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第03章 -港町アクアポッツォ編-
†第3章† -12話-[ブルーウィスプⅡ]
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「さぁさぁ、お兄さん!行きますよぉ!」
「いや、まだ昼じゃないからさ・・・・」
朝からハイテンションのアルシェを抑える為に、
それっぽい声は掛けるが、あんまり効果はないようだ。
それにしても警戒心のない小娘だ。
13歳と言えば中学1年生になるわけだが、
一応外国?の娘なだけに真っ平らというわけではないので、
正直扱いにも困る。かわいいしな。血が繋がってないのも問題だ。
そのとき俺の頭によぎる物があり、
静かにアルシェの耳に手を当て聞こえないように塞ぐ。
「そういえば・・・、メリー」
「なんでしょうか、ご主人様」
「この世界に下着はあるのか?」
「はい、ございますが?」
「どんなもんなんだ?」
「こういう感じの物でございます」
「は?ちょ、メリーさん!?」
慌てるマリエルなんてなんのその。
何気なく己の影から衣類の入った箱を取り出し、
そのうちの1枚を見せてくる。
それはキャミソールに似た作りで、
胸元だけを隠す程度の丈、
大きさに関わらず対応できるようにゆったりとした布地。
もちろんアルシェには見えないように俺の胸元に顔を向けさせている。
「俺の知識だと大きさによって下着は買い替えないと、
胸を大きく出来ないし、形も綺麗に整わないとされている」
「!?」
「こちらと形は違うのですか?」
「かなり違うな。ブラジャーと呼ばれる・・・・、
えっと、おぉありがとう。
こんな感じの下着になっている。
お前達が使っている下着はかなり昔にあったはずだ」
メリーが俺と入れ替わりに耳と目を塞ぐ。
紙にペンでさらさらとブラジャーの絵を描く俺。
端から見ればセクハラしているだけなんだけど、
別に下心あっての質問ではないので、
相手に嫌悪感を与えないのは俺の特技とも言える。
どうせなら幼いアルシェが運命の人に出会った時、
より魅力的に映るように女性の武器は強化しておくべきだろう。
「材質はなんでしょうか?」
「流石にわからないから、今の布でもいいと思う。
ただし、隠す程度の機能性じゃなくて、
こう胸を押し込めることで形を整え、動く時にも邪魔にならないようになる」
「なるほど・・・」
何を言ってるんだ俺は。
これもアニメ知識だったと思うけど、
なんて名前のアニメだったかな・・・。
ちゅー・・・ちゅー・・・ぶら?
「胸に合わないブラジャーをつけると、体の調子を崩したり、
胸の成長を妨げ、形も整わない。
膨らみはじめは擦れて痛いから、こんな感じのブラを付けるんだ」
「かしこまりました」
アイコンタクトでメリーには伝わったので、
この話は終わることとする。
途中から静観していたマリエルはその後も何も言わず、
アルシェにも告げ口するような事はなかった。
静かにメリーへコソコソ何かを伝えるだけだった。
* * * * *
朝の運動をした後は、
模擬戦をしようかと思っていたんだけど、
俺の場合は両極端な攻撃しかほとんど出来ないから、
アクアポッツォでは戦闘訓練は出来ないという事が判明した。
結局、俺は見学を強いられ、
今回はマリエルと観戦することとなった。
「言っては何ですけど、メリーさんって姫様の側仕えですよね?
戦闘って出来るんですか?」
「実はメリーの戦闘する姿を見るのは数ヶ月ぶりだ。
前もナイフを支障なく普通に使っていたし、戦えないことはない」
「へぇー。私と同じで戦力外なのかと思ってました」
「戦闘が得意なわけではないのは確かだけど、
メリーはメリーなりの戦い方で俺たちを助けてくれているんだよ」
「・・・へぇー」
アルシェ・アクアVSメリー・クーの模擬戦は初めてだし、
お互いが手札を知っているからこそ、
どう戦うのか気になるところだ。
「『シンクロ!』」
「『シンクロ!』」
時間を見つけてシンクロは練習していたみたいで、
5分程度まで安定してシンクロは可能になったらしい。
ちなみ俺は精霊使いとしての補正も働き、
魔法を使わなければで5時間くらいは余裕で超える。
「しっかりと見ておいた方がいいぞ・・」
「・・・はい」
お互いが黒いオーラと蒼いオーラで包まれ、
緊張が高まる。
アルシェとアクアは接触していないが、
メリーとクーは接触している。
これは各自戦闘が出来る蒼チームと、
一緒に行動することで戦略勝ちを目論む黒チームの特色だ。
「『≪勇者の剣!≫』」
アルシェとアクアの左右の手が正面に翳(かざ)され、
2人で半円を描くように手を動かし、
その動きと詠唱に合わせて横方向に勇者の剣が計10本出現する。
「行きますよ、クーデルカ様」
『はい!《閻手!》』
スタートから全速力に近い速度で正面から突っ込む黒チーム。
メリーの目で勇者の剣の先端を見極め、
それに合わせてクーの閻手が当たる範囲の2本を上方へとはじき飛ばす。
「《アイスキューブ!》」
足止めの為に出現した氷の塊を、
メリー達は速度そのままに迂回してアルシェ達へと迫る。
『りゅうぎょく!《カノン!》』
迂回方向を定めたアクアがタイミングを見計らって竜玉砲を打ち込む。
しかし・・・。
『《セーフティーフィールド!》』
一瞬の安全地帯へ逃れた黒チームを素通りして、
背後の原っぱへと消えていく。
「アクアちゃんっ!《アイシクルライド!》」
『おぉ~!《あいしくるえっじ!》』
咄嗟にアクアを掴んで一気に後退して距離を開ける蒼チーム。
置き土産に設置したアイシクルエッジに阻まれ、
足を止めるかと思いきや、速度に任せた跳躍で範囲を飛び越えようとする。
「《勇者の剣!》」
空中にいる状態では回避は出来ないと考えて撃ったんだろうけど。
『《セーフティーフィールド!》』
再度無敵の位相ずらしでアルシェの魔法を避け、
無事に着地した黒チームは続けて接近を試みる。
『《ブラックスモッグ!》』
メリーの肩に捕まるクーが口から煙幕を吐き出す。
しかし、範囲はそこまで広くはないので、
アルシェ達は範囲外へと遠ざかっている。
煙幕から飛び出してこないメリー達を警戒しつつも、
足を止め次の戦闘準備に入る蒼チーム。
「《アイシクルウェポン!》シフト:ランサー!」
『りゅうぎょく!』
蒼チームの2人が武器を手にした所で、
どこからか声が聞こえた。
『《シャドーバインド!》』
アルシェとアクアの影から闇の手がいくつも生えてきて、
2人を拘束しようと体を這い上がってくる。
『《あいしくるばいんど!》』
「やああああぁぁぁぁぁ!!!」
闇精霊であるクーは煙幕で視界を奪われても相手を見ることが出来る。
その為、蒼チームには見えない状態でも場所を補足して、
バインドを使うことが出来た。
一方、アクアは見えない敵よりも見えているシャドーバインドを指定して、
自分たちが拘束される前に動きを止め、
アルシェが装備した槍で力任せに砕いてその場を脱出する。
「《勇者の剣!》シフト:氷結覇弾(ひょうけつはだん)!」
『《あいしくるえっじ!》《あいしくるばいんど!》』
ひとっ飛び分さらに後退したアルシェが、
大技の氷結覇弾で煙幕の範囲をすべて叩きつぶすつもりのようだ。
アクアは支援の為、
ベクトルを広範囲へと傾けたアイシクルエッジを煙幕内部へと広げ、
凍った地面を通してメリーの足を補足し今度は逆に拘束する。
こうなってからでは、セーフティフィールドは役に立たない。
「でええええぇぇぇぇぇぇいい!!」
天に掲げた左手を地面へ向けて振り下ろす。
その動きに合わせて空に浮かんだ無数の勇者の剣は、
煙幕内へ向けて素早く射出される・・・はずであった。
『《影縫(かげぬい)》』
無数に浮かぶ氷の槍のいくつかは何故かゆっくりとした動きで射出され、
先行して煙幕は突入した氷の槍はメリーに当たったとは告げてくれなかった。
煙幕の中からゆっくり動く勇者の剣へ向けて、
ギルドカードが飛び出しては進行方向をわずかにずらしていく。
しかし、煙幕は先の衝撃でほとんど霧散してしまっており、
メリー達の姿は見えてしまっていた。
足下が凍っているのか、その場を動かない。
『《カノン!》』
『閻手!水分(みくま)り!》』
アクアが竜玉をメリー達へ再度撃ち込むが、
クーが閻手を使い、指先を合わせて反ったような形を作る。
横幅も大きい閻手なので、おそらく魔力を結構注ぎ込んだんじゃないかな?
