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第09章 -奇跡の生還!蒼き王国アスペラルダ編Ⅲ-

†第9章† -03話-[いざ、ユレイアルド神聖教国]

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「わぁ~・・・、
 2~3日しか離れていなかったのになんだか帰ってきたという安堵感がすごいです・・」
「それだけフォレストトーレでのお仕事が大変な物だったのです」
「荒事に慣れておられないのですから、
 気づかぬ疲れがあったのでしょう・・」

 ハルカナムから2つの目的でユレイアルド神聖教国へと飛んできた俺たちは、
 間にあるフォレストトーレサイドの町も、
 神聖教国サイドの町もとんとん拍子でゲートだけ設置しては先を急いで、
 ついに教国の城下町入り口までやってきた。

 城下町という事を考えると、
 アスペラルダやフォレストトーレとはまた違った特色のようなものが見受けられる。

「許可がもらえたら観光に来ようか」
「もう夜ですからね、マリエル達も連れて2ヶ月の間に来ましょうね」
〔なんだか俺も懐かしい気がしてくるなぁ・・・〕
「離れていた期間は聖女様と一緒でしょうに・・」

 王都となる町の大きさはほとんど変わらないけれど、
 教国は人を導く事を国是こくぜとしており、
 戦力も教育も他国がバラけてしまうのに対し、
 平均的な強みがあるとのこと。

 平均的ではあるが兵士に存在するランク付けは細かく分かれていて、
 1:教皇、聖女
 2:枢機卿
 3:大司祭
 4:司教
 5:司祭
 6:構成員となっている。
 このうち一番下の構成員は冒険者をしながら自力を鍛え、
 日曜学校で学力を上げる下積み時代を経て、
 半年に1度行われる試験をパスすれば正式な教国兵として採用されるらしい。

「クレア、このまま城下町を進んでいいのか?」
「この辺にいるのは構成員がほとんどですから、
 騒ぐと登用試験に影響を及ぼすと知っているので問題ないです」
「なぜ騒ぐといけない?」
「教国は国柄自主的に勉強する人も多くいるので、
 そういう努力をする人の邪魔になるような事をしてはいけないと規律があるんです」
「商売とかで売り子が声出ししているんじゃないのか?」
「商店街と住宅街は離れておりますので問題ありません」

 他にも住宅を建築する際には音の響きづらい材質で防音を心がけて、
 国が国民の向上心を支援しているとのこと。
 試しに足音を響かせてみたけど、
 フォレストトーレで返ってきたほどの反響は起こらなかったので、
 別に疑ったわけではないけれど、
 クレア達が言っていることは本当なのだと認識した。

「トーニャさん、この外壁ってすぐに用意出来る物なんですか?」
「用意自体は建築する予定が立ってから司祭と司教が作ります」
「いまは余っていないんですか?」
「どうして欲しがるのですか?」
「こっちの攻撃に振動を利用するものがあるので、
 そういった音や振動に強い物に対しての研究を進めたいと思ったので」
水無月みなづき様、その言葉はあまりよろしくありません。
 聴く者によっては敵対嫌疑を掛けられますよ」

 トーニャの回答にそれもそうかと肩をすくめて、
 諦めますし口も慎みますと返答する。

「(ニル、適当に試しておけ)」
『(わかりましたわー!)《タクト!》』
「・・・水無月みなづき様?」
「俺は何もしませんよ。
 娘が新しい玩具の具合を確かめようとしているんでしょう。
 この国は自身を高める人間を応援するのでしょう?」
「貴方はアスペラルダの人間でしょう。そちらは精霊ですし・・。
 被害が出た場合はクレシーダ様がお止めになってもすぐに制圧いたしますからご注意ください」
「はいはーい」

 一応客人扱いで迎えるつもりであるクレアの命令で、
 しょうがなしに嫌々案内を遂行するシスターズ。
 1度共闘した程度で完全に信用するほど簡単な精神構造をしてはいないらしい。
 その俺とアナザーワンの話を横で聞いていたメリオが、
 こっそりとアルシェに耳打ちをしてなにやら訪ねる。

