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第05章 -海風薫る町マリーブパリア編-
†第5章† -06話-[宿窓の冒険者、俺氏。]
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ペルクの遺言の後に俺はすぐに意識を再び沈めていった。
その後はアルシェ達とペルクパーティの口裏合わせをして、
宿側に報告をして問題がないことと騒がせてしまった事を詫びた。
そりゃレイボルトなど比ではない電流の発生に、
発光と爆音を轟かせれば、日中とはいえ外の通りにいる人々にも目撃されるというものだ。
他にも見回りの兵士やギルド職員への報告もあり、
報告の中にはペルクの死亡についても入っていた。
「っ、あぁー・・・。ここどこだ?」
俺は体を包む柔らかい感触を感じながら目を覚ました。
背中側の柔らかさは沈み具合からしておそらくベッドだろうし、
お腹の上にある重みと温かさはクーだろう。
左脇にある小さめの物体はアクアでその先に伸びる腕に絡まっているのは、
いつもの癖からアルシェだと想像出来た。
「あ、師匠が目を覚ましましたよ」
『お~、やっとお目覚めデスカラ!』
「これは・・・どういう状況だ?」
「倒れた隊長に付き添ってベッドに入れば途中で眠くなっても大丈夫って姫様が・・」
「マリエルの前じゃ控えてたんじゃなかったのか?」
「確かに初めて知った時は驚きましたけど、
ここまで姫様から信頼されているならいいんじゃないですか?」
「セクハラとか言わないのか?アルシェに失望したとかさ」
「姫様から進んで行っているのでセクハラとは言えませんし、
私は姫様の友人ですよ?失望とかしませんよ。
知ったのがお兄さん依存度合いがヤバイって知ってからでしたしね」
アルシェ~、お前こっそり俺の寝床に来てたけど、
ばっちりマリエルにバレとるやないか~いっ!
『じゃあアニキも目覚めましたし、あちしは帰りマスカラ』
「なんだ?俺を待ってたのか?」
『いまメリーがアニキの代わりに夜の見回りをしてるデスヨ。
この場をマリエルだけに任せるわけにはいかないデスカラ』
「もうそんな時間なのか・・・。
わかった、あとは俺が引き継ぐから安心して帰ってくれ」
『はいはい、一応アインスに報告はしておいたデスカラ、
何か明日にでもあるかもデスヨ』
「そうか、助かる。
今日はありがとうな、お疲れさま」
『アニキも数日は動けないデスカラ、無理しないように。
じゃあ、マリエルも気をつけるデスカラ』
「あ、はい。お疲れ様でした!」
そういってさっさと次元を開いて帰って行くカティナを見送り、
その後の報告をマリエルから聞き取る。
「アクアちゃんとクーちゃんはリーダーの側を離れなかったので、
駐在所へは姫様とメリーさんの2方で行かれました」
「あれ?お前は行かなかったのか?」
「念の為ということで置いて行かれました」
「くくくくっ!」
『・・・』ゴソゴソ
おっと危ない危ない。
笑って腹が動いたことでクーちゃんの寝床に地震が発生したようだ。
ちょっと寝づらそうにゴソゴソしたので慌てて笑いをこらえる。
「その前にお前等に町長邸まで行かせたろ?どうだった?」
「あぁ、隊長の言ってた通り確かに抑揚がなくて怪しかったです。
姫様とメリーさんの判定は黒だそうです」
「町長も解放しておきたいなぁ。
今回の件が王都に報告されると何かとまずいしなぁ」
町長という仕事柄、
絶対に王様への報連相(ほうれんそう)関係はしっかりしているだろう。
そう考えればどんな小さな情報も耳には入れたくない。
ギルドと連携をして動くにも、
ここはアスペラルダほど融通は利かないだろうし、
手を打つのは流石に難しいかもなぁ。
「また師匠が無茶をするしか今は方法がないんでしょう?
なら、そういう人に近付かないようにして、
アスペラルダに入ったら確保すればいいんじゃないですか?」
「まぁ、毎度動けなくなるこんなやり方は皆に迷惑も掛けるし、
欲しい情報は手に入れたから今後はそのつもりだよ。
まぁ、フォレストトーレではあまり表だった行動は控えないといけなくなったけどな」
解放すると死ぬし、
毎度説明を込みで相手にしてらんないわ。
あの魂が言っていた事を信じるとするならば、
情報の収集後に勝手に解放して本体に戻る。
その戻る行為は集まった情報を持ち帰る意味合いがある様子だったことから、
データの送受信は出来ないタイプなのかもしれない。
なら、今回とった処置に近い方法で戻るのを妨害出来れば、
持ち帰りによる情報漏洩は防げるはずだ。
「魂を分けるとか言ってる時点で理解不能だしな」
「何か言いました?」
「いいや何も。
で、アルシェ達が駐在所に行ってどんな話を聞いてきたんだ?」
「ゾンビのその後ですよね?
隊長達が撤収してからずっと張り付いていたみたいなんですけど、
朝陽が登ってくるといきなり苦しみだして消えたそうなんです」
「消えた?って事は魔物じゃなくてモンスター?」
「話を聞く限りだとその可能性が最も高いそうですけど。
この町ってダンジョンはないんですよ」
「ふぅ~ん。そっちも調査しておきたいんだけどなぁ。
本当にダンジョンがあるなら金稼ぎもしたいし・・・、
でも王都に先に行って調査もしないと今後の事に関わるしなぁ・・」
お金稼ぎもそうだが、
パーティ戦闘のノウハウを叩き込むにも有効な戦場なのだ。
新しくマリエルが加わってから全員で戦闘をするような自体はまだないとはいえ、
早めにフルメンバーでの戦闘訓練をしておきたい。
とはいえ、国家間の事を考えれば、
俺達の戦力よりもフォレストトーレの現状を正しく理解してから、
対応を早急に検討し始める必要があるはず。
「ちょっと隊長。
病み上がり・・というか今も体調が戻ってないんですから、
あまり考え込まないでくださいよ」
「・・・隊長と体調を掛けたのか?」
「掛けてないですよ!