その甲斐があり、竜玉は閻手に当たると2つに分かれて後方へと消えていく。
『え~!なにそれ~!』
閻手が解けるとその場にいたはずのメリーは消えて、
クーだけが残っており、猫の姿へと変化してアクアへと接近する。
『この~!《あくあしょっと!》』
『《ガイストアプション!》』
アクアが放つ水鉄砲がクーに襲いかかるが、
クーの隠し球がそれを迎え撃つ。
ガイストアプションは魔法を吸収する為に生み出した試作魔法で、
今のところは吸収とまではいかず、魔法の威力を下げる程度になっている。
弱まったアクアショットをまだ小さい体で受け止めながらも前進する。
『《シャドーバインド!》』
『《あいしくるえっじ!》』
精霊達が魔法でドンパチしている間に、
メリーとアルシェはついに近接戦闘へと縺れ込んでいた。
この時点ですでにお互いシンクロは途切れていたので、
あとは個人戦力次第になる。
「流石にぃ!速すぎます、ねっ!!」
「お褒めに預かり光栄です、姫様」
魔法を覚えていないメリーは接近するまで走る事と、
影縫の手伝いくらいしかしていないが、
その分広い視界で戦況を見れていた為、
クーへ状況が正確に伝わり、対等な戦闘を行えていた。
「《アイシクルエッジ!》」
アルシェの足下から2m程度の地面が凍り付き、
踏ん張りが付かない状況ではメリーも戦闘が出来ない。
どうするんだ?
メリーはすぐさま踵を返し、
アクアとクーが戦っている方向へと一気に加速し、
アルシェを置いてけぼりにする。
『え!?なに~!?』
「失礼いたします」
別の戦場に辿り着いたメリーはアクアを鷲掴みにすると、
そのまま自分の影に押しつけて、クーの影倉庫へとしまってしまった。
「あああああ!!!」
『勝負ありですかね?』
「姫様がまいったと言えばそうなりますね」
「くぅ~~~~・・・・・参りました・・・」
パーティ内の仲間であれば救出は可能だが、
今回は敢えてパーティは解除してから模擬戦を行っている。
パーティメンバーであっても中から出られるのはクーか俺の2人だけだから、
それを上手く使ったメリー達の戦略勝利だな。
『(ますたー!でられないよ~!!)』
* * * * *
「アルシェとアクアの弱点が見える模擬戦だったな」
「悔しいですぅ~」
『いもうとにまけた・・・』
「いや、お前ら力任せに戦いすぎだし、
アルシェは勇者の剣に頼りすぎ。
アクアは竜玉だな」
「確かに、同じ魔法を多用していましたね。
姫様はホワイトフリーズも使えたはずですよね?」
「焦るとついつい使い勝手のいい魔法を使っちゃって」
見た感じ終始黒チームのトリッキーな動きにいなされ続けていたし、
当たれば勝てるという意識をどうにかしないといけないな。
攻撃力はなくとも戦略の組み立て方や、
魔法の細かい使い方が上手い黒チームは理想的な運用をしていたな。
「クーは魔力結構使ってたな」
『そうですね。メリーさんは魔法が使えないので』
「申し訳ありません、クーデルカ様」
「いや、落ち着いて戦況を見れていたし、
そのおかげでクーも魔法の選択がやりやすかったんだろう」
『その通りです』
クー達が攻撃に出たのは最後だけで、
最終的には片方を無力化することで勝利を得た。
近接戦だとアルシェをも凌ぐのは素直に賞賛するが、
アクセサリがなくなるとアルシェに近接でも負けてしまうんじゃないかな?
「お互い何か感じる事が出来る模擬戦だったと思う。お疲れ様」
「「お疲れ様でした」」
『おつかれぇ~』ブッスー
『お疲れ様でした』
「で、どうだった?マリエル」
「私もあんな風に自分の戦い方を見つけろって事ですか?」
「さぁな、それは自分で決めることだからな・・・。
相談するならヴォジャ様が適任だと思うよ」
「・・・・考えておきます」
魔力回復の為にクーは俺にくっつき、
アクアははぶてて俺にくっつき、
アルシェも落胆はしつつもリベンジに燃え、
メリーは怪我もなく終える事が出来てほっとしていた。
今回の模擬戦は超攻撃型VS補助支援の対立だったけど、
使い処が上手かったな・・・。
メリーの足を止めていた氷を消したのは、
クーのガイストアプション重ね掛けだろうし、
閻手水分りで視線を切ってから、
各々単独で戦闘を始めるのも意表を突いていて面白かった。
「アルシェは自分で思っていたほど動けなかった?」
「そうですね。よくよく考えてみればお兄さんの指示がいつもあるから、
それに甘えていた・・・んでしょうね」
「始まった直後に俺と初めて模擬戦をした時みたいに、
広範囲でアイシクルエッジをすれば勝ってたかもな」
「うぅぅ・・・」
足場の解除に時間は掛かるし、
近くに寄ることも難しくなる一発になったはずなのだ。
戦闘面の戦略を個人でも考えて打破できるようにしたいけど、
そういうのって言葉で伝えるのは難しいよな。
セリア先生も魔法を教えてはいただろうけど、
戦略については教える必要がなかったからなぁ・・・。
アルシェもアクアも似たもの同士で俺に依存してしまっている。
メリーとクーも似たもの同士で戦略を立派に立てた。
うまく連携をとれるように個人訓練だけでなく、
パーティでの訓練が必要な気がする。
本来はダンジョンで鍛える部分なんだろうけど、
近くにないから、次にある町までは連携は厳しいかもなぁ。
「前衛がいるのといないのでは動き方が全然違うんですね」
「アクアは前衛が出来ないんだから、
アルシェが前衛をするってのもひとつの手だよな」
「そうだぁぁ~~~~~・・・!!」
黒チームが始めから別々に動いていたら、
また別の対策が必要になるんだけどな・・・。
『ますたーなら、どうしてた?』
「俺ならさっきも言った通りにアイシクルエッジをしてから、これだな」
拳を握りしめ体のひねりより遅れて撃ち込む正拳突き。
その拳には俺が制御した風が纏っており、
正面に振り抜くと突風が1方向へと吹き荒ぶ。
「無詠唱で使えるお兄さんの新しい風魔法ですね」
「これで飛んで回避するでも、走るでも出鼻を挫けるから、
この間にアイスピックに魔法をセットして出方を伺うかな」
『メリー達は接近して来ないのですか?』
「魔法特性を知っていればこそだよ。
時空魔法での緊急回避も俺の考えにはあったし、
回避や素早さが高い敵には広範囲攻撃で動きを制限しないと、
時間が掛かるしね」
「流石です、ご主人様」
『・・・・・』
仮想黒チームは早く動き出して攻撃を加えていかないと、
俺の魔法剣がどんどん威力を増すことを知っているから、
当然急接近はしてくるだろうけど、
基本的に足場のアイシクルエッジは保持して、
180度攻撃を意識して一閃を放って牽制するかな。
セーフティーフィールドは発動した場所から一定の範囲が対象になるが、
位相をずらした場所が動くわけではないので、
その辺一帯を支配すれば閉じ込めることは可能なのだ。
「アルシェの今後は近接で使える魔法を創ることかな?