〔えっと・・・アルカンシェ姫殿下。
 護衛隊長ってここまで他国で勝手をしてもいいんですか?〕
「まぁ、若くして近衛になっているわけですから、
 教育の行き届きが出来ていない節はあります。
 それでも頼りになることはこの1年で理解していますから、
 度が過ぎない限りは止める気はありません。
 クレアも味方の立ち位置のようですしね」
(〔姫殿下もアスペラルダで見ていた頃に比べると堂々としているんだよなぁ・・〕)

 アルシェの回答を返してくる声音も姿も、
 以前アスペラルダに居た頃とは丸っきり違っており、
 覇気や姫としてのオーラなど色々と人間として成長した様子に、
 メリオはその違いがなんなのかわからず瞬きを繰り返すだけであった。

「にしても、
 建物にしても地面に敷いている材質にしても、
 全体的に白過ぎないですか?」
「それは別に光精霊を崇める国だからというわけではなく、
 単に神聖教国の国内で最も産出される材質というだけです。
 日中は陽の光が部屋内を広範囲に明るくし、
 夜も少ない明かりで済みます」
「地面は反射で眩し過ぎない別な材質の物を敷き詰めています」
「私たちのアスペラルダは水がその役を担っていますね。
 月明かりが反射して町を流れる水路は夜でも視界を確保してくれます」

 トーニャ、サーニャの説明を聞きながらも壁に指を擦ってみるけれど、
 白い粉が付いたりはしなかった。
 触り心地は水晶と石の間といった感じで、
 それをレンガ状に加工してから、
 うちの世界と同じく接着材として使える土を挟んで積み上げて作られていた。

 町を形成する町民の群れも、
 先頭を歩くクレアとシスターズを視線で追いつつも、
 序列の格差から話しかけて来ないし、
 道は十戒のごとく出来上がる為、
 まっすぐと教皇様がいらっしゃる大聖堂まで進むことができた。

「「おかえりなさいませ、聖女様」」

 この神聖教国では王が国の主ではないからか、
 城では無く大聖堂と呼ばれる建築物がそれに相当するらしく、
 ただ作りが違うだけで暮らしているのは国のトップである教皇や聖女から始まり、
 教国兵士の序列五位までが暮らしている。
 ちなみに序列五位はうちのアスペラルダで言う平兵士と同列だ。

 そして勿論今し方挨拶をされた門兵も兵士さんなんだけど、
 やはりここでもうちとの違いを発見した。

「兵士の装備も白っぽくて、なんか兵士ってよりは騎士ですね」
「こちらでは白銀がメジャーな鉱物ですからね」
「アスペラルダは鉄製の装備を配布していますから、
 やはり国事情で兵装も違ってきて面白いですね」

 姫として兵士に配る装備の違いは参考になるのか、
 通路を歩く騎士にしか見えない教国の司祭達をキラキラとした眼で眺めるアルシェ。
 とはいえ、俺たちは見た目でどの兵士が司祭で司教でという違いは一切見極められなかった。

「気配で膨らませて反応を示すか示さないか位しか違いがわからん・・・」
「お客様、あまりうちの兵士で遊ばないでくださいな」
「クレチア、貴女が出迎えに来たのですか?」

 この世界に来てから鍛えられた存在感の強弱を繰り返して、
 その辺を歩く兵士の序列を予想する遊びを続けながらクレア達について歩いていると、
 不意に聞き覚えの無い女性の声が俺に注意を呼びかけてきた。
 クレアが名前を呼びながらその主へ顔を向けるのに合わせて視線を動かすと、
 30代後半に見える女性がそこには立っていた。

「おかえりなさいませ、クレシーダ様。
 現在教皇様の周囲は枢機卿で固めて居ますから私一人よりも安全ですよ。
 そして、遅ればせながらようこそいらっしゃいました、
 アルカンシェ=シヴァ=アスペラルダ様」
「突然の訪問にご対応いただきありがとうございます。
 ご挨拶だけでもと思い伺いました」
「では、さっそく案内の任をさせていただきます。
 私についてきてくださいませ。
 私は教皇様のアナザーワン、クレチア=ホーシエムと申します」