もうランプ消しますからね!さっさとまた寝てください!」
「はいはい、報告ありがとう。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
* * * * *
翌日、昼も過ぎた頃。
俺は宿のベッドに横たわって昨日の出来事の整理をしながら、
時間が無くて読めていなかった本を数冊手元に詰んで、
そのうちの1冊を読んでいた。
「(昨日は思いつかなかったけど、
精神力がないなら浮遊精霊も食べる魔力がないからついてなかったのか?)」
普段は目の前に浮遊精霊が映りすぎて何も見えなくなる為、
必要な時以外はフィルターをかけて見えなくしている。
なんか制御力もそうだけど、俺ってどんどん人間よりも精霊に近付いていってるよな。
「(いま俺に纏ってる精霊はどうなってんだろ?)」
暇なはずなのだが、
どうにも手元の書物に集中出来なくてさっきから考え事もしてしまう。
そしてついに自分の浮遊精霊の確認をするまでになっていた。
意識を内面に集中してフィルターを外す。
こういうのもやっぱりイメージってのは大事で、
俺はゲームのような項目を出してチェックを外している。
差し詰め、浮遊精霊フィルターだな。
風制御についても色んなつまみが用意してあって、
俺の制御を越える場合はそのつまみが廻らなくなる。
昨日使った[覚醒]はそのつまみのリミットを外す文字(ワード)で、
まぁ、この状況も予想済みではあった。
フィルターを外してから瞼をゆっくりと開いていくと、
俺の周囲にはいくつかのグループが色別に分かれていた。
水属性の浮遊精霊と闇属性、
それに風属性と無属性の4種のグループが出来上がっており、
完全に身内だけでしかコミュニケーションを取っていないように見える。
「これこれお前達、俺の言葉が分かるかね?」
『『『『・・・・』』』』フヨフヨ
俺の言葉が分かる個体がいるようで、
各属性の数人が俺の前に近寄ってくる。
「なんでお前達は他の属性の奴らと仲良くしないんだ?」
『・・・・』フヨフヨ
「何考えてるのかわからない?
そりゃ属性が違うんだから考え方も違うだろ」
『・・・・』フヨフヨ
「どんな違いかって?そうだなぁ・・・。
水属性は穏やかで争いが得意じゃないけど、
逆に言えば自己主張が苦手で保身的だ。
闇属性は落ち着きがあって冷静沈着だけど、
排他的で多種族が苦手、悪く言えば根暗だ。
風属性は何にでも興味を持てるし意欲もあるが、
落ち着きがなくて周りが迷惑する。
無属性は・・・まぁ、個性がないのが個性ってな。ははは」
『『『『・・・・』』』』フヨフヨ!
「ちょ、なんで怒るんだよ」
言葉はなくとも、こう、波動で?なんとなく何を伝えたいのかわかる。
実体がないのでお怒りの波動を発しながら俺に向かって飛び込んできても、
スィーっと通りすぎるので痛くもかゆくもない。
そんな感じで浮遊精霊達の間を取り持つように話を続けていると、
開けていた窓の外から点滅している浮遊精霊が勢いよく部屋へと入ってくる。
「興奮状態の風精?なんだろ?」
その浮遊精霊はキョロキョロとしたあとに、
フィ~と風精霊のグループに合流した。
荒ぶる波動を解析するに、
昨日発した俺の電撃による魔力を追ってここまで辿り着いたらしい。
つまりは纏わせて欲しいってことだな。
風属性の浮遊精霊も結構な数が増えているようだし、
ここいらで正式な契約精霊を選出しておきたいな。
「なぁなぁ、お前達の中で俺と契約したい奴はいないか?
アクアやクーみたいに色んな事が出来るようになるぞ?」
いやぁ、ビックリした。
軽い気持ちで誘い文句を口にした途端に、
先ほど合流した風浮遊精霊以外がぶわっと壁際まで避難しやがった。
俺が声を掛けたのは風属性の奴らだけなのに、
何故か水属性も闇精霊も同様に壁際まで逃げている。
「なんで逃げるんだよ、戦闘が嫌なのか?」
俺の疑問に対して浮遊精霊達は、
属性のグループ関係なく一塊となって人の首から上を形成していき、
全力で頷いている。
お前等仲良いじゃねぇか・・・。
「じゃあ新参のお前、契約してみないか?」
『・・・・!』フヨフヨ!
最後にその場に残ったままになっていた風精に声を掛けると、
他の風グループが急いで戻ってきて、
新参者に契約は危ないぞってな感じで説得を試みている。
その時、彼らにとって最悪のタイミングで、
宗八の愛する精霊兼愛娘が影から1人戻ってきた。
『ただいま戻りましたお父さま。体調はいかがですか?』
「おう、クー。おかえり、体調は良いよ。
ただ暇だからね、浮遊精霊と話をしていた」
『お喋りが出来るようになったんですか?』
「いや、なんとなく伝えたい事が分かる程度だよ」
『あ、そうなんですね。
クー達も今日は早めに戻りますから、無理せず待っててくださいね』
「あぁ、待ってるよ」
『では、失礼します』
愛するお父さまの様子を伺いに戻ってきたクーが居た時間は3分にも満たない。
その精霊は明らかに幼く、しかし信頼に溢れた関係である事は確かであり、
自由に行動もさせてもらえている。
風属性の仲間から伝わる声は右から左に通りすぎ、
契約精霊としての幸せを心から堪能しているクーの姿に憧れを抱いた風精は、
ますます発光を強く瞬かせると宗八の頭の周りをクルクルと周回しだした。
「おぉ、いいのか。助かるよ!