俺の魔法剣ならメリーの短剣を弾いた際に一閃を出すことも出来るから、
距離を取らざるを得なくなる」
「そう考えるとお兄さんの一閃って使い勝手いいですよね」
「武器さえ合えばな」
「そうでしたね、私にもセットが使えればなぁ・・・」
「同じだと対策された時に辛いから、
似ているけど別物を開発してほしい」
『あくあは~?』
「個人戦を想定しての訓練はしてないんだから、負けて当然。
メリー達と同じようにアルシェと一緒に戦えばもっと上手く動けたよ。
とはいえ、次に進化したらってのは考えていたからな。
いまは汎用性の高い範囲攻撃を創るべきかな」
『あい!つぎはまけない!』
* * * * *
模擬戦から残りの昼までの間に、
思いつく限りの魔法をアルシェとアクアに創造試作してもらい、
使い勝手を確認してもらった。
それと2人は心に余裕・・・、つまり自分を守ってくれる存在がいないと、
焦ってしまい、最も頼りにしている魔法を連射すると言うことが判明した。
アクアの竜玉はまだまだ制御しきれておらず、
真っ直ぐにしか飛ばせない。
大きさは拳大だし、
もっと細かく操作や分割も出来れば広い汎用性が生まれるはずだ。
アルシェの勇者の剣もいくつも出すよりも、
もっと広範囲攻撃できる魔法を持っていれば魔力の無駄使いも、
今回のような避け方をされることもなかった。
「じゃあ行きましょうかお兄さん♪」
「お手柔らかにー・・・」
そしてついに・・・、
アルシェとのお出かけが始まった。
* * * * *
「どこか行きたいところはありますか?」
「そうだなぁ・・・。
王都に戻る移動中はさ、数時間暇じゃない?
だから、暇つぶしが出来る何かを用意しておきたい」
「膜の中で魔法を使うわけにはいきませんしねぇ。
ぱっと思いつくのは本を読むくらいですかね」
「それは俺とアルシェなら問題ないけど、
他にもアクア、クー、メリーがいるからな」
「あの2人なら時間があるならって、侍従訓練をするのでは?」
「それもそうか・・・勉強熱心だからねぇ」
町に入ってからは、
昼と言うこともあり夜ほど人も道を歩いていなかった。
どちらかと言えば、魚を貯蔵している倉庫?のある港方面や、
沖合の方が忙しそうに働く人たちを確認できた。
腕を組みながらアルシェと話しつつ適当にお店を外から覗いていく。
「アクアちゃんは移動中の休憩時間は、
お兄さんにくっついているか、コールで話しているか、
クーちゃんと遊んでいますよね?」
「アクアは昨日面白そうなのを選んで買ってたからいいよ。
アルシェとメリーとクーの分を選ぼう」
「はい、お兄さん♪」
とりあえずは俺とアルシェの時間潰し用に本屋を探しながら、
昨日と同じくアルシェが興味を持った店に入っては商品を見ていく。
意外にも魔道具屋もあり、
売っている商品は魔法ギルドで造られた品々があった。
「流石に電化製品はないか・・・。
電気工学だけが抜けているってのは不思議なもんだ。
ガラス窓とかはあるけど、望遠鏡はないし、
つくづく変な世界だな」
「電化製品?」
「言ってもわからないと思うけど、
レイボルトで発生する雷をエネルギーとして使用した物?なんだ。
食べ物を簡単に暖められたり、揺蕩う唄を全世界で使えたりとか」
「へぇ、それは便利そうですね!
お兄さんが作れたりは出来ないのですか?」
「無理!製品は使っているけど誰でも作れる物じゃないんだ」
内部構造もわかってないし、
電話なんてケーブルを世界中に張り巡らせないといけない。
んな、面白くもない重労働を何故にファンタジー溢るる異世界でせにゃならんのだ。
「そうですか・・・。
魔道具もそれなりに普及して便利にはなったんですけどねぇ・・・」
「元は回収したアーティファクトを研究して世界貢献してるんだったか。
確かに色々あるにはあるけどさぁ・・、
これ・・・チャッカマン?」
「それは火の魔石の欠片を内部に取り付ける事で、
小さな種火を作り出す事が出来るんです」
「・・・・魔法で良くね?」
「ヴァーンレイドは火力が高すぎるんですよ。
初期魔法でそれですから、この商品が出てくるまでは種火の用意も大変だったんです」
この世界って基本的に魔法が少なすぎるよな。
火の魔法だけでも初級のヴァーンレイド、中級のフレアーヴォム、
上級のインフェルノ、この3つだけだ。
その後はギルドから教えられて、
魔法の指向性(ベクトル)と改変を学ぶこととなる。
それまでは他の属性を考えても、30くらいなもんだ。
ゲームの世界でもそこまで少ないのは昔のゲームくらいじゃないかな。
回復ですら、ヒール、グレーターヒール、リザレクションの3つ。
普通なら範囲回復があってもいいのに、この3つはすべて単体回復魔法。
この魔法によりパーティメンバーにヒーラーという役職はいないので、
回復するならてめぇでやれ!が基本の悲しい世界だ。
「お兄さん?どうしました?」
「いや、何でもない。
俺たちが調理時に使っているものは売っていないな」
「あれは造るのが大変なので依頼をしないと造ってくれないんです」
「まあ、便利だよな。カセットコンロは・・・」
魔道具屋で時間潰しの商品が売っているわけがなかった為、
さっさと店を出てウインドウショッピングを続けるのであった。
* * * * *
「お帰りなさいませ、ご主人様。姫様」
「私が後・・・」
「おう、ただいまメリー。
うちのとマリエルはどうした?」
屋敷に帰ってくるとメリーが出迎えてくれた。
横でアルシェが何か呟いているが、
もう今更なので気にする事ではないだろうに。
「アクアーリィ様とクーデルカ様は部屋で待機、
マリエル様も女性部屋でございます」
「今日も別宅に行くのか?」
「まぁ、今夜が最後ですし。
明日には移動されるんですよね?」
確かに年の1度のイベントだけど、
俺たちにもタイムリミットがある。
元の世界に帰るにしても、出来る限りの破滅情報は残しておきたいし、
マリエルのくれた情報で聖剣を勇者が手にしたらしいから、
装備できる出来ないにしろ、急いだ方が良いだろう。
「まぁ、その予定ではあるけど」
「お兄さんも調査に行くんでしょう?
