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第02章 -大滝の都ポルタフォール編-
†第2章† -08話-[大滝の都ポルタフォールの水難事情:3日目後編]
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―17:32
「お兄さん!みんな!無事ですかっ!?」
「ご主人様っ!」
「い、いまはどういう状況になっていますかっ!?」
「私はギルドへ戻ります、手が必要になったらまた声をかけてください!」
俺がアクアとスィーネに依頼をして、
水レンズを2枚展開して、その場にいる人々と共に上空を観察していると、
町長邸組が帰って来た。
あの甲高い音はこの一帯に響き渡ったはずだから、
それに気付いて急行したようだ。
俺は顔も向けずに上空にある亜空間入り口に刺さるナイフを見続ける。
「いまは無事だが、これから無事ではなくなると思うよ」
「どういう状況なんですか?」
平坦な俺の声音に落ち着きを取り戻してアルシェが聞きなおしてくる。
やっと視線をアルシェ達に向けてから俺は先程まであった出来事を伝えた。
「そんな・・・お兄さんが居たのに犠牲者が出たのですかっ!?」
「俺は超人じゃないんだよっ!
あの魔神族の能力を考えればいまの俺達じゃ瞬殺される!」
「お2人とも落ち着いてください。その魔神族は私が見た魔神族でしょうか?」
「いや、違うと思う。
指示されていると言っていたし、体にラインもなかった。
登場も退場も自分の能力を使ったもので、常に空に浮いていたしな」
『あの魔法は何かしらね。
[アポーツ]なんて聞いたこともないのだけれど』
「・・・アルシェ達も聞いた事はないか?」
「えぇ、私たちも初耳の魔法です」
「同じく収集した情報の中にもありませんでした」
「・・・はぁ。わかった。
カティナ、上はどうだ?」
『うーん、どうも時空に干渉するナイフのようデスケドォ、
じわじわとヒビが入り始めてマスカラ、
あの分だと1時間くらいで亜空間の入り口が割れて中身が落ちてくると思いマスカラァ』
「「「「「「1時間っ!?」」」」」」
この場には俺達以外にも避難を拒否した住民や冒険者が多く見守っていた。
盗み聞きするつもりはなくとも、皆がアクア達が展開したレンズを覗こうと集まっていた。
「1時間か・・・すぐに手を打たないといけないな。
ギルドの大部屋へイセト氏、商人、冒険者のリーダーを集めてくれ!」
「「はい!」」「「「「応よ!」」」」「「「「「わかった!」」」」」
* * * * *
ー17:51 残り時間50分
割と早くみんなが集まってくれた。
状況の説明は先に来た人から順に案内済みで、すぐに対策会議が開かれた。
「で、どうすればいいんですかっ!?」
イセト氏が俺に向かって他力本願な事を言い出した。
周りを見ると何故かみんながみんな俺に視線を向けている。
あれ?対策会議じゃなくて俺の作戦を実行するのが決まっているのか?
「えっと、俺だけじゃなくて皆で対策案とか出し合いたいんだけど・・・」
「はっきり言いますが、今回の騒動の解決にひ・・水無月(みなづき)殿の力がなければ何も出来ずにポルタフォールは沈んでいました。ここまで頼りっきりなのは重々承知しています!ですが、我々だけではどうしようもないのです。
どうか、お力をお貸しください!」
「・・・俺たちも気持ちとしては全く同じだ。
頼りっきりは良くないとは思うが、お前さんが来てから状況は一気改善に向かった。
これは事実で上の代物も俺達だけじゃ街を守りきれない」
「話は聞かせてもらいました。
ここまで持ち直せたのは奇跡のようなものだと思っています。
ですが、我々の生まれ育った街を、もう一度お助けください・・・」
イセト氏、冒険者、商人。
こいつらも先程まで俺の胸にあった無力感を感じているのだろう。
俺は魔神族に、彼らは上空の亜空間に。
「・・・・」
「お兄さん。案は考えてあるのでしょう?
待っている間ずっと目を閉じていましたし、
今のお兄さんの目・・・集中している時の眼ですよ」
時間もないし、やるしかないのだろう。
妹にもここまで見透かされているし、俺も覚悟を決めないといけない。
街の地図に視線を向けると皆も釣られて視線を落とす。
「水はこの3本の大通りを通して逃がそうと思います」
「どうやって一気に落ちてくる水を道へ逃がすのですか?」
「上から降ってくる大量の水はうちの精霊で3つに分けます。
これには無理をさせますし、魔力を大量に消費しますから、
まず、マナポーションが大量に要ります」
「他に必要な物はありますか!?」
「道は壁で補強しますが、念の為その裏に重い物を集めておきたいです」
「わかりました!では、我々はお先に失礼します!」
碌な説明も聞かずに出て行ってしまう商人達。
それだけ切羽詰っているのだろう。実際時間はない。
「冒険者の方々にはマナタンクとして精霊の周りに集まってもらいます」
「じゃあ俺達はさっきのマナポーションを飲み続ければいいのか?」
「そうなります。
ただし、戦士の方々は一気に吸われて気絶する可能性があるので、
避難していない住民と共に荷物の運搬、補修をお願いしたい。
魔法使いの方々がメインタンクです。
落水まで戦士が、落水後は魔法使いが頑張るって事です」
「了解した!俺達は先に動くぞ!
お前らはこれからのことを聞いておいてくれ!」
「お前らも頑張れよ!」
「ちょっと待ってくれ!
ノイを連れて行ってくれないか?
街の中央に連れて行ってくれればいいから」
「中央だな。わかった」
「ノイ、道に沿って壁を張れるよな」
『やらないといけないんですよね?
ボクしかできないのなら全力で頑張りますです!』
ノイを連れて、戦士達も席を立って出て行った。
残るは俺達とイセト氏。
「あとの作戦は・・・」
* * * * *
ー18:23 残り時間20分
中央に到着すると、イセト氏が指示を出していたのか、
街中の排水口を冒険者や住民が開いて回っていた。
ノイによる大通りの壁張りも完了していて、ぐったりしているノイを発見する。
そっと拾い上げて、肩に乗せておく。
イセト氏とセリア先生に目で合図をして混乱しないように声掛けを行ってもらう。
「町長代理のイセト=ルブセスです!