じゃあさっそく話せるように加階させる準備するから待ってくれよぉ」
宗八と2人で話を始める風浮遊精霊をよそに、
他の風属性の浮遊精霊達は愚痴を言う為に多属性のグループに近付いていった。
インベントリから取り出したるはスライムの核。
数も少なくなってきたスライムの核を手の平に乗せて握りしめる。
寝ている間に失った魔力は自然と回復していたので、
精神力的な負荷は全くない。
意識を核に集中させて俺の魔力を込め始めると、
一瞬で満タンとなった。
前はもっと時間を掛けて魔力を込めていたはずだが、
一瞬で込められた事と満タンになった事の2点から考えるに、
俺の魔力操作もずいぶんと成長したものだ。
まぁ、制御力が上がっているんだから、
属性も指向性もない魔力を込めるだけの作業が難しいわけがない。
というより、込める速度よりも驚いたのは消費魔力の方だ。
アクアの時は所持魔力の約半分を使用して込めていたのに対し、
今回は自身の魔力が減ったという認識がほとんどない。
これには、当時は漏れていた余剰魔力がなくなり、
俺が放出する魔力を無駄なく核に込める事が出来るようになったことも要因だろう。
「なにはともあれだ。これで核の準備は完成。
俺が詠唱をしたら核に触れるんだぞ?」
「・・・!」フヨフヨ
理解したという意思を表すかのように、
俺の前で円を描くように浮遊する風精霊。
さてと、いよいよ俺の苦手とする長文詠唱・・・しかも厨二病的な・・・。
アクアの時に初めて使った詠唱を元に、
クーの時は属性というベクトルを変更して闇属性用に作り替えた。
なら、今回もやはり風や雷方面に変えての詠唱が無難だよな。
息を吸い込んではゆっくりと吐き出し深呼吸をする。
詠唱を頭の中で整理しながら、再び息を吸い込み・・・。
「《遠雷《えんらい》は遙《はる》か彼方《かなた》、されど逆巻《さかま》く風《かぜ》は頬《ほお》を嬲《なぶ》る、世界《せかい》を歪曲《わいきょく》させ、我《わ》が元《もと》に呼《こ》よ、光彩《こうさい》を砕《くだ》け!精霊加階《せいれいかかい》!来《こ》よ!ニルチッイ=イノセンシア!》」
俺の詠唱により、スライムの核は黄緑色の輝きを一瞬強く発して、
風精を受け入れる準備が整ったことを知らせてくる。
淡い色に変化した内蔵魔力も仄かに輝いて風精を誘う。
「さぁ、触れてみろ」
『・・・っ!』
一気呵成(いっきかせい)とばかりに少し震えてから核へと飛び込む風精。
触れればいいだけなのにバコンッ!と体格の小ささも相まって、
痛そうなぶつかり方をして、
ぶつかった反動で核から少し離れるが、
精霊加階が発動して周囲にある空気という空気が渦巻いていき、
すぐに卵の形を形成して風精と核は見えなくなった。
風の卵は俺の手からゆっくりと浮き上がり、
中空で待機状態となる。
「浮遊精霊に干渉出来る条件か・・・時間があるうちに試しておくか」
いまのところ、浮遊精霊に干渉出来ているのは、
魔神族の禍津核と俺の用意した核、
そしてオベリスクのみだ。
もし彼らを守ることに繋がる術があるのなら、
知っておいて然るべきだろう。
「おい、お前ら!
俺の魔力を食う以外は暇だろうからちょっと手伝ってくれ」
『・・・!』フルフル!
再び別属性同士のくせに仲良く人の顔を作り上げて嫌だと伝えてくる。
なんだよその一発芸みたいなの。スイミーかよwww
そんな彼らに指先を向けて、
それぞれが好きな魔力を混ぜた複合魔力を漏れさせると、
餌に釣られて魚・・・いや、スイミー達は俺の指に群がってくる。
「よしよし、いい子だ。
痛くしないから大丈夫だよ、天井のシミを数えているうちに終わるからね」
* * * * *
風精が卵になってから10分。
そろそろ加階が完了して孵化をする頃合いだ。
浮遊精霊共に対して試せることも少ないので、
時間としてはちょうどよかったと思う。
結論から言うと、
魔力というものは扱いに慣れると体から溢《こぼ》すことが出来る。
この漏《も》れ溢《こぼ》した魔力は魔力操作の精度によって皮膚を覆うことが出来、
このコーティング状態であれば浮遊精霊にも触ることが出来た。
もちろん属性一致が必須条件ではあるので、
アルシェとマリエルは水精に、メリーは闇精に、俺は水精と闇精と風精に、無精は全員に触れることが可能だ。
浮遊精霊の大きさはピンポン球程度しかない為、
もし触れるのであればハムスターに触る時くらいに注意をしてほしい。
でないと、間違えて潰してしまいそうになる。
実際に触ってみた俺の感想を言わせてもらえれば、
ミニトマト大のグミをプニプニしている気分になったと伝えておこう。
「お疲れ様、ありがとうな」
『・・・・っ!っ!』
人体実験・・・精体実験?の成果が出たことを感謝し、
卵の様子を伺うと、
実験を仲間に押しつけて卵を見守る任務に就いて周辺を飛んでいた浮遊精霊達が、
ブンブンと暴れ回って孵化の予兆を知らせてくる。
両手を差し出すと風で出来た卵はその身を委ねるように、
俺の手に収まったので手元に引き寄せる。
そして、さほど時を置かずに天辺から渦巻く風は解けていき、
中心部に姿を表したのは、
俺がイメージを込めた通りに容姿を形成した風精がいた。
体長は初期のアクアとほぼ同サイズ。
雷を思わせる綺麗なブロンズヘアーはお尻まで流れており、
衣装は以前見かけたセリア先生の風精の衣をアレンジし、
和のテイストを混ぜてある。
腰に大きめのリボンがついていて、
長い2本の先端が風に揺れてたなびいている。
背中には大きい羽と小さい羽の4枚羽を採用した為、
完全に俺の嗜好を受けた妖精といえばコレって見た目になったと思う。
卵が完全に解けてゆっくりと俺の手の平に着地する。
「おはよう、ニル。気分はどうだ?」
『・・・・』
目を何度も瞬かせて体をあちこち触ったり見回したりと確認して、
自分の両手を目の前でグッパッグッパッとこちらも何度も確認する。
『ん!わるくないですわ!』
「おぉ、風精はみんなこっち方面の口調になる呪いにかかっているのか・・・」
『なんのことですの?』
「いやいや、何でもないよ。
さて、改めて俺の名前は水無月《みなづき》宗八《そうはち》。
加階までさせておいて何だけど、
契約はニルがしてもいいって思えたらしてくれればいいよ」
アクアの時は即戦力が欲しかったからデリカシーもなくすぐに契約したけど、
クーの時はまぁ、
ちょっと人見知りであった事と俺の事を不信に思っている節があったからな、
時間を設けたんだけど、今後も選択権は精霊側に委ねようと思う。
『わかりましたわー!私、あの黒い精霊さんとお話がしたいですわー!』
「彼女の名前はクーデルカ=シュテール。
俺の契約精霊の一人だよ。俺とニルが契約したら君の姉って事になるかな」
『おねぇさまですわー!ですわー!』
浮遊精霊の時と違って結構な速度で部屋内を飛び回るニル。
アクアとクーの浮遊と違って、
やっぱり風はお友達とでも言うかのように、
ヒュンヒュンと速い速度で飛んでいる。
思わず手で叩き落としたくなる速さだ。
「クーは夕方になったら帰ってくるし、
仲間もそのときに紹介するよ」
『わかりましたわー!それまでは何をしていましょうか?』
「うーん、契約とは別にちょっと手伝って欲しい事があるんだけど、
お願いしてもいいかな?」
『仕方ないですわー!何をしますの?』
何というか・・・アホっぽいな。
T・S・Fさんみたいな口調といい性格も似ているのかもしれない。
深く考えずに思うがまま行動に移すところは、
風の国の住人と同じで自由奔放なようだ。
まぁ、俺がデメリットありきで無茶しないでいいなら、
彼女に助けてもらえる方向で検討しよう。
「俺の魂を認識してくれ」
『そうはちは何を言ってますの?』
すっとぼけた訳でもなく、
目から光が失せた顔で首を傾け、
コイツ頭がどうかしちゃってんだろうか?