精霊纏(エレメンタライズ)でないと息も続きませんから、
私たちは着いていけませんし」
「もう、良い時間帯ですので行かれても宜しいですよ。
後のことはこちらでしておきますので」
「わかった、じゃあ部屋に行ってくる。
先に出ると思うから、そっちは準備ができ次第移動していい」
「かしこまりました」
「行ってらっしゃい、お兄さん」
アルシェ達と別れて精霊達を迎えに部屋へと向かう。
ドアの前まで来ると室内から声が聞こえてきた。
『(でも、このままだとまりょくがきれちゃうよ~?)』
『(ですので、ここからは精霊纏を交代すれば良いのでは?)』
『(そっかぁ~)』
彼女たちは彼女たちで俺の力になる為に、
こんな会議をちょこちょこ行っているのは知っていた。
とはいえ、攻撃特化のアクア思考は改善点が多くあり、
その考えをクーが上手く受け取り、
別方向からのアドバイスを加えている。
アクアもアホではあるが、馬鹿ではないので、
クーの話もちゃんと聞き入れて一緒に考えをまとめている。
コンコン
「いいかぁ?」
『ますたー?いいよ~』
「そろそろ、行こうかと思うけど2人ともすぐ行けるか?」
『大丈夫です。すぐに行きますので玄関先で待っていてください』
「はいよー」
邪魔をするのは引けるが、時間も良い塩梅(あんばい)なのでノックをすると、
すぐ声が返ってきて、このまま行くことに問題はないとのこと。
階下へと降りて玄関前で待っていると言っていた通りに、
さほど待たずに2人も降りてきた。
『お待たせしました、お父さま』
「じゃあ行くか」
『れっつごー!』
* * * * *
人目に付かないように、ネシンフラ島への渡し場へ移動した。
こんな時間に島へ渡る人もいないからか、
ハライク氏もタユタナも小屋にはいなかった。
「『水精霊纏(エレメンタライズ)!』」
アクアを纏って竜へと変身した。
この姿であれば水の中でも呼吸が出来、
水中移動もスイスイと動き回ることが出来る。
俺たちだけであればこのまま入水するところだが、
今回はブルーウィスプが異空間に繋がっている可能性もあるので、
クーを連れて行って調査するのが主目的だ。
「この手じゃ擦れないな」
『あくあのせいぎょでまくはれるよ~』
「了解。じゃあこの大きさで作るぞ」
『あい』
両手の人差し指と親指をピンッと伸ばし、膜の大きさを指定する。
これに合わせてアクアが張ってくれた膜は俺の物と同じ水質をしていた。
「息を吹き込んだら、クーも入り込めよ。
あまり大きく出来ないと思うから、猫のまま入ってくれ」
『わかりました』
フゥーと自分の吹き込む息に、
風の制御を施した酸素を送り込む。
本当に俺の息を吹き込むだけだと二酸化炭素のみで、
クーが息できない!って状況になってしまうからな。
膨らんでいく水泡はクーを包み込んでもなお大きいサイズへと膨らみ、
猫のクーが浮遊して中央部に鎮座するのを確認してから手から切り離す。
「問題ないか?」
『はい。クーの動きに合わせて動いてくれるので、
内側から割ることはなさそうです』
「よし、なら出発するぞ」
『あい』
『はい』
水中に入ると目の前はとてもクリアな視界が確保されていた。
月明かりとブルーウィスプが光源とはいえ、
十分な光量で視界に広がる海は照らし出されていた。
アクアの制御でクーを包む水泡も側を離れないように設定されているのか、
結構な速度で進む俺たちにピッタリ横付けで着いてきていた。
「自分で言うのも何だが、これすごいな」
『長時間の水中移動を他属性の精霊や生き物が出来るというのは、
とても有意義な事だと思います』
問題がないわけではないが、
中空制止出来るクーや浮遊が可能な精霊であれば、
同じように連れ回すことが出来るだろう。
それにいずれ出会うかも知れない火精霊は水に入れないかも知れないし、
そのときに使うことで有意な使い道が出来るかもな。
『お父さま、反応がありました』
「どの辺からかわかるか?」
雑談をしながら遊泳していた俺たちは、
すでにブルーウィスプ内に突入していた。
海面を外から見るのとはまた別の神聖さを感じざるを得ない。
その美しさを感嘆しながら泳いでいると、クーのセンサーに反応があった。
『左手側の・・・そこです。
そっち側に空間の反応がありました』
指を伸ばして左手を動かすと、クーが止めてくれる。
その方角へさらに足を進めた。
この時点で視界のすべてが青白い光に包まれており、
方向音痴でなくともこれでは自分のいる位置もわからなくなってしまう。
「俺は方向音痴だがな」
『アクアも』
『クーは大丈夫です』
頼りになる猫ちゃんコンパスに導かれて、
俺たちは目的の地点へと到着した。
「ここか?」
『はい、目の前の空間に別の空間が繋がっています』
「開けられる?」
『開けられるとは思いますが、これは小さな亀裂が出来ていて、
その隙間から漏れる魔力によって、
ブルーウィスプという現象が起きているようです』
「つまりこじ開けると、
外で鑑賞している人達がパニックを起こしてしまうのか・・・。
アクア、体に異常を感じるか?」
『ないよ~。ちからがわいてくるわけでもないし、
このまりょくなんだろうね~』
何度も調査には来ていると言っていたが、
謎の魔力であることやどの辺から発生しているかくらいはわかってそうだ。
しかし、その先を調査するには時空に干渉できる闇精霊が絶対必要になる。
だったら調査員達はその漏れ出る魔力についての研究にシフトするんじゃないか?
『お父さま、どうしましょうか?』
「調査してもわからなかった・・・というよりは、
魔力に害がないことがわかって中断したって感じか・・」
『ぎょうしゅくはされてるけど、わるいものじゃないとおもうよ~?』
「凝縮ってことは濃い魔力?
これってライフストリームみたいな物なのかな?
クー、吸収できるか?」
『やってみます』
触ろうとしても魔力は乱れることなく漂い続け、
ゆったりと水面に向かって上昇していく。
『《ガイストアプション》』
魔法名を唱えたクーの目の前に魔方陣が編み込まれる。
この可視化された魔方陣に魔法が当たると吸収一部吸収されるのが、
今の魔力吸収魔法ではあるが、
漏れ漂う高濃度魔力を吸収することも出来るはず。
『失礼しますね。《ビータイリンク》』
クーの次の魔法が発動すると、
俺たちの影から閻手に似た触手が生えてきて、
腰の根元にブスリと刺さる。
『「うっ!」』
『魔力の吸収を開始します』
「はいよー。始めてくれ」
この触手はクーが吸収した魔力を仲間に分け与える魔法で、
濃度によってはクーがパンクしてしまう為、
俺たちにも分散させるために使用した。
今頃はこの場にいない仲間にも腰ぶっ刺さりが発動していることだろう。
ピリリリリリリリ・・・
[アルカンシェから連絡が来ています][yes/no]
「どうした?」
〔いま影から何かが腰にぃぃぃ!ああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!〕
「クーの魔法だから気にするな。
魔力が流れ込んでくるから適当に発散しておけよ。じゃあな」
こっちも魔力が流れ込んできて消費をしていかないと、
いくら2人掛かりとはいえ、
ほとんど消費していない魔力に追加で入り込んでくる高濃度魔力は体に毒となる。
「アクア、魔力を外へ逃がせ」
『あい!』
『吸収を止めます!』
クーにしてもほんの少し吸収しただけのつもりであったのに、
予想以上に高濃度だった為、
数秒ですぐに吸収を止め、ガイストアプションを解除した。
しかし、俺たちは1分以上は魔力分散に集中しないといけないほど、
精神的負荷を受けてしまった。
当然、俺たちへの分配は多くしていたのでアルシェ達へは少量しか流さなかったが、あちらもそれなりの苦労をしたと思う。
〔はぁはぁはぁ・・ふぅ・・・・。
いま海の一部が光りましたけど、そこにお兄さん達がいるんですか?〕
「海全体は光ってるだろ」
〔ブルーウィスプは青白いんですけど、
一部アクアちゃんのオーラ色にしばらく光りましたから。
砂浜からは見えない角度ですし、
誰も騒いでいませんから、見ても気のせいと思われたのでしょう〕
「そっか、ブルーウィスプ関係で実験をしたんだけど、
これ以上は目立っちゃうし止めて戻るわ」
〔わかりました、お気を付けて。
私たちも今夜はこれで撤退します〕
「了解。あ、マリエルに明日着いてくるなら、
午前中のうちに挨拶に戻るって伝えておいてくれ」
〔わかりました〕
アルシェ達に報告を済ませ、今日は早めに寝ることとする。