いまから街の中央に水が集まりますが上空にある水を外へ逃がすための下準備です。
大通り向きに流れますのですぐに避難をお願いします!」
「よし、やるぞ3人共!」
『あーい!≪氷纏(まてりあらいず)≫』『難しいけど、頑張るわ!≪氷纏(マテリアライズ)≫』
「はい!≪アイシクルウェポン≫シフト:セイバー」
アルシェが用意してくれた氷剣を手にして、俺は街の高い場所へと移動を開始する。
制御力向上の為に変身した2人の水精霊が手を合わせて制御を行うのを見守る。
と、2人を水色の幕が覆い排水方向にある排水口から水が次々と吹き上がる。
やがてひと塊になり、徐々に中央へと近づいていく。
「≪アイシクルエッジ≫セット:氷剣(ショートソード)」
俺も準備態勢に入る。
水は中央へと辿り着くと形を少しずつ変えていく。
口は大口に、受け流せるように湾曲させて、道に沿わせる。
『(いいわよっ!)』
スィーネから合図が来た。
中央に居るアルシェにはアクアから合図が来たのだろう。詠唱を開始する。
「≪ホワイトフリーズ!≫」
「≪氷竜一閃(ひょうりゅういっせん)!≫」
水量が多い為、前から俺の氷竜が凍らせていき、
後ろからは物体を凍らせる白い霧をアルシェが放ち、さらに凍らせていく。
「さっむ!!!」
「うわあああああああ!!」
余波に当てられた冒険者達が騒いでいる。本当に申し訳ない。
だが、これで受け皿は出来た。
「(次に行くぞ)」
『『はーい』』
制御を切った2人は極限の集中から開放されて、念話ではなく声を出して返事をした。
「あ、次ですか?」
『えぇ、次はこっちの大通りね』
『ますたーのいどうがおわったらやるよ~』
「わかりました。2人は今のうちに私から消費した魔力を摂取してくださいね」
『魔力の一気食いって気持ち悪くなるのよねぇ』
「その辺は人間と変わらないですね(苦笑)」
アルシェがインベントリからマナポーションを取り出して飲んでいる間に移動を行う。
俺の魔力を吸収して多少元気になったノイに助けてもらい、
道を無視して建物の間をひょいひょいと移動する。
「重力制御もだいぶ慣れてきたな」
『練習よりも実践で使うほうが経験になるですからです』
「時間までに回復できそうか?」
『一気食いすれば・・・属性一致の魔力じゃないから美味しくはないですけど』
「そりゃすまんね」
いくつかの建物の屋根を飛び越えて目的の位置へ到着した。
「(着いたぞ)」
『(わかったわ、始めるわよ)』
『(あーい)』
先程と同じく水が吹き上がりひと塊になる。
ただし、さきの水量より少なくなっており移動速度の速い。
設置箇所へ到着するとまた形を整えていく。
今回と次回の2回は、滑り台を作るだけで済ませるので形成もすぐ終わる。
『(いいわよ)』
「≪ホワイトフリーズ!≫」
「≪氷竜一閃(ひょうりゅういっせん)!≫」
こちらも同じく凍らせる。
もちろん手加減して放ったがやはり冒険者の悲鳴が聞こえてきた。
あと1回だ。
* * * * *
ー18:45 残り時間0分
全員配置に着いて準備は万端だ。
もういつ割れて落ちてきてもおかしくはない。
いまは大きめにレンズを張って皆で上空を見守っている状態だ。
「アルシェ、大丈夫か?」
「ちょっと緊張してます」
「俺もだよ。皆も同じだと思うよ」
周囲に目を向けると視界に入る全員が苦笑していた。
それはそうだ。準備はみんなで行いはしたが、
ここからはアクアとスィーネに任せることになる。
人間にとってはあまりお目にかかる機会のない存在に、
全て任せるというのはやはり不安材料になる。
それでも、受け皿を造る際に見せた制御で期待もしているって感じだな。
『あちし達は何も出来なくて申し訳ないデスカラ』
『クーも何かしたいです』
「精霊毎に得て不得手があるのは仕方ないよ。
その分事後処理に頼らせてもらうよ」
『デスネ!いまはノイのタンクとして頑張りますデスカラ!』
『クーは・・・』
「タンク出来るほど魔力を貯められないからね、仕方ないさ。
そうだなぁ・・・冒険者が壁の補修をする予定になっているんだけど、内側は少数で回す事になっている。
調査にメリーが着くんだけど、分担して負担を軽くして上げて」
『わかりました!』
「お兄さん、始まりましたよ」
視線を上空に戻すと確かにナイフが刺さった部分から徐々に破片が剥がれ始め、
隙間から水も洩れ始めた。
「レンズはもういい。3人共準備に入れ」
すぐに制御を切ってレンズは消える。
みんなも消えた意味を理解してか、少しざわついている。
俺も準備の為にアクア、スィーネと手を重ねて準備に入る。
本来考えていた作戦は2人にまかせる予定だったが、
俺も加わってシンクロを行う実験をしたところ、
スィーネの負担が軽減できることがわかったのである。
「皆で[ポルタフォール]を守りきりましょう!」
イセト氏の声を皮切りに、亀裂が一気に砕けて本格的な落水が始まった。
* * * * *
ー18:51 落水開始
肉眼で落ちてくる水が見えるようになった。
サンドボックス型のゲームと考えれば怖くはないかな。
マグマなら本気で逃げ出すところだが。
「制御に入ります!各員、あとはよろしくお願いします!」
『『≪氷纏(マテリアライズ)≫』』
「『シンクロ!』」
俺とアクアは瑠璃色のオーラを纏い、
アクアとスィーネが制御の体制に入ると、俺達3人を膜が覆う。
2人でやった時は水色だったが、今はそこに瑠璃色が入り、まだら模様となる。
受け皿に触れる前に落ちてきた巨大な水の柱は3つに分かれた。
1つはそのまま落ちて受け皿を通し1番大通りに流れ込む。
担当はセリア先生、ノイの2人で対処する。
受け止める際の衝撃を和らげる為にノイが常に重力を制御して軽くする、
受け止めきれずに皿から逃げた水をセリア先生の風制御で皿内に収める。
2つはそのまま分かれて、
残り2つの2番・3番大通りに設置した滑り台に流れこみ、
次々と大通りを駆け抜けて大穴へと流れ出ていく。
アクアとスィーネの制御は滑り台までであるが、
流れ続ける限りこの制御を保たなければならない。
受け皿は1/3の水量しか受け取れないし、
1つの通りで逃がすには水量が多過ぎる。
アルシェは受け皿と滑り台の損耗を凍らせて補修する。
かなりの速度で受けるのでどんどんと消耗していってしまう為、
アルシェの補修次第では瓦解する可能性もあるのだ。
念の為メリーには大通りを行ったり来たりしてもらう。
俺達が居るのは柱の真下である為、大通りの状況がわからないので、
メリーには壁の破損がないか確認してもらい、もし発見したら冒険者を向かわせる手筈になっている。
『思ったほど厳しくもないわね・・・』
「その割には顔が険しいぞ。慣れるまでは集中しておけよ」
強がるスィーネより未熟なアクアは、
喋る余裕も無いほどに歯を食いしばって頑張っている。
魔法使いは6人おり、
気絶しないように満遍なく魔力吸収が始まる。
「ぐおっ!?マジかよ・・・、
予想よりも全然多い魔力を持っていかれるぞ」
「この感覚なら10分毎に1本飲めばいいわね」
「タプタプになっちまうよっ!?」
(冒険者うるせぇ!!集中させろ!!)
* * * * *
-19:00 落水継続
「流石に水精霊といっても、
この水量の制御は難しいですわよね。
分かれた辺りから風を巻かないと皿から出てしまいますわ」
並々と受け皿に貯まる前に大通りへと流れていく水に目をやる事もなく、
セリアは作業に殉じていた。
言葉ではこう言っているが内心は穏やかではなかった。
いまこの水の柱を制御して街を救おうとしているのは、
受肉真近の純粋精霊と、
受肉はしているが1度しか進化していない幼い精霊達なのだ。
確かに未熟なれどよく頑張っている、いや、
自身の許容量を超えて本当に頑張っている。
もし自分が水精霊だとしても、
10分程度で浮遊精霊に魔力を捧げきってしまうだろう。
大精霊一歩手前の自分ですら、諦めてしまう状況だろう。
「やっぱり間にいる水無月(みなづき)君の影響かしら」
制御を分担したり、
見境なしに魔力を食べるのも、
本来の精霊では有り得ないことだった。
まず、成長の為の魔力摂取をそんな事で利用しない。
不味い魔力を食べる意味が無いからだ。
では、何故か?
「マスターの命令だから・・・ではないのでしょうね。
彼女たちを見ていればわかる気がするもの。
本当に愛してもらえている。
それに応えたいって所ですわね」
少し天狗になっていた。
純粋な生き方で人より遅い成長をした自分と、
異質な生き方で人より早く成長をする彼女達は・・・
「・・・どちらが幸せなのでしょうね」
* * * * *
-19:10 落水継続
『これってノイの重力制御がなくなったらどうなるデスカ?』
『もちろん受け皿が壊れて作戦は失敗するです。
あとの2本もアクア達が着地するまでしっかりと制御して衝撃を逃がしてるです』
『結構魔力吸われるデスケドォ』
『必要魔力です』
自然落下で受け皿に流し込んでいる1番大通りは、
重力制御で衝撃の緩和をしないと石畳は砕け、
造った壁も越えて街を蹂躙することだろう。
その被害を抑える為にノイの役割は重大だった。
『マスターに会ってから大変な目にしかあってないです。
キュクロプスにしろ、この水災にしろ・・・』
『逆に考えればいいデスカラ!