 率先して案内役を買って出るクレシアさんは自身の名乗りを上げる。
 やはりアナザーワンは教国の何人かの重役に附くスーパー専属メイドの名称のようだ。
 その教国で一番偉い人のアナザーワンであるクレチアさんは、
 名乗った後に何故か俺の方へと視線を向ける。
 あ、名乗り上げをお前もしろって事ですね。わかりました。

「アルシェ様の護衛隊長をしております、水無月宗八みなづきそうはちと申します」
『長女!アクアーリィ~!』
『次女!クーデルカ!』
『三女!ニルチッイですわー!』
『・・・無精王アニマ、です』
「はい、よろしくおねがいします♪」

 素晴らしく年相応で魅力的な笑顔を見せたあとは、
 颯爽と通路を歩き始めるクレチアさんだが、
 こういう人に限ってめちゃくちゃすごいアンチエイジングしていると相場は決まっている。
 なのであの笑顔を俺は信用しない。

水無月みなづき様、あまり不穏なことはお考えにならないでくださいませ」
「・・わかりました」

 メリオ達はすでに顔見知りなので再会の挨拶もそこそこの雑談をしながら、
 歩は進んでいき、
 ついになんかそれっぽい大扉の前までやってきた。
 その扉からはつい数時間前にも久々の通過を見た謁見の間と同じ雰囲気が醸し出されている。

「どこも同じですね」
「差を作る意味もないしな・・」


 * * * * *
「聖女クレシーダ様、勇者プルメリオ様、
 アスペラルダ姫アルカンシェ様、入場します!」

 これもアスペラルダと同じく先に外で声かけをし、
 中での準備が終わり次第開けてもらうという流れで入室するらしい。
 ゴゴゴゴと音を立てながら明るい色調の大扉は開いていき、
 部屋の中を覗く事の出来る隙間が徐々に徐々に広がっていく。

 カリカリカリカリカリカリ・・・。
 だが見えてきたのは想像していた荘厳な光景では無く、
 まるでギルドの職場なのではと錯覚しそうなほどに聞こえてくる音は単一で、
 机と椅子が無数に存在する大部屋が俺たちの目の前に現れたのであった。

「・・・・」
「・・・・」

 なんだこれ?と言いたい口に力を入れて自制をした俺を褒めて頂きたい。
 王族との謁見は残念なことにアスペラルダでしか経験はないし、
 ユレイアルド神聖教国が王制おうせいで無いことも事実頭には入っていたんだけど、
 まさかこうも煩雑はんざつとしている部屋で謁見する事になるとは思いもしていなかった。

 教国のトップとの顔合わせということもあり、
 視線だけでもキョロキョロ出来ない為、
 歩を進める間に視界に入る情報から、
 この部屋にはざっと100人近くの人間が机にしがみついて事務仕事をしているようだ。
 大学の講義を受ける部屋を超拡張したような作りになっているその部屋を、
 クレア達の後を追うように奥に向かって階下へ下っていく。

 ようやく一番下の段まで降りきった場所には、
 トップが座る椅子のはずなのに華美とはとても言えない大きめの椅子に体を預けながら書類に眼を通していくご老人の姿があった。

「教皇様、連れて参りました」
「・・・・・・」(チラリ)

 格好だけは納得の教皇様は、
 案内役をしてくれた自身のアナザーワンであるクレチアさんの言葉に反応して、
 一瞬手元に向けていた視線を眼鏡越しにこちらへ向けてきたが、
 すぐに手元の書類仕事に戻ってしまった。

「急な帰りではありましたし、教皇様のお手はすぐに空かないようですね。
 アルシェ、少し待つことになりそうですが問題ないですか?」
「時間の事であれば問題ありません。
 手前勝手なタイミングで挨拶に伺ったのですから、
 何時間でも待たせていただきます」

 単に今の姿だけを見れば気難しそうな人だなぁ~って印象だけれど、
 瞳で為人ひととなりを判断が出来る俺からすれば、
 クレアが無事に帰ってきて安堵している様子が手に取るようにわかった。
 流石に聖女としての立場の彼女を、なのか、
 クレアという少女を、なのかはわからないけれど、
 それでも心配しているということは、
 教皇からしてもクレアは大事な存在なのだろうな。

