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第02章 -大滝の都ポルタフォール編-

†第2章† -10話-[エピローグⅡ]

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 翌日、指定された場所に向かうと草原が広がっていた。
 ここなら存分に動くことが出来るだろう。

「おはようございます!」
「応!来たな!
 姫様方が到着したぞ!全員整列!」

 あちこちに散らばっていた兵士達が綺麗に整列していく。
 なんかこの世界に来て初めのひと月を思い出してしまう。

「皆様、おはようございます」
「「「「「おはようございます、姫様!」」」」」
「今日はお互いに頑張りましょう」
「「「「「はい、姫様!!」」」」」
「?」

 お互いに頑張りましょう?
 王国兵相手に俺しか戦わないのに、
 なんか違和感のある言葉だな。
 将軍に目を向けると首を横に振っている。

「その、お互いにとはどういう意味なんだ・・・、
 意味なんでしょうか、姫様」
「お兄さんにだけ戦わすわけには行きません。
 ボディガードではありますが、
 私だって戦力の一人なんですよ?」

 付いてきたウチのメンバーに顔を向けるが、
 誰もが諦め顔だった。

「私達のチームの大将はお兄さんです。
 兵士を納得させるなら同行する私達の力も見てもらわないと」
「私達?」

 セリア先生が思わず声を上げる。
 まさか自分もアルシェが考える同行者に含まれているのではと、
 そんな戸惑いを多大に含んでいた。
 念の為あちらの予定を聞いておかないといけないので、
 アルシェには悪いが将軍へ確認を取る。

「将軍。そちらは何名の予定でした?」
「こちらは5名と私を合わせて計6名だ。
 他の者は内容次第で納得する者がほとんどだ」
「出来ればわかり易く近接戦がいいですよね?」
「まぁ、そうだな。
 しかし姫様もセリア殿も魔法使いで近接は出来ないだろ?」
「いえ、姫は近接戦いけますよ。
 セリア先生は流石に魔法使いですが」
「失礼、発言よろしいでしょうか?」

 将軍のすぐ後ろに控えていた、
 30代前半といった男が声を掛けてきた。

「あぁ、彼は私の副官をしているポロワ。
 発言を許す」
「はっ!姫様は私が兵士達の代表として戦わせていただき、
 水無月殿にはパブロが相手をするのがよろしいかと。
 兵士達も副官相手の戦闘ならば文句を言えないかと思います」
「なるほどな。いかがですかな、おふた方?」
「私はかまいません」
「セリア先生は元より偶然ここに居るようなもので、
 同行者じゃありませんからね。
 私もそれがベストだと思います。
 その後に大将戦と行きましょうか」
「了解した、宜しく頼む」

 話は着いた。
 元の戦闘よりも回数は減ったが、
 相手の強さが上がる結果になってしまった。
 王国兵の副官とか普通に手強いけど、
 勝つ事が目的ではない。
 そうそうお目にかかれない高レベル相手の近接戦、
 この異世界の近接技術を学ぶチャンスだ。


 * * * * *
 審判にはセリア先生と、将軍が名乗り出てくれた。
 大将戦は副官2人が審判をするらしい。

「ノイちゃん、お願いします」
『仕方ありませんです』

 肩に乗るトカゲにお願いをするアルシェを見て、
 訝しげな表情をする兵士達。
 すぐさまノイによる魔法で地面から観客席がせり出てきた。

「皆さん、どうぞ」
「ありがとうございます。
 皆も好意に甘えて座るように!」

 副官のポロワが代表として受け取ってくれた。
 私達も席の端に座ると近くにポロワが寄ってきた。

「水無月殿が離れるので私が代わりを務めさせていただきます。
 少しの間ですが我慢頂ければと思います」
「どちらでもかまいませんよ。
 お兄さんがいなくても仲間がいますから」
「感謝します」

 ポロワと話をしている間に、
 お兄さんの精霊達が位置を決めたように私に近づいて来た。
 アクアちゃんは頭、クーちゃんは左肩、
 ノイちゃんはそのまま右肩、スィーネさんは隣に座ってくる。

「・・・精霊使いと聞いてはいましたが、
 目の前の光景が信じられませんね。
 本当にこれだけの精霊を1度に見るとは」
「そういう星の下に生まれたんでしょうね。
 そういえばカティナさんはどうしたんですか?」
『アネゴは昨日から魔法ギルドに帰ってますよ。
 明日にはこちらにまた顔を出すそうです』
「そうですか」


 * * * * *
 広場の中心に行く途中に地響きを感じて皆の方を向くと、
 丁度観客席がせり上がってくる所だった。
 座って見られるだけで見世物感が出てくるな。

「水無月殿、よろしいですか?」
「あ、はい。いつでも大丈夫です」
「ルールは魔法なしの剣技のみ。時間は10分としますわ」
「途中で決定打が決まった場合は、
 その時点でこちらから判定をする」
「「わかりました」」

 戦闘範囲は特に設定しないようだ。
 まぁ、近接戦ならそこまで動き回ることは少ないし、
 1つ1つを確実に見ていこう。

「では、位置について!礼!」
「宜しくお願いします!」

 俺だけが声を出して、パブロ氏は黙礼であった。
 目に入る3人は目を見開いて驚きはしているが、
 すぐに気を取り戻してくれる。
 文化の違いでやらかした。すごい恥ずかしい。

「構えっ!」

 俺はいつものカットラス。
 ステータス差は剣の特殊効果[クイック+2]で多少埋まるはず、
 あとは気合でパリィだ!

「始めっ!」

 始まった途端、目の前にパブロ氏が現れた。
 瞬間移動ではなく、純粋な速度でそれであった。
 ヤバいと思った時には体が勝手に動いて1振り目を捌いていた。

 パリィをした際に発生する振動音を残して、
 パブロ氏の懐が開いた。
 彼からしてもこの1振り目を捌かれるのは予想外だったようだ。
 剣を手放して左手は彼の右肩へ、右手は左胸下へ添えて、
 右足を大きく踏み込む!