大変な目にあっちゃってもいいですって』
『嫌です。
ボクだけ損してるの知ってますです?
アクアやクーはマスターからの魔力で成長出来るですけど、
ボクにとっては普通の魔力です』
『ミナヅキのアニキだって与えられるなら与えたいと思ってるデスヨ。
いまが耐える時デスカラ。
というか、ノイはアニキの正式な契約精霊になるんデスカ?』
『え?ならないですよ?
今でさえ大変なのにマスターの契約精霊なんてごめんです。
なんでそんなことを聞くです?』
『・・・ノイもまだ子供デスネ』
本人は無意識なのか、ノイの拗ねた声音を聞きながら苦笑するカティナ。
カティナもセリアと同じく純粋培養の精霊で、
同じく大精霊のひとつ下の格であった。
ゆえに、考えることも似通っていた。
『精霊の命は長いデスケド、
人間の命は短いのデスヨ。
年長者としてはもっと素直になったほうがいいと思いマスカラ』
『・・十分素直な気持ちです』
心なしか魔力の吸引が上がった気がする。
彼女なりの反抗なのだろうけれど・・・
『ちょ、ちょとノイ!?早い!早いデスカラ!!』
* * * * *
-19:20 落水継続
忙しい。
スィーネの指導を勝手に受けた影響で、
確実に制御力は上がっている。それは確かだ。
お陰で氷の台に触れば、
どれほど解けてしまっているかわかるようになっている。
「もう、こんなに解けている・・・」
始まった直後はここまで解ける速さは速くなかった。
繰り返す度に自分の無力さを痛感していく。
魔法を放てば1回で持ち直すだろう、
しかし、余計な所まで凍らせてしまう可能性が高く、
そうなるとみんなの今までの頑張りが無駄になってしまう。
だから浮遊精霊に魔力を捧げて、
少しづつ細やかに補修せざるを得なかった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
最後にマナポーションを飲んでどれくらい経っただろうか。
作戦前にお兄さんに感情的に言葉をぶつけた、
あの言葉が、あの返しが頭に過ぎっては消える。
そう、顔。あのお兄さんの顔は・・・お父様と同じ顔。
あの時のお父様と同じ・・・。
「はぁ、はぁ、はぁ」
私もいま同じ顔をしているのでしょうか。
いまの自分に何処か満足していた。
お兄さんのお陰で守られるだけじゃなくなった。
そう思っていた、でも現状は!
こうして息を荒らげて少しづつ魔力を削られている。
もっと、もっともっと!早く動いてよ!
私よりも頑張っている子達がいるのっ!
力不足を嘆いていられないのっ!
与えられた役割くらい全うしたいのっ!
* * * * *
ー19:40 落水継続
「1番大通りの右壁3つ目の通路と5つ目の通路に破損があります。
水が洩れ始めているの補修をお願いします」
「了解!」
『2番と3番は変わらず問題ありません』
「じゃあ、1番の手伝いに俺行ってくるわ」
「あいよー」
落水から50分。
もう街中を何週したかわかりませんが、
水精霊の2人が担当している大通りは流石の一言に尽きますね。
1番に比べて破損が少ないので冒険者も交代で修復に行く事が出来ている。
「では、また行って来ますので」
『クーも行きます』
「おいおいメイドさんと猫ちゃん。いい加減休憩した方がいいんじゃないか?休み無しで動きすぎだよ」
「そうね、飛沫で服も水を吸っているみたいだし。
せめて乾かす時間くらい・・・」
「いえ、主たちが休めない状況で私だけ休むわけにはいきません。
お言葉は嬉しく思いますが、ここが私の戦場なのです」
『クーもお父さまとお姉さまが頑張っているうちは休めません』
何箇所か民家を間借りして、
冒険者や元気な住民が交代で壁の破損を確認して回っているが、
全部をカバーすることは出来ない。
外周を動ける冒険者や住民が駆り出され、
常に点検補修を人海戦術で行っている。
内側は点検をメリーとクーが、4人の冒険者と3人の住民が補修を担当していた。
屋根伝いで個人的に動き回れるメリー達は稀有な存在であり、
普通の冒険者は防具を脱いだとしても飛び回り走り回ることなど出来ない。
それこそ、彼女の戦場はこの場所であった。
彼女の担当は1番大通りの内周。外周よりは短い距離ではあるが、
人間であるメリーは夜目がそこまで利かないので、
松明が消えない速度で走っている。
夜目も聞いて夜の時間帯は能力があがるクーは常に[闇纏(マテリアライズ)]をして、
2番と3番大通りの内周を担当していた。
* * * * *
―19:50 落水から1時間
2人は俺の魔力を使わないように、
周囲に配置された冒険者から魔力を吸い上げているようだ。
すでに3人の魔法使いがマナポーションの回復が間に合わず気絶してしまっている。
「(全員、魔力状況報告してくれ)」
『(あくあ、はんぶんたもってる~)』
『(スィーネ、ちょっと使いすぎていると思うわ)』
『(ノイ、カティナ様のおかげで問題ないです)』
『(クー、消費なし)』
『(あるがいきぎれしてる)』
「(よし、アルシェが厳しめだな。
俺達側の1台の補修はこっちで出来ないか?)」
『(一瞬切って[氷纏(マテリアライズ)]すれば、慣れてきた今なら出来なくはないわ)』
シンクロはまだ保たれたままだが、
自己ブーストの[マテリアライズ]は30分を過ぎた頃に切れてしまった。
「(俺とアクアで制御の出力を上げるからその間に纏ってくれ)」
『(了解。すぐ済ませるからね、頑張れアクア!)』
『(あい~!)』
始めは声を出す余裕のあったスィーネですら疲労から念話で会話をする。
制御からスィーネが離れた直後に一気に脂汗が吹き出てくる。
シンクロがスィーネの負担を軽減するとはいえ、
かなりの負担をさせていたようだ。
後ろにいた魔法使いがまた1人気絶して後方へ下げられる。
しかし、すぐに負担は軽くなり安堵する。
『(おまたせ。ありがとアクア)』
『(どういたしまして~)』
「(俺も頑張ってますよ)」
『(戦闘ならいいけど、今の状況じゃお兄ちゃん完全にブースターじゃない)』
「(生意気言いました。アルシェに1つはこっちで対応するって伝えてあげて)」
『(あーい)』
『(出来れば2つとも制御したいところだけどね)』
「(冒険者を4人使い潰しているんだから無茶出来ない)」
気を緩めれば制御が甘くなり、
途端に頭上から水が落ちてくる。
すでに何度か被っているので水濡れはもう気にしないけど、
失敗しているみたいで面白くないから再び瞑想に入る。
少しすると誰かが駆け寄ってきて、すぐ傍にしゃがむ気配を感じた。
「水無月(みなづき)殿、耳だけ傾けて下さい。
ギルド経由でアスペラルダ支店に連絡を取って、
あちらの減った水嵩の総量を確認してきました。
計算などで時間は掛かりましたが、
この調子ならあと20分程でこの水は止まる計算です。
もう少しです、頑張ってください」
いきなり現れたイセト氏が言いたい事だけ伝えて、
すぐさまどこかへ行ってしまう。
しかし、もたらされた情報に光明を見た。
正直に言えばいつ終わるとも知れない落水に不安は感じていた。
マナタンク役の魔法使いはいま、魔力総量の高い2人しか残っていない。
本来は満遍なく6人から吸い上げていたので、
ここまで2人への負担が増えては長く持たない。
あと20分頑張れば報われるのだ。
どうにか受け皿で受け止められる水量まではなんとかして繋ごう。
「(あと20分だそうだ。最後まで気張って行こう!)」
『『『『『「はい!」』』』』』
* * * * *
ー20:28
そして、
運命の時間が訪れた。
すでに魔法使いは誰もいなくなっており、
つい先ほど2人同時に気絶してしまった。
『(制御する水も結構少なくなってきたわね)』
「(どんなもんだ?どこまで抜いていい?)」
『(うーん、ますたーはいらないかな?)』
『(そうね、あとはどんどん減る一方だしシンクロはいいわ)』
「(わかった。アルシェの補修はどうする?)」
『そっちももう大丈夫よ。この調子なら十分持つわ』
「よし、解いたら離れるからあとはよろしくな」
『まかせなさい』『まかせろ~』
スイッチを切るようにシンクロを手放す認識で解除する。
俺と繋がっていた2人の手を重ねてから立ち上がり、
周囲を確認すると情報は共有されているようで皆水量を気にしていた。