 立場の違いからホームでも謁見であれば敬語を使うアルシェに対し、
 クレアは教皇が前にいる状況であってもフレンドリーな口調を戻さない。
 その狭間にいるアルシェは現状大変苦しそうだ。
 謁見の前とは言え、
 教皇はまだ対応の準備が整っていないので待機をするしかない状況で友達を取るか、
 それとも姫の立場を取るかで苦しみながらもなんとか姫としての立場で貫こうと敬語を頑張っている。

「ふぅ・・・」
「よろしいですか?わかりました」

 しばらく周囲の教国兵達が奏でる執筆音と、
 側から聞こえてくるこの世界でも高い地位にいる、
 クレア、アルシェ、メリオの3人の雑談をBGMに教皇様が整うのを待っていると、
 息を抜く声の後にクレチアさんの確認をする声も聞こえたので、
 全員が静かに教皇へと自然を集中させる。

 するとおもむろにクレチアさんが、
 今まで仕事に利用して書類も束となって載ったままのテーブルを横に押すと、
 Cの形になっているらしい机が、
 中華テーブルよろしくグルリとその場で回っていき、
 欠けた部分を教皇の真正面に持ってくると動かないようにストッパーも掛ける。

「お待たせしましたな。
 クレシーダ、トーニャ、サーニャ、勇者プルメリオ、よくぞ無事に戻った。
 そして、ようこそいらっしゃったアルカンシェ姫殿下ひめでんか
「はい、五体無事に戻りました」
 〔恥ずかしながら訳あって戻って参りました〕
「お初にお目にかかりますユレイアルド教皇様。
 改めまして、アルカンシェ=シヴァ=アスペラルダでございます。
 遅い時間の急な来訪に対応くださり、感謝いたします」

 クレア、お~!みたいな顔するな。
 これが産まれたときから立場がある姫様を演じるアルシェの本業なんだぞ。

「して、そちらの御仁がクレシーダが動く理由となった精霊使いであるか?」
「は!聖女様のお眼鏡に適うとも自分では思いませんが、
 確かに精霊使いを務めております」
「名は何という?」
水無月宗八みなづきそうはちと申します」

 一瞬。ほんの一瞬だが偽名を言いたいと思ったんだけど、
 視線の強さから敵の手に落ちていないと判断して本名を口にする。
 名を名乗る前に顔を伏せて跪く俺だったが、
 すぐに教皇からは柔らかな声音で必要ないと訂正が入る。

「私の名はオルヘルム=ハンブライアンと申します。
 立場は教皇。
 しかし、他国と違って王ではなくまとめ役といった方が違い立場になっております。
 どちらかと言えば聖女が姫殿下ひめでんかと同じ立ち位置に近いですな」
「それでも国を管理しまとめる意味合いであれば王とそう違いはありません。
 対応としてはこのままを通させて頂きます」
「お気遣いに感謝します」

 教皇が偉い人ということは間違いないけれど、
 アスペラルダや他国とは違って王制では無い。
 つまり教皇の話から察するに、
 大将軍とか、俺たちの世界で言えば議長に近い立ち位置なのだろう。
 そしてクレアは唯一の存在である聖女なので、
 国としてはこの娘を王のように育て支える為に存在しているのだろう。

「では姫殿下ひめでんか
 本日の急な謁見はどのような内容でのものですかな」
「はい。まず先に事後報告となってしまった事を謝罪致します。
 この度は私と勇者プルメリオ様主導で行いました、
 王都フォレストトーレ救出作戦に聖女様及びアナザーワンの2名にご助力いただいたことを感謝いたします」

 教皇からの問いに対し、
 まずは膝をつくことをこの場での立場を自ら示す。
 その動きに遅れないように気を配っていた俺も同じく側にて膝をつ
 く。
 マントこそ俺も装着をしてはいるが、
 やはり王族と並ぶ教皇との対応に関してはアルシェが表立って対応をする。