 ドっ!という音がしたと思った時には、
 パブロ氏は元の位置まで飛ばされていた。

「・・・ふぅ」

 やったのは態勢を崩したパブロ氏を突き飛ばしただけ。
 しかし、一旦の仕切り直しは出来たので良しとしよう。
 地面に刺さったカットラスを拾い上げて再度構える。

「今ので終わるかと思いましたが、なかなかやりますね」
「良い人かと思いきや、全力で潰しに来るとは酷いですよ」
「これでも兵士代表ですか、らっ!」

 再び瞬間移動かと見紛う接近が放たれる。
 次は覚悟していただけに見ることが出来たが、
 なんと2歩でこの互いの距離を潰していた!
 マジかよww

「っ!」

 落ち着いてパリィをしてそのまま振り下ろそうとしたが、
 パブロ氏の戻りは早く、
 再度斬り込まれてしまう。

「っ!速い・・・」
「よくもまぁ、捌きますね。
 レベル差は20近くあると聞いているのですが?」
「壁がすぐ死ぬわけにはいきませんからねっ!ぐっ!
 パリィは重点的に鍛えましたっ!はっ!」


 * * * * *
 一瞬、ほんの一瞬ですが、
 勝負が着くかと思ってしまいました。
 パブロが消えたと思ったらお兄さんに捌かれて、
 突き飛ばされたと思ったらすごい飛んでいくし。
 ただ、ざわついていた兵士達は黙り込み、
 横に立つ副官に目をやると何故か嬉しそうな顔をしていました。

「どうです?」
「水無月殿はすごいですね。
 いまのパブロの入りは完璧に見えましたし、
 目前まで来ても彼は反応できていなかった。
 なのに、現実はパリィしたうえに距離も離した。
 あの一撃を捌けたのは単(ひとえ)に積み上げたものとしか言えません」

 確かに私があれを受けた場合、
 本当に終わっていたことでしょう。

「カンはいい方だと言ってましたよ」
「カンなんて簡単な言葉では説明になりませんよ。
 常に危険に反応出来るように体を作ってないと、
 あの動きは有り得ません」
『おそらく骨駆動を無意識にされたのでは?』
「なんですかそれ?」
『お父さまの世界にある作品に筋肉ではなく、
 骨から動かすという物があるそうです』
「そんな事あるわけないですよ。
 体の仕組みは筋肉に脳が指示をして動くのですから」
「では、今のは?」
「彼の技量です」

 視線をお兄さんに戻すとまたパブロが肉薄する所でした。
 私にはまた消えたように見えましたが、
 お兄さんはまたパリィをしてそのまま斬り込もうとしたように見えました。

「彼は何か剣術をしていたのですか?」
「その前にお兄さんの事を貴方達はどこまで知っていますか?」
「こちらの人間ではない、ということは知らされています。
 知っているのは隊長と副官の我々の3名だけですが」
「なら、いいですね。
 野蛮な事は一切した事はないそうです。
 それこそ剣を握って切り結ぶことも、
 誰かを殴る事もなかったそうです」
「彼が来て5ヶ月弱ですか・・・。
 はっきり言って剣速も遅いし捌くのが精一杯ですが、
 この場にいる一般兵より上だと思います」
「何故です?」
「パブロを相手にもう2分は続けて斬り結んでいますからね。
 あいつも真面目な顔の下に笑顔を浮かべている事でしょう」


 * * * * *
 何分経った!?
 手を抜いて貰ってはいるのだろうが、
 さっきからギリギリの捌きしか出来ていない。
 攻勢に回れないと判断を早々に下して、
 守りに入ったお陰で剣速にも目が慣れ始めてきた。
 初めのパリィ時に距離を稼げたのは彼に隙が出来たからで、
 もうそんな隙をくれる気はないようで、
 猛攻を続けていた。

「時間制限がっ、あるかっ、らと言ってぇ!
 少し張りっ!切りすぎっ、じゃなっ、いですかっ!」
「はははは!文句を言う暇があれば捌け捌け!」

 こいつ性格変わってるじゃねぇか!!
 典型的な前衛思考だ!
 しかし、剣の振り方なんかは流石の一言だ。
 城で指導に当たっていた居残り組の指導者は、
 ここまでの実力はなかった!
 力の乗せ方、軌道、本当に勉強になる!

「残り1分!!」

 将軍からの声が響く。
 あと1分・・・あと1分耐えればっ!
 なんて言ってちゃあ、アルシェのボディガードは勤まらねぇんだよ!!

 パリィパリィパリィパリィパリィパリィッ!今!!

 パリィからの勢いを左の掌底に乗せるように。
 同じく左足を大きく踏み出して。
 鎧に向けて掌底をねじり込む!

「虎砲螺子(こほうねじ)っ!!」
「うっ!」
「終了!!」


 * * * * *
「終わったようですね。
 我々もあちらへ向かいましょう、姫様」
「そうですね。
 皆さんはこちらで待っててくださいね、
 すぐにお兄さんも戻りますから」
『ある~、がんばれ~』
『いってらっしゃいませ』
「はい、いってきます」

 お兄さん達の元へ近付くと、
 将軍とセリア先生も二人の元へ集まってしました。
 でも、少し様子が・・・

「水無月君、やり過ぎですわ」
「いえ、ルールに則り魔法は使っていませんので、
 これも範疇でしょう」
「将軍、部下は大事にしてくださらないかしら」

 ポロワも様子のおかしさに気付いたようで足が早くなる。
 何故か終始押され気味だったお兄さんがセリア先生に怒られているみたいです。

「どうかされたのですか?」
「あぁ、アルシェ様。どうもこうも・・・」
「水無月殿が最後に入れた一撃が、
 思いの外大きいダメージに繋がりましてな。
 パブロが気絶してしまったのです」
「「は?」」

 確かにお兄さんが最後にパブロに触れたのを見ましたが、
 鎧に当たりましたし、大したダメージにはならないと思うのですが?