体が固まっているので腰を捻ったり反らせると小気味良い音が鳴る。
「元の1/3の水量まで減ったら制御は切っていいからな。
今のうちに魔力を俺から吸収しておけ、ポーションは持ってるから」
2人に一声掛けて、頭を撫でておく。
途端に魔力が減っていく感覚を感じる。
水量が減ったとはいえ2人分の吸収は結構なお手前で、
マナポーションを3本がぶ飲みしたところで止まった。
「じゃあ離れるけど、切る前に魔力が厳しくなったら声を掛けてくれ」
『『はーい』』
2人の元を離れて中央へ向かうと、すぐに目に入るのはアルシェであった。
俺達は水のライディングをする必要があるので、
周囲の見晴らしが良い建物の上で制御していた。
だから中央の地上で動いていたアルシェの姿は久し振りに見たわけだが、
はっきり言ってそのまま死んでしまうのではないかというくらい疲弊していた。
「アルシェ、もう補修はいいぞ。お疲れ様」
声を掛けたにも関わらずアルシェは補修作業を止めなかった。
無視をしたというより聞こえていないように見えるので、
いわゆるトランス状態なのかもしれない。
アルシェの腕を掴んで再度声を掛ける。
「アルシェ、お疲れ様。もう休んでいいぞ」
「あ、お兄さん・・・もう大丈夫なんですか?」
「あぁ、もう落水の量もかなり減っているから、
補修作業も終わってしまって大丈夫だそうだ」
「そう、ですか。
私は最後まで立っていられましたか・・・」
「おっと」
俺を認識してやり遂げたことを理解してから、
フッと意識を手放したアルシェを受け止める。
今回はかなり無理を強いてしまった。
俺はもちろんの事、みんなの自力を上げないと同規模の騒動が起こった場合にまた無理をさせることになってしまう。
アルシェをおんぶして今後のことを考えながらギルドへと向かう。
* * * * *
ー20:42
ギルドに到着した頃にはみんなから報告が上がってきていて、
スィーネとアクアは制御を切り休憩中、
セリア先生とカティナとノイは作業を止めて上空へ、
クーとメリーはすでに俺と合流している。
「私はアルシェ様を寝台へ運んで来ます」
「あぁ、頼む。そのまま傍にいてあげてくれ。
何かあれば誰かを向かわせるから」
「かしこまりました」
メリーもかなりの疲労を溜め込んでいるはずなのに、
顔に出さずにアルシェをギルドの奥へと運んでいく。
クーも無理をしたのか俺の首周りにくっついてだらりとしている。
喋る元気もないようだ。
改めてカウンターにいるアインスさん達に声を掛ける。
「みなさん、お疲れ様です」
「水無月(みなづき)様、お疲れ様です。
状況は落ち着きましたか?」
「はい、うちの精霊たちも休憩に入ってますので、
あとはいま確認に上がっているメンバー次第になります」
「わかりました。
ひとまずは・・・お疲れ様でした」
「それは皆に言ってあげてくださいよ」
「フフフ、そうですね」
実際のところ落水は完全に止まってはいない。
蛇口から出てくる程度の水が今も流れ落ち続けている。
その原因と亜空間の調査の為に3人は上空に上がって行った。
長時間のシンクロのおかげで俺もかなり疲れてしまって、
眠気がヤバイレベルであるが、ここでこの災害・・・実際は人災だったわけだが、
これにトドメを刺してから安心して眠りたい。
あれからどれほど経っただろうか。
俺の座っているソファにはスィーネとアクアが追加され、
今回の事案に対処した主要メンバーはギルド内に集まっていた。
次々と顔を出す冒険者やイセト氏にお互いの健闘を讃えあっていたが、
少しすれば疲れが表立ってきて皆静かにカティナ達の帰還を待つことになった。
* * * * *
ー21:19
バンッ!!!
うとうとしていたら、戸を開ける大きな音で目を覚ます。
眠気眼で戸を開いた人物を確認したらカティナであった。
『アニキィ、亜空間を確認してきたデスカラ!
目を覚ましてしっかり耳の穴かっぽじって聞いて欲しいデスケドォ!』
『カティナ少し静かにしなさいな。みんな疲れているんですのよ』
『目覚ましには良いのです』
三者三様とはこのことか。
とりあえずノイの言う通り、
カティナの発声で寝そうだった俺を含むみんなの目が覚めたのは確かだ。
ノイはそのまま俺の元へ飛んできて肩口に引っ付いてきた。
『報告いたしますわ』
「お願いします」
みんなを代表してイセト氏が前に出て聞く姿勢を取る。
『まず、水を転送していた魔道具を発見しましたわ。
これはカティナが内蔵魔方陣の一部を消すことで転送を止めたので、
もう落水の心配はありませんわ』
『次に亜空間デスケド、
造りとしては袋のイメージした物で、
水量が増えればその分大きくなっていくタイプだったデスネ』
「それは放置していた場合どうなっていましたか?」
『いえ、どちらにしろ魔神族の者が同じく穴を開けて落水したことでしょう。
おそらくあの時が内部要領の限界だったのではと推測いたしますわ』
「亜空間はどうなっているんです?」
『中の水が出るのに合わせて空間は収縮、
最後にこの魔道具が嵌まっていたので回収したら、
そのまま消えてしまったデスカラ。
いま上空には何もなくなってしまっていますデスネ』
「け、結論としては?」
『・・・解決したしましたわ』
「「「「「「よっしゃあああああああああ!!!!!!」」」」」」
今度こそ解決した!もう限界だ!俺は寝るねっ!
せめて宿に戻ってベッドで寝たい。
「本当にお疲れ様。
今後の細かい事は明日決めるって事でいいですか?」
「はい、今日はお休みになって明日のお昼に、
各リーダーを集めて報告などをしてもらおうと思います」
「わかりました。
イセト氏もこれで町長になれますね。
もし、えっとぉ・・・名前は忘れましたが、
現町長が帰ってきても好き勝手には出来ないでしょう」
「まぁ、あとはなるようになるですから。
水無月(みなづき)殿たちもお疲れ様でした。今日はぐっすり眠ってください」
「はい、ではおやすみなさい」
イセト氏が町長邸に帰っていくのを見送り、
パーティーメンバーに声を掛ける。
「みんなはどうする?
俺は宿に戻ろうと思うけど」
「私も戻りますわ。
いまなら衣も着てますから水無月(みなづき)君の機動力についていけますし」
『あちしはギルドにまたお泊りデスネ』
「メリーはアルシェを連れてきてくれ」
「もうお連れしています」
意識散漫でメリーがアルシェを連れてきている事に気付いてなかった。
『私もお兄ちゃんの宿に行ってもいいの?』
「いいと思うけど、どこで寝るよ?」
『みんなと一緒に寝たいわ』
「精霊達がこの状態なら俺と一緒かな。
主人に話せば大きい部屋に移してもらえるかな。
じゃあ今日はこれで終わりだ。
カティナ、お疲れ様。おやすみ」
『アニキィもみんなもお休みデスカラぁ~』
帰りは当然アクアチャージで宿まで帰り、
主人に部屋を相談したら、夫婦用のベッドが大きい部屋へ通された。
風呂に入る元気がないので汚すことを謝罪すると、
笑って気にしないで欲しいといわれた。
主人に感謝して着る物だけ変えて、ベッドへもぐりこむ。
今頃女性陣もすぐにお風呂に入るなどは頭になく、
ベッドへ潜り込んでいることだろう。
俺の枕の左右にノイとクーが丸くなり、
俺の体の左右にアクアとスィーネが俺にくっついて眠り始める。
体の火照りに丁度良い涼しさを感じながら意識を手放すのであった。
「お兄さん!みんな!無事ですかっ!?」
「ご主人様っ!」
「い、いまはどういう状況になっていますかっ!?」
「私はギルドへ戻ります、手が必要になったらまた声をかけてください!」
俺がアクアとスィーネに依頼をして、
水レンズを2枚展開して、その場にいる人々と共に上空を観察していると、
町長邸組が帰って来た。
あの甲高い音はこの一帯に響き渡ったはずだから、
それに気付いて急行したようだ。
俺は顔も向けずに上空にある亜空間入り口に刺さるナイフを見続ける。
「いまは無事だが、これから無事ではなくなると思うよ」
「どういう状況なんですか?」
平坦な俺の声音に落ち着きを取り戻してアルシェが聞きなおしてくる。
やっと視線をアルシェ達に向けてから俺は先程まであった出来事を伝えた。
「そんな・・・お兄さんが居たのに犠牲者が出たのですかっ!?」
「俺は超人じゃないんだよっ!