という声音でちょいと辛辣な返答が返ってきた。
* * * * *
コンコンッ
「お兄さん、入りますよ?」
「どうぞ」
時刻は陽が落ちかけ、窓から見える黄昏の空を眺めていたら、
アルシェ達が帰ってきたのかノックが聞こえ、
ドア越しに声が掛けられた。
返事をするとすぐに扉は開きはじめ、
アクアとクーが部屋に飛び込んでくる。
『ますたー!』
『お父さま-!』
『クーデルカさーん!』
ゴッ!
『『『あいたっー!!』』』
アルシェと俺の丁度中間の位置で空中事故を起こす精霊3人組。
何をしとるんだこいつらは・・・。
「あの、お兄さん・・・。この精霊は?」
「あぁ、昼間に浮遊精霊と話をしていた時に、
昨日の魔力痕を追って俺のところに来たんだ。
契約をしないかって誘ったら他の風精共は逃げ出したけど、
こいつは承諾してくれたんで、一応加階させた」
「では、まだ契約されていないのですか?」
「クーの時みたいに猶予を与えてから決めさせようかと思ってね」
「お優しいおっさんですね」
「なんか言ったか、マリエル?」
「いえなにもー」
自分ではおっさんだと理解はしているけど、
人に言われるとなんでかムカつくよな。
鏡で確認して20歳くらいかなって思ったけど、
マリエル達から見るともっと年上に見えるのかもな。
・・・くらい?
あれ?俺・・・元の世界の最後ってどうだった?
『ますたー!このこなに~!』
『離してください~、お父さま助けて-!』
『クーデルカさーん!』
「え、あぁ。風精のニルチッイ=イノセンシア。愛称はニルだ」
アクア達の言葉で俺の思考は途切れ、
ニルの説明を終えた時には何を考えていたのか忘れてしまった。
何か大事な事を思い出したというか、引っかかりを覚えたような気がしたけど、
すぐに忘れたって事は大した内容じゃなかったんだろうな。
「なんで、クーちゃんにくっついているんですか?」
「契約の検討を決めたのがクーの姿を見かけたから・・・かな?
1度昼頃にクーを寄越しただろ?その時だ」
「確かに、具合が悪化していないかの確認に行って頂きましたね」
「とりあえず、部屋に入りたいから全員隊長にお届けしますよー」
床に墜落した3人娘を抱えてマリエルが俺の元へ運んできた。
とりあえず、受け取って膝上に乗っけると、
わいのわいのと騒ぎ始めるので、こちらは交流も兼ねて放置しよう。
「食堂でのお仕事はマリエルがセクハラしてきた冒険者に、
水と蹴りをプレゼントした以外に問題はなく、
概ね順調に本日も終わりました」
「そうか」
セクハラにも種類はあるけど、
マリエルが制裁したなら、俺が出張る必要もないだろうな。
まだ腹に据えかねているようなら俺に文句を言ってくるはずだし、
ないという事は彼女の中で折り合いがついたって事だ。
「それと、昨夜メリーが捜索をしたゾンビに関しては、
また発見をしたのですが、こちらも朝になると消えてしまったそうです」
「この町を出る前には問題の発生源くらいは見つけておきたいな」
「最後になりますが、明日ペルクさんの葬儀がギルドで行われます」
「明日には歩き回れる程度には回復してるだろうし、
そちらは俺も参列しよう」
「わかりました、私たちもご一緒します。
無関係ではありませんからね」
「格好はどうすればいい?」
「立場で言えば冒険者なので、いつもの格好でかまいません」
「了解だ。お前らもうちょっと静かにしろや」
『『『あいたっ!』』』
それぞれに軽く拳骨《げんこつ》をお見舞いする。
報告を受けている間くらいは静かにしなさいな。
葬儀のスケジュールに関してはメリーが控えているだろうから、
明日の他の予定はニルを用いた訓練が必要かな。
出会ったばかりでシンクロが出来ない事を考えれば、
制御力の底上げをしてゾンビ発生の現場を探し出すのは難しい。
なら、彼女には単独で探せるくらいの魔法を使ってもらう必要があるわけだ。
「まず、仲良くなってから抱きついたりするもんなんだから、
ニルはもうちょっと段階を踏め」
『クーデルカさんと仲良くなりたいですわー!』
「それはわかってるから話を聞けや」
『あいたっ!』
デコピンをかまして黙らせる。
風の浮遊精霊がニルに群がって何かを伝えている。
そういえば、まだフィルターを解除しっぱなしだったな・・・。
『なるほど、これが体罰・・』
「教育だ!」
『あいたっ!』
「一応ニルに伝えておくけど、
アクアが一番の古株で・・」
無い胸を反らして威張るアクア。
「次に妹分のクー」
こちらはぺこりと礼儀正しく頭を下げる。
「最後がお前だ。2人も妹分が増えたと思って仲良くしてあげてくれ」
『そうなの~?ノイとどっちがうえ?』
「え?ノイは・・・従姉妹のお姉ちゃんって感じ?」
あいつはなんかしっかりしてるし、
俺の中での予想では浮遊精霊歴が一番長いのはノイで、
加階した順で言えばアクアの次に当たる。
しかし、正式な契約はアクアの次にクーが来ているので次女というわけでもない。
なら、最適解として従姉妹のお姉ちゃんが一番しっくりくる。
『わかった~。クーよりしたなのね?』
「それでいい」
『クーの妹ですか?』
「妹か妹分かはお前らで決めろ。俺はノータッチとする」
『あい!』
『わかりました』
『ですわー!』
その後はアルシェ達とペルクパーティの口裏合わせをして、
宿側に報告をして問題がないことと騒がせてしまった事を詫びた。
そりゃレイボルトなど比ではない電流の発生に、
発光と爆音を轟かせれば、日中とはいえ外の通りにいる人々にも目撃されるというものだ。
他にも見回りの兵士やギルド職員への報告もあり、
報告の中にはペルクの死亡についても入っていた。
「っ、あぁー・・・。ここどこだ?」
俺は体を包む柔らかい感触を感じながら目を覚ました。
背中側の柔らかさは沈み具合からしておそらくベッドだろうし、
お腹の上にある重みと温かさはクーだろう。
左脇にある小さめの物体はアクアでその先に伸びる腕に絡まっているのは、
いつもの癖からアルシェだと想像出来た。
「あ、師匠が目を覚ましましたよ」
『お~、やっとお目覚めデスカラ!』
「これは・・・どういう状況だ?」
「倒れた隊長に付き添ってベッドに入れば途中で眠くなっても大丈夫って姫様が・・」
「マリエルの前じゃ控えてたんじゃなかったのか?」
「確かに初めて知った時は驚きましたけど、
ここまで姫様から信頼されているならいいんじゃないですか?」
「セクハラとか言わないのか?アルシェに失望したとかさ」
「姫様から進んで行っているのでセクハラとは言えませんし、
私は姫様の友人ですよ?失望とかしませんよ。
知ったのがお兄さん依存度合いがヤバイって知ってからでしたしね」
アルシェ~、お前こっそり俺の寝床に来てたけど、
ばっちりマリエルにバレとるやないか~いっ!
