感じなかったし、
基本的には冒険者のスタイルだった為装備に関しては装備している見た目そのままだった。
選択する外装は防具というには大変頼りなく、
胸元などの前面に小動物が入ることの出来る程度のポケットが2つ付いている。
さらに外側からはいつものアスペラルダの紋章が入ったマントを装備し、
パッと見であればそれなりに見えてくれていれば良いなぁ。
「ほい、持ち場につけ」
『ですわー!』
『あまり乗り心地は良くないんですけどね・・・仕方ないです』
『二人は捕まるのに向いていないウサギとトカゲですからね。
そこは諦めて次の加階の時に調整するしかないですよ』
『アクアは腕に巻き付けばいいし~、
クーは爪を立てれば肩に捕まることも出来るからねぇ~』
胸元の2つのポケットにはアニマル形態となったニルとノイがすっぽりと収まり、
アクアは最近一緒に居るときによく収まっている腕の部分に巻き付き、
クーは流石は猫なだけありアクアが言うとおりに爪さえ立てていれば多少の無理な動きでも着いてくることが出来る。
「じゃあ後は頼むぞ、アルシェ。
魔力散布だけ続けて周囲の様子を見ておいてくれ」
「わかりました、帰りをお待ちしています」
アルシェの返事を聞きマリエルとメリーへは視線で了解の意を確認したので、
足裏に魔力を集めて弾けさせ、
精霊を引き連れたまま俺たちはセーバー達の元へと移動を始めた。
* * * * *
連絡を受けてから1分程度でセーバー達の姿が見えたので、
魔力縮地(仮)の威力を抑えて弾ける距離を2mまで落とす。
いくらセーバー達が無精の力を使って、
[アクアライド]を使用しているとはいえ、
水精では無く訂正の低い無精が使っている事や練度の違いによって、
アルシェやマリエルのような速度を出すことは出来ない。
セーバーと契約している風精のリュースライアが動きが速くなる[ソニック]を加えたところで出せる速度にも限度がある。
馬車で旅をするよりは断然早いんだけどね・・・。
今やノイの重力制御が追加された俺の魔力縮地(仮)は最大一歩で10mは自身を弾き飛ばせるようになっている為、追いつくのは簡単だ。
「待たせた」
「それほど待ってない。それは新しい移動魔法か?」
「精霊を通して使わない移動方法として開発した魔力縮地(仮)だよ。
結局、Gに耐えられなくて眼球とか押し込まれて痛いからノイが居ないとそれほど使えるものじゃない」
現在の俺の魔法制御は魔力の扱いはかなり向上していても、
それぞれの属性の制御力はそれほど伸びてはいない。
特に長い期間鍛えていた水氷魔法ですらライドを一人で使えはしても、
本来人間が扱う物では無いし真なる加護も無いので、
アルシェやマリエルのように個人で運用しているとは流石に口が裂けても言えないレベルだ。
「Gって何ですか?」
「重力加速度だったかな・・・。
普段俺たちが受けている重力というのが1Gと言われている。
その場でジャンプすれば重力に引っ張られてそれほど高く飛べないけれど、
Gを減らせばもっと高く飛べる」
ノルキアの質問に正しいのかわからないうろ覚えな知識を披露する。
ただ、上に上がることで重力が加算されるのは理解できるけど、
横向きでもGって掛かるよな?遠心力的にも掛かるし、
その辺の力学的な知識はないのでこれ以上の説明はしようがない。
「それより先にオベリスクの位置を教えてくれ。
壊したらさっさとアルシェ達の元へ戻る必要がある」
「あ、失礼しました」
「先に報告していた流氷でしたか? それがあちらの方向です」
オベリスクがあることが判明している現状では、
急がなければならない事を告げて話を切り上げる。
謝罪するノルキアをそこそこに、
魔法使いで天然パーマのアネスが方向を指し示して教えてくれる。
確かに海に浮かぶ氷の塊が大小様々にありすぎる。
「どういう状況か自分たちの目で確認するなら同行しても良いぞ。
海の中だから物理攻撃で壊すのは流石に厳しいけどな」
「・・・同行しよう。今後は同じ状況でも何か出来る方法を考えておきたいし、
宗八がどのように処理するのか確認しておきたい」
「じゃあ移動するか。アクア、全員でも大丈夫だろ?」
『アクアにお任せ~!』
セーバーには悪いけど、結局は魔力量で押し切る感じだから参考にもならないと思う。
ただ、基本となる魔法で外殻を造る方法はそれなりに成長しているか、