明日は時間的余裕もないから、
朝一でカインズ氏達に許可を頂きに行かないといけない。
でないと、カエル妖精の方々は仕事に行ってしまい話も出来ない。
一旦ポルタフォールで休憩を挟むにしても夜までには、
登城しておきたいのでこのタイミングを逃すわけにはいかないのだ。
「さて、俺達も戻ろうか」
『あい』
『わかりました』
明日も忙しいぞぉ・・・。
「いや、まだ昼じゃないからさ・・・・」
朝からハイテンションのアルシェを抑える為に、
それっぽい声は掛けるが、あんまり効果はないようだ。
それにしても警戒心のない小娘だ。
13歳と言えば中学1年生になるわけだが、
一応外国?の娘なだけに真っ平らというわけではないので、
正直扱いにも困る。かわいいしな。血が繋がってないのも問題だ。
そのとき俺の頭によぎる物があり、
静かにアルシェの耳に手を当て聞こえないように塞ぐ。
「そういえば・・・、メリー」
「なんでしょうか、ご主人様」
「この世界に下着はあるのか?」
「はい、ございますが?」
「どんなもんなんだ?」
「こういう感じの物でございます」
「は?ちょ、メリーさん!?」
慌てるマリエルなんてなんのその。
何気なく己の影から衣類の入った箱を取り出し、
そのうちの1枚を見せてくる。
それはキャミソールに似た作りで、
胸元だけを隠す程度の丈、
大きさに関わらず対応できるようにゆったりとした布地。
もちろんアルシェには見えないように俺の胸元に顔を向けさせている。
「俺の知識だと大きさによって下着は買い替えないと、
胸を大きく出来ないし、形も綺麗に整わないとされている」
「!?」
「こちらと形は違うのですか?」
「かなり違うな。ブラジャーと呼ばれる・・・・、
えっと、おぉありがとう。
こんな感じの下着になっている。
お前達が使っている下着はかなり昔にあったはずだ」
メリーが俺と入れ替わりに耳と目を塞ぐ。
紙にペンでさらさらとブラジャーの絵を描く俺。
端から見ればセクハラしているだけなんだけど、
別に下心あっての質問ではないので、
相手に嫌悪感を与えないのは俺の特技とも言える。
どうせなら幼いアルシェが運命の人に出会った時、
より魅力的に映るように女性の武器は強化しておくべきだろう。
「材質はなんでしょうか?」
「流石にわからないから、今の布でもいいと思う。
ただし、隠す程度の機能性じゃなくて、
こう胸を押し込めることで形を整え、動く時にも邪魔にならないようになる」
「なるほど・・・」
何を言ってるんだ俺は。
これもアニメ知識だったと思うけど、
なんて名前のアニメだったかな・・・。
ちゅー・・・ちゅー・・・ぶら?
「胸に合わないブラジャーをつけると、体の調子を崩したり、
胸の成長を妨げ、形も整わない。
膨らみはじめは擦れて痛いから、こんな感じのブラを付けるんだ」
「かしこまりました」
アイコンタクトでメリーには伝わったので、
この話は終わることとする。
途中から静観していたマリエルはその後も何も言わず、
アルシェにも告げ口するような事はなかった。
静かにメリーへコソコソ何かを伝えるだけだった。
* * * * *
朝の運動をした後は、
模擬戦をしようかと思っていたんだけど、
俺の場合は両極端な攻撃しかほとんど出来ないから、
アクアポッツォでは戦闘訓練は出来ないという事が判明した。
結局、俺は見学を強いられ、
今回はマリエルと観戦することとなった。
「言っては何ですけど、メリーさんって姫様の側仕えですよね?
戦闘って出来るんですか?」
「実はメリーの戦闘する姿を見るのは数ヶ月ぶりだ。
前もナイフを支障なく普通に使っていたし、戦えないことはない」
「へぇー。私と同じで戦力外なのかと思ってました」
「戦闘が得意なわけではないのは確かだけど、
メリーはメリーなりの戦い方で俺たちを助けてくれているんだよ」
「・・・へぇー」
アルシェ・アクアVSメリー・クーの模擬戦は初めてだし、
お互いが手札を知っているからこそ、
どう戦うのか気になるところだ。
「『シンクロ!』」
「『シンクロ!』」
時間を見つけてシンクロは練習していたみたいで、
5分程度まで安定してシンクロは可能になったらしい。
ちなみ俺は精霊使いとしての補正も働き、
魔法を使わなければで5時間くらいは余裕で超える。
「しっかりと見ておいた方がいいぞ・・」
「・・・はい」
お互いが黒いオーラと蒼いオーラで包まれ、
緊張が高まる。
アルシェとアクアは接触していないが、
メリーとクーは接触している。
これは各自戦闘が出来る蒼チームと、
一緒に行動することで戦略勝ちを目論む黒チームの特色だ。
「『≪勇者の剣!≫』」
アルシェとアクアの左右の手が正面に翳(かざ)され、
2人で半円を描くように手を動かし、
その動きと詠唱に合わせて横方向に勇者の剣が計10本出現する。
「行きますよ、クーデルカ様」
『はい!《閻手!》』
スタートから全速力に近い速度で正面から突っ込む黒チーム。
メリーの目で勇者の剣の先端を見極め、
それに合わせてクーの閻手が当たる範囲の2本を上方へとはじき飛ばす。
「《アイスキューブ!》」
足止めの為に出現した氷の塊を、
メリー達は速度そのままに迂回してアルシェ達へと迫る。
『りゅうぎょく!《カノン!》』
迂回方向を定めたアクアがタイミングを見計らって竜玉砲を打ち込む。
しかし・・・。
『《セーフティーフィールド!》』
一瞬の安全地帯へ逃れた黒チームを素通りして、
背後の原っぱへと消えていく。
「アクアちゃんっ!《アイシクルライド!》」
『おぉ~!《あいしくるえっじ!》』
咄嗟にアクアを掴んで一気に後退して距離を開ける蒼チーム。
置き土産に設置したアイシクルエッジに阻まれ、
足を止めるかと思いきや、速度に任せた跳躍で範囲を飛び越えようとする。
「《勇者の剣!》」
空中にいる状態では回避は出来ないと考えて撃ったんだろうけど。
『《セーフティーフィールド!》』
再度無敵の位相ずらしでアルシェの魔法を避け、
無事に着地した黒チームは続けて接近を試みる。
『《ブラックスモッグ!》』
メリーの肩に捕まるクーが口から煙幕を吐き出す。
しかし、範囲はそこまで広くはないので、
アルシェ達は範囲外へと遠ざかっている。
煙幕から飛び出してこないメリー達を警戒しつつも、
足を止め次の戦闘準備に入る蒼チーム。
「《アイシクルウェポン!》シフト:ランサー!」
『りゅうぎょく!』
蒼チームの2人が武器を手にした所で、
どこからか声が聞こえた。
『《シャドーバインド!》』
アルシェとアクアの影から闇の手がいくつも生えてきて、
2人を拘束しようと体を這い上がってくる。
『《あいしくるばいんど!》』
「やああああぁぁぁぁぁ!!!」
闇精霊であるクーは煙幕で視界を奪われても相手を見ることが出来る。
その為、蒼チームには見えない状態でも場所を補足して、
バインドを使うことが出来た。
一方、アクアは見えない敵よりも見えているシャドーバインドを指定して、
自分たちが拘束される前に動きを止め、
アルシェが装備した槍で力任せに砕いてその場を脱出する。
「《勇者の剣!》シフト:氷結覇弾(ひょうけつはだん)!」
『《あいしくるえっじ!》《あいしくるばいんど!》』
ひとっ飛び分さらに後退したアルシェが、
大技の氷結覇弾で煙幕の範囲をすべて叩きつぶすつもりのようだ。
アクアは支援の為、
ベクトルを広範囲へと傾けたアイシクルエッジを煙幕内部へと広げ、
凍った地面を通してメリーの足を補足し今度は逆に拘束する。
こうなってからでは、セーフティフィールドは役に立たない。
「でええええぇぇぇぇぇぇいい!!」
天に掲げた左手を地面へ向けて振り下ろす。
その動きに合わせて空に浮かんだ無数の勇者の剣は、
煙幕内へ向けて素早く射出される・・・はずであった。
『《影縫(かげぬい)》』
無数に浮かぶ氷の槍のいくつかは何故かゆっくりとした動きで射出され、
先行して煙幕は突入した氷の槍はメリーに当たったとは告げてくれなかった。
煙幕の中からゆっくり動く勇者の剣へ向けて、
ギルドカードが飛び出しては進行方向をわずかにずらしていく。
しかし、煙幕は先の衝撃でほとんど霧散してしまっており、
メリー達の姿は見えてしまっていた。
足下が凍っているのか、その場を動かない。
『《カノン!》』
『閻手!水分(みくま)り!》』
アクアが竜玉をメリー達へ再度撃ち込むが、
クーが閻手を使い、指先を合わせて反ったような形を作る。
横幅も大きい閻手なので、おそらく魔力を結構注ぎ込んだんじゃないかな?