あの魔神族の能力を考えればいまの俺達じゃ瞬殺される!」
「お2人とも落ち着いてください。その魔神族は私が見た魔神族でしょうか?」
「いや、違うと思う。
指示されていると言っていたし、体にラインもなかった。
登場も退場も自分の能力を使ったもので、常に空に浮いていたしな」
『あの魔法は何かしらね。
[アポーツ]なんて聞いたこともないのだけれど』
「・・・アルシェ達も聞いた事はないか?」
「えぇ、私たちも初耳の魔法です」
「同じく収集した情報の中にもありませんでした」
「・・・はぁ。わかった。
カティナ、上はどうだ?」
『うーん、どうも時空に干渉するナイフのようデスケドォ、
じわじわとヒビが入り始めてマスカラ、
あの分だと1時間くらいで亜空間の入り口が割れて中身が落ちてくると思いマスカラァ』
「「「「「「1時間っ!?」」」」」」
この場には俺達以外にも避難を拒否した住民や冒険者が多く見守っていた。
盗み聞きするつもりはなくとも、皆がアクア達が展開したレンズを覗こうと集まっていた。
「1時間か・・・すぐに手を打たないといけないな。
ギルドの大部屋へイセト氏、商人、冒険者のリーダーを集めてくれ!」
「「はい!」」「「「「応よ!」」」」「「「「「わかった!」」」」」
* * * * *
ー17:51 残り時間50分
割と早くみんなが集まってくれた。
状況の説明は先に来た人から順に案内済みで、すぐに対策会議が開かれた。
「で、どうすればいいんですかっ!?」
イセト氏が俺に向かって他力本願な事を言い出した。
周りを見ると何故かみんながみんな俺に視線を向けている。
あれ?対策会議じゃなくて俺の作戦を実行するのが決まっているのか?
「えっと、俺だけじゃなくて皆で対策案とか出し合いたいんだけど・・・」
「はっきり言いますが、今回の騒動の解決にひ・・水無月(みなづき)殿の力がなければ何も出来ずにポルタフォールは沈んでいました。ここまで頼りっきりなのは重々承知しています!ですが、我々だけではどうしようもないのです。
どうか、お力をお貸しください!」
「・・・俺たちも気持ちとしては全く同じだ。
頼りっきりは良くないとは思うが、お前さんが来てから状況は一気改善に向かった。
これは事実で上の代物も俺達だけじゃ街を守りきれない」
「話は聞かせてもらいました。
ここまで持ち直せたのは奇跡のようなものだと思っています。
ですが、我々の生まれ育った街を、もう一度お助けください・・・」
イセト氏、冒険者、商人。
こいつらも先程まで俺の胸にあった無力感を感じているのだろう。
俺は魔神族に、彼らは上空の亜空間に。
「・・・・」
「お兄さん。案は考えてあるのでしょう?
待っている間ずっと目を閉じていましたし、
今のお兄さんの目・・・集中している時の眼ですよ」
時間もないし、やるしかないのだろう。
妹にもここまで見透かされているし、俺も覚悟を決めないといけない。
街の地図に視線を向けると皆も釣られて視線を落とす。
「水はこの3本の大通りを通して逃がそうと思います」
「どうやって一気に落ちてくる水を道へ逃がすのですか?」
「上から降ってくる大量の水はうちの精霊で3つに分けます。
これには無理をさせますし、魔力を大量に消費しますから、
まず、マナポーションが大量に要ります」
「他に必要な物はありますか!?」
「道は壁で補強しますが、念の為その裏に重い物を集めておきたいです」
「わかりました!では、我々はお先に失礼します!」
碌な説明も聞かずに出て行ってしまう商人達。
それだけ切羽詰っているのだろう。実際時間はない。
「冒険者の方々にはマナタンクとして精霊の周りに集まってもらいます」
「じゃあ俺達はさっきのマナポーションを飲み続ければいいのか?」
「そうなります。
ただし、戦士の方々は一気に吸われて気絶する可能性があるので、
避難していない住民と共に荷物の運搬、補修をお願いしたい。
魔法使いの方々がメインタンクです。
落水まで戦士が、落水後は魔法使いが頑張るって事です」
「了解した!俺達は先に動くぞ!
お前らはこれからのことを聞いておいてくれ!」
「お前らも頑張れよ!」
「ちょっと待ってくれ!
ノイを連れて行ってくれないか?
街の中央に連れて行ってくれればいいから」
「中央だな。わかった」
「ノイ、道に沿って壁を張れるよな」
『やらないといけないんですよね?
ボクしかできないのなら全力で頑張りますです!』
ノイを連れて、戦士達も席を立って出て行った。
残るは俺達とイセト氏。
「あとの作戦は・・・」
* * * * *
ー18:23 残り時間20分
中央に到着すると、イセト氏が指示を出していたのか、
街中の排水口を冒険者や住民が開いて回っていた。
ノイによる大通りの壁張りも完了していて、ぐったりしているノイを発見する。
そっと拾い上げて、肩に乗せておく。
イセト氏とセリア先生に目で合図をして混乱しないように声掛けを行ってもらう。
「町長代理のイセト=ルブセスです!