シンクロで制御力をカバー出来ないと難しい。
とりあえず同行する彼らを海の底まで案内する為にアクアに可能か確認すると、
腕に巻き付いた状態のくせに器用に首?を伸ばして頬擦りしてくる。
ニュートラル形態のプニプニボデーも好きだけど、
アニマル形態の時のすべすべボデーも俺は嫌いじゃ無いぞ、アクア。
『《アクアライド~!》』
「「「「「《アクアライド!》」」」」」
全員の足下に水の飛沫を撒き散らす水のスケート靴が発動したのを確認して、
目的地の氷の砕けた水辺へと向かう。
近づくにつれて自身の中にある魔力が徐々に減り始めたのを感じながら、
内心はそれほど焦るほどではないなぁと思っていた。
オベリスクは魔力を消滅させることで経験値を積んで、
その効果範囲を広げていく半生物的な黒柱だ。
その性質的には現在のうちの契約精霊達の核も似ており、
オベリスクと同じく成長をする核となっていて。
経験値を積むことが次の進化条件のひとつとなっている。
そして俺の知る限りでは、
オベリスクの効果範囲が一番広いと感じたのが廃都フォレストトーレだった。
間に数本オベリスクが続いていたとはいえ、
7㎞はやっぱり頭おかしい範囲だろう。
セーバーの報告では後方陣の位置から真っ直ぐ入り口までの掃除で12本。
1本で言えば単純に500m~1㎞って程度だろ?
まだ詳しいところはカティナ達魔法ギルドが調べているけれど、
消失速度や拡大範囲に制限があって、
内側に入りさえしなければ魔力は減少していかない。
さらに言えば破滅の呪いがあるとはいえ、
影響下にあっても実際に体の異変に気がつくのはずいぶん経ってからだ。
低レベルだったり魔力敵性が低ければ話は違ってくるだろうが、
俺だけで言っても1ヶ月は余裕で効果範囲内で行動できるし、
精霊達に至っては3ヶ月~1年くらいの行動は可能だろう。
まぁ、普通はその前に異変を察してその場を離れるだろうけどな。
「ここから先はどうするのですか?」
「私たちは流石に氷が浮いているような海に入るなんて出来ないわ」
目的地の海を目の前に据えられる水際まで近づいたところで足を止めた俺たちだが、
後方から追いついてきた魔法使いのアネスさん、
そして弓使いのモエアさんがそれぞれ次の行動についての発言をしてきた。
もちろん加護があっても冷水に入るなんて正気の沙汰ではないので、
きちんと対処をしてからオベリスクの位置を確認するさね。
「アクアの魔法で膜を張って海中に潜ります。
アクア、精霊魔法を使うだろ?」
『魔力を厚めに張らないとすぐに解けちゃうからね~。
ますたーとシンクロしてからなら制御も出来るよ~!』
俺とアクアが考えている方法は、
以前アクアポッツォで海中を進む際に、
クーを海の底へ連れて行った泡を使った方法だ。
しかし、以前と比べれば魔法の扱いはレベルも上がっているし、
オベリスクの影響下である為、
薄い膜であった以前の方法ではすぐにその場で解けてしまう。
「宗八、俺たちはどうすればいいんだ?」
「『《シンクロ!》』」
セーバーの呼び掛けのタイミングが悪く、
俺たちはそれに返答が出来ぬままシンクロを発動させた。
これも蒼天のオーラが俺とアクアの体から発せられる部分は同じであるが、
このひと月近くでお互いが魔法に関して目一杯修行をした結果、
ダダ漏れという感じで周囲を揺蕩っていた蒼天のオーラは、
無駄なくコントロールされて俺たち二人の体の輪郭を象ったように光っている。
それでも表面が多少揺らめくのは、
現在オベリスク影響下にある証拠とも言える。
「今からアクアが海の上に魔方陣を造るから、
その上に全員移動してくれ。
もちろん、魔法陣が抜けて海に落ちるなんてことはないからな」
『アクアに任せろ~!』
「・・・はぁ、了解だ。クランリーダー」
「魔法陣の上に乗るなんて俺初めてだよ・・・」
「ディテウス、君だけでなく俺たちも初めてですから・・・。
魔法陣は精霊くらい魔法の扱いに長けた存在で無いと目に見える形で発現させることは出来ない物です」
ノルキアの説明を聞きつつも興味津々な様子の女性陣二人は、
恐怖や不安よりも好奇心が勝っているらしい。
魔法使いのアネスは自身の魔法の延長という事で理解は出来るけど、
モエアは弓使いなのに何故にそんな興味を強く示しているのだろうか?