その甲斐があり、竜玉は閻手に当たると2つに分かれて後方へと消えていく。
『え~!なにそれ~!』
閻手が解けるとその場にいたはずのメリーは消えて、
クーだけが残っており、猫の姿へと変化してアクアへと接近する。
『この~!《あくあしょっと!》』
『《ガイストアプション!》』
アクアが放つ水鉄砲がクーに襲いかかるが、
クーの隠し球がそれを迎え撃つ。
ガイストアプションは魔法を吸収する為に生み出した試作魔法で、
今のところは吸収とまではいかず、魔法の威力を下げる程度になっている。
弱まったアクアショットをまだ小さい体で受け止めながらも前進する。
『《シャドーバインド!》』
『《あいしくるえっじ!》』
精霊達が魔法でドンパチしている間に、
メリーとアルシェはついに近接戦闘へと縺れ込んでいた。
この時点ですでにお互いシンクロは途切れていたので、
あとは個人戦力次第になる。
「流石にぃ!速すぎます、ねっ!!」
「お褒めに預かり光栄です、姫様」
魔法を覚えていないメリーは接近するまで走る事と、
影縫の手伝いくらいしかしていないが、
その分広い視界で戦況を見れていた為、
クーへ状況が正確に伝わり、対等な戦闘を行えていた。
「《アイシクルエッジ!》」
アルシェの足下から2m程度の地面が凍り付き、
踏ん張りが付かない状況ではメリーも戦闘が出来ない。
どうするんだ?
メリーはすぐさま踵を返し、
アクアとクーが戦っている方向へと一気に加速し、
アルシェを置いてけぼりにする。
『え!?なに~!?』
「失礼いたします」
別の戦場に辿り着いたメリーはアクアを鷲掴みにすると、
そのまま自分の影に押しつけて、クーの影倉庫へとしまってしまった。
「あああああ!!!」
『勝負ありですかね?』
「姫様がまいったと言えばそうなりますね」
「くぅ~~~~・・・・・参りました・・・」
パーティ内の仲間であれば救出は可能だが、
今回は敢えてパーティは解除してから模擬戦を行っている。
パーティメンバーであっても中から出られるのはクーか俺の2人だけだから、
それを上手く使ったメリー達の戦略勝利だな。
『(ますたー!でられないよ~!!)』
* * * * *
「アルシェとアクアの弱点が見える模擬戦だったな」
「悔しいですぅ~」
『いもうとにまけた・・・』
「いや、お前ら力任せに戦いすぎだし、
アルシェは勇者の剣に頼りすぎ。
アクアは竜玉だな」
「確かに、同じ魔法を多用していましたね。
姫様はホワイトフリーズも使えたはずですよね?」
「焦るとついつい使い勝手のいい魔法を使っちゃって」
見た感じ終始黒チームのトリッキーな動きにいなされ続けていたし、
当たれば勝てるという意識をどうにかしないといけないな。
攻撃力はなくとも戦略の組み立て方や、
魔法の細かい使い方が上手い黒チームは理想的な運用をしていたな。
「クーは魔力結構使ってたな」
『そうですね。メリーさんは魔法が使えないので』
「申し訳ありません、クーデルカ様」
「いや、落ち着いて戦況を見れていたし、
そのおかげでクーも魔法の選択がやりやすかったんだろう」
『その通りです』
クー達が攻撃に出たのは最後だけで、
最終的には片方を無力化することで勝利を得た。
近接戦だとアルシェをも凌ぐのは素直に賞賛するが、
アクセサリがなくなるとアルシェに近接でも負けてしまうんじゃないかな?
「お互い何か感じる事が出来る模擬戦だったと思う。お疲れ様」
「「お疲れ様でした」」
『おつかれぇ~』ブッスー
『お疲れ様でした』
「で、どうだった?マリエル」
「私もあんな風に自分の戦い方を見つけろって事ですか?」
「さぁな、それは自分で決めることだからな・・・。
相談するならヴォジャ様が適任だと思うよ」
「・・・・考えておきます」
魔力回復の為にクーは俺にくっつき、
アクアははぶてて俺にくっつき、
アルシェも落胆はしつつもリベンジに燃え、
メリーは怪我もなく終える事が出来てほっとしていた。
今回の模擬戦は超攻撃型VS補助支援の対立だったけど、
使い処が上手かったな・・・。
メリーの足を止めていた氷を消したのは、
クーのガイストアプション重ね掛けだろうし、
閻手水分りで視線を切ってから、
各々単独で戦闘を始めるのも意表を突いていて面白かった。
「アルシェは自分で思っていたほど動けなかった?」
「そうですね。よくよく考えてみればお兄さんの指示がいつもあるから、
それに甘えていた・・・んでしょうね」
「始まった直後に俺と初めて模擬戦をした時みたいに、
広範囲でアイシクルエッジをすれば勝ってたかもな」
「うぅぅ・・・」
足場の解除に時間は掛かるし、
近くに寄ることも難しくなる一発になったはずなのだ。
戦闘面の戦略を個人でも考えて打破できるようにしたいけど、
そういうのって言葉で伝えるのは難しいよな。
セリア先生も魔法を教えてはいただろうけど、
戦略については教える必要がなかったからなぁ・・・。
アルシェもアクアも似たもの同士で俺に依存してしまっている。
メリーとクーも似たもの同士で戦略を立派に立てた。
うまく連携をとれるように個人訓練だけでなく、
パーティでの訓練が必要な気がする。
本来はダンジョンで鍛える部分なんだろうけど、
近くにないから、次にある町までは連携は厳しいかもなぁ。
「前衛がいるのといないのでは動き方が全然違うんですね」
「アクアは前衛が出来ないんだから、
アルシェが前衛をするってのもひとつの手だよな」
「そうだぁぁ~~~~~・・・!!」
黒チームが始めから別々に動いていたら、
また別の対策が必要になるんだけどな・・・。
『ますたーなら、どうしてた?』
「俺ならさっきも言った通りにアイシクルエッジをしてから、これだな」
拳を握りしめ体のひねりより遅れて撃ち込む正拳突き。
その拳には俺が制御した風が纏っており、
正面に振り抜くと突風が1方向へと吹き荒ぶ。
「無詠唱で使えるお兄さんの新しい風魔法ですね」
「これで飛んで回避するでも、走るでも出鼻を挫けるから、
この間にアイスピックに魔法をセットして出方を伺うかな」
『メリー達は接近して来ないのですか?』
「魔法特性を知っていればこそだよ。
時空魔法での緊急回避も俺の考えにはあったし、
回避や素早さが高い敵には広範囲攻撃で動きを制限しないと、
時間が掛かるしね」
「流石です、ご主人様」
『・・・・・』
仮想黒チームは早く動き出して攻撃を加えていかないと、
俺の魔法剣がどんどん威力を増すことを知っているから、
当然急接近はしてくるだろうけど、
基本的に足場のアイシクルエッジは保持して、
180度攻撃を意識して一閃を放って牽制するかな。
セーフティーフィールドは発動した場所から一定の範囲が対象になるが、
位相をずらした場所が動くわけではないので、
その辺一帯を支配すれば閉じ込めることは可能なのだ。
「アルシェの今後は近接で使える魔法を創ることかな?