いまから街の中央に水が集まりますが上空にある水を外へ逃がすための下準備です。
大通り向きに流れますのですぐに避難をお願いします!」
「よし、やるぞ3人共!」
『あーい!≪氷纏(まてりあらいず)≫』『難しいけど、頑張るわ!≪氷纏(マテリアライズ)≫』
「はい!≪アイシクルウェポン≫シフト:セイバー」
アルシェが用意してくれた氷剣を手にして、俺は街の高い場所へと移動を開始する。
制御力向上の為に変身した2人の水精霊が手を合わせて制御を行うのを見守る。
と、2人を水色の幕が覆い排水方向にある排水口から水が次々と吹き上がる。
やがてひと塊になり、徐々に中央へと近づいていく。
「≪アイシクルエッジ≫セット:氷剣(ショートソード)」
俺も準備態勢に入る。
水は中央へと辿り着くと形を少しずつ変えていく。
口は大口に、受け流せるように湾曲させて、道に沿わせる。
『(いいわよっ!)』
スィーネから合図が来た。
中央に居るアルシェにはアクアから合図が来たのだろう。詠唱を開始する。
「≪ホワイトフリーズ!≫」
「≪氷竜一閃(ひょうりゅういっせん)!≫」
水量が多い為、前から俺の氷竜が凍らせていき、
後ろからは物体を凍らせる白い霧をアルシェが放ち、さらに凍らせていく。
「さっむ!!!」
「うわあああああああ!!」
余波に当てられた冒険者達が騒いでいる。本当に申し訳ない。
だが、これで受け皿は出来た。
「(次に行くぞ)」
『『はーい』』
制御を切った2人は極限の集中から開放されて、念話ではなく声を出して返事をした。
「あ、次ですか?」
『えぇ、次はこっちの大通りね』
『ますたーのいどうがおわったらやるよ~』
「わかりました。2人は今のうちに私から消費した魔力を摂取してくださいね」
『魔力の一気食いって気持ち悪くなるのよねぇ』
「その辺は人間と変わらないですね(苦笑)」
アルシェがインベントリからマナポーションを取り出して飲んでいる間に移動を行う。
俺の魔力を吸収して多少元気になったノイに助けてもらい、
道を無視して建物の間をひょいひょいと移動する。
「重力制御もだいぶ慣れてきたな」
『練習よりも実践で使うほうが経験になるですからです』
「時間までに回復できそうか?」
『一気食いすれば・・・属性一致の魔力じゃないから美味しくはないですけど』
「そりゃすまんね」
いくつかの建物の屋根を飛び越えて目的の位置へ到着した。
「(着いたぞ)」
『(わかったわ、始めるわよ)』
『(あーい)』
先程と同じく水が吹き上がりひと塊になる。
ただし、さきの水量より少なくなっており移動速度の速い。
設置箇所へ到着するとまた形を整えていく。
今回と次回の2回は、滑り台を作るだけで済ませるので形成もすぐ終わる。
『(いいわよ)』
「≪ホワイトフリーズ!≫」
「≪氷竜一閃(ひょうりゅういっせん)!≫」
こちらも同じく凍らせる。
もちろん手加減して放ったがやはり冒険者の悲鳴が聞こえてきた。
あと1回だ。
* * * * *
ー18:45 残り時間0分
全員配置に着いて準備は万端だ。
もういつ割れて落ちてきてもおかしくはない。
いまは大きめにレンズを張って皆で上空を見守っている状態だ。
「アルシェ、大丈夫か?」
「ちょっと緊張してます」
「俺もだよ。皆も同じだと思うよ」
周囲に目を向けると視界に入る全員が苦笑していた。
それはそうだ。準備はみんなで行いはしたが、
ここからはアクアとスィーネに任せることになる。
人間にとってはあまりお目にかかる機会のない存在に、
全て任せるというのはやはり不安材料になる。
それでも、受け皿を造る際に見せた制御で期待もしているって感じだな。
『あちし達は何も出来なくて申し訳ないデスカラ』
『クーも何かしたいです』
「精霊毎に得て不得手があるのは仕方ないよ。
その分事後処理に頼らせてもらうよ」
『デスネ!いまはノイのタンクとして頑張りますデスカラ!』
『クーは・・・』
「タンク出来るほど魔力を貯められないからね、仕方ないさ。
そうだなぁ・・・冒険者が壁の補修をする予定になっているんだけど、内側は少数で回す事になっている。
調査にメリーが着くんだけど、分担して負担を軽くして上げて」
『わかりました!』
「お兄さん、始まりましたよ」
視線を上空に戻すと確かにナイフが刺さった部分から徐々に破片が剥がれ始め、
隙間から水も洩れ始めた。
「レンズはもういい。3人共準備に入れ」
すぐに制御を切ってレンズは消える。
みんなも消えた意味を理解してか、少しざわついている。
俺も準備の為にアクア、スィーネと手を重ねて準備に入る。
本来考えていた作戦は2人にまかせる予定だったが、
俺も加わってシンクロを行う実験をしたところ、
スィーネの負担が軽減できることがわかったのである。
「皆で[ポルタフォール]を守りきりましょう!」
イセト氏の声を皮切りに、亀裂が一気に砕けて本格的な落水が始まった。
* * * * *
ー18:51 落水開始
肉眼で落ちてくる水が見えるようになった。
サンドボックス型のゲームと考えれば怖くはないかな。
マグマなら本気で逃げ出すところだが。
「制御に入ります!各員、あとはよろしくお願いします!」
『『≪氷纏(マテリアライズ)≫』』
「『シンクロ!』」
俺とアクアは瑠璃色のオーラを纏い、
アクアとスィーネが制御の体制に入ると、俺達3人を膜が覆う。
2人でやった時は水色だったが、今はそこに瑠璃色が入り、まだら模様となる。
受け皿に触れる前に落ちてきた巨大な水の柱は3つに分かれた。
1つはそのまま落ちて受け皿を通し1番大通りに流れ込む。
担当はセリア先生、ノイの2人で対処する。
受け止める際の衝撃を和らげる為にノイが常に重力を制御して軽くする、
受け止めきれずに皿から逃げた水をセリア先生の風制御で皿内に収める。
2つはそのまま分かれて、
残り2つの2番・3番大通りに設置した滑り台に流れこみ、
次々と大通りを駆け抜けて大穴へと流れ出ていく。
アクアとスィーネの制御は滑り台までであるが、
流れ続ける限りこの制御を保たなければならない。
受け皿は1/3の水量しか受け取れないし、
1つの通りで逃がすには水量が多過ぎる。
アルシェは受け皿と滑り台の損耗を凍らせて補修する。
かなりの速度で受けるのでどんどんと消耗していってしまう為、
アルシェの補修次第では瓦解する可能性もあるのだ。
念の為メリーには大通りを行ったり来たりしてもらう。
俺達が居るのは柱の真下である為、大通りの状況がわからないので、
メリーには壁の破損がないか確認してもらい、もし発見したら冒険者を向かわせる手筈になっている。
『思ったほど厳しくもないわね・・・』
「その割には顔が険しいぞ。慣れるまでは集中しておけよ」
強がるスィーネより未熟なアクアは、
喋る余裕も無いほどに歯を食いしばって頑張っている。
魔法使いは6人おり、
気絶しないように満遍なく魔力吸収が始まる。
「ぐおっ!?マジかよ・・・、
予想よりも全然多い魔力を持っていかれるぞ」
「この感覚なら10分毎に1本飲めばいいわね」
「タプタプになっちまうよっ!?」
(冒険者うるせぇ!!集中させろ!!)
* * * * *
-19:00 落水継続
「流石に水精霊といっても、
この水量の制御は難しいですわよね。
分かれた辺りから風を巻かないと皿から出てしまいますわ」
並々と受け皿に貯まる前に大通りへと流れていく水に目をやる事もなく、
セリアは作業に殉じていた。
言葉ではこう言っているが内心は穏やかではなかった。
いまこの水の柱を制御して街を救おうとしているのは、
受肉真近の純粋精霊と、
受肉はしているが1度しか進化していない幼い精霊達なのだ。
確かに未熟なれどよく頑張っている、いや、
自身の許容量を超えて本当に頑張っている。
もし自分が水精霊だとしても、
10分程度で浮遊精霊に魔力を捧げきってしまうだろう。
大精霊一歩手前の自分ですら、諦めてしまう状況だろう。
「やっぱり間にいる水無月(みなづき)君の影響かしら」
制御を分担したり、
見境なしに魔力を食べるのも、
本来の精霊では有り得ないことだった。
まず、成長の為の魔力摂取をそんな事で利用しない。
不味い魔力を食べる意味が無いからだ。
では、何故か?
「マスターの命令だから・・・ではないのでしょうね。
彼女たちを見ていればわかる気がするもの。
本当に愛してもらえている。
それに応えたいって所ですわね」
少し天狗になっていた。
純粋な生き方で人より遅い成長をした自分と、
異質な生き方で人より早く成長をする彼女達は・・・
「・・・どちらが幸せなのでしょうね」
* * * * *
-19:10 落水継続
『これってノイの重力制御がなくなったらどうなるデスカ?』
『もちろん受け皿が壊れて作戦は失敗するです。
あとの2本もアクア達が着地するまでしっかりと制御して衝撃を逃がしてるです』
『結構魔力吸われるデスケドォ』
『必要魔力です』
自然落下で受け皿に流し込んでいる1番大通りは、
重力制御で衝撃の緩和をしないと石畳は砕け、
造った壁も越えて街を蹂躙することだろう。
その被害を抑える為にノイの役割は重大だった。
『マスターに会ってから大変な目にしかあってないです。
キュクロプスにしろ、この水災にしろ・・・』
『逆に考えればいいデスカラ!
大変な目にあっちゃってもいいですって』
『嫌です。
ボクだけ損してるの知ってますです?