「お兄さん、何をしたんですか?」
「えっと、やっちゃったぜ」
「その内容を聞いてるんです。
 なんですか、そのやっちゃったぜって」
「取っちゃ嫌だぜ」
「取りませんよ!
 な・に・を!したんですか!」
「通背拳(つうはいけん)という体術を使いました」

 やっと話を先に進められます。
 ポロワが代表してさらに聞き込みます。

「掌底を打っただけに見えましたが、
 鎧に当たりましたよね?」
「背まで通す拳と書いて通背拳。
 つまり、鎧の上から肉体にダメージを与える技ですね」

 お兄さんの言葉は理解出来ません。
 それじゃあ鎧の意味が無いじゃないですか。
 アハハハハ!
 ほら御三方を見てくださいよ、
 将軍は目をつぶって頭を振って、
 セリア先生はため息、
 ポロワは口を開けたまま動かなくなりました。

「たまたまですから!
 常に出来る訳では無いですから!」

 言い訳を始めましたが、
 言いたい事はそこではないんですよ。

「取り敢えず、お兄さんは席に行ってください」
「・・・はい。
 あ、パブロ氏は俺が席まで運びますよ」
「あぁ、かたじけない。
 席まで行けば部下が受け取るから渡しておいてくれ」
「わかりました。
 姫様、頑張ってくださいね」

 お兄さんがエールを残して席に戻っていきました。
 流石の兵士達もあの戦いを見たからか、
 高圧的な敵愾心は失せて、
 パブロを素直に受け取っているようです。

「さあ、私もやりましょうか!」
「武器精製に魔法を使いますが、他は使いませんので」
「遠距離はなし、あくまで近接戦という事ですわね」
「私も全力の近接戦をしたいと思いますから」
「わかりました、それで行きましょう」


 * * * * *
『おかえりなさい、お父さま』
『おかえり、ますた~』
「ただいま。
 いやぁ、疲れたよ」

 精霊達に促されるまま空いた席に落ち着くと、
 すぐさま俺の体に寄り付いてきた。

『お疲れ様、お兄ちゃん』
『次もありますから今のうちに休むといいです』
「あぁ、そうさせてもらうよ。
 それにしてもレベル制があるとえげつない差が生まれるな」
『だから彼ら兵士は民を守る為にレベル上げをするのよ』

 そりゃそうか。民あっての国だもんな。
 パブロ氏の剣は重いし速いしで、
 腕に疲労と熱が溜まっている。

「アクア、冷やしてくれ」
『まっかせろ~。《りゅうぎょく》』

 アクアが唱えた[竜玉]は、
 元々[竜]の時に発現した水玉である。
 オプションとして発現したこの玉をアクアは、
 個人運用にも回して練習を行っている。
 完全にアクアが支配権を持つ水なので、
 扱いもそこいらの水より細かくスムーズに制御出来る。

『りょうてにわけて~♪
 すこしずつひやしますよ~♪』

 お医者さんごっこをしてる子どもにしか見えないなww
 アイシングはアクアにまかせてアルシェの方に意識を向けると、
 すでに位置に着いていた。


 * * * * *
「《アイシクルウェポン》シフト:ランサー」

 アルシェの手元に氷のスピアが1本精製され、
 ポロワ氏もインベントリから大型の斧を取り出す。

「ポールアックスだったかな。
 かなり筋力が必要なはずだけど・・・」

 果たしてアルシェの槍はあれと打ち合えるのだろうか。
 本来は3本出るスピアが1本ということは、
 強度がその分上がっているはずだが、
 今まで遭遇しなかった大斧に対処出来るだろうか。

「では、そろそろ始めようと思いますが、
 双方よろしいか?」
「「はい!」」
「構えっ!」

 アルシェもポロワも構えをすぐさま取り、
 戦闘開始の合図を待つ。

「開始ですわ!」
「突貫っ!!!!」

 開始と同時に一気に距離を詰めて突きを繰り出すアルシェ。
 しかし、ポロワ氏は刃がある重い部分ではなく、
 長い柄で軽々と弾いてしまう。

「まぁ、甘くはないよなぁ」
『隙がないです』
『ますた~ならどうする~?』
「魔法で倒す」
『いや、これ近接戦だからね』
「普通にやってもアルシェの魔法使いの細腕と、
 大型武器を使いこなす戦士の筋力じゃ勝負にならないよ」
『工夫が大事ですね』


 * * * * *
「お兄さん。負けちゃいました」
「知ってるよ、あれはもう仕方ないって」

 アルシェは負けた。
 完膚なきまでに槍を何本もボキボキに折られるまで頑張ったが、
 時間切れで終わりを告げた。
 ポロワはSTRビルドの戦士タイプで、
 素早さ重視のパブロと違い、
 大型の武器を自在に操れるガチであった。

「力も技術も完全に上を行かれていたし、
 何よりもアイススピアの強度不足が大問題だな」

 魔法で精製する武器の特徴として、
 要求ステータスに縛られるというものがあるのだが、
 例えばアルシェが槍を造ると3本出る。
 この3本は従来のスピアを基準にした強度だ。
 しかし魔法で造っている為、1本にまとめれば強度が増す。
 増すには増すのだが、問題は所詮スピアはスピアという点で、
 もしこれがもっと上位の槍であれば強度もガラッと変わり、
 ポロワ戦でももう少し善戦出来た可能性がある。

「次のレベルアップからは槍に意識を向けたステ振りをします」
「そうだな。
 次のダンジョンでアルシェに合う槍も探してみよう」

 いままで初期装備の様なものだったのだから、
 仕方ない部分は多分にあるだろう。
 彼らも場数を踏んだ本物の戦士なのだから、
 姫様として育ったアルシェとの差は広い。

「もっと頑張らないとな」
「はい!」

 俯き加減だったアルシェが顔を上げたのを確認してから、
 席を立ち上がる。
 さぁて、俺達は10分持つかな?