「詳しい内容につきましては、
 後日ギルドを通して報告書が上がってくるかとは思いますが、
 まず事実として戦場に聖女様を連れ出したこと、謝罪致します」
「クレシーダが自分で参戦すると判断をして、
 それのアナザーワンが支え護る。
 国から送り出したのも我々でありそこは問題では無いので謝罪は不要です」
「ありがとうございます」
「・・こちらもアスペラルダ王からの連絡内容に、
 まだ信憑性を持てておらず兵の選定に留めています。
 はっきりと申しまして王からの話は荒唐無稽と判断せざるを得ない内容です。
 あの穴だらけの情報を集めたのは姫様ですかな?」

 クレアをこちらの行動に巻き込んだ件については、
 特に問題としては扱わないらしい。
 しかし、何を思ってかわざわざアルシェを煽るような言葉を選んで、
 再びアルシェに問いかける教皇。
 ピクリとアルシェが反応するのが背中を薄めで見ていてわかった。
 この1年で経験してきた事件や事故は決して簡単な道のりでは無かった。
 それらを一蹴するような物言いに気配だけではあるが反応しかけたのだ。

「情報の提供は確かに私と護衛隊が王都から離れて調べた結果になります。
 ただ、現在世界に起こっている問題の情報蒐集は困難を極めるものであり、
 その上で情報を精査をした上でのものになります。
 どうか、フォレストトーレと同じ道を歩まぬよう・・、
 お声がけをさせて頂いた次第でございます」
「ふぅむ・・・。
 プルメリオ、そなたは此度の姫様との行動の中で、
 何かを感じることがあったかの?」
〔まだまだだなと感じました〕
「それは勇者としての戦闘力の話か?」

 アルシェの回答に回避されたと感じたのか、矛先を勇者に変更し、
 刺すような強い視線でメリオに問いかける教皇。

〔戦闘だけの話ではありません。
 正直言いますが、
 俺たちの冒険はレベルを上げるだけの冒険で有り、
 姫殿下ひめでんか達のような情報を掴んでおりませんでした。
 何より姫殿下ひめでんかからの連絡が無ければ今回の救出作戦に参加は出来ませんでしたし、
 作戦内容についても俺たちの知り得ない情報を元に練られたものでした〕

 一旦勇者は言葉を切り、
 教皇の視線を正面から受け止めた状態ではっきりと口にしてくれた。

姫殿下ひめでんか水無月みなづきさんの集めた情報は信じるに値すると思います。
 逆に無碍にした場合、痛い目を見るのは俺たちかと〕

 メリオの言葉に嬉しくて思わずグッとガッツポーズを取りそうになってしまった。
 別に信じてくれた事や支持をしてくれた事が嬉しかったわけでは無
 い。

 勇者の言葉はこの世界の人間に無視は出来ない。
 俺たちの1年はアスペラルダのみの後ろ盾しか無かったが、
 ここからは勇者の言葉も聖女の言葉も追い風となり、
 神聖教国だけで無く他の国々もいずれは後ろ盾になってもらえるビジョンに近づいた事が嬉しかったのだ。

「クレシーダは初めての戦場だったはずだが、
 聖女の意見も聞かせてもらおう」
「私も勇者様と同じくこの度のフォレストトーレでの救出には、
 アルシェと水無月みなづきさん方が集めた情報は無視しては語れないものだったかと思います」
「どのように?」
「破滅の呪い、オベリスク、瘴気、禍津核まがつかく
 瘴気モンスター、魔神族、制御魔法。
 オベリスクの効果範囲に敵の処理方法、
 戦闘中での注意喚起、撤退方法などすべてに於いて見ている先が違うんです」
「ふぅむ・・・」

 教皇から話を振られた聖女からの支援も入り、
 ますます風向きは上々となる。
 いまクレアが口にした情報のいくつを教皇は認識しているのかはわからないが、
 それでも気配で察知できるクレアの覇気は確かに9歳とは思えないものだった。

 立てていた上半身を深く椅子に沈み込ませながら唸る教皇は、
 お爺さんらしく立派な顎髭あごひげを撫でて一息抜いて、
 しばしの思案に入る。

 俺たちこのままの状態で待つの?