俺の魔法剣ならメリーの短剣を弾いた際に一閃を出すことも出来るから、
距離を取らざるを得なくなる」
「そう考えるとお兄さんの一閃って使い勝手いいですよね」
「武器さえ合えばな」
「そうでしたね、私にもセットが使えればなぁ・・・」
「同じだと対策された時に辛いから、
似ているけど別物を開発してほしい」
『あくあは~?』
「個人戦を想定しての訓練はしてないんだから、負けて当然。
メリー達と同じようにアルシェと一緒に戦えばもっと上手く動けたよ。
とはいえ、次に進化したらってのは考えていたからな。
いまは汎用性の高い範囲攻撃を創るべきかな」
『あい!つぎはまけない!』
* * * * *
模擬戦から残りの昼までの間に、
思いつく限りの魔法をアルシェとアクアに創造試作してもらい、
使い勝手を確認してもらった。
それと2人は心に余裕・・・、つまり自分を守ってくれる存在がいないと、
焦ってしまい、最も頼りにしている魔法を連射すると言うことが判明した。
アクアの竜玉はまだまだ制御しきれておらず、
真っ直ぐにしか飛ばせない。
大きさは拳大だし、
もっと細かく操作や分割も出来れば広い汎用性が生まれるはずだ。
アルシェの勇者の剣もいくつも出すよりも、
もっと広範囲攻撃できる魔法を持っていれば魔力の無駄使いも、
今回のような避け方をされることもなかった。
「じゃあ行きましょうかお兄さん♪」
「お手柔らかにー・・・」
そしてついに・・・、
アルシェとのお出かけが始まった。
* * * * *
「どこか行きたいところはありますか?」
「そうだなぁ・・・。
王都に戻る移動中はさ、数時間暇じゃない?
だから、暇つぶしが出来る何かを用意しておきたい」
「膜の中で魔法を使うわけにはいきませんしねぇ。
ぱっと思いつくのは本を読むくらいですかね」
「それは俺とアルシェなら問題ないけど、
他にもアクア、クー、メリーがいるからな」
「あの2人なら時間があるならって、侍従訓練をするのでは?」
「それもそうか・・・勉強熱心だからねぇ」
町に入ってからは、
昼と言うこともあり夜ほど人も道を歩いていなかった。
どちらかと言えば、魚を貯蔵している倉庫?のある港方面や、
沖合の方が忙しそうに働く人たちを確認できた。
腕を組みながらアルシェと話しつつ適当にお店を外から覗いていく。
「アクアちゃんは移動中の休憩時間は、
お兄さんにくっついているか、コールで話しているか、
クーちゃんと遊んでいますよね?」
「アクアは昨日面白そうなのを選んで買ってたからいいよ。
アルシェとメリーとクーの分を選ぼう」
「はい、お兄さん♪」
とりあえずは俺とアルシェの時間潰し用に本屋を探しながら、
昨日と同じくアルシェが興味を持った店に入っては商品を見ていく。
意外にも魔道具屋もあり、
売っている商品は魔法ギルドで造られた品々があった。
「流石に電化製品はないか・・・。
電気工学だけが抜けているってのは不思議なもんだ。
ガラス窓とかはあるけど、望遠鏡はないし、
つくづく変な世界だな」
「電化製品?」
「言ってもわからないと思うけど、
レイボルトで発生する雷をエネルギーとして使用した物?なんだ。
食べ物を簡単に暖められたり、揺蕩う唄を全世界で使えたりとか」
「へぇ、それは便利そうですね!
お兄さんが作れたりは出来ないのですか?」
「無理!製品は使っているけど誰でも作れる物じゃないんだ」
内部構造もわかってないし、
電話なんてケーブルを世界中に張り巡らせないといけない。
んな、面白くもない重労働を何故にファンタジー溢るる異世界でせにゃならんのだ。
「そうですか・・・。
魔道具もそれなりに普及して便利にはなったんですけどねぇ・・・」
「元は回収したアーティファクトを研究して世界貢献してるんだったか。
確かに色々あるにはあるけどさぁ・・、
これ・・・チャッカマン?」
「それは火の魔石の欠片を内部に取り付ける事で、
小さな種火を作り出す事が出来るんです」
「・・・・魔法で良くね?」
「ヴァーンレイドは火力が高すぎるんですよ。
初期魔法でそれですから、この商品が出てくるまでは種火の用意も大変だったんです」
この世界って基本的に魔法が少なすぎるよな。
火の魔法だけでも初級のヴァーンレイド、中級のフレアーヴォム、
上級のインフェルノ、この3つだけだ。
その後はギルドから教えられて、
魔法の指向性(ベクトル)と改変を学ぶこととなる。
それまでは他の属性を考えても、30くらいなもんだ。
ゲームの世界でもそこまで少ないのは昔のゲームくらいじゃないかな。
回復ですら、ヒール、グレーターヒール、リザレクションの3つ。
普通なら範囲回復があってもいいのに、この3つはすべて単体回復魔法。
この魔法によりパーティメンバーにヒーラーという役職はいないので、
回復するならてめぇでやれ!が基本の悲しい世界だ。
「お兄さん?どうしました?」
「いや、何でもない。
俺たちが調理時に使っているものは売っていないな」
「あれは造るのが大変なので依頼をしないと造ってくれないんです」
「まあ、便利だよな。カセットコンロは・・・」
魔道具屋で時間潰しの商品が売っているわけがなかった為、
さっさと店を出てウインドウショッピングを続けるのであった。
* * * * *
「お帰りなさいませ、ご主人様。姫様」
「私が後・・・」
「おう、ただいまメリー。
うちのとマリエルはどうした?」
屋敷に帰ってくるとメリーが出迎えてくれた。
横でアルシェが何か呟いているが、
もう今更なので気にする事ではないだろうに。
「アクアーリィ様とクーデルカ様は部屋で待機、
マリエル様も女性部屋でございます」
「今日も別宅に行くのか?」
「まぁ、今夜が最後ですし。
明日には移動されるんですよね?」
確かに年の1度のイベントだけど、
俺たちにもタイムリミットがある。
元の世界に帰るにしても、出来る限りの破滅情報は残しておきたいし、
マリエルのくれた情報で聖剣を勇者が手にしたらしいから、
装備できる出来ないにしろ、急いだ方が良いだろう。
「まぁ、その予定ではあるけど」
「お兄さんも調査に行くんでしょう?