『じゃあアニキも目覚めましたし、あちしは帰りマスカラ』
「なんだ?俺を待ってたのか?」
『いまメリーがアニキの代わりに夜の見回りをしてるデスヨ。
この場をマリエルだけに任せるわけにはいかないデスカラ』
「もうそんな時間なのか・・・。
わかった、あとは俺が引き継ぐから安心して帰ってくれ」
『はいはい、一応アインスに報告はしておいたデスカラ、
何か明日にでもあるかもデスヨ』
「そうか、助かる。
今日はありがとうな、お疲れさま」
『アニキも数日は動けないデスカラ、無理しないように。
じゃあ、マリエルも気をつけるデスカラ』
「あ、はい。お疲れ様でした!」
そういってさっさと次元を開いて帰って行くカティナを見送り、
その後の報告をマリエルから聞き取る。
「アクアちゃんとクーちゃんはリーダーの側を離れなかったので、
駐在所へは姫様とメリーさんの2方で行かれました」
「あれ?お前は行かなかったのか?」
「念の為ということで置いて行かれました」
「くくくくっ!」
『・・・』ゴソゴソ
おっと危ない危ない。
笑って腹が動いたことでクーちゃんの寝床に地震が発生したようだ。
ちょっと寝づらそうにゴソゴソしたので慌てて笑いをこらえる。
「その前にお前等に町長邸まで行かせたろ?どうだった?」
「あぁ、隊長の言ってた通り確かに抑揚がなくて怪しかったです。
姫様とメリーさんの判定は黒だそうです」
「町長も解放しておきたいなぁ。
今回の件が王都に報告されると何かとまずいしなぁ」
町長という仕事柄、
絶対に王様への報連相(ほうれんそう)関係はしっかりしているだろう。
そう考えればどんな小さな情報も耳には入れたくない。
ギルドと連携をして動くにも、
ここはアスペラルダほど融通は利かないだろうし、
手を打つのは流石に難しいかもなぁ。
「また師匠が無茶をするしか今は方法がないんでしょう?
なら、そういう人に近付かないようにして、
アスペラルダに入ったら確保すればいいんじゃないですか?」
「まぁ、毎度動けなくなるこんなやり方は皆に迷惑も掛けるし、
欲しい情報は手に入れたから今後はそのつもりだよ。
まぁ、フォレストトーレではあまり表だった行動は控えないといけなくなったけどな」
解放すると死ぬし、
毎度説明を込みで相手にしてらんないわ。
あの魂が言っていた事を信じるとするならば、
情報の収集後に勝手に解放して本体に戻る。
その戻る行為は集まった情報を持ち帰る意味合いがある様子だったことから、
データの送受信は出来ないタイプなのかもしれない。
なら、今回とった処置に近い方法で戻るのを妨害出来れば、
持ち帰りによる情報漏洩は防げるはずだ。
「魂を分けるとか言ってる時点で理解不能だしな」
「何か言いました?」
「いいや何も。
で、アルシェ達が駐在所に行ってどんな話を聞いてきたんだ?」
「ゾンビのその後ですよね?
隊長達が撤収してからずっと張り付いていたみたいなんですけど、
朝陽が登ってくるといきなり苦しみだして消えたそうなんです」
「消えた?って事は魔物じゃなくてモンスター?」
「話を聞く限りだとその可能性が最も高いそうですけど。
この町ってダンジョンはないんですよ」
「ふぅ~ん。そっちも調査しておきたいんだけどなぁ。
本当にダンジョンがあるなら金稼ぎもしたいし・・・、
でも王都に先に行って調査もしないと今後の事に関わるしなぁ・・」
お金稼ぎもそうだが、
パーティ戦闘のノウハウを叩き込むにも有効な戦場なのだ。
新しくマリエルが加わってから全員で戦闘をするような自体はまだないとはいえ、
早めにフルメンバーでの戦闘訓練をしておきたい。
とはいえ、国家間の事を考えれば、
俺達の戦力よりもフォレストトーレの現状を正しく理解してから、
対応を早急に検討し始める必要があるはず。
「ちょっと隊長。
病み上がり・・というか今も体調が戻ってないんですから、
あまり考え込まないでくださいよ」
「・・・隊長と体調を掛けたのか?」
「掛けてないですよ!