 * * * * *
「そして恒例のコレはなんなんだよ、異世界・・・」
「まぁ、判断するにも強さは一つの基準になりますから」
「昨日の今日になんで模擬戦って話になっちゃうかなぁ・・・」

 あの後考え込んだ教皇は自分たちの説得材料として模擬戦を提案してきた。
 後日確認して頂く予定の報告書類に記載された内容についてはまだわからないが、
 その中身が厳しい状況であればあるほど今回の模擬戦が信憑性を高めると説明されたけどさ・・・。

「なんで俺?」
〔俺たちは滞在期間中に強さに判断がついていますし・・・〕
「私はともかくトーニャとサーニャはアナザーワンですから」
「報告書が無い以上は護衛隊長が戦闘面で矢面に立ったと判断されても仕方ありません。
 実際私は後方で指揮に集中していましたし」
「いや、アルシェは戦闘にも参加していたじゃないか・・。
 って、ここで愚痴っても何も解決しないからやるけどさ・・、
 実際クレチアさんってどのくらい強いん?」

 王都・・もとい、教都にも勿論広い修練場が用意されており、
 日夜教国兵の方々は汗を流し己を鍛えているこの場所に俺たちは移動していて、
 相対するクレチアさんは向かいの位置で俺と同じくセコンドに入るトーニャさんとマクラインさんと何かを話している。

「アナザーワンは神聖教国特有の特別階級に位置します。
 これは兵士の皆様が基本的に男性であるのに対し、
 兵士の中で一番地位の高い枢機卿と同程度の戦力を有したまま、
 対象の身の回りの世話もこなせる女性限定の階級です」
「私ども姉妹はまだまだ若いので経験も浅いですが、
 クレチアさんは20年以上も教皇様のアナザーワンを務めています。
 レベルは最大の100、技術も最高。
 我々だけでなく全アナザーワンのいただきにおられる方です」

 アナザーワンの戦闘力はトーニャさんの戦闘でしか確認できていないうえに、
 その戦闘風景もまともに見る前に速攻でランパードトータスを潰していた。
 少なくともトーニャさんを基準に考えるのであれば、
 風精霊纏エレメンタライズ[鎌鼬かまいたち]の俺とトーニャさんが魔法なしで同等の戦闘が出来るなら、
 どれだけ見積もっても胸を借りることになる。

 異世界歴1年の俺とじゃ差があり過ぎる相手なので、
 もう逆に考えてどうせなら今出来る全力戦闘を試すチャンスと思うことにしよう!

『ますたー!アクアたちもやる~?』
「あんまり試せてないけど、4人でやってみようか」
『初めての実践ですね!お父さま!』
『上手く姉さま達に合わせられるか不安ですわー!』
「ならもっと不安そうな声音で言えや・・。
 起点になるのは俺だしなんとかなるだろ」

 現状俺の精霊使いとしての資質だと、
 安定した精霊とのシンクロは2人が限度で、
 無理をすれば3人までいける。
 ただし、以前初めて2人同時シンクロをネシンフラ島でやったときと同じく、
 頭が中からはじけ飛びそうなほどの頭痛に襲われるので、
 切り替えの一瞬だけは俺も覚悟をしないといけないだろう。

「もう陽も落ちてるから基本はクーとの天狗てんぐで行こう。
 アクアとニルは状況に応じてシンクロを切り替えよう」
『わかりました!全力でお父さまを支援致します!』
『ん~、じゃあますたーに捕まっておかないとだから、
 このままじゃだめだねぇ~』
「わかってるならお前はいいかげんアニマル形態を教えなさい」
『いいよ~!ますたー、アクアがへんしんするところ見ててね~』
「はいはい、見てる見てる」
『いくよ~!ほっ!』

 俺やアルシェ、メリオとクレアなどが見つめるなか、
 アクアは受肉した精霊とは思えないジャンプ力を俺に見せつけるように発揮し、
 中空でクルンと一回転する間にその姿は一瞬で小さくなると、
 体を覆う蒼天そうてんの魔力で出来た膜を打ち破り、
 残滓を散らしながら本邦初公開のアニマル形態の姿を現した。