 * * * * *
「宜しくお願いします」
「いや、こちらこそよろしく頼む」

 大将同士が穏やかな挨拶をする周りで、
 アルシェやアクア以外の精霊達が軽いバリケードを作っていた。

「あの、姫様?このバリケードは何の為ですか?」
「私達を守る為です」
「何から守るのですか?」
『お父さまからです』
『肩くらいの高さまで積んだ方が良くない?』
「座って観られないですよ?」
『流れ弾で死ぬよりマシです』

 なんか酷い評価を受けてる気がする。
 アクアは我関せずといった感じで頭の上でクロールしている。

「水無月殿は何をされるんですか?」
「私はこの数日離れてましたし、わかりませんわ。
 ただ、仲間の様子から陸(ろく)でもなさそうですわね」
「聞こえてますよ、セリア先生」
「あら、失礼」

 本当ならパブロ氏と入れ替わりで休憩に入るはずだったセリア先生は、
 何故か気絶してしまったパブロ氏の代わりに審判を続投していた。

「こんなもんですかね」
『まぁ、ここまですればいいんじゃない?
 死にそうだと思えばしゃがめばいいし』
「死ぬのですか?」
『死ぬかも知れないです』

 大丈夫だってのに、失礼な奴らめ。
 これでも、コツはクーとの調整で分かってるし、
 今回のパートナーは安心と信頼のアクアだぞ。
 俺のフォローは完璧さ!

「そろそろ始めてもよろしいですか?」
「はい、どうぞ!お兄さん、頑張ってくださいね!」

 各々手を振ったりして応援してくれる。

「アクア、準備はいいか?」
『まっかせて~』
「私も準備万端だ」

 フィリップ将軍は大盾と片手剣を装備していた。
 流石に高ランク装備のようで、
 見ただけでは装備品の名前もわからない。

「ルールは同じく10分経過、
 もしくは決定打が入った瞬間に終了と致しますわ」
「「了解だ」」
「構えっ!!」

『《氷纏いまてりあらいず!》』

 開始と同時にアクアが変身して、
 続けて俺と合わせて言葉を繋ぐ。

「『《水精霊纏いエレメンタライズ!!》』」

 天狗テングと同じように一瞬で内部の見えない水の幕に包まれ、
 中で1週回るとマント下部に付いている尻尾が幕を斬り裂いてくれる。


 * * * * *
 水の幕を斬り裂いて出てきたお兄さん。

「あれがお兄さんとアクアちゃんの精霊纏いですか・・・」
『初めて見たですけど、空気がちがうです』

 セリア先生と一緒に行動していたノイや、
 氷制御の訓練をしていたアルシェ達はこの時初めて、
 精霊纏いを目にした。

 頭から竜に見えなくもないフードを被り、
 その頭部には角らしい部位も確認出来た。

「丸い?」

 何故か尖っておらず生え際から半円を描く程度の角?が生えていた。
 フードは繋がったマントの部分を通じており、
 両手と下半身へと逆三角形の如く伸びていた。
 両手の先端は大きく膨らんだグローブのような形をしていて、
 さながら、竜の腕のように大きくなっている。
 ただし、ここも何故か形状が丸っこいし、
 そこから指が生えているが、あのままだと剣を持てないのでは?
 下半身へと続くマントは徐々に尻すぼみのように細くなっていて、
 先端から2mほどはユラユラと揺らめいている。
 さながら尻尾のように動くそれは根元と思しき場所から、
 3本に別れており、主尾は特に長い。
 さきほど、水の幕を切り裂いたのはこの主尾だろう。
 そして、最たる特徴は・・・

「あ、あれ。浮いてないか?」
「え!?マジだ!浮いてるぞ!」

 慌てて足元に目を向けると確かに足が地面に着いておらず、
 何故かお兄さんの足はだらんと力が抜けているようだった。


 * * * * *
『りゅうぎょく』

 アクアが呼ぶとすぐさま姿を表した水球。
 現在は拳大の大きさだが、
 アクアの成長と共にこの水球も大きくなる事だろう。

 握るという行為が出来なくなった丸っこい左腕を竜玉へと向けて、
 開始の合図を待つ事にする。
 将軍も準備万端のように見えた。

「開始ですわっ!!」

『《カノン》』

 水球は弾丸のように将軍へと放たれた。
 将軍は玉から目を離さずに体を斜めに向け、
 盾に触れたと思った時には彼の後ろに水球は抜けていた。
 何をしたのかは水球の速度か速かったし、
 何よりも将軍の身のこなしが鮮やか過ぎて認識出来なかった。
 大盾には中程から端まで真一文字の”削れ”が彫られている。

「たぶん受け流されたな」

 ポツリと言葉を零すと同時に将軍の背後に抜けていった水球が、
 木の幹を数本削り取り、森に地響きが数度続いた。
 そんな音に気にも止めずに、将軍がこちらへ走り込んでくる。
 あの重装備でよくもまぁあの速度が出せるものだ。

『りゅうぎょく』

 アクアが再度呼ぶと再び目の前に水球が現れた。
 次は両の指を水球に浸してから左右に引き裂くと、
 水が指にまとわりつき、水球は半分ほどの大きさになった。
 まずは左手を無造作に振るう。

「《水竜閃(すいりゅうせん)》」

 袈裟振りされ左手の、
 5本の指から放たれる短い範囲の水竜一閃が5本。
 五閃に追加を加える為、
 将軍へと迫る五閃を後ろから追い掛ける。
 将軍は前進を止めて、受け止める態勢に入った。

 大盾と五閃が触れるタイミングで右手を振るう。

「《水竜爪(すいりゅうそう)!》」

 X(クロス)した合計10本と直接の打撃が、
 将軍の大盾とぶつかり、
 凄まじい音を発しながら爆発する。
 衝撃で竜は斜め上に弾き飛ばされるが、
 将軍もまた、衝撃で後ろへ下がらされていた。
 初めて見る技のはずだが長年の経験からか、
 今度は受け流さずに大盾で受け止め切った。

(ジョブシステムがあればパラディンだろうな)