もうランプ消しますからね!さっさとまた寝てください!」
「はいはい、報告ありがとう。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
* * * * *
翌日、昼も過ぎた頃。
俺は宿のベッドに横たわって昨日の出来事の整理をしながら、
時間が無くて読めていなかった本を数冊手元に詰んで、
そのうちの1冊を読んでいた。
「(昨日は思いつかなかったけど、
精神力がないなら浮遊精霊も食べる魔力がないからついてなかったのか?)」
普段は目の前に浮遊精霊が映りすぎて何も見えなくなる為、
必要な時以外はフィルターをかけて見えなくしている。
なんか制御力もそうだけど、俺ってどんどん人間よりも精霊に近付いていってるよな。
「(いま俺に纏ってる精霊はどうなってんだろ?)」
暇なはずなのだが、
どうにも手元の書物に集中出来なくてさっきから考え事もしてしまう。
そしてついに自分の浮遊精霊の確認をするまでになっていた。
意識を内面に集中してフィルターを外す。
こういうのもやっぱりイメージってのは大事で、
俺はゲームのような項目を出してチェックを外している。
差し詰め、浮遊精霊フィルターだな。
風制御についても色んなつまみが用意してあって、
俺の制御を越える場合はそのつまみが廻らなくなる。
昨日使った[覚醒]はそのつまみのリミットを外す文字(ワード)で、
まぁ、この状況も予想済みではあった。
フィルターを外してから瞼をゆっくりと開いていくと、
俺の周囲にはいくつかのグループが色別に分かれていた。
水属性の浮遊精霊と闇属性、
それに風属性と無属性の4種のグループが出来上がっており、
完全に身内だけでしかコミュニケーションを取っていないように見える。
「これこれお前達、俺の言葉が分かるかね?」
『『『『・・・・』』』』フヨフヨ
俺の言葉が分かる個体がいるようで、
各属性の数人が俺の前に近寄ってくる。
「なんでお前達は他の属性の奴らと仲良くしないんだ?」
『・・・・』フヨフヨ
「何考えてるのかわからない?
そりゃ属性が違うんだから考え方も違うだろ」
『・・・・』フヨフヨ
「どんな違いかって?そうだなぁ・・・。
水属性は穏やかで争いが得意じゃないけど、
逆に言えば自己主張が苦手で保身的だ。
闇属性は落ち着きがあって冷静沈着だけど、
排他的で多種族が苦手、悪く言えば根暗だ。
風属性は何にでも興味を持てるし意欲もあるが、
落ち着きがなくて周りが迷惑する。
無属性は・・・まぁ、個性がないのが個性ってな。ははは」
『『『『・・・・』』』』フヨフヨ!
「ちょ、なんで怒るんだよ」
言葉はなくとも、こう、波動で?なんとなく何を伝えたいのかわかる。
実体がないのでお怒りの波動を発しながら俺に向かって飛び込んできても、
スィーっと通りすぎるので痛くもかゆくもない。
そんな感じで浮遊精霊達の間を取り持つように話を続けていると、
開けていた窓の外から点滅している浮遊精霊が勢いよく部屋へと入ってくる。
「興奮状態の風精?なんだろ?」
その浮遊精霊はキョロキョロとしたあとに、
フィ~と風精霊のグループに合流した。
荒ぶる波動を解析するに、
昨日発した俺の電撃による魔力を追ってここまで辿り着いたらしい。
つまりは纏わせて欲しいってことだな。
風属性の浮遊精霊も結構な数が増えているようだし、
ここいらで正式な契約精霊を選出しておきたいな。
「なぁなぁ、お前達の中で俺と契約したい奴はいないか?
アクアやクーみたいに色んな事が出来るようになるぞ?」
いやぁ、ビックリした。
軽い気持ちで誘い文句を口にした途端に、
先ほど合流した風浮遊精霊以外がぶわっと壁際まで避難しやがった。
俺が声を掛けたのは風属性の奴らだけなのに、
何故か水属性も闇精霊も同様に壁際まで逃げている。
「なんで逃げるんだよ、戦闘が嫌なのか?」
俺の疑問に対して浮遊精霊達は、
属性のグループ関係なく一塊となって人の首から上を形成していき、
全力で頷いている。
お前等仲良いじゃねぇか・・・。
「じゃあ新参のお前、契約してみないか?」
『・・・・!』フヨフヨ!
最後にその場に残ったままになっていた風精に声を掛けると、
他の風グループが急いで戻ってきて、
新参者に契約は危ないぞってな感じで説得を試みている。
その時、彼らにとって最悪のタイミングで、
宗八の愛する精霊兼愛娘が影から1人戻ってきた。
『ただいま戻りましたお父さま。体調はいかがですか?』
「おう、クー。おかえり、体調は良いよ。
ただ暇だからね、浮遊精霊と話をしていた」
『お喋りが出来るようになったんですか?』
「いや、なんとなく伝えたい事が分かる程度だよ」
『あ、そうなんですね。
クー達も今日は早めに戻りますから、無理せず待っててくださいね』
「あぁ、待ってるよ」
『では、失礼します』
愛するお父さまの様子を伺いに戻ってきたクーが居た時間は3分にも満たない。
その精霊は明らかに幼く、しかし信頼に溢れた関係である事は確かであり、
自由に行動もさせてもらえている。
風属性の仲間から伝わる声は右から左に通りすぎ、
契約精霊としての幸せを心から堪能しているクーの姿に憧れを抱いた風精は、
ますます発光を強く瞬かせると宗八の頭の周りをクルクルと周回しだした。
「おぉ、いいのか。助かるよ!