アクアやクーはマスターからの魔力で成長出来るですけど、
ボクにとっては普通の魔力です』
『ミナヅキのアニキだって与えられるなら与えたいと思ってるデスヨ。
いまが耐える時デスカラ。
というか、ノイはアニキの正式な契約精霊になるんデスカ?』
『え?ならないですよ?
今でさえ大変なのにマスターの契約精霊なんてごめんです。
なんでそんなことを聞くです?』
『・・・ノイもまだ子供デスネ』
本人は無意識なのか、ノイの拗ねた声音を聞きながら苦笑するカティナ。
カティナもセリアと同じく純粋培養の精霊で、
同じく大精霊のひとつ下の格であった。
ゆえに、考えることも似通っていた。
『精霊の命は長いデスケド、
人間の命は短いのデスヨ。
年長者としてはもっと素直になったほうがいいと思いマスカラ』
『・・十分素直な気持ちです』
心なしか魔力の吸引が上がった気がする。
彼女なりの反抗なのだろうけれど・・・
『ちょ、ちょとノイ!?早い!早いデスカラ!!』
* * * * *
-19:20 落水継続
忙しい。
スィーネの指導を勝手に受けた影響で、
確実に制御力は上がっている。それは確かだ。
お陰で氷の台に触れば、
どれほど解けてしまっているかわかるようになっている。
「もう、こんなに解けている・・・」
始まった直後はここまで解ける速さは速くなかった。
繰り返す度に自分の無力さを痛感していく。
魔法を放てば1回で持ち直すだろう、
しかし、余計な所まで凍らせてしまう可能性が高く、
そうなるとみんなの今までの頑張りが無駄になってしまう。
だから浮遊精霊に魔力を捧げて、
少しづつ細やかに補修せざるを得なかった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
最後にマナポーションを飲んでどれくらい経っただろうか。
作戦前にお兄さんに感情的に言葉をぶつけた、
あの言葉が、あの返しが頭に過ぎっては消える。
そう、顔。あのお兄さんの顔は・・・お父様と同じ顔。
あの時のお父様と同じ・・・。
「はぁ、はぁ、はぁ」
私もいま同じ顔をしているのでしょうか。
いまの自分に何処か満足していた。
お兄さんのお陰で守られるだけじゃなくなった。
そう思っていた、でも現状は!
こうして息を荒らげて少しづつ魔力を削られている。
もっと、もっともっと!早く動いてよ!
私よりも頑張っている子達がいるのっ!
力不足を嘆いていられないのっ!
与えられた役割くらい全うしたいのっ!
* * * * *
ー19:40 落水継続
「1番大通りの右壁3つ目の通路と5つ目の通路に破損があります。
水が洩れ始めているの補修をお願いします」
「了解!」
『2番と3番は変わらず問題ありません』
「じゃあ、1番の手伝いに俺行ってくるわ」
「あいよー」
落水から50分。
もう街中を何週したかわかりませんが、
水精霊の2人が担当している大通りは流石の一言に尽きますね。
1番に比べて破損が少ないので冒険者も交代で修復に行く事が出来ている。
「では、また行って来ますので」
『クーも行きます』
「おいおいメイドさんと猫ちゃん。いい加減休憩した方がいいんじゃないか?休み無しで動きすぎだよ」
「そうね、飛沫で服も水を吸っているみたいだし。
せめて乾かす時間くらい・・・」
「いえ、主たちが休めない状況で私だけ休むわけにはいきません。
お言葉は嬉しく思いますが、ここが私の戦場なのです」
『クーもお父さまとお姉さまが頑張っているうちは休めません』
何箇所か民家を間借りして、
冒険者や元気な住民が交代で壁の破損を確認して回っているが、
全部をカバーすることは出来ない。
外周を動ける冒険者や住民が駆り出され、
常に点検補修を人海戦術で行っている。
内側は点検をメリーとクーが、4人の冒険者と3人の住民が補修を担当していた。
屋根伝いで個人的に動き回れるメリー達は稀有な存在であり、
普通の冒険者は防具を脱いだとしても飛び回り走り回ることなど出来ない。
それこそ、彼女の戦場はこの場所であった。
彼女の担当は1番大通りの内周。外周よりは短い距離ではあるが、
人間であるメリーは夜目がそこまで利かないので、
松明が消えない速度で走っている。
夜目も聞いて夜の時間帯は能力があがるクーは常に[闇纏(マテリアライズ)]をして、
2番と3番大通りの内周を担当していた。
* * * * *
―19:50 落水から1時間
2人は俺の魔力を使わないように、
周囲に配置された冒険者から魔力を吸い上げているようだ。
すでに3人の魔法使いがマナポーションの回復が間に合わず気絶してしまっている。
「(全員、魔力状況報告してくれ)」
『(あくあ、はんぶんたもってる~)』
『(スィーネ、ちょっと使いすぎていると思うわ)』
『(ノイ、カティナ様のおかげで問題ないです)』
『(クー、消費なし)』
『(あるがいきぎれしてる)』
「(よし、アルシェが厳しめだな。
俺達側の1台の補修はこっちで出来ないか?)」
『(一瞬切って[氷纏(マテリアライズ)]すれば、慣れてきた今なら出来なくはないわ)』
シンクロはまだ保たれたままだが、
自己ブーストの[マテリアライズ]は30分を過ぎた頃に切れてしまった。
「(俺とアクアで制御の出力を上げるからその間に纏ってくれ)」
『(了解。すぐ済ませるからね、頑張れアクア!)』
『(あい~!)』
始めは声を出す余裕のあったスィーネですら疲労から念話で会話をする。
制御からスィーネが離れた直後に一気に脂汗が吹き出てくる。
シンクロがスィーネの負担を軽減するとはいえ、
かなりの負担をさせていたようだ。
後ろにいた魔法使いがまた1人気絶して後方へ下げられる。
しかし、すぐに負担は軽くなり安堵する。
『(おまたせ。ありがとアクア)』
『(どういたしまして~)』
「(俺も頑張ってますよ)」
『(戦闘ならいいけど、今の状況じゃお兄ちゃん完全にブースターじゃない)』
「(生意気言いました。アルシェに1つはこっちで対応するって伝えてあげて)」
『(あーい)』
『(出来れば2つとも制御したいところだけどね)』
「(冒険者を4人使い潰しているんだから無茶出来ない)」
気を緩めれば制御が甘くなり、
途端に頭上から水が落ちてくる。
すでに何度か被っているので水濡れはもう気にしないけど、
失敗しているみたいで面白くないから再び瞑想に入る。
少しすると誰かが駆け寄ってきて、すぐ傍にしゃがむ気配を感じた。
「水無月(みなづき)殿、耳だけ傾けて下さい。
ギルド経由でアスペラルダ支店に連絡を取って、
あちらの減った水嵩の総量を確認してきました。
計算などで時間は掛かりましたが、
この調子ならあと20分程でこの水は止まる計算です。
もう少しです、頑張ってください」
いきなり現れたイセト氏が言いたい事だけ伝えて、
すぐさまどこかへ行ってしまう。
しかし、もたらされた情報に光明を見た。
正直に言えばいつ終わるとも知れない落水に不安は感じていた。
マナタンク役の魔法使いはいま、魔力総量の高い2人しか残っていない。
本来は満遍なく6人から吸い上げていたので、
ここまで2人への負担が増えては長く持たない。
あと20分頑張れば報われるのだ。
どうにか受け皿で受け止められる水量まではなんとかして繋ごう。
「(あと20分だそうだ。最後まで気張って行こう!)」
『『『『『「はい!」』』』』』
* * * * *
ー20:28
そして、
運命の時間が訪れた。
すでに魔法使いは誰もいなくなっており、
つい先ほど2人同時に気絶してしまった。
『(制御する水も結構少なくなってきたわね)』
「(どんなもんだ?どこまで抜いていい?)」
『(うーん、ますたーはいらないかな?)』
『(そうね、あとはどんどん減る一方だしシンクロはいいわ)』
「(わかった。アルシェの補修はどうする?)」