 空を[浮遊]しながら残った半分の竜玉に手を当て、
 次の魔法を口にする。

「《銀世界(ぎんせかい)》」

 竜玉が地面へと落ちていき、
 通常では有り得ないウォータークラウンを残して姿を消す。
 その瞬間に起こった広範囲にわたる凍結現象は、
 正に銀世界と言える規模だった。

 将軍を見下ろすと水竜双爪で正面から水を引っ被った為、
 地面の凍結の延長で彼も凍り付いていた。
 但し、鎧の魔法抵抗力のせいか足止め程度の効果しかないようだ。

『りゅうぎょく』

 3度目の出現をした水球に再度指を入れて引き裂くと、
 先程と違い、全ての水球を消費して、
 指には氷がエンチャントされている。

「《氷竜閃(ひょうりゅうせん)!》」

 上空から両腕の袈裟振りにより発生した氷竜一閃が拾閃。
 すでに将軍は片手剣を外して大盾を2枚装備に切り替えて待ち受ける。

 一直線に大盾へ向かってそのまま直撃。
 轟音と共に聞こえる音は、
 さらに凍結が進むんだ事を教えてくれる。
 冷気が巻き起こる草原でオブジェクトと化した将軍へ、
 最後の一撃をお見舞しよう。

『りゅうぎょく』

 水球を召喚しながら俺達は地面へと降り、
 無けなしの魔力を掻き集める。


 * * * * *
『すごい魔力がこの一帯を漂ってるです』
『それだけじゃなくて、
 あの態勢に入ってから広範囲がアクアの支配権になっているわ』

 確かに空気が変わり、私達の周囲にある何かがお兄さんの下へ集まっている・・・。
 水球もみるみる膨らみ、集まっていく水と魔力の高まりから、
 とてつもなく幻想的な光景になっています。
 大きさは尚も膨らみ続け、
 すでに私が両の手を広げたほどまで成長しました。

 やがて、さほど時間も置かず魔力の収縮は止まり、
 将軍は頼みの大盾も満足に動かせない状態に追い込まれており、
 覚悟を決めたように身動きすら取らない。

 お兄さんが息を吸い込むように背を逸らして、
 攻撃態勢に入りました。
 確かに後ろから見たら[竜]に見えるかもしれませんね。







『≪アクアブレス!≫』







 誰もが身構える光景の終わりが告げられた途端、
 体を前のめりに倒して、
 水球へ息を吹き込んでいるかのように、
 水球から大量の泡が吐き出され始めました。

「あれ?アクアブレスと言うから、
 直線を薙ぎ払うような大攻撃かと思ったのですが・・・」

 皆が大量の泡に戸惑っている間に大盾との距離を縮め、
 ついに到達した直後。

 バンッ!!
 という、衝撃音が聞こえてきました。
 その一撃は明らかにあの泡が原因であり、
 その一撃で将軍の動きを止めていた氷が砕け散り、
 その一撃は風に流されてこちらにも向かってきました。

「全員この場から逃げなさいっ!!」

 兵士達に向けて声を発した瞬間、
 作っておいた防壁に泡が接触して、
 一部が衝撃で崩れ落ちました。

「わぁーーわー!」
「ヤバいヤバい!!逃げろー!!」
「副隊長を忘れるなよ!お前足持てよ!!」

 大混乱を起こした元凶はと言えば、
 魔力切れでうつ伏せに倒れていました。
 精霊纏いエレメンタライズも解けてしまい、
 そのまま倒れこむお兄さんの背中には主と同じく、
 魔力切れを起こしたアクアちゃんがしがみ付いています。

『迷惑な親子ねっ!《アクアバレット!》』
「《勇者の剣クサカベ!》」
『《閻手えんじゅ!》』
「《エアースラッシュ!》」
『《ストーンバレット!》』


 * * * * *
 状況を見ると完全に俺達が悪かった。
 草原だった広場は見える範囲まで氷の世界と化し、
 将軍は直撃を免れた様子だが盾は破損、
 兵士達は逃げる際にコケて怪我をしたものを含めて、
 約6人が負傷した。
 大量の泡は近接で破壊しようとすると、
 破裂時の衝撃を受けてしまう為、
 全て俺の身内が魔法で処理したようだ。

「・・・」
『ますたー・・・』
「静かにしろ。俺達はいま反省しているんだぞ」
『でも、あしが・・・』
「我慢しなさい」

 少し尖る部分もある銀世界の中で正座をさせられ、
 反省中の俺とアクアは、
 意識を取り戻すや否や、アルシェ達から正座を言い渡された。

「フィリップ将軍、ご無事ですか?」
「私は鍛えていますから大丈夫です。
 姫様方こそ、助けていただきありがとうございました」

 将軍が深々とお辞儀を身内にしているのを外から眺める。
 これは辛いな。ホロリ

「しかし、元より全力が見たいと言い出したのは我々な訳ですし、
 あまり彼を責めるのも良くないかと・・・」
「いえ、ここはしっかりと反省してもらわないと。
 大きい力のミスはどれほど小さくとも、
 被害は甚大になりかねませんから」
『まぁ、今回は仕方ないわね』
『弁護出来ないです』
「そうですわね」
「流石はご主人様です」
『流石はお父さまです』

 結局この日は1時間ほど正座の刑に処され、
 兵士の方々にプルプルしながらアクアと共に謝罪をして回り、
 そして・・・

「我々は水無月殿を認める事に決めました。
 確かに単身の戦力はまだまだですが、
 精霊使いとしての戦力ならば十分に強いと判断いたしました」
「ありがとうございます」
「それに伴い、王様からお預かりしていた物をお渡し致します」