『おおおおおぉぉぉぉぉ!神々しいです、お姉さま!』
『アクア姉さま・・・ちょっと美味しそうですわー・・』
『どぉ~、ますたー!』

 しなやかで継ぎ目の無い艶々した表面。
 キリッとしつつもまだ幼さの残る顔。
 そして、体の所々に見える魚っぽい部位・・・。

「うなぎ?」
『竜ぅっ!な~んでぇうなぎなのぉ~っ!ほらぁ~!
 ますたーのイメージにあった竜だよぉ~?』
「だって俺がイメージしてたのってもっと大きい水竜だからな、
 アクアの大きさだと頭を切り落としたら鰻にしか見えんって」
『ぶぅ~!もういいもん!アルゥ~、どぉどぉ~??』
「とっても可愛いですよ、アクアちゃんっ!」
『えへへ~』

 アクアが満を持して変身したアニマル形態は、
 素直な性格がそのまま反映されたような水竜の稚魚?であった。
 体長はニュートラル形態に比べると40cmほどで、
 鱗はなく本当につるつるすべすべの体に、
 ボジャ様の身体にも生えていたエラやヒレがぴこぴこと動いている。

 先ほどはうなぎと口にしたが、
 何も知らずに今のアクアの姿を目の当たりにすれば、
 色合いやその竜っぽい姿から、
 リヴァイアサンの幼体と言われても信じてしまいそうになる神々しさを少しだけ纏っていた。

『ますたー!』

 ニュートラル形態の人の姿では浮遊能力は既に失われていたけど、
 アニマル形態の竜の姿であればまた浮遊能力を得られるらしいアクアが、
 アルシェやクレアへの見せびらかしを一通り終えて、
 俺の元へと文字通りバビュンと戻ってきて頬ずりしてくる。

『グルルルゥゥ~♪』
「・・・・(割とすべすべで気持ちいいな)。
 お前戦闘中はどうするんだ?」
『こうするよ~、これなら邪魔にならないでしょ~?』

 俺の問いかけに頬から離れて、
 俺の左上腕二頭筋に巻き付いてくるアクア。
 確かに剣を振るうのは右手だし、
 左手は魔法を使うときなどに振るう程度しか利用はしないので、
 激しく動くこともあまりない。

『ニルはどうしますか?』
『頭の上でも良ければそこがいいですわー!』
「結構動くと思うけど、落ちないか?」
『ニルにはこの爪がありますのー!』

 続けてクーがニルにどこにくっつくかを問いかける。
 問われたニルは首のダルっとした皮を俺に掴まれ持ち上げられながら元アクアの指定位置を指名してくる。

『まぁ、ニルの爪程度であればダメージにもなりませんし大丈夫かと・・』
「クーが言うなら大丈夫だろ。
 ちゃんと落ちないように捕まってるんだぞ」
『あいさーですわー!』

 にしてもなんで精霊共は頭の上に乗るのが好きなのかねぇ・・。
 精霊と煙は高いところが好きってか?

「お兄さん、武器はどうしますか?」
「一応アスペラルダの代表として戦うんだからアイスピックで行くよ」
〔アイスピックですか・・・〕
「何か問題でもあるか?」
「問題というか・・・クレチアの武器はグラムと呼ばれる大剣です。
 武器のレアリティもサーニャ達の武器より上の爆レア。
 石だけでなく鉄をも簡単に切断出来る名剣ですから・・・」
「アイスピックのランクだと相手にならないってか?
 確かにレアリティだけ見れば普通だし、
 序盤のダンジョンで手に入る武器だけど、
 俺たちには魔法があるからな。一方的な戦闘にはさせないさ」
〔一回だけ打ち合いをさせてもらいましたけど、
 あの大剣を操る技術はゾッとするレベルです。気をつけて〕

 俺だって水氷属性の上位武器があればそっちを使いたいけど、
 今手持ちはコレしかないんだから仕方ないじゃ無いか。
 アスペラルダは水の国だから、
 それを印象付ける為にもここはアイスピックを使う一択しかない。

 それに近接戦闘は積極的にするつもりはない。
 なんといってもレベルに技術にと勝っている部分が魔法しかないんだから、
 接近戦に持ち込まれた場合一瞬で決着が付いてしまうかもしれない。

 パンッ!と両手で頬を叩いて気合いを入れる。

「んじゃあ、行ってきますか!アニマも防御は任せるぞ!」
『おぉ~!』
『がんばりましょう!』
『倒してやりますわ-!』
『あまり無茶な動きはしないようにしてくださいね』
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