『そっちももう大丈夫よ。この調子なら十分持つわ』
「よし、解いたら離れるからあとはよろしくな」
『まかせなさい』『まかせろ~』
スイッチを切るようにシンクロを手放す認識で解除する。
俺と繋がっていた2人の手を重ねてから立ち上がり、
周囲を確認すると情報は共有されているようで皆水量を気にしていた。
体が固まっているので腰を捻ったり反らせると小気味良い音が鳴る。
「元の1/3の水量まで減ったら制御は切っていいからな。
今のうちに魔力を俺から吸収しておけ、ポーションは持ってるから」
2人に一声掛けて、頭を撫でておく。
途端に魔力が減っていく感覚を感じる。
水量が減ったとはいえ2人分の吸収は結構なお手前で、
マナポーションを3本がぶ飲みしたところで止まった。
「じゃあ離れるけど、切る前に魔力が厳しくなったら声を掛けてくれ」
『『はーい』』
2人の元を離れて中央へ向かうと、すぐに目に入るのはアルシェであった。
俺達は水のライディングをする必要があるので、
周囲の見晴らしが良い建物の上で制御していた。
だから中央の地上で動いていたアルシェの姿は久し振りに見たわけだが、
はっきり言ってそのまま死んでしまうのではないかというくらい疲弊していた。
「アルシェ、もう補修はいいぞ。お疲れ様」
声を掛けたにも関わらずアルシェは補修作業を止めなかった。
無視をしたというより聞こえていないように見えるので、
いわゆるトランス状態なのかもしれない。
アルシェの腕を掴んで再度声を掛ける。
「アルシェ、お疲れ様。もう休んでいいぞ」
「あ、お兄さん・・・もう大丈夫なんですか?」
「あぁ、もう落水の量もかなり減っているから、
補修作業も終わってしまって大丈夫だそうだ」
「そう、ですか。
私は最後まで立っていられましたか・・・」
「おっと」
俺を認識してやり遂げたことを理解してから、
フッと意識を手放したアルシェを受け止める。
今回はかなり無理を強いてしまった。
俺はもちろんの事、みんなの自力を上げないと同規模の騒動が起こった場合にまた無理をさせることになってしまう。
アルシェをおんぶして今後のことを考えながらギルドへと向かう。
* * * * *
ー20:42
ギルドに到着した頃にはみんなから報告が上がってきていて、
スィーネとアクアは制御を切り休憩中、
セリア先生とカティナとノイは作業を止めて上空へ、
クーとメリーはすでに俺と合流している。
「私はアルシェ様を寝台へ運んで来ます」
「あぁ、頼む。そのまま傍にいてあげてくれ。
何かあれば誰かを向かわせるから」
「かしこまりました」
メリーもかなりの疲労を溜め込んでいるはずなのに、
顔に出さずにアルシェをギルドの奥へと運んでいく。
クーも無理をしたのか俺の首周りにくっついてだらりとしている。
喋る元気もないようだ。
改めてカウンターにいるアインスさん達に声を掛ける。
「みなさん、お疲れ様です」
「水無月(みなづき)様、お疲れ様です。
状況は落ち着きましたか?」
「はい、うちの精霊たちも休憩に入ってますので、
あとはいま確認に上がっているメンバー次第になります」
「わかりました。
ひとまずは・・・お疲れ様でした」
「それは皆に言ってあげてくださいよ」
「フフフ、そうですね」
実際のところ落水は完全に止まってはいない。
蛇口から出てくる程度の水が今も流れ落ち続けている。
その原因と亜空間の調査の為に3人は上空に上がって行った。
長時間のシンクロのおかげで俺もかなり疲れてしまって、
眠気がヤバイレベルであるが、ここでこの災害・・・実際は人災だったわけだが、
これにトドメを刺してから安心して眠りたい。
あれからどれほど経っただろうか。
俺の座っているソファにはスィーネとアクアが追加され、
今回の事案に対処した主要メンバーはギルド内に集まっていた。
次々と顔を出す冒険者やイセト氏にお互いの健闘を讃えあっていたが、
少しすれば疲れが表立ってきて皆静かにカティナ達の帰還を待つことになった。
* * * * *
ー21:19
バンッ!!!
うとうとしていたら、戸を開ける大きな音で目を覚ます。
眠気眼で戸を開いた人物を確認したらカティナであった。
『アニキィ、亜空間を確認してきたデスカラ!
目を覚ましてしっかり耳の穴かっぽじって聞いて欲しいデスケドォ!』
『カティナ少し静かにしなさいな。みんな疲れているんですのよ』
『目覚ましには良いのです』
三者三様とはこのことか。
とりあえずノイの言う通り、
カティナの発声で寝そうだった俺を含むみんなの目が覚めたのは確かだ。
ノイはそのまま俺の元へ飛んできて肩口に引っ付いてきた。
『報告いたしますわ』
「お願いします」
みんなを代表してイセト氏が前に出て聞く姿勢を取る。
『まず、水を転送していた魔道具を発見しましたわ。
これはカティナが内蔵魔方陣の一部を消すことで転送を止めたので、
もう落水の心配はありませんわ』
『次に亜空間デスケド、
造りとしては袋のイメージした物で、
水量が増えればその分大きくなっていくタイプだったデスネ』
「それは放置していた場合どうなっていましたか?」
『いえ、どちらにしろ魔神族の者が同じく穴を開けて落水したことでしょう。
おそらくあの時が内部要領の限界だったのではと推測いたしますわ』
「亜空間はどうなっているんです?」
『中の水が出るのに合わせて空間は収縮、
最後にこの魔道具が嵌まっていたので回収したら、
そのまま消えてしまったデスカラ。
いま上空には何もなくなってしまっていますデスネ』
「け、結論としては?」
『・・・解決したしましたわ』
「「「「「「よっしゃあああああああああ!!!!!!」」」」」」
今度こそ解決した!もう限界だ!俺は寝るねっ!
せめて宿に戻ってベッドで寝たい。
「本当にお疲れ様。
今後の細かい事は明日決めるって事でいいですか?」
「はい、今日はお休みになって明日のお昼に、
各リーダーを集めて報告などをしてもらおうと思います」
「わかりました。
イセト氏もこれで町長になれますね。
もし、えっとぉ・・・名前は忘れましたが、
現町長が帰ってきても好き勝手には出来ないでしょう」
「まぁ、あとはなるようになるですから。
水無月(みなづき)殿たちもお疲れ様でした。今日はぐっすり眠ってください」
「はい、ではおやすみなさい」
イセト氏が町長邸に帰っていくのを見送り、
パーティーメンバーに声を掛ける。
「みんなはどうする?
俺は宿に戻ろうと思うけど」
「私も戻りますわ。
いまなら衣も着てますから水無月(みなづき)君の機動力についていけますし」
『あちしはギルドにまたお泊りデスネ』
「メリーはアルシェを連れてきてくれ」
「もうお連れしています」
意識散漫でメリーがアルシェを連れてきている事に気付いてなかった。
『私もお兄ちゃんの宿に行ってもいいの?』
「いいと思うけど、どこで寝るよ?」
『みんなと一緒に寝たいわ』
「精霊達がこの状態なら俺と一緒かな。
主人に話せば大きい部屋に移してもらえるかな。
じゃあ今日はこれで終わりだ。
カティナ、お疲れ様。おやすみ」
『アニキィもみんなもお休みデスカラぁ~』
帰りは当然アクアチャージで宿まで帰り、
主人に部屋を相談したら、夫婦用のベッドが大きい部屋へ通された。
風呂に入る元気がないので汚すことを謝罪すると、
笑って気にしないで欲しいといわれた。
主人に感謝して着る物だけ変えて、ベッドへもぐりこむ。
今頃女性陣もすぐにお風呂に入るなどは頭になく、
ベッドへ潜り込んでいることだろう。
俺の枕の左右にノイとクーが丸くなり、
俺の体の左右にアクアとスィーネが俺にくっついて眠り始める。
体の火照りに丁度良い涼しさを感じながら意識を手放すのであった。
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