 フィリップ将軍はインベントリから箱を取り出し、
 俺とアルシェにそれぞれ渡してきた。

「その中にはアスペラルダの紋章が入ったマントが納められております。
 今後、各国を訪問する際にお使い下さい」
「なるほど、確かに持ってきていませんでしたね」
「俺はボディーガード役なのですが、必要ですか?」
「一人で護衛をするという事は、
 それなりの身分の方である必要が御座います。
 このマントはアスペラルダ王が認められた証になりますので」
「そういう事なら、ありがたく受け取らせて頂きます。
 俺からは王様宛の手紙をお預けします。
 いずれは遠距離移動手段をなんとか都合する予定なので、
 今回は報告書をしたためました。よろしくお願いします」
「かしこまりました。
 まだ数日は居ますので、用が出来ましたらお声がけください」

 そういって街に帰っていく彼等を見送りながら、
 ある疑問をアルシェに聞いてみる。

「なんで、最後だけ敬語で対話してたのかな?」
「お認めになったからでしょう。
 私の正式な護衛として」
「別に年上だし、経験も豊富なんだから今まで通りで良くない?」
「彼は確かに将軍ですが、
 お兄さんは特別な立場にあるので、
 地位としては同じくらいに設定されているのでしょう。
 その辺の采配はお父様の仕事ですし」
「ふぅーん」

 その日はその場に残り、
 魔力と相談しながらアクアと各魔法の調整を詰めることにした。
 アルシェはギルドへ1度戻り、ステータスを更新するらしい。
 俺もポルタフォールを出る前に更新しておかないと。



 * * * * *
 翌日。
 セリア先生がもう街を出るという事で、
 朝からカティナも呼び付けて、
 勢揃いでお見送りする。

「セリア先生、お世話になりました。
 また、追いつきましたらよろしくお願いしますね」
「アルシェ様・・・、
 おそらく次は有りませんわ。
 このポルタフォールで予定が随分とズレておりますので、
 この後は街を幾つか飛ばして進む予定ですの。
 お次に会うのは王都アスペラルダでしょう」
「そうなんですか。とっても残念です」

 ガックリと落ち込むアルシェを抱き込むセリア先生の恰好は、
 精霊の衣である点から見ても、
 空を飛んで一気に進むのだろう。

「セリア様、ご武運を」
「メリーさんもアルシェ様をよろしくお願いしますわ」
『せりゃー、またね~』
「時間があれば貴女達を調べたかったですけれど、
 仕方ありませんわね。
 しっかりとお父様を支えるのですよ」
『まかせろ~』
『セリア様もお元気で』
『がんばってください、セリア様』

 メリー、アクア、クー、スィーネが挨拶を終え、
 同年代?のカティナが前に出てくる。

『セリア。時間が出来たら連絡するデスカラァ!』
『待ってますわ。カティナは生活に気をつけるのですわよ?』

 まぁ、仲のいい事。
 同じ位階の精霊同士だから何かと親近感を持っているのかもな。
 さて、

「セリア先生、アスペラルダでもポルタフォールでも、
 本当にありがとうございました。
 精霊達の事もよろしくお願いします」
『任されましたわ。
 見方を変えればノイの仲間を救えたのですから、
 ポルタフォールでの足止めも必要だったわけですし』

 セリア先生から目線をずらすとトカゲの姿が目に入る。

「じゃあな、ノイ」
『・・・お世話になったです』
『ほらぁ、素直になるといいデスカラァ』
「本当にいいんですの?」

 何やら上位精霊達から見るとノイは一物《いちもつ》抱えているらしい。

『マスター』
「なんだ?」
『マスターと関わるといつも大変な目に合うです』
「それは俺のせいじゃないぞ」
『ボクもマスターと一緒に居たいです。
 でも、今のままだとマスターと正式な契約をしても、
 足でまといになると考えたです』
「そんな事はありませんよ!
 重力が使える精霊なんてそうは居ないはずです!」

 アルシェが引き留めようとしているが、
 俺はノイの話を最後まで聞いてみたかった。

『・・・マスターは土の加護を持ってないから、
 ボクは成長出来ないです。
 それでは、今は役に立ててもいずれが来るです』

 確かにアクアとクーでも成長率に差があるのに、
 ノイに至っては成長値が0なのだ。
 それはやはり、ノイにとっても悩みの種だろう。

『ですから!
 今はセリア先生に故郷へ連れて帰ってもらいますです。
 そこなら土の魔力があるですから一緒に居るよりは、
 成長出来ると思ったんです』
「・・・」
『・・・』
『いつか、マスターが[アイアンノジュール]に来た時に、
 改めてボクと正式な契約をしてくれますか?』

 あの意地っ張りで文句を言いながらも付き合ってくれたノイが、
 色々と考え、長い間悩んだ結果を口にしてくれた。
 いずれ契約がしたいと言ってくれた。

「ありがとう、ノイ。
 必ずアイアンノジュールに向かうよ。
 そこでお前を身内に迎えると約束しよう」
『「「『はぁ・・・』」」』

 何故か周りにいた、契約精霊こどもたち以外が安堵の息を吐く。

「やっと素直になりましたわね。
 肩の荷が降りた気分ですわ」
『我慢は体に悪いデスカラネ』
「絶対に迎えに行きますからね!
 待っててくださいね!」
『少し、羨ましいわね』

 各々がノイを心配していたらしい。
 アイアンノジュールか、
 どの辺か詳しく調べておかないとな。

「水無月君、ちょっといいかしら?」
「はい、なんですか?」
「手を出して頂戴。
 私からの餞別を渡しますわ」
「はぁ・・」

 セリア先生が別れる前に何かをくれるらしい。
 俺も何か用意をしていればよかったなぁ。
 言われるがまま手を出すと、
 セリア先生は両手で俺の手を包み込み。

「≪我(われ)、大精霊(だいせいれい)テンペストの眷属(けんぞく)、セリア=シルフェイドが願い奉る。風の祝福、雷の轟音(ごうおん)、彼の者に風の加護を与え給え≫」

 その詠唱はアスペラルダのダンジョン、
 死霊王の呼び声の隠し部屋に居られた、
 [アルカトラズ]様から頂いた加護と同質の魔力の高まり。
 セリア先生の体を緑のオーラが包み込み、
 繋がった手を通して俺へと伝染をはじめる。
 やがて、俺の体を包む緑のオーラが体へと溶け込みきると。