「あ、私はフォレストトーレでトワインさんの魔法弓?を見せてもらったので」
「クランリーダーと同じように武器に魔法を込める方法なのですよね?
ゼノウPTとは同じ立場なのですから、
私たちもいずれは使えるように教えて欲しいです」
「モエアさんは同じように魔法弓を教えることは出来るし、
他のセーバーを筆頭に男連中にも教えることは可能だけど、
アネスさんは魔法使いだから得物に問題があるんだけど・・・」
「私の得物?今は杖を使っていますけど、
姫様と同じようにいずれは槍を装備しようかと思っていますよ?」
元気な口調のモエアさんと丁寧で少しほんわかした口調のアネスさん。
二人とも救出作戦の時にアルシェの指示の元近くで戦った際に、
トワインの魔法弓を見ていたらしい。
同時にアルシェが杖では無く槍を持っていることも見ていたことで、
少し早合点をさせてしまっている事に気がついた。
「アルシェは一応杖を装備しているんですよ。
ただ、普段はインベントリに仕舞ったままにしていて、
あの槍は魔法で造った物なので正式には装備している訳ではないんです」
「つまり・・・魔法で造れる技術が必要と言うことですか?」
「そうなります。
槍を造り、制御力をコントロールしながら近接戦闘も行い、
さらには魔法も扱えるように慣れる必要もあります。
もっと言えば、アルシェは真なるシヴァ神の加護を持っているのであまり比較対象には向いていないと思いますよ」
「おい、宗八。口調が戻ってるぞ」
「あ、いや。すみませんセーバー、つい。
あ・・・はぁ・・・もういいや。
いざという時の指示は敬語の配慮も出来ないんですから、
こういう緊急の場以外は多少多めに見てください」
慣れない口調はクランリーダーとして敬語は止めろというセーバーからのお達しだ。
しかし、年上で冒険者の先輩であるセーバーPTに対しては、
なかなか命令口調というかその類いの喋り方は俺の心労にも繋がるので本当に多めに見て欲しい。
『《竜玉!》』
「さぁ、始まりますからアクアの合図で乗ってくださいね」
雑談の中断は魔法の準備をしていたアクアが、
自身のオプションである竜玉を呼び出したことで中断された。
アクアが俺の腕に巻き付いたまま竜玉に向けて前ヒレを外向きに伸ばすと、
竜玉はその命令通りに薄く大きい円形の姿を取る。
『からの・・・《ダイビングフォーム》』
続くアクアの詠唱に従い、
薄く円形に海の上に広がった竜玉に魔法陣が浮かび上がる。
これで後は上に乗っかってアクアが制御すれば泡に包まれたまま海の底へと向かうことが出来る。
『いいよ~、みんな乗って~』
「ん?宗八は乗らないのか?」
アクアの掛け声で魔法陣の上に移動を始めたセーバーPTだったが、
発動させた精霊の主である当の俺が動き始めないことに疑問をもったセーバーが話しかけてきた。
「俺が乗ったらアクアの膜の中だろ?
中から魔法を撃ったら流石に海水が入っちゃうから、
シンクロでアクアの目を借りて海面から魔法を撃ち込ませてもらう」
『シンクロの扱いも私とセーバーとは違いますわ~』
「俺はセーバーとリュースィのコンビと違って、
契約精霊が他にもいるからな。
一緒に戦わない方法も考えておいて損はないんだよ」
「確かに俺たちは別々に行動するメリットがないからな。
海の中は揺蕩う唄がまともに動かないんだろ?