じゃあさっそく話せるように加階させる準備するから待ってくれよぉ」
宗八と2人で話を始める風浮遊精霊をよそに、
他の風属性の浮遊精霊達は愚痴を言う為に多属性のグループに近付いていった。
インベントリから取り出したるはスライムの核。
数も少なくなってきたスライムの核を手の平に乗せて握りしめる。
寝ている間に失った魔力は自然と回復していたので、
精神力的な負荷は全くない。
意識を核に集中させて俺の魔力を込め始めると、
一瞬で満タンとなった。
前はもっと時間を掛けて魔力を込めていたはずだが、
一瞬で込められた事と満タンになった事の2点から考えるに、
俺の魔力操作もずいぶんと成長したものだ。
まぁ、制御力が上がっているんだから、
属性も指向性もない魔力を込めるだけの作業が難しいわけがない。
というより、込める速度よりも驚いたのは消費魔力の方だ。
アクアの時は所持魔力の約半分を使用して込めていたのに対し、
今回は自身の魔力が減ったという認識がほとんどない。
これには、当時は漏れていた余剰魔力がなくなり、
俺が放出する魔力を無駄なく核に込める事が出来るようになったことも要因だろう。
「なにはともあれだ。これで核の準備は完成。
俺が詠唱をしたら核に触れるんだぞ?」
「・・・!」フヨフヨ
理解したという意思を表すかのように、
俺の前で円を描くように浮遊する風精霊。
さてと、いよいよ俺の苦手とする長文詠唱・・・しかも厨二病的な・・・。
アクアの時に初めて使った詠唱を元に、
クーの時は属性というベクトルを変更して闇属性用に作り替えた。
なら、今回もやはり風や雷方面に変えての詠唱が無難だよな。
息を吸い込んではゆっくりと吐き出し深呼吸をする。
詠唱を頭の中で整理しながら、再び息を吸い込み・・・。
「《遠雷《えんらい》は遙《はる》か彼方《かなた》、されど逆巻《さかま》く風《かぜ》は頬《ほお》を嬲《なぶ》る、世界《せかい》を歪曲《わいきょく》させ、我《わ》が元《もと》に呼《こ》よ、光彩《こうさい》を砕《くだ》け!精霊加階《せいれいかかい》!来《こ》よ!ニルチッイ=イノセンシア!》」
俺の詠唱により、スライムの核は黄緑色の輝きを一瞬強く発して、
風精を受け入れる準備が整ったことを知らせてくる。
淡い色に変化した内蔵魔力も仄かに輝いて風精を誘う。
「さぁ、触れてみろ」
『・・・っ!』
一気呵成(いっきかせい)とばかりに少し震えてから核へと飛び込む風精。
触れればいいだけなのにバコンッ!と体格の小ささも相まって、
痛そうなぶつかり方をして、
ぶつかった反動で核から少し離れるが、
精霊加階が発動して周囲にある空気という空気が渦巻いていき、
すぐに卵の形を形成して風精と核は見えなくなった。
風の卵は俺の手からゆっくりと浮き上がり、
中空で待機状態となる。
「浮遊精霊に干渉出来る条件か・・・時間があるうちに試しておくか」
いまのところ、浮遊精霊に干渉出来ているのは、
魔神族の禍津核と俺の用意した核、
そしてオベリスクのみだ。
もし彼らを守ることに繋がる術があるのなら、
知っておいて然るべきだろう。
「おい、お前ら!
俺の魔力を食う以外は暇だろうからちょっと手伝ってくれ」
『・・・!』フルフル!
再び別属性同士のくせに仲良く人の顔を作り上げて嫌だと伝えてくる。
なんだよその一発芸みたいなの。スイミーかよwww
そんな彼らに指先を向けて、
それぞれが好きな魔力を混ぜた複合魔力を漏れさせると、
餌に釣られて魚・・・いや、スイミー達は俺の指に群がってくる。
「よしよし、いい子だ。
痛くしないから大丈夫だよ、天井のシミを数えているうちに終わるからね」
* * * * *
風精が卵になってから10分。
そろそろ加階が完了して孵化をする頃合いだ。
浮遊精霊共に対して試せることも少ないので、
時間としてはちょうどよかったと思う。
結論から言うと、
魔力というものは扱いに慣れると体から溢《こぼ》すことが出来る。
この漏《も》れ溢《こぼ》した魔力は魔力操作の精度によって皮膚を覆うことが出来、
このコーティング状態であれば浮遊精霊にも触ることが出来た。
もちろん属性一致が必須条件ではあるので、
アルシェとマリエルは水精に、メリーは闇精に、俺は水精と闇精と風精に、無精は全員に触れることが可能だ。
浮遊精霊の大きさはピンポン球程度しかない為、
もし触れるのであればハムスターに触る時くらいに注意をしてほしい。
でないと、間違えて潰してしまいそうになる。
実際に触ってみた俺の感想を言わせてもらえれば、
ミニトマト大のグミをプニプニしている気分になったと伝えておこう。
「お疲れ様、ありがとうな」
『・・・・っ!っ!』
人体実験・・・精体実験?の成果が出たことを感謝し、
卵の様子を伺うと、
実験を仲間に押しつけて卵を見守る任務に就いて周辺を飛んでいた浮遊精霊達が、
ブンブンと暴れ回って孵化の予兆を知らせてくる。
両手を差し出すと風で出来た卵はその身を委ねるように、
俺の手に収まったので手元に引き寄せる。
そして、さほど時を置かずに天辺から渦巻く風は解けていき、
中心部に姿を表したのは、
俺がイメージを込めた通りに容姿を形成した風精がいた。
体長は初期のアクアとほぼ同サイズ。
雷を思わせる綺麗なブロンズヘアーはお尻まで流れており、
衣装は以前見かけたセリア先生の風精の衣をアレンジし、
和のテイストを混ぜてある。
腰に大きめのリボンがついていて、
長い2本の先端が風に揺れてたなびいている。
背中には大きい羽と小さい羽の4枚羽を採用した為、
完全に俺の嗜好を受けた妖精といえばコレって見た目になったと思う。
卵が完全に解けてゆっくりと俺の手の平に着地する。
「おはよう、ニル。気分はどうだ?」
『・・・・』
目を何度も瞬かせて体をあちこち触ったり見回したりと確認して、
自分の両手を目の前でグッパッグッパッとこちらも何度も確認する。
『ん!わるくないですわ!』
「おぉ、風精はみんなこっち方面の口調になる呪いにかかっているのか・・・」
『なんのことですの?』
「いやいや、何でもないよ。
さて、改めて俺の名前は水無月《みなづき》宗八《そうはち》。
加階までさせておいて何だけど、
契約はニルがしてもいいって思えたらしてくれればいいよ」
アクアの時は即戦力が欲しかったからデリカシーもなくすぐに契約したけど、
クーの時はまぁ、
ちょっと人見知りであった事と俺の事を不信に思っている節があったからな、
時間を設けたんだけど、今後も選択権は精霊側に委ねようと思う。
『わかりましたわー!私、あの黒い精霊さんとお話がしたいですわー!』
「彼女の名前はクーデルカ=シュテール。
俺の契約精霊の一人だよ。俺とニルが契約したら君の姉って事になるかな」
『おねぇさまですわー!ですわー!』
浮遊精霊の時と違って結構な速度で部屋内を飛び回るニル。
アクアとクーの浮遊と違って、
やっぱり風はお友達とでも言うかのように、
ヒュンヒュンと速い速度で飛んでいる。
思わず手で叩き落としたくなる速さだ。
「クーは夕方になったら帰ってくるし、
仲間もそのときに紹介するよ」
『わかりましたわー!それまでは何をしていましょうか?』
「うーん、契約とは別にちょっと手伝って欲しい事があるんだけど、
お願いしてもいいかな?」
『仕方ないですわー!何をしますの?』
何というか・・・アホっぽいな。
T・S・Fさんみたいな口調といい性格も似ているのかもしれない。
深く考えずに思うがまま行動に移すところは、
風の国の住人と同じで自由奔放なようだ。
まぁ、俺がデメリットありきで無茶しないでいいなら、
彼女に助けてもらえる方向で検討しよう。
「俺の魂を認識してくれ」
『そうはちは何を言ってますの?』
すっとぼけた訳でもなく、
目から光が失せた顔で首を傾け、
コイツ頭がどうかしちゃってんだろうか?