 [称号:テンペスト亜神の加護が付与されました]

「セリア先生は主神の加護持ちだったんですね」
「テンペスト様の配下だと伝えていたはずですわよ。
 アルシェ様へ魔法技術を教える役を頂けたのも、
 加護持ちだったからですわ」

 確かに加護持ちには加護持ちにしかわからない部分もあるだろうし、
 少し考えればわかる事だったな。

「この先、次のダンジョンがある街は緑の豊かな土地ですわ。
 そこには水無月君へ協力してくれる風精霊がいるでしょう。
 これは我が眷属達への手向けでも有りますわ」
「ありがたく受け取らせていただきます」
「セリア先生ぇ~!」
「あら、アルシェ様。
 水無月君が精霊使いとしての成長するには、
 避けては通れない儀式ですわよ」
「わかってますけどぉ~!
 私にも覚悟というかですねぇ~!」

 アルカトラズ様の時には騒がなかったアルシェが何故か騒いで、
 セリア先生と戯れている。
 どこかで土の加護を貰えたらダンジョン攻略より先に、
 ノイを迎えに行こう。

「じゃあ、そろそろ行きますわ」
『また会いましょうです』


 * * * * *
 2人を見送ったあと、
 ギルドに顔を出すとアインスさんも今日でここを発つそうだ。

「平穏を取り戻したら人も少しずつですが、
 戻り始めましたし、
 私はアスペラルダへ戻る事になりました」
「仲間がどんどん減っていくようで、
 寂しいです」
「アルカンシェ様にそのように思われて、
 私は幸せ者ですね。
 これからも何かあれば協力させて頂きますので、
 話が通らない場合は私の名前をお使い下さい」
「ありがとうございます。
 また何かしらの事でギルドに頼ることがあれば、
 お名前を貸していただきます」
『アインスも魔法ギルドに協力を求める時は、
 あちし宛に連絡するといいデスカラ!
 話ぐらいは聞くと約束するデスケド!』
「ありがとうございます、カティナ様。
 では、これにて失礼します」

 アインスさんも再開した馬車に乗って、
 アスペラルダ支部へ戻るらしい。
 この国を出たら本当に会う機会は失われるかもしれないな。
 王都に寄る際は出来るだけギルドに顔を出すようにしよう。


 * * * * *
「私達は明後日ポルタフォールを出るんでしたよね」
「あぁ、その予定だ。
 保存食の確保は出来てるか?」
「出来ております。
 今回はアルシェ様とアクア様の移動技術が向上している為、
 以前よりも軽めにしております」

 制御を訓練したお陰で、
 2人とも随分と使いこなせるようになったらしい。
 俺も時間を見つけてスィーネに教えてもらったりしたが、
 アルシェには適性で劣り、アクアには元より制御で劣るので、
 2人にかなり差を付けられてしまっている。

『明日は休日に充てるのですよね?』
「その予定だよ。
 何かしたい事があるなら好きにしていいよ」
『わかりました。
 お姉さまはどうしますか?』
『ん~、すいげんでスィーネたちとあそぼうかな~』
「ちなみに俺は観光をしながら街中を歩くつもりだよ」
「じゃあ、私はお兄さんに着いていきますね」
「やりたい事すればいいのに。
 久しぶりに1日中ゆっくり出来る日だよ?」
「だからこそですよ」
「?」

 まぁ、着いて来たいと言うなら一緒に巡ることにしよう。

『あちしも明日、魔法ギルドに復帰するつもりデスカラ、
 ミナヅキのアニキご要望の品を用意しておくデスヨ。
 移動じゃなくて、連絡の方デスケド』
「移動は精霊こども達になんとかしてもらうさ」
「私は部屋で待機しておりますね」
「一緒にまわらないのか?」
「姫様に悪いですし、久々にゴロゴロしたいので」
「(後半がメインの理由ですよ)」コソコソ

 わからなくはないけどな。
 俺も住み慣れた土地ならゴロゴロを選択するし。
 今は異世界の初めて訪れる土地という事もあり、
 観光をすることにしたわけだ。


 * * * * *
「姫殿下、水無月殿、メリーさん。それから精霊方。
 本当にお世話になりました。」
「ギルドを代表して私からもお礼申し上げます」

 休日もあっという間に過ぎ、その翌日。
 つまりはポルタフォールを旅発つ日の朝食後に、
 挨拶をしておこうとギルドへ寄ったらこの2人がいた。

「それはこちらの台詞です。
 あなた方の協力があったからこそ解決出来たのです。
 もし、初めにイセトから話を伺えなければ、
 もし、ミミカさんを始め、ギルド職員の協力を得られなければ、
 今頃ポルタフォールは水の底だったでしょう。
 アスペラルダの姫として感謝を致します」

 アルシェのお辞儀に従って俺とメリーもペコリと頭を下げる。
 その俺に従ってアクアとクーも頭を下げる。
 色々あったが、なかなかいい経験も出来たと思うし、
 出会いもあったからなぁ。いい街だった。

「あなた方の旅路の安全をこの地にて祈っております」
「シヴァ様の御加護があらん事を」

 挨拶もそこそこにギルドを出ると、
 カティナが腕を組んで立ちはだかって来た。

『待ってマシタヨ!
 あなた方に贈り物をいたしましカラァ!』

 普通に渡してほしい。
 朝からなんでこんなにテンションが高いのか・・・
 こちらの感想など気にも止めず、
 ジェラルミンケースみたいな物をインベントリから取り出す。
 影倉庫シャドーインベントリの上位互換みたいな、
 本当に俺達が使うインベントリと同じように取り出して来た。

『用意したのはこれデスネ』
「これは・・・イヤリングですか?」
『アニキからの指示で、仲間と遠くにいても連絡が取りたい!
 そう伺いましたから、研究仲間に土下座して協力して作り直しました!』