連絡はどうすればいい?」
「そこも精霊使いなんだから気づいて欲しいところだな。
精霊使いと契約精霊には口と耳を使う以外の会話が出来るだろうが・・・」
「・・・・あ、念話か。
それも俺たちは離れないからあまり使う機会が無かったなぁ。
とりあえず了解だ。ではアクア、こちらへどうぞ」
『少しの間だけどよろしくね~!』
するりと巻き付いていた腕から離れてセーバーの側まで浮遊して移動するアクア。
同行するセーバーPTもアクアと共に魔法陣の上に配置を完了したのを見届けてからアクアが魔法を次の段階に進め始める。
『じゃあね、ますたー。皆も頑張ってね~!』
『お姉さまもオベリスクに近い位置取りをするのですから、
消失現象の程に注意してくださいね!』
『こちらはお任せですわ-!』
『契約して初めての仕事ですから、失敗の無いように注意はするです!』
契約精霊達が別れの言葉を口にし終わると、
アクアはシンクロを維持した状態で一旦ここで二手に分かれる。
海面に広がった魔法陣の上に移ったセーバーPT諸共に、
アクアはそのまま魔法陣に沈み込み始める。
足先は海中に出ているだろうけれど、
すでに泡の防護膜が発止しているのでそのまま安心して不安そうな面々の沈みこみを見送った。
* * * * *
「ニル、エリアルで範囲外に出るぞ」
『あいさーですわー!《エリアルジャンプ!》』
胸ポケット内に納まっているウサギの姿をしたニルが、
おそらく敬礼をしながら指示通りに空を掛ける為の魔法を展開する。
自身の踝付近にエリアルジャンプ特有の感覚を感じ、
その感性に従って深く踏み込み飛び上がる。
ピリリリリ・・ピリリリリ・・・
飛び上がった瞬間から耳に着ける揺蕩う唄が鳴り響き、
目の前にはオベリスクの影響で表示がブレるメッセージウィンドウが出てきた。
[ゼノウから連絡が来ています][YES/NO]
空気の足場を蹴り上げながら俺は当然NOを素早く選択する。
ゼノウ達には悪いが今は対応している余裕はない。
『急速に中心から離れると魔力の消失速度の違いがわかりやすいです』
『以前の核を知っていれば尚更その違いを感じやすいと思いますよ。
現在の専用核は魔力の内包量も比べられないほどの差がありますから』
胸元と肩口でノイとクーの会話を聞きながらも入射角を考えながら、
足場となる動かない氷をキョロキョロと探す。
アクアとシンクロしているとはいえ撃ち込むのはこちらの作業なので、
射撃技術に関しては残る精霊を総動員してでも命中率を引き上げねばならない。
その為には動かないしっかりとした足場が好ましいのだ。
「射撃をアクアに任せっきりにしたツケがこんなところで返ってくるとは・・・」
『それを言っても仕方ありませんよ、お父さま。
クー達姉妹は完全に役割が分かれているからこそ特化出来ていますし、
遠距離攻撃に関してはお姉さまの分野でしたから、
クー達も多少は訓練していますけれどお姉さまとの差は歴然です』
『アクア姉様は遠距離特化、クー姉様が支援特化、
ニルが近接戦特化、ノイ姉様が防衛肉弾戦特化ですものねー!』
「それとアニマは無精らしくノイとは別方向で俺の守護をしてる。
残るメンバーで言えば・・・クーかな?」
『お姉さまと比べれば1枚も2枚も落ちてしまいますが、
妹として恥ずかしくないように頑張ります!』
残るニルとノイはどちらも遠距離攻撃の訓練よりも、
それぞれが特化する為の能力を上げる努力を俺の指示の元していた。
俺自身が器用貧乏という事で自業自得な苦労をした経験上、
契約精霊達には得意な事を1つは持てるようにと画策した結果だ。
アクアが離れれば遠距離が不得手になるのは自明の理。
オベリスクから離れ丁度良い足場を探した結果、
範囲外に出て少し離れてしまうが大本の氷の足場から離れていない位置を取ることが出来た。
そして到着とほぼ同時にアクアから海の底に着いて、
深度や海底の状態の報告が念話にて入ってくる。
『(ますたー、一番下まで降りたよ~。
深さはねぇ~150mくらいでねぇ~、
生き物はやっぱりみんな居なくなってるみたいだよぉ~)』
「(了解。シンクロで大まかなアクアの位置と視界の共有でなんとかする。
目の前に降りたんだろうけど、どのくらいまでなら耐えられそうだ?)」
『(ん~・・・この近さだと流石に結構な速度で消されちゃうし、
アクアの魔力を消失させることで少しずつ成長してるみたい。
1日も居たらもうアクアは無理だと思うよ~)』
1日もその場で待機なんてさせねぇから安心しろ。
海の底ということもあり視界にアクアの姿を捕らえる事は出来ないが、
大まかな位置が繋がりから分かるので、
それを基準に魔法でオベリスクを撃ち抜くのが今回の作戦だ。
「先に強化魔法は使っておいてくれ。
ここからはアクアの負担を少なくする為にも早さ重視になるからな」
『かしこまりました。《闇纏》!』
『かしこまりですわー。《雷纏》』
『了解です。《土纏》』
アクア以外のその場にいる精霊達が一斉に強化魔法を自身に施す。
クーはリアルアイ○ーに見えるし、
ニルもウサギの状態での雷纏なので見慣れない感が半端ない姿に。
そしてノイも合流してからあまり時間は無かった物の土纏は優先して習得していた。
それぞれが自身を強化して魔法の扱いや威力も上がったところで、
オベリスク破壊の為の指示出しを開始する。
「基本の砲弾はノイのジュエル」
『了解です。口径はどのくらいが良いです?』
「造った後に魔力を抜いて物質として残すから、
守護者の腕で握れる位の大きさで出してくれ。
あと硬度は最大で」
『魔力を抜くなら[金剛]は使えないですね・・うん、お任せあれです!