という声音でちょいと辛辣な返答が返ってきた。
* * * * *
コンコンッ
「お兄さん、入りますよ?」
「どうぞ」
時刻は陽が落ちかけ、窓から見える黄昏の空を眺めていたら、
アルシェ達が帰ってきたのかノックが聞こえ、
ドア越しに声が掛けられた。
返事をするとすぐに扉は開きはじめ、
アクアとクーが部屋に飛び込んでくる。
『ますたー!』
『お父さま-!』
『クーデルカさーん!』
ゴッ!
『『『あいたっー!!』』』
アルシェと俺の丁度中間の位置で空中事故を起こす精霊3人組。
何をしとるんだこいつらは・・・。
「あの、お兄さん・・・。この精霊は?」
「あぁ、昼間に浮遊精霊と話をしていた時に、
昨日の魔力痕を追って俺のところに来たんだ。
契約をしないかって誘ったら他の風精共は逃げ出したけど、
こいつは承諾してくれたんで、一応加階させた」
「では、まだ契約されていないのですか?」
「クーの時みたいに猶予を与えてから決めさせようかと思ってね」
「お優しいおっさんですね」
「なんか言ったか、マリエル?」
「いえなにもー」
自分ではおっさんだと理解はしているけど、
人に言われるとなんでかムカつくよな。
鏡で確認して20歳くらいかなって思ったけど、
マリエル達から見るともっと年上に見えるのかもな。
・・・くらい?
あれ?俺・・・元の世界の最後ってどうだった?
『ますたー!このこなに~!』
『離してください~、お父さま助けて-!』
『クーデルカさーん!』
「え、あぁ。風精のニルチッイ=イノセンシア。愛称はニルだ」
アクア達の言葉で俺の思考は途切れ、
ニルの説明を終えた時には何を考えていたのか忘れてしまった。
何か大事な事を思い出したというか、引っかかりを覚えたような気がしたけど、
すぐに忘れたって事は大した内容じゃなかったんだろうな。
「なんで、クーちゃんにくっついているんですか?」
「契約の検討を決めたのがクーの姿を見かけたから・・・かな?
1度昼頃にクーを寄越しただろ?その時だ」
「確かに、具合が悪化していないかの確認に行って頂きましたね」
「とりあえず、部屋に入りたいから全員隊長にお届けしますよー」
床に墜落した3人娘を抱えてマリエルが俺の元へ運んできた。
とりあえず、受け取って膝上に乗っけると、
わいのわいのと騒ぎ始めるので、こちらは交流も兼ねて放置しよう。
「食堂でのお仕事はマリエルがセクハラしてきた冒険者に、
水と蹴りをプレゼントした以外に問題はなく、
概ね順調に本日も終わりました」
「そうか」
セクハラにも種類はあるけど、
マリエルが制裁したなら、俺が出張る必要もないだろうな。
まだ腹に据えかねているようなら俺に文句を言ってくるはずだし、
ないという事は彼女の中で折り合いがついたって事だ。
「それと、昨夜メリーが捜索をしたゾンビに関しては、
また発見をしたのですが、こちらも朝になると消えてしまったそうです」
「この町を出る前には問題の発生源くらいは見つけておきたいな」
「最後になりますが、明日ペルクさんの葬儀がギルドで行われます」
「明日には歩き回れる程度には回復してるだろうし、
そちらは俺も参列しよう」
「わかりました、私たちもご一緒します。
無関係ではありませんからね」
「格好はどうすればいい?」
「立場で言えば冒険者なので、いつもの格好でかまいません」
「了解だ。お前らもうちょっと静かにしろや」
『『『あいたっ!』』』
それぞれに軽く拳骨《げんこつ》をお見舞いする。
報告を受けている間くらいは静かにしなさいな。
葬儀のスケジュールに関してはメリーが控えているだろうから、
明日の他の予定はニルを用いた訓練が必要かな。
出会ったばかりでシンクロが出来ない事を考えれば、
制御力の底上げをしてゾンビ発生の現場を探し出すのは難しい。
なら、彼女には単独で探せるくらいの魔法を使ってもらう必要があるわけだ。
「まず、仲良くなってから抱きついたりするもんなんだから、
ニルはもうちょっと段階を踏め」
『クーデルカさんと仲良くなりたいですわー!』
「それはわかってるから話を聞けや」
『あいたっ!』
デコピンをかまして黙らせる。
風の浮遊精霊がニルに群がって何かを伝えている。
そういえば、まだフィルターを解除しっぱなしだったな・・・。
『なるほど、これが体罰・・』
「教育だ!」
『あいたっ!』
「一応ニルに伝えておくけど、
アクアが一番の古株で・・」
無い胸を反らして威張るアクア。
「次に妹分のクー」
こちらはぺこりと礼儀正しく頭を下げる。
「最後がお前だ。2人も妹分が増えたと思って仲良くしてあげてくれ」
『そうなの~?ノイとどっちがうえ?』
「え?ノイは・・・従姉妹のお姉ちゃんって感じ?」
あいつはなんかしっかりしてるし、
俺の中での予想では浮遊精霊歴が一番長いのはノイで、
加階した順で言えばアクアの次に当たる。
しかし、正式な契約はアクアの次にクーが来ているので次女というわけでもない。
なら、最適解として従姉妹のお姉ちゃんが一番しっくりくる。
『わかった~。クーよりしたなのね?』
「それでいい」
『クーの妹ですか?』
「妹か妹分かはお前らで決めろ。俺はノータッチとする」
『あい!』
『わかりました』
『ですわー!』
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