 土下座までしたのか。
 人の?いや、精霊の尊厳を踏み抜いてしまった気がする。
 今度アルカトラズ様に会ったら謝っておこう。

「そこまでして用意してくれたことに感謝するよ。
 本当に助かる」
『片耳に付けるタイプデスケド、
 余りゴテゴテさせなかったから、
 女の子でも大丈夫かと思うマスヨー』

 アルシェと俺とメリーの3人分がケースの中に納められていた。
 それぞれが手に取り眺めると、
 もともと透明度の高いクリスタルだったのに、
 魔力に反応して色を変えていく。
 アルシェは水色、メリーは黄色、俺は・・・変わらなかった。

『アニキは加護も複数あるですから予想通りの結果デスカラ』
「あぁ、そうなんだな。良かったぁ」
「素敵な意匠ですね。
 カティナさん、ありがとうございます」
「従者の私にも施しを下さり感謝に耐えません。
 ありがとうございます」
『あくあは~?』
「アクアは俺と一緒にいるんだから要らないんじゃないか?」
『くーももってるのにあくあは~!?』

 困ったなぁ。アクアがここに来て愚図り出した。
 確かに一人だけ無いというのは、
 子供にとって致命的な疎外感を与えてしまうか・・・。

『安心してほしいデスネ。
 もちろん、アクア用にも用意したデスカラ!』

 なんという事でしょう。
 カティナを見直したよ。

『ただし、まだ体も小さいデスカラ、
 クーの様な軽いタイプになりますケドネ』

 そう言って懐から出て来たのは、
 青いチョーカーであった。
 ちなみに首輪とチョーカーの違いが俺にはわからない。

『わあー!!ありがとう!』
『今回の物は急いで造った急造品なんで、
 クーの首輪と違って品質は落ちるデスカラ』
「どう違うのですか?」
『遠すぎるとこもって聞こえたり、
 時々途切れる事があったり、
 そもそも繋がらなかったりですね』
「使い方はどうやればいいのですか?」

 アクアの質問に答えた内容は、
 俺の世界の電話と同じだった。
 続けてメリーが質問をする。

『使い方はまだ設定してないデスケド、
 アニキが設定するといいデスカラ!
 もともと研究途中のアーティファクトの模造品デスカラ、
 そこまでは設定してないデスヨ』
「なるほどな。設定はどうやればいい?」
『あちしが書き込み用の詠唱を言った後に、
 続けて言ってほしいデスケド』
「わかった」

 カティナが首から下げている石を握り込むと詠唱を開始した。

『《揺蕩う唄ウィルフラタ》スタートセットアップ!』
「《コール》」
『《オールインストール!》』

 カティナの握る石から光が放たれ、
 各々が装備した揺蕩う唄ウィルフラタへと吸い込まれていく。

『これで大丈夫なはずデスカラ。
 後は設定した詠唱の後に、
 呼び出したい人の名前を続けて言えば大丈夫デスヨー』

 2つほど光が明後日の方向に飛んでいったのが気にはなるが、
 いまはコレを試すことにしよう。

「《コール》アルシェ」


 * * * * *
 お兄さんが詠唱した直後、
 脳内にピリリリリリという響きが流れ始めました。
 慌ててカティナさんに目をやると・・・

『視界の隅に誰から掛かってきたのか出てると思いマスヨ』

 落ち着いて視線を動かすと、
 視界の左下に表示が出ていました。

[水無月宗八から連絡が来ています][yes/no]

 yesを押すとイヤリングを付けている耳に、
 お兄さんの声が届きました。

〔聞こえるか?〕
〔はい、しっかりとクリアに聞こえてます〕
〔こりゃいいな、直接状況を聴けるのは助かるな〕
〔ですね〕

 私とお兄さんが試している間に、
 アクアちゃんがクーちゃんとメリーに繋げて話をしています。
 同時に複数人と話せるのは素晴らしいですね。
 カティナさんも別の方に連絡をしているようです。


 * * * * *
 アルシェとの通信を切ると、
 誰かと話していたカティナも切電してこちらに向き直って、
 なにやらニヤニヤこちらを見てくる。

 ピリリリリリ
 脳内に響く音はアルシェが言っていたコール音と判断して、
 視界内を探すとネトゲで言えばログが残る部分に、

[スィーネから連絡が来ています][yes/no]

 驚きつつもyesを押すと最近聞き慣れた声が聞こえてくる。

〔あー、あー。
 もしもーし、お兄ちゃん、聞こえてる?〕
〔あぁ、聞こえてるよ。
 この後挨拶に向かおうと思っていたんだけどな〕
〔いらないわよー。
 一昨日の内に契約は切ったし、
 連絡はカティナ様のお陰で出来るようになったしね。
 これで心置き無くアクアとお喋りができるわ!〕

 目線をカティナに戻すとまだニヤニヤしていた。
 多分セリア先生とノイにも、
 同じような物を渡しているのだろうな。
 別れ際の態度から夜に開けるようにとか言われているんだろ。

〔俺としてもこのままスィーネと離れてしまうのは、
 少し思うところもあったし、すごく心強いよ。
 時々アドバイスを求めて連絡すると思うからよろしくな〕
〔はいはーい。また会いましょうね〕

「お兄さん?どなたからだったんですか?」
「スィーネからだったよ。
 おそらくセリア先生とノイにも贈ってると思うよ。
 そうだろ、カティナ」
『まぁ、贈りましたケドネ。
 同じケースに入れて、次の街で開けるように伝えてマスカラ、
 使い方はあちしの方で伝えておきマスデスヨ』
「心遣いには感謝するけどな。ありがとう」
『もし、仲間が増えたら連絡くださいデスネ。
 新しい端末を用意しておきマスカラ!』

 アクア達もひとまず満足したのか、
 切電してこちらに交わる。

「じゃあ、そろそろ行くよ。
 本当に世話になった、ありがとう」
「また会いましょう」
「こちらは大事に使わせていただきます」
『まったね~』
『また、連絡しますね』
『こちらこそ、会えて良かったデスカラ!
 また会う日までお元気で!』

 こうして、ポルタフォールでの10日間は終わりを告げた。
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