《ジュエルバレット!》』
出会ったばかりの頃は石を起点とした魔法しか使えなかったノイだが、
ティターン様の元で過ごしている間に鉱石を口にする機会を作ってもらった際に、
魔法の幅を広げる事が出来ることを知ったらしく、
今最も攻撃力のある魔法としては何の鉱石かまでは分からないけれど、
白っぽい斑模様の石がジュエルらしいクリスタルの形状でクルクル回りながら精製され始める。
「クーは砲弾の外殻を作るのと、
出来れば転移で海中に飛ばしてほしいんだけど・・」
『依然と同じく弾の攻撃力を維持する為の外殻膜状バリアならば可能ですけど、
転移については短距離転移ならまだしも、
オベリスクまでの距離ならばお父さまとのシンクロが必要となります』
「じゃあシンクロ二人目はクーで決まりだな。
アクアとの調整は任せたぞ」
『かしこまりました』
アクア抜きでの多重外殻弾を使用する為には、
それぞれが外殻を出来る限り張る必要があるのだが、
クーの転移で距離を稼げるならばその外殻への負担も少なく出来る。
海の中ということで射撃時の勢いを殺されないように転移とアクアの支配域制御でなんとか突破するしかない。
「『シンクロ!』」
「ニルは海対策で初速の加速に集中してほしいところだけど、
外殻も作ってもらう必要がある」
『ん~、ニルはシンクロまでしなくてもなんとかなりそうですわ-!
アルシェやセリア様から色々と教わった甲斐がありますわねー!』
「そりゃ助かるな。三人シンクロはまだ負担を感じるし、
ノイと出来ればしておきたかったからな」
『んふふ~!ニル様様ですわー!!』
自分で言うんじゃねぇよ。
でも、確かにシンクロでの負担が減るのは助かるからそれはそれでいいや。
威力、射速はこれで十分。
クーとニルの二人で外殻を依然と同じく6枚重ねで作ってもらえれば、
破壊可能な威力を保てるだろうけど、
問題は海の中ってことなんだよなぁ。
「(アクア、海を割って道を作ることは出来るか?)」
『(ここ150m下なんだよ~!むりぃ~!)』
「(途中まではクーの転移で送り込むし、
射速はニルの全開ソニックとノイの重力で底上げするから、
実際は距離も時間もそこまで必要はないんだ)」
『(んとねぇ~。50mまでならなんとかなるけど、
オベリスクの範囲だとそれ以上は水を動かせないみたい~)』
ここまでが大体600mくらいと考えれば・・・あれ?無理・・?
いやいや、現状シンクロはアクアとクーが確定しているから、
アルシェとメリーを加えればもう少し無茶は出来るはず。
「(アクア、アルシェとシンクロしろ)」
『(あい!)』
「クーもメリーとシンクロしてくれ」
『わかりました』
指示を出した二人からはすぐに新たに繋がりが増えた事が感じられた。
実際クーから漏れている漆黒のオーラが一回り大きくなっている。
ピリリリリリ・・・。
[アルカンシェ、メリーから連絡が来ています][YES/NO]
「すまんな、オベリスクが海の底に刺さっててちょっと俺たちだけじゃ無理そうだった」
〔それは大丈夫ですけど、私たちは合流しなくてもいいですか?〕
「とりあえずシンクロでサポートしてくれればいいよ。
ネシンフラ島と同じ処理で可能ならと思っていたけど、
流石に海の底にあるのは予想外だったからな」
〔セーバー様方はどうなさっているのでしょうか?
海の底であればお力にはなりづらいかと思いますが?〕
「あいつらはアクアと一緒に海の底でオベリスクの確認をしている。
今後どこに刺さっていても対処する為の考える力は必要だから、
経験の為にも見学をさせている」
〔なるほど・・・、後ほどアクア様の記憶を覗かせていただければ助かります〕
「それは全員共有するから問題ない」
マリエルもシンクロに混ぜればより一層楽になるのだろうが、
人数が増えるとほんの少し頭痛が強くなるからなぁ。
まぁ精霊とのシンクロが増えるよりはマシなんだけどさ。
ただあいつも含める場合はノイでは無くニルとのシンクロが必要になる・・・。
悩むわぁ。
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