精霊纏(エレメンタライズ)でないと息も続きませんから、
私たちは着いていけませんし」
「もう、良い時間帯ですので行かれても宜しいですよ。
後のことはこちらでしておきますので」
「わかった、じゃあ部屋に行ってくる。
先に出ると思うから、そっちは準備ができ次第移動していい」
「かしこまりました」
「行ってらっしゃい、お兄さん」
アルシェ達と別れて精霊達を迎えに部屋へと向かう。
ドアの前まで来ると室内から声が聞こえてきた。
『(でも、このままだとまりょくがきれちゃうよ~?)』
『(ですので、ここからは精霊纏を交代すれば良いのでは?)』
『(そっかぁ~)』
彼女たちは彼女たちで俺の力になる為に、
こんな会議をちょこちょこ行っているのは知っていた。
とはいえ、攻撃特化のアクア思考は改善点が多くあり、
その考えをクーが上手く受け取り、
別方向からのアドバイスを加えている。
アクアもアホではあるが、馬鹿ではないので、
クーの話もちゃんと聞き入れて一緒に考えをまとめている。
コンコン
「いいかぁ?」
『ますたー?いいよ~』
「そろそろ、行こうかと思うけど2人ともすぐ行けるか?」
『大丈夫です。すぐに行きますので玄関先で待っていてください』
「はいよー」
邪魔をするのは引けるが、時間も良い塩梅(あんばい)なのでノックをすると、
すぐ声が返ってきて、このまま行くことに問題はないとのこと。
階下へと降りて玄関前で待っていると言っていた通りに、
さほど待たずに2人も降りてきた。
『お待たせしました、お父さま』
「じゃあ行くか」
『れっつごー!』
* * * * *
人目に付かないように、ネシンフラ島への渡し場へ移動した。
こんな時間に島へ渡る人もいないからか、
ハライク氏もタユタナも小屋にはいなかった。
「『水精霊纏(エレメンタライズ)!』」
アクアを纏って竜へと変身した。
この姿であれば水の中でも呼吸が出来、
水中移動もスイスイと動き回ることが出来る。
俺たちだけであればこのまま入水するところだが、
今回はブルーウィスプが異空間に繋がっている可能性もあるので、
クーを連れて行って調査するのが主目的だ。
「この手じゃ擦れないな」
『あくあのせいぎょでまくはれるよ~』
「了解。じゃあこの大きさで作るぞ」
『あい』
両手の人差し指と親指をピンッと伸ばし、膜の大きさを指定する。
これに合わせてアクアが張ってくれた膜は俺の物と同じ水質をしていた。
「息を吹き込んだら、クーも入り込めよ。
あまり大きく出来ないと思うから、猫のまま入ってくれ」
『わかりました』
フゥーと自分の吹き込む息に、
風の制御を施した酸素を送り込む。
本当に俺の息を吹き込むだけだと二酸化炭素のみで、
クーが息できない!って状況になってしまうからな。
膨らんでいく水泡はクーを包み込んでもなお大きいサイズへと膨らみ、
猫のクーが浮遊して中央部に鎮座するのを確認してから手から切り離す。
「問題ないか?」
『はい。クーの動きに合わせて動いてくれるので、
内側から割ることはなさそうです』
「よし、なら出発するぞ」
『あい』
『はい』
水中に入ると目の前はとてもクリアな視界が確保されていた。
月明かりとブルーウィスプが光源とはいえ、
十分な光量で視界に広がる海は照らし出されていた。
アクアの制御でクーを包む水泡も側を離れないように設定されているのか、
結構な速度で進む俺たちにピッタリ横付けで着いてきていた。
「自分で言うのも何だが、これすごいな」
『長時間の水中移動を他属性の精霊や生き物が出来るというのは、
とても有意義な事だと思います』
問題がないわけではないが、
中空制止出来るクーや浮遊が可能な精霊であれば、
同じように連れ回すことが出来るだろう。
それにいずれ出会うかも知れない火精霊は水に入れないかも知れないし、
そのときに使うことで有意な使い道が出来るかもな。
『お父さま、反応がありました』
「どの辺からかわかるか?」
雑談をしながら遊泳していた俺たちは、
すでにブルーウィスプ内に突入していた。
海面を外から見るのとはまた別の神聖さを感じざるを得ない。
その美しさを感嘆しながら泳いでいると、クーのセンサーに反応があった。
『左手側の・・・そこです。
そっち側に空間の反応がありました』
指を伸ばして左手を動かすと、クーが止めてくれる。
その方角へさらに足を進めた。
この時点で視界のすべてが青白い光に包まれており、
方向音痴でなくともこれでは自分のいる位置もわからなくなってしまう。
「俺は方向音痴だがな」
『アクアも』
『クーは大丈夫です』
頼りになる猫ちゃんコンパスに導かれて、
俺たちは目的の地点へと到着した。
「ここか?」
『はい、目の前の空間に別の空間が繋がっています』
「開けられる?」
『開けられるとは思いますが、これは小さな亀裂が出来ていて、
その隙間から漏れる魔力によって、
ブルーウィスプという現象が起きているようです』
「つまりこじ開けると、
外で鑑賞している人達がパニックを起こしてしまうのか・・・。
アクア、体に異常を感じるか?」
『ないよ~。ちからがわいてくるわけでもないし、
このまりょくなんだろうね~』
何度も調査には来ていると言っていたが、
謎の魔力であることやどの辺から発生しているかくらいはわかってそうだ。
しかし、その先を調査するには時空に干渉できる闇精霊が絶対必要になる。
だったら調査員達はその漏れ出る魔力についての研究にシフトするんじゃないか?
『お父さま、どうしましょうか?』
「調査してもわからなかった・・・というよりは、
魔力に害がないことがわかって中断したって感じか・・」
『ぎょうしゅくはされてるけど、わるいものじゃないとおもうよ~?』
「凝縮ってことは濃い魔力?
これってライフストリームみたいな物なのかな?
クー、吸収できるか?」
『やってみます』
触ろうとしても魔力は乱れることなく漂い続け、
ゆったりと水面に向かって上昇していく。
『《ガイストアプション》』
魔法名を唱えたクーの目の前に魔方陣が編み込まれる。
この可視化された魔方陣に魔法が当たると吸収一部吸収されるのが、
今の魔力吸収魔法ではあるが、
漏れ漂う高濃度魔力を吸収することも出来るはず。
『失礼しますね。《ビータイリンク》』
クーの次の魔法が発動すると、
俺たちの影から閻手に似た触手が生えてきて、
腰の根元にブスリと刺さる。
『「うっ!」』
『魔力の吸収を開始します』
「はいよー。始めてくれ」
この触手はクーが吸収した魔力を仲間に分け与える魔法で、
濃度によってはクーがパンクしてしまう為、
俺たちにも分散させるために使用した。
今頃はこの場にいない仲間にも腰ぶっ刺さりが発動していることだろう。
ピリリリリリリリ・・・
[アルカンシェから連絡が来ています][yes/no]
「どうした?」
〔いま影から何かが腰にぃぃぃ!ああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!〕
「クーの魔法だから気にするな。
魔力が流れ込んでくるから適当に発散しておけよ。じゃあな」
こっちも魔力が流れ込んできて消費をしていかないと、
いくら2人掛かりとはいえ、
ほとんど消費していない魔力に追加で入り込んでくる高濃度魔力は体に毒となる。
「アクア、魔力を外へ逃がせ」
『あい!』
『吸収を止めます!』
クーにしてもほんの少し吸収しただけのつもりであったのに、
予想以上に高濃度だった為、
数秒ですぐに吸収を止め、ガイストアプションを解除した。
しかし、俺たちは1分以上は魔力分散に集中しないといけないほど、
精神的負荷を受けてしまった。
当然、俺たちへの分配は多くしていたのでアルシェ達へは少量しか流さなかったが、あちらもそれなりの苦労をしたと思う。
〔はぁはぁはぁ・・ふぅ・・・・。
いま海の一部が光りましたけど、そこにお兄さん達がいるんですか?〕
「海全体は光ってるだろ」
〔ブルーウィスプは青白いんですけど、
一部アクアちゃんのオーラ色にしばらく光りましたから。
砂浜からは見えない角度ですし、
誰も騒いでいませんから、見ても気のせいと思われたのでしょう〕
「そっか、ブルーウィスプ関係で実験をしたんだけど、
これ以上は目立っちゃうし止めて戻るわ」
〔わかりました、お気を付けて。
私たちも今夜はこれで撤退します〕
「了解。あ、マリエルに明日着いてくるなら、
午前中のうちに挨拶に戻るって伝えておいてくれ」
〔わかりました〕
アルシェ達に報告を済ませ、今日は早めに寝ることとする。
明日は時間的余裕もないから、
朝一でカインズ氏達に許可を頂きに行かないといけない。
でないと、カエル妖精の方々は仕事に行ってしまい話も出来ない。
一旦ポルタフォールで休憩を挟むにしても夜までには、
登城しておきたいのでこのタイミングを逃すわけにはいかないのだ。
「さて、俺達も戻ろうか」
『あい』
『わかりました』
明日も忙しいぞぉ・